第31話:マナのバイパス手術。――火山の噴火を「温泉施設の床暖房」に作り変えます
北の聖山『嘆きの火口』。
内側から膨れ上がるマナの圧力により、山の斜面には数メートル幅の亀裂が走り、そこから高濃度の「毒性マナ」が紫色の煙となって噴き出していた。
「カイ様、防護服のフィルターが限界です! 腐蝕魔圧が強すぎて、聖職者の浄化魔法すら弾かれます!」
リリスが、猛烈な吹雪と魔力の嵐の中で、僕の腕を必死に掴む。
普通の人間なら、この場にいるだけで意識を失うほどの高濃度汚染域だ。
「……バルガスさん、ボーリングマシンの先端を『オリハルコン・ビット』に換装! 地下三千メートル、マナの『動脈』に直接パイプを突き刺す!」
「親方! そりゃあ自殺行為だ! そんな深さで脈を突けば、火山の爆発を早めるだけだぜ!」
ドワーフのベテランたちも、恐怖で足が止まっている。だが、僕はタブレットに映し出されたアーカイブの設計図を指さした。
「爆発するのは、エネルギーの『出口』がないからだ。……だったら、僕が『新しい出口』を作ってやる。……ただ逃がすだけじゃない。この殺人的な熱量を、すべて『エネルギー源』として再利用するんだ」
僕は山の岩肌に両手を突き立て、意識を地下深くの「マナの流れ」へとダイブさせた。
【固有権能:流体回路設計――『地熱マナ発電・温熱バイパス』着工】
ドォォォォォォォォォ……ッ!!
山全体が、悲鳴のような地鳴りを上げる。
僕は地下を流れるマナの激流を、自らの神経で強引に捻じ曲げ、三つの「バイパス管」へと誘導した。
「……今だ! バルガスさん、三番ピットへ中和剤を全量投入! リリスさんは、流れてくるマナに『安定化魔法』を上書きして!」
「いきます……っ! 【天の慈悲、熱きを鎮めよ】!」
リリスの祈りが込められた中和剤が、真っ赤なマナの激流に触れた瞬間――。
ドロドロとした死のエネルギーが、一瞬にして穏やかな「温かいマナ」へと変質し、僕が新設した『耐熱超合金パイプ』の中を駆け抜けた。
***
一時間後。
山の崩壊を告げる警告音(地鳴り)は、嘘のように止まった。
代わりに聞こえてくるのは、パイプの中をさらさらと流れる、心地よい温水の音だ。
「……終わったの? カイ、あんなに怒り狂っていた山が……寝息を立てているみたい」
セレナが弓を降ろし、呆然と山頂を見上げる。
黒かった雷雲は晴れ、そこには澄み渡った北国の青空が広がっていた。
「……ああ。火山のエネルギーはすべて、山麓に建設した『カイポリス第4発電所』と、隣接する『北の大陸最大・公衆温泉リゾート』の熱源に変換したよ。……これでもう、この山が爆発することはない。むしろ、お湯が沸きすぎて困るくらいだね」
「……温泉? カイ様、世界の危機を救った直後に、リゾート開発ですか……?」
リリスが呆れたように溜息をつくが、その口元には安堵の笑みが浮かんでいた。
「インフラ整備は、平和への第一歩だからね。……さて、レオン。君たち騎士団の次の任務だ」
吹雪の中で震えていたレオンを呼び寄せる。
「……な、なんだ。次はどの魔物を倒せばいい?」
「魔物なんていないよ。……君たちは、この温泉施設の『受付』と『脱衣所の清掃』を担当してもらう。……マナを奪うだけだった君たちが、今度は汗を流して民をもてなす番だ。……ほら、これがシフト表だ。遅刻は厳禁だよ」
「……脱衣所の、掃除……だと……?」
聖騎士団長が、温泉の掃除当番に任命された瞬間だった。
しかし、僕の視線はすでに、アーカイブが示す「次なるエラー地点」へと向いていた。
北の山を直したことで、世界のバランスは一時的に保たれた。だが、その皺寄せが、今度は「西の海洋」の底へと集中し始めている。
「……次は海だ。……深海一万メートルにある、世界の『排水溝』。そこが詰まっている」
カイ・ハイランドの現場は、ついに前人未到の深海へと広がろうとしていた。




