第3話:王都直通、高速道路(という名のただの道)
「……カイ様。今、なんと仰いました?」
聖女リリスが、震える声で僕に問いかけてくる。
僕は、拠点であるコテージの裏手で、昨日作った「杭」を調整しながら答えた。
「いや、ちょっと買い出しに行きたいなと思って。でもここ、足場が悪いだろ? だから王都の方まで『道』を通しちゃおうかなって」
「道……? 道を作るのは、国家規模の予算と数千人の人足、そして数年の月日が必要な大事業ですよ!?」
「まあ、普通はね。でも、土木を舐めちゃいけないよ」
僕は、地面に描いた設計図(概念レベル)を再確認する。
目指すは、王都の郊外にある商業都市。距離にして約五十キロ。
「【地質変換:アスファルト舗装】。あと、ついでに【勾配最適化】もかけちゃおう」
僕は愛用の測量棒を地面に突き立て、思い切り前方に振り抜いた。
――ッ、ゴオォォォォォォォォ!!
爆音。
僕の足元から、黒い「波」が荒野を切り裂いて伸びていった。
赤茶けた泥濘や尖った岩場が、一瞬にして平坦に。
魔力で極限まで圧縮された土は、鉄よりも硬く、氷よりも滑らかな漆黒の舗装路へと姿を変えていく。
わずか十数秒。
地平線の彼方まで、定規で引いたような「完璧な直線道路」が完成した。
「……は、……ぁ……?」
リリスが膝から崩れ落ちる。
「ありえない……。土魔法の最上位ですら、これほどの規模の地形改変は不可能です。しかも、この道……なんですか、この滑らかさは。魔法の気配を完全に遮断しつつ、衝撃を完璧に吸収している。……これ、聖騎士が全力で叩きつけても傷一つ付かないのでは?」
「あ、気づいた? 耐久テストとして『概念硬化』を混ぜておいたんだ。これならドラゴンが走っても大丈夫だよ」
僕は、昨晩からペットのようについてくる地底竜に目をやった。
ドラゴンは「グルル……(便利すぎだろ)」と言いたげに、さっそく舗装された道の上をゴロゴロと転がって悦んでいる。
「よし、リリスさん。このドラゴンの背中に荷台を載せて行こう。すぐ着くよ」
「ドラ、ドラゴンを運搬車に……!? 神よ、私は何を見ているのでしょうか」
***
その頃、王都からゲヘナ荒野を目指して移動している一行がいた。
大陸最大の商会『黄金の馬車』の会長、ガミールである。
「……くそっ! なんて道だ。馬車の車輪がまた折れたぞ!」
ガミールは忌々しげに吐き捨てた。
王立騎士団の管理不足のせいで、街道はボロボロ。普段なら三日で着く距離に、一週間もかかっている。
「会長! 前方に……何か、おかしなものが見えます!」
御者の叫びにガミールが顔を出すと、そこには異様な光景があった。
ボロボロの獣道の先に、突如として現れた『真っ黒で平坦な、鏡のような道』。
「な、なんだこれは……。おい、乗ってみろ」
馬車がその黒い道に足を踏み入れた瞬間――衝撃が消えた。
ガタガタという不快な振動が一切なくなり、馬車は滑るように加速していく。
まるで空を飛んでいるかのような静寂。
「お、おい! 揺れないぞ! ワイングラスに注いだ水面が、一ミリも動いていない! このスピード……通常の三倍は出ているぞ!」
「会長! 向こうから何か来ます! 巨大な……ドラゴンが、何かを牽引して爆走しています!」
前方から時速八十キロほどで迫ってくる、ドラゴンと、その背中の上で呑気に弁当を食べている少年。
「おーい、危ないから左側通行でお願いしまーす!」
少年――カイが軽く手を振って通り過ぎる。
その瞬間、ガミールは確信した。
「追え! あの少年を追うんだ! あの道、あの技術……あれこそが、次世代の『大陸の覇権』だぞ!」
***
一方、王都・騎士団本部。
「団長! 報告します! 先ほど、王都のメインゲート前まで『謎の漆黒の道』が突如として開通しました! しかも、その道の上を巨大な地底竜が疾走してきたとの目撃証言が!」
「……はぁ? 道が伸びてきただと? 何を言っている」
レオンは書類を投げ捨てた。
最近、城内の配管詰まりや雨漏りの修理に追われ、寝不足で頭がおかしくなりそうだった。
「本当です! しかも、その道を通れば荒野までたったの数時間で到着すると……!」
「馬鹿な……。そんな魔法、存在しない。……待て、荒野だと?」
レオンの脳裏に、追い出したあの少年の顔がよぎる。
「いや、ありえん。あいつは無能だ。全属性ゼロなんだぞ。……だが、もし……」
レオンの頬を、冷たい汗が伝った。
カイ・ハイランド。
彼が作り出した「インフラ」の衝撃が、ついに国家の喉元まで届こうとしていた




