表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/35

第33話:世界の時計が狂い出す。――壊れた「歯車」を直すには、一度時を止める必要があります

深海の排水工事を終え、エメラルドグリーンに浄化された海を後にした僕たちは、かつてない異変に襲われていた。

 アーカイブの警告音が止まらないのではない。……警告音の「間隔」が、不規則に伸び縮みしているのだ。


「……カイ様、見てください! 海鳥たちの動きが……っ!」


リリスが指差した先、空を舞っていたカモメたちが、まるで空間に縫い付けられたかのように空中で静止し、次の瞬間、目にも留まらぬ速さで数キロ先へと「移動」した。

 それは魔法現象ではない。世界を構築する「時間という名のインフラ」そのものが、ボロボロの歯車のように空回りを始めている証拠だった。


「……一秒が、一秒として機能していない。……セレナさん、リリスさん、足元をしっかり固めて。……世界の『軸受ベアリング』が焼き付こうとしている」


僕は甲板の上に、アーカイブから抽出した「世界中心核コア」の投影図を広げた。

 そこには、惑星の自転と魔力の循環を司る、超巨大な『時空歯車』が映し出されている。だが、その表面は摩擦熱で真っ赤に焼けただれ、数千、数万という「歯」が、過負荷によって折れ曲がっていた。


「……カイ。これ、放っておいたらどうなるの?」

 セレナが、震える手で乱れる自分の髪を押さえながら問う。彼女の周囲だけ、時間が加速したり停滞したりを繰り返し、視覚的に像が二重に重なっていた。


「……世界中の時間がバラバラになる。ある場所では一瞬で数百年が過ぎて生命が風化し、ある場所では永遠に一秒が繰り返される地獄が生まれる。……そして最終的には、摩擦抵抗に耐えきれなくなった『軸』が折れ、この惑星の自転が止まる。……文字通り、世界が終わるんだ」


「……そんな。……どうすれば直せるのですか!?」


「……『時』を止めるんだ。……物理的に、一度すべてを停止させて、その間に部品を全交換する。……バルガスさん! 全工員に告ぐ! これより、カイポリス始まって以来、最大にして最悪の『全休停止工事シャットダウン』に入る!」


***


僕たちは、アーカイブから繋がる「世界の中心:クロノス・チェンバー」へと降り立った。

 そこは、重力も上下もない、ただ巨大な黄金の歯車が噛み合い、轟音を立てて回り続ける異次元の空間だった。


「……ひどい磨耗だ。潤滑油マナ・オイルが完全に枯渇している。……レオン! ぼーっとするな、仕事だ!」


僕は、恐怖で腰を抜かしていたレオンの首根っこを掴んで立たせた。


「……この巨大な歯車を、一時的に『固定』する。……君の聖剣『アスカロン』は、不壊の特性を持っているだろう? それを、あの第一歯車と第二歯車の間に、くさびとして打ち込め」


「な……っ!? 正気か! そんなことをすれば、この剣は、いや、俺の腕はどうなる!」


「……心配するな。僕の『時間停止魔法』で、君の周囲の物理定数だけを固定する。……君がやらなきゃ、君の故郷も、君が愛した名声も、すべて時間の塵になって消えるんだぞ。……選べ、聖騎士」


レオンは、激しく火花を散らす黄金の歯車と、僕の冷徹な眼差しを交互に見た。

 そして、彼は震えながらも剣を抜き、決死の覚悟で歯車の隙間へと飛び込んだ。


「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


ガギィィィィィィィィィィン!!


耳を劈くような金属音が響き渡り、レオンの剣が歯車の回転を強引に受け止める。

 その瞬間、世界中の「音」が消えた。

 波も、風も、人々の呼吸も。

 僕の【固有権能:全事象・一時停止タイム・ストップ・メンテナンス】が発動し、世界はモノクロの静止画へと変わった。


「……よし。……制限時間は、僕のマナが尽きるまでの『存在しない十分間』。……バルガスさん、野郎ども! 新造した『オリハルコン製・強化歯車』の搬入を急げ! 一秒の遅れも許さないぞ!」


『応ッ!!』


何万トンという質量の歯車を、ドワーフたちがゴーレムを駆使して入れ替えていく。

 僕はその中心で、初代ハイランドのスパナを振るい、歪んだ軸をミリ単位の精度で矯正し、新しい潤滑油を注ぎ込んでいった。


自分の心臓の音だけが、やけに大きく響く。

 この「十分間」に、世界のこれからの数万年がかかっている。

 

 一文字ずつ、丁寧に、正確に。

 僕は「時」という名の巨大なインフラを、その手で組み替えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ