51話 〈梟の庭〉壊滅戦⑤~ヒーラーさんを守れ。
親衛隊の隊長である、リリアス。
見た目だけなら、愛らしい幼い少女。白い髪は床まで伸び、黒いローブを着ている。
そんなリリアスは、サラについて、こう言った。
「少し未来で──死ぬ光景が見えた」
「サラが? どういうことだ?」
リリアスは、自身の右の瞳を指さす。
「特殊スキル〈時を跳ねる瞳〉。誰かの未来を見ることができる能力」
レイは固唾を呑んだ。
「サラが死ぬ未来が、見えたのか?」
リリアスは小首を傾げる。
何やら考え込んでから、少しだけ舌足らずに答えた。
「それはノイズのように、視界に紛れ込む。お兄ちゃんを見ていたら、〈時を跳ねる瞳〉が発動。すると、『空色の髪のお姉さん』の死が見えた」
お兄ちゃんとは、レイのことらしい。
レイは意志の力で動揺を抑えた
「『空色の髪のお姉さん』というのが、サラのことなんだ。サラの死は、必ず起きることなのか?」
「必ずではない。未来は変動するもの。ただし、今のままでは起こる確率は高い」
レイは、リリアスの言葉を前向きに解釈した。
すなわち、レイが行動を起こせば、サラの死は回避できる。
「いつ、サラは死ぬことになるんだ?」
「いつかは分からない。ただ〈時を跳ねる瞳〉は、それほど先の未来は見ることができない」
「つまり、猶予はない、ということか。どこでサラは死ぬんだ?」
「それも明瞭ではなかった」
「頼む。もう一度、〈時を跳ねる瞳〉とやらを発動し、明瞭に見てくれ」
しかし、リリアスは無表情のまま、首を横に振る。
「特殊スキル〈時を跳ねる瞳〉は、勝手に発動する。リリアスが、発動をコントロールすることはできない。ただ──」
「ただ?」
「先ほど〈時を跳ねる瞳〉が発動したとき。サラという人の死だけではなく、虹色の花も見えた」
レイはハッとした。
サラの家は、一度だけ訪ねたことがある。庭には、変わった花が咲いていた。
虹色の花が。
レイは自宅の武器庫から、両手剣を取った。両手剣を腰に差し、リリアスを振り返る。
「これから、サラのもとに行ってくる。未来は変動するというのなら、サラを助ける未来にしてみせる」
リリアスは、あまり感情を表に出す子ではないらしい。今も無感情な眼差しだ。
「ん。頑張って」
「最後に聞きたい。サラの死は、事故なのか? それとも?」
「下手人の姿は見えなかった。しかし、あれは殺し」
レイは、うなずいた。
サラは何者かに命を狙われている。
「リリアス。君は助けてくれるのか?」
「リリアスは、ラプソディお姉ちゃんの言うことだけを聞く」
「そうか。じゃ、悪いがここで待っていてくれ」
レイは自宅から駆けだした。
レイの家には、小さな庭がある。そこでグリが蝶を追いかけていた。レイに気づくと遊んで欲しそうな顔をしたが、レイはそれどころではない。
「グリ、また後でな!」
自宅の敷地から出て、路地を駆ける。ラプソディがいてくれたら、とレイは思った。だが、不在を嘆いているヒマはない。
(おれの力でやるしかない)
サラの家への最短コースを取った。その途中で、市場を突っ切る。
このときレイは、まだツキはあるようだぞ、と思った。
露天商と値切り交渉をしている少女が、視界に入ったのだ。
ハニだ。
「ハニ!」
レイが声を張り上げると、ハニが驚いた様子で顔を向けた。
「あれ、レイ。お急ぎだね?」
「お前も一緒に来てくれ! パーティの一大事だ!」
レイは立ち止まらず、走り過ぎながら、そう言った。
ハニは肩をすくめてから、軽く跳躍。
レイの隣に着地し、並走する。
「何事かな、リーダー?」
レイは、リリアスが訪れたことや、リリアスが〈時を跳ねる瞳〉で見た未来を説明した。
ハニは、ビックリした様子だ。
「リリアスが出て来るなんてねぇ。この75年ものあいだ、引きこもっていたのに」
「まてよ、75年も引きこもっていただって? リリアスは、せいぜい8歳だぞ」
「リリアスは、自分の肉体や精神年齢の『時』を止めているからね。時を司る魔導士、〈クロノス〉。これこそが、リリアスの職業さ。ラプソディ様でさえも、時間系魔法は使えないのにねぇ」
リリアスのことは、気にはなる。
だが、今はサラの無事を確認し、守るのが先決だ。
ハニは、ワープ魔法を使えない。そこでレイは、別の魔法を頼んだ。
「ハニ。〈スピード・スター〉を頼む」
「オーケイ」
〈スピード・スター〉とは、敏捷性を5倍にする魔法だ。
レイの速度が一気に上がり、路地を駆け抜ける。あっという間に、サラの自宅近くまで移動した。
並走していたハニが、鋭く言う。
「ストップ!」
レイは急停止する。
「なんだ? 早くサラと合流するぞ?」
「まって」
ハニは片手を上げて、レイを制した。その瞳には、獰猛な輝きがある。臨戦モードに入ったようだ。
「ふうむ。サラの自宅に、探索魔法をかけているんだけど──妨害されているね」
「どういうことだ?」
「つまり、探索魔法を妨害できるほどの敵が、すでに来ているのさ」
ハニの探索魔法を妨害できるとは。よほどの実力者らしい。だからといって、ラプソディやクルニアを呼びに行っている時間はない。
「ハニ。おれ達だけでやるぞ。正面突破だ!」
レイは両手剣を抜き放ち、駆けだした。サラの自宅前に到着。正面玄関のドアを蹴破り、屋内へと入る。
「サラ、無事か!」
サラは、居間にいた。ソファの上で、横たわっている。
目をつむり、安らかな表情だ。
レイの全身から、力が抜けていった。
「……そんな、間に合わなかったのか。サラ……」
ふいにサラの目が開かれる。レイとハニに気づくと、驚いた様子で跳び上がった。
「な、なにごとですか! レイさん、ハニさん!」
レイは改めて脱力した。
(なんだ、安らかな死に顔かと思ったら、安らかに昼寝していただけか。寿命が縮んだよ)
「サラ。説明は後だ。回復用の魔杖を装備し、ここから出るぞ。敵が来る」
そこは冒険者である。敵が来ると聞くなり、サラは素早く行動した。
魔杖を手に取り、ヒーラーを示す白いローブを纏う。
「ハニ。敵がどこから来るか、分かるか?」
ハニが苛立たしそうに答える。
「この敵、腹立つね。僕の探索魔法が、妨害されっぱなしだ。見つけたら、ボコボコに殴ってやる」
唐突に、どこからともなく声が響いた。
男の声だ。少し聞いただけで、虫唾が走って仕方ない。そういう声音だ。
「なんてこったぁ。せっかく、オイラが自ら出向いたってぇのに、邪魔が入っちまったなぁ」
レイは周囲を見回す。男の声は聞こえるのに、姿は見えない。〈インビジブル〉で透明化しているのだろうか?
声だけの男が、ケラケラ笑い出す。
「簡単な仕事のはずだったんだがなぁ。サラっていう小娘を捕まえて、手足を千切ってから、拉致しよってだけでさ。いんや、拉致してから、手足を千切るんだっけかなぁ?」
レイは、吐き捨てるように言った。
「どこにいる? 姿を見せろ!」
「ああ、いいぜ。んじゃ、ちょっくら、オイラと遊んでくれよ」
空間が裂けて、男が現れた。
異様に背が高く、細い男だ。糸のような目をし、そこから禍々しい光を放っている。
「どーも、〈地獄梟〉とか名乗っちゃいますぜ~」
レイは両手剣を構え直す。
直感的に、確信した。
(この敵、ヤバいぞ)




