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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
番外編
225/227

砂漠の歌姫10

「しかしなぜ,血縁者とは言え,どんな人物か分からない君をライクに嫁がせたのか?」

バウスは首をひねる.

「それは私を,乱暴な婚約者から救い出すためです.」

メイシーは答えた.

「いや,理解できない.君を助ける方法は,ほかにもあったはずだ.もし結婚しか手段がなくても,ライク以外の男でよかっただろう.」

すると夫が,ばつの悪い様子で口を開いた.

「実は,私が勝手に決めた結婚だったのです.」

数年前,ライクシードは女性に関する問題を起こして,城から追放された.

ところが結界が崩壊したときに,なりゆきで帰ってきた.

なのでライクシードの帰還にまゆをひそめる者たちが,少なからずいる.

また,二度と騒ぎを起こさぬように結婚を勧める人たちもいた.

さらにライクシード自身も,予期せぬ帰郷に悩んでいた.

だからバウスと相談して,馬を一頭だけ連れて城から出ていった.

単に諸国放浪するために,城を出たのではない.

主な目的は,スンダン王国と交渉し冷戦を終わらせることだった.

「ライクはカリヴァニア王国に,二年ほど滞在したことがある.よって,わが国で一番外国に慣れている.」

話の途中で,バウスが口をはさむ.

「俺はライクが,外交官としてもっとも信頼できると判断した.さらに戦争が終われば,それはライクの手柄になる.ライクが城に戻ることに,誰も文句が言えないし,ライク自身も納得できる.」

兄の言葉に,ライクシードはうなずいた.

「私は,国王になったばかりの兄さんの命令を受けて,スンダン王国におもむき,穏健派や戦争反対派などとよしみを通じた.」

だが,一度始まった戦争を終わらせることは,容易ではない.

ライクシードは自治区にも足を運び,停戦に協力してくれる人を探した.

まずダカン族長に会ったが,そっけなく断られた.

次にセイキ族長に面会し,やはり断られたが,彼の妻であるロウシーが取り引きを持ちかけてきた.

「あなたが私の妹のメイシーを助けてくれたら,私は夫に和平に協力するように言います.」

「承知しました.私が秘密裏に,メイシー殿をあなたのもとへ連れてきましょう.」

そしてロウシーがメイシーを保護して,新しい夫を探して嫁がせる.

そういう手はずだった.

ライクシードはさっそく,メイシーの住むヘキ族長の邸まで馬を走らせる.

邸の使用人にメイシーの部屋まで案内してもらっていると,聞き覚えのある歌声が流れてきた.

ライクシードは嫌な予感がして,音のする部屋まで走り扉を開けた.

その部屋にいたのは,――メイシーは,ライクシードが街で見かけた旅芸人の娘だったのだ.

「私が自治区に来たばかりのとき,君は街で楽しそうに歌っていた.君の周囲には大勢の人がいて,君の歌を聴いていた.」

ライクシードはしゃべり続ける.

「私は君に声をかけたかった.けれど私には,戦争を止めるという使命があった.」

国境では,たがいの国の兵士たちが極度の緊張と戦いながら,にらみ合いを続けているのだ.

ライクシードに,女性を追いかけている時間などない.

ライクシードは“メイシーより神聖公国を守ることを選び”,その場から立ち去った.

「君には二度と会えないと思っていた.あんな形で再会するとは考えていなかった.」

メイシーは,ライクシードと初めて会ったときのことを,――実際には二度目らしいが,思い出した.

突然,メイシーの自室に現れた彼は,とても悲しい顔をしていた.

「なぜ,あのように悲しい顔をしていたのですか?」

メイシーはたずねる.

こちらの境遇に同情していたからと推察していたが,今はちがうように感じられた.

「街で歌っていた君に,――まだ誰とも婚約していなかった君に,私は声をかけるべきだった.そばにいれば君を守れただろうに,私は君から離れた.」

そのとおりだったのかもしれない.

ゆえにライクシードは,顔にあざのついたメイシーを目のあたりにして後悔したのだ.

「君の父親をあざむいて君を邸から連れ出すつもりだったが,君を見た瞬間,気が変わった.」

結婚すればいい.

ロウシーのもとへ連れていくよりも,結婚の方がずっとたやすい.

ライクシードと婚姻すればメイシーは救われて,ロウシーとの約束は果たされる.

ましてやライクシードは,ロウシーの義弟になる.

彼女は必ず,セイキを説得してくれるだろう.

「私は君が婚約者の暴力に苦しんでいることにつけこんで,君に求婚した.そして君は承諾した.私は,君と和平と手柄,すべてを手に入れた.」

問題を起こさないように結婚をせき立てた者たちも,もう何も言えない.

ライクシードにとって,これ以上にうまい話はなかった.

ライクシードはメイシーの父に会い,すぐに結婚の約束を取りつける.

メイシーの婚約者にも会いに行き,話をつけた.

最後に,セイキとロウシーのもとへ戻った.

メイシーと結婚することにしたと告げると,ふたりは顔を青くする.

「メイシーがずうずうしくも,あなたに愛を請うたのですか?」

ロウシーの問いに,ライクシードはいいえと返事する.

すると彼女のまなざしは,ライクシードを焼きつくすように苛烈になった.

こんな風に妹を奪われるとは予想していなかったのだろう.

静かに怒るロウシーの隣で,セイキが苦笑する.

「うまく考えたね.これでは私も,スンダン王国へ向かわざるをえない.」

「お願いします.」

ライクシードは頭を下げた.

「あなたには,私の一族の女をめとってほしかった.もし神聖公国が重婚を許す国なら,花を二本つんで帰らないか?」

「もったいない言葉です.ですが私の国では,重婚は許されません.たとえ許可されていても,私がほしい花は彼女だけです.」

ライクシードはセイキに言った後で,ロウシーに対してできるだけ誠実に話す.

「けっして枯らさぬように大切にします.だから彼女を私の花嫁として,神聖公国へ送ってください.」

ライクシードとメイシーの縁組みは,セイキとロウシーにとって予想外のことだった.

さらにヘキが,神聖公国との貿易に横やりを入れてきた.

加えてライクシードとメイシーは,実際には結婚をしていない状態だ.

「セイキ族長はこれ幸いと,結婚相手の交換を提案したのでしょう.つまりメイシーを取り戻そうとしたのです.」

ライクシードの告白に,バウスとマリエはぽかんとしている.

「セイキ族長が結婚を促したと思いこんでいたぞ.」

「それは誤解です.彼は,婚約者から暴行を受け傷ついたメイシーを,政略結婚のため外国へ行かせる意志はありませんでした.」

しかも神聖公国は,つい数か月前まで結界に閉ざされていた未知の国だ.

「だからセイキ族長がこの城に来たのは,メイシーの身を案じたという面もあるのでしょう.」

もしメイシーが自治区に帰りたいと訴えれば,連れ帰るつもりだったのだろう.

ライクシードが反対しても,神聖公国との関係が悪くなっても.

次から次へと出てくる新しい事実に,メイシーは頭が飽和しそうだった.

初めて会ったとき,セイキは,君が元気で安心したとほほ笑んだ.

あの暖かなまなざしに,いつわりはなかったのだ.

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