64話 サラさん、武者修行の旅に出る③~自分の身体が潰れる音を聞いた。
魔法の中には、魔導士のレベルとは関係なしに使えないものがある。
血統魔法は、その代表だ。特定の血族のみしか使えぬ魔法。ラプソディの〈インフィニティ〉などだ。
それとは別に、もっと単純に使えない魔法もある。ようは相性が悪い、というものだ。
ハニは、浮遊魔法の類と相性が悪かった。飛べない、というだけで、飛行能力のあるドラゴンと戦うには、不利だ。
だが、そんなことに構ってはいられない。
黒龍ムシャムシャと対峙するハニ。
まずはムシャムシャの高度まで、跳躍。さらに至近距離から、必殺技スキル〈魔轍〉を放つ。
灼熱のエネルギー弾を、拳から発射する技だ。素手で使う必殺技スキルの中では、かなり強力な部類に入る。
そして〈魔轍〉で狙ったのは、ムシャムシャの眼だ。
黒龍の鱗は、オリハルコン並みに硬い。だが、眼球だけは、弱いのだ。
ハニは考える。
(目を潰せば、かなり勝機が生まれるよ!)
しかし、この狙いには弱点があった。
ムシャムシャが目をつむる。すると硬い目蓋が、〈魔轍〉のエネルギー弾を弾いてしまった。
すなわち弱点とは、ムシャムシャが目を閉じるだけで、防御されてしまうことだ。
ハニは舌打ちした。
(〈魔轍〉の弾速なら、閉じられる前に眼球を抉れると思ったけど。そんなに甘くはないか)
ムシャムシャが咆哮を発した。少なくとも、怒らせることには成功したらしい。
ムシャムシャが開いた口を、ハニへと向ける。
ハニは最高到達点に達し、落下が始まったところだ。そして、ムシャムシャの口内を見た。牙の一つ一つが、大樹なみの大きさだ。
「キミ、息が臭いんじゃないの!」
ハニは、〈ファイヤ・ブラスト〉を連射。
ムシャムシャへの攻撃ではない。〈ファイヤ・ブラスト〉発射時の反動を使って、空中を『移動する』ためだ。
刹那、ムシャムシャの口から、〈熱線〉が放たれる。
「行け! 行け!」
ハニの魔法障壁をもってしても、この〈熱線〉は防御できない。そこで〈ファイヤ・ブラスト〉連射なのだ。
連射の反動によって、ひたすら水平方向へと、飛ぶ。
そうやって紙一重のところで、〈熱線〉の直撃を避けることに成功。
しかし直撃こそ回避できたが、〈熱線〉に近すぎだ。
〈熱線〉が発する高熱が、ハニの皮膚を焼いてしまう。
「うあぁぁぁぁ!」
全身に重度の火傷を負う。
瞬間、ハニの身体を、優しい光が包んだ。すぐさま火傷が回復していく。
隠れているサラが、〈エンジェル・ヒーリング〉を使ってくれたのだ。
「ありがと、サラ」
ホッとしつつも、ハニは〈熱線〉の行方を見守った。
〈熱線〉は、先ほどハニとサラがいた丘の中腹に、直撃。
とたん、丘は溶けだし、崩れていった。
(……〈ゴッド・フレイム〉以上の火力じゃないか)
ハニは〈ファイヤ・ブラスト〉の角度を調整し、素早く降下。
地面に着地した。
「なら、次はアレを狙おうか」
ムシャムシャが、怒りの咆哮を発しながら、激しく翼を羽ばたかせる。
それによる風圧だけでも、弱小の冒険者なら、吹っ飛ばされるだろう。
ムシャムシャは再度、口を開いた。
当然ながら、ムシャムシャの狙いは、大地にいるハニだ。次こそ命中させようと、2発目の〈熱線〉を放とうというのだ。
そのとき。
ハニは、すでに呪文詠唱を終えていた。
「口を開くのを待っていたよ、バカ龍!」
黒龍ムシャムシャの硬い鱗は、ハニの攻撃では突破できないだろう。だから眼球が狙い目だったわけだ。
だが、実はもう一か所、狙い目がある。
ムシャムシャの口内だ。
〈熱線〉を放つため、ムシャムシャが大口を開けた、今こそがチャンス。
〈熱線〉を放たれるよりも早く、ハニは大技を繰り出す。
「〈ゴッド・フレイム〉!」
ハニの使える中では、最大火力の魔法だ。
塔のごとき火柱を噴出させる〈ゴッド・フレイム〉。
これの発射方向を斜めにして、ムシャムシャの口内へと噴出させたのだ。
〈ゴッド・フレイム〉の火炎の塔が、ムシャムシャの口腔へ飛び込む。
刹那、〈ゴッド・フレイム〉が、発射に入っていた〈熱線〉とぶつかり、大爆発を起こした。爆心地となったのは、ムシャムシャの喉だ。
内側から喉が裂ける。
いくら鱗が硬くとも、体内からの破壊には関係がないのだ。
黒龍ムシャムシャは、身震いし、喉の裂け目から血を振りまいた。
大ダメージだ。が、それだけだった。
喉の裂け目が、超高速で再生されていく。
これは〈リザレクション〉とは、また異なる超回復。
たとえば、特別な力を持たぬ人間でも、傷は治る。自然な治癒力で。
黒龍の場合、この治癒力が圧倒的なのだ。それこそ、〈リザレクション〉クラス。
ハニは額の汗を拭った。
「鱗の硬さだけでも、反則なのに、この回復力って……けど、一度はダメージを与えたんだ。次こそは──」
黒龍ムシャムシャが、ハニに向かって、咆哮を発する。
ハニは後ろへと跳躍した。
ただの咆哮とはいえ、その大音量はかなりのものだ。まともに全身で浴びてもいいことはない。
(やっぱり、ムシャムシャの体内からの攻撃が、効果的だね。いっそ、ボク自身がムシャムシャの体内へ入り込んでやろうか? 胃袋から攻撃してやる。そうしたら──あ)
後ろへと跳んだハニは、着地のとき、転んだ。
足を滑らせたのではない。
(こんな、ことが──)
ハニは、自分の身体を見て、ゾッとした。
右足は膝から、左足は付け根から、切断されている。
右腕は肘から、左腕は肩から、やはり切り落とされている。胸部と腹部にも、それぞれ深い傷が走り、血が噴き出している。
(いつ攻撃を受けて──)
ふいにハニは理解した。
ムシャムシャの咆哮だ。
だが、あれはただの咆哮ではなかった。
聞いたことがある。黒龍の攻撃で、最も気を付けねばならないのは、〈熱線〉でも〈竜の息吹〉でもないと。
〈地獄無斬〉だと。
〈地獄無斬〉。
不可視の真空刃を、乱射する必殺技スキル。これこそが、気を付けねばならない攻撃。
さっきの咆哮こそが、〈地獄無斬〉だったのだ。
不可視の真空刃など、見ることも、防御することも不可能だ。
そんな刃を、ハニは全身に浴びてしまった。あまりの切れ味の鋭さに、切断されてから痛みを感じるまでに、タイムラグが生じるほどだ。
ようやく、全身から激痛が起こる。
ハニは叫んだ。
「ぐあぁぁぁぁ!」
ズシンと、大地が揺れる。
ムシャムシャが降り立ったのだ。
倒れているハニの、すぐ近くに。
そしてムシャムシャは、右の前足を持ち上げた。ゆっくりと動かして、ハニの真上で止める。
ハニからは、空が塞がれたように見えた。
それほど黒龍ムシャムシャは、片方の前足だけでも巨大だったのだ。
そんな右前足が、ゆっくりと降りて来る。
ハニを押しつぶすために。
ハニは逃げようにも、四肢を切断されているため、動けない。
「この、バカ竜。足が、臭いんじゃないか、コイツ──くそ」
ついに右前足の裏が、ハニに至った。
ムシャムシャは、何トンもの重さを、右前足へとかける。
ハニは、自分の身体が潰れる音を聞いた。
※※※
サラは泣き崩れた。
〈エンジェル・ヒーリング〉を使ったのに、ハニは回復しなかった。四肢切断レベルの負傷には、〈エンジェル・ヒーリング〉は効かないのだ。
そのためハニは逃げられず、黒龍に潰されてしまった。
サラは頭を抱える。
「わたしの、わたしの力がないばかりに、ハニさんが、ハニさんが、いやぁぁぁぁぁ!」
「そんなに大声で泣くと、黒龍に気づかれるのですよ」
不意に、背後から声をかけられたのだ。
サラは短い悲鳴を上げて、後ろを振り返った。
そこには、女性が立っていた。純白のローブをきて、フードを目深に被っている。右手には、白い魔杖を握っていた。
その女性の全身は、淡く輝いている。
「あ、あなたは?」
サラがそう問うと、女性は答えた。
「もちろん、〈聖なる乙女〉なのです。とはいえ、先ほど死んでしまったのですが」
「死、んだ? で、ですが──」
「私のいまの姿は、エネルギー体なのです。魂魄とも言うのです」
エネルギー体でありながら、〈聖なる乙女〉は、ハニの肩をつかんだ。
「黒龍に倒されたお友達を、生き返らせたいのですか? 方法はあるのですよ」
「ほ、本当ですか!」
「はい。方法は、あなたが、64代目の〈聖なる乙女〉になることなのです」
「え、わたしが? そ、それで、ハニさんを助けられるのでしたら!」
63代目〈聖なる乙女〉が、謎めいた笑みを浮かべる。
「良いのですね? 代償は高いのですよ」
サラに迷いはなかった。
ハニを助ける希望が、まだあるのならば。
「どんな代償でも払います」
「では──あなたには死んでもらうのですよ」
「……え?」




