42話 闘技大会⑮~『岩の下では、無数の蟲が蠢く』。
オルの必殺技スキル〈魔轍〉が、ラプソディに届くことはなかった。
ラプソディの〈インフィニティ〉──輝く銀色の糸が、一閃。先に、オルの両腕を切断したためだ。
ラプソディが、空中で、オルを蹴飛ばす。
両腕を無くしたオルが、隕石のように落ちて行った。
ラプソディも追うようにして、降下していく。
見届けたクルニアが、感嘆の声で言う。
「絶対系魔法、〈インフィニティ〉。姫殿下が使われる、最強魔法の一つだ」
レイは尋ねた。
「〈インフィニティ〉とは、あの銀色の糸だな? いったい、どういう効果があるんだ?」
「全ての物体を切り裂く、魔法の糸だ。〈インフィニティ〉の前では、どれほどの防御力も0になる」
レイは呻いた。
「オルさえも、容易く切り裂く糸か。やはり、ラプソディには底がないな──着地しよう、クルニア。戦いも終結だ」
テグスが、降下を始める。
地上付近に来ると、オルの苦鳴が聞こえて来た。
「ぐぁぁぁ!」
ラプソディが、オルの両足の腱を、〈インフィニティ〉で断ち切ったためだ。
ラプソディは満足した様子で言う。
「これで逃げられないわね、竜人ちゃん」
テグスが着地し、レイ達は降りた。
レイは、ラプソディの傍まで行く。
オルは倒れたまま、ラプソディを睨んでいる。
両腕は切断され、両足の腱も切られた。それでも戦意は失っていないようだ。
ラプソディは、オルの腹部を踏みつけた。
「さてと、オルちゃん。約束どおり、どこの組織の指示で動いているのか、話してもらうわよ」
オルが吐き捨てるように言う。
「聞いてどうするつもりだ?」
「冒険者ギルドと、あなたの属する組織は、同じものを欲したわけよね。すなわち、浮遊石を。同様のことが、また起こるかもしれないわ」
レイはハッとした。
ラプソディは、すでに先のことまで考えていたのだ。
冒険者ギルドと、別の組織が、競争している可能性がある。浮遊石だけではなく、様々な秘宝などを競って、取り合っているのではないか、と。
冒険者のレイたちも、そんな組織があるのなら、知っておいたほうが良い。
オルは笑った。
「いいだろう。いずれにせよ、敗北した我に生きる道はない。ならば、キサマに教えてやっても構うまい」
「もったいぶるわね」
「我が属するのは、〈梟の庭〉だ」
「〈梟の庭〉ねぇ。なに、それ?」
レイも知らなかったが、サラは知っていた。
「あの、それは暗殺組織のことです。王都ルクセンを拠点にしているとか。主な顧客は、貴族と聞きます。謎に包まれた組織です」
「ふうん。そうなの」
ラプソディは納得した様子だ。
しかし、レイは違った。
(〈梟の庭〉……フクロウ。まてよ、確か)
「ラプソディ。オルは、嘘をついているぞ」
「あら?」
「ドムは死ぬ間際、あることを言った。おれが聞こえたのは、『フクロウ──万歳』だけだった。実際は、『〈梟の庭〉、万歳』と言ったのだろう」
ドムは、〈梟の庭〉に属していた。
〈梟の庭〉の指令で、浮遊石を得ようとしたのだ。
そして、ドムとオルは仲間ではなかった。
よって、オルは〈梟の庭〉には属していない。
それらしい虚偽で、ラプソディ達を騙そうとしたわけだ。
ラプソディが、オルの顔面に〈ファイヤ・ブラスト〉を叩き込む。
防御力が高くとも、かなり痛いだろう。
「ダメよ、嘘をついちゃ。ドムが属していたのが、〈梟の庭〉だった。ということは、オルちゃんが属しているのは、〈梟の庭〉ではないわけね。では、オルちゃん。あなたは、どこの組織から指示を受けているのかしら?」
沈黙。
オルに答える気はないようだ。
「いいわ」
ラプソディは屈みこみ、オルの頭に片手を置いた。
「〈リーディング〉」
記憶を読む魔法だ。
ラプソディは小首を傾げ、オルの記憶を辿っていく。
「ふーん。あなた、メメク国の出なの。傭兵として、国々を回ってきたのね」
メメク国は、ロール大陸の南東に位置する小国だ。
ロール大陸中央にある、大国リウとは、あまり接点はない。
ラプソディは、さらにオルの記憶を読んで行く。
「半年前、あなたはリウ国に来た。イワンと一緒に。『ある存在』に呼ばれたのね。そして、『ある存在』の配下となった。あら」
オルの頭部が、破裂した。
ラプソディは、くすりと笑う。
サラが悲鳴を上げる。
レイは絶句した。しばらくしてから、何とか言葉を絞り出す。
「ラプソディ。何が、起きたんだ?」
「オルの脳味噌に、魔法が仕掛けられていたのよ。何者かによって、自動発動タイプの魔法が。記憶を覗かれたら、防衛するように出来ていたのね」
「防衛だって? オルの頭を吹き飛ばすことが、か?」
「確実な防衛策だと思うわよ。脳が壊れてしまったら、記憶は読めないものね」
ラプソディは立ち上がり、伸びをした。
「けれど、オルのボスの正体は分かったわ」
「オルをリウ国に呼び寄せた、『ある存在』のことか? 『ある存在』とは、何なんだ?」
ラプソディは、楽しそうに答えた。
「古代神殿ルマの〈守護獣〉よ」
レイは、驚愕した。
「まさか」
悠久の昔に絶滅した、古代種族。彼らが、国内各地に残したのが、古代神殿だ。
ルマも、そのうちの一つ。
この古代神殿ルマを守るのが、〈守護獣〉。
先月、レイたちはクエストで、古代神殿ルマの近くまで行った。〈守護獣〉が呼び寄せたゴブリンの群れを、追い返すためだ。
「〈守護獣〉が、オルとイワンに命じ、浮遊石を持って来させようとしたのか。だが、何のためだろう?」
ラプソディは肩をゆすった。
「さあ。けれど、そのうち分かるのではないかしらね?」
直観的に、レイは思った。
(おれ達は近いうちに、古代神殿ルマに行くことになるだろう)と。
レイは、オルの死体を見下ろす。
「死体を埋めてやろう。そうしたら、家に帰るか」
「そうね、帰りましょう」
※※※
その夜──
バール高原に、3人の墓堀人が現れた。
彼らは、ある指令を受け取って、この場に来たのだ。
手際よく地面を掘り返し、頭部が半壊した死体を見つけ出す。
竜人オルの死体を。
墓堀人たちの目的は、この死体を持ち帰ることだった。
3人の中でも、新入りの墓堀人が、先輩格に尋ねる。
「こんな死体、持ち帰って、どうするってんです?」
先輩格は呆れて溜息をついた。
「お前、俺たちのボスが何だか、分かってんのか?」
「ゾンビ・マスターなんすよね。どう見ても、人間にしか見えないんすがね。つーか、俺たち、モンスターに従っているんすか?」
「今更なことを、ほざくな。それに、ゾンビ・マスターなんて、あの人の目の前で呼ぶんじゃねぇよ。生きたままゾンビにされるぞ」
ようやく、新入り墓堀人は理解した。
「あ、分かったっすよ。ようは、この竜人の死体をゾンビにしようってわけだ──しっかし、なんでこの死体に拘るんすかねぇ?」
先輩格は溜息をついた。
「あのなぁ──生者のころに強ぇほうが、ゾンビになった後も強ぇってのは、常識だろうが」
「あ、なーる」
彼らは、オルの死体を収容袋に詰めると、そそくさと立ち去った。
王都ルクセンへと。
※※※
レイ、ラプソディ、ハニ、クルニア、サラ、リガロンの6名は、王都ルクセンに帰還した。
レイが代表として、冒険者ギルドへ報告に向かう。
しかし、すでにコロシアム全壊の苦情は届いていたらしい。
ただボール侯爵は、レイ達を一方的に責めはしなかった。
出場者の一人が浮遊石を盗み出そうとし、それをレイ達が阻止しようとした。それがコロシアム全壊に繋がったのだ、と説明してくれたのだ。
受付台の向こうから、ローラが言った。
「『だが、コロシアム全壊はやり過ぎ』というのが、上からの苦言です」
「……次からは、気を付けさせる」
とはいえ、お咎めはなしらしい。
やはり、浮遊石を獲得したことが大きいようだ。
レイは言った。
「ドムについて、報告がある。ドムが属していたのは、〈梟の庭〉のようだ」
「〈梟の庭〉。暗殺者の組織ですね。その起源は、リウ国が独立したころまで遡るとか」
「それと、出場者の中には竜人がいた。他国から来た傭兵だ。この竜人は、古代神殿ルマの〈守護獣〉に従っていたようだ」
ローラは小首を傾げる。
「どういうことです? 〈守護獣〉が人を使役したという話は、聞いたことがありませんよ」
「ルマの〈守護獣〉は別格なんじゃないか」
ローラは半信半疑のようだが、上に報告しておく、と約束した。
レイが自宅に帰ると、グリフィンのグリが飛びついて来た。レイの顔を舐める。
すっかり飼い犬ポジションだ。
「よし、よし。留守番させて、悪かったな」
グリも成長すれば、クルニアのテグスのように、騎乗できるのだろうか。
ラプソディが封筒片手に、駆けて来た。嬉しそうだ。
「レイ。パパから、招待状が届いたわ」
「何の?」
「パパの誕生日会よ! 夫婦で参加して欲しい、とのことよ。明日がパパの誕生日だということ、ウッカリしていたわ。これじゃ娘失格ね。パパに謝らないと」
「……まて。誕生日会って、どこでやるんだ?」
「魔王城に決まっているでしょう?」




