第25話:王都、沈没。――「助けてくれ」と泣きつくレオンに、まずは工事申請書の書き方を教えます
天空都市ネピュラの所有権を事実上掌握し、莫大な修繕費を回収した僕たちの元に、一通の「悲鳴」が届いた。
それは、魔導波による正規の通信ではなく、魔力を使い果たしてボロボロになった伝書鳥が運んできた、手書きの血染めの紙片。
送り主は、聖騎士団長レオン。かつて僕を「無能」と呼び、街から放り出した男だ。
「……助けてくれ、カイ。王都が、王都が食われる。お前の望みは何でも聞く。だから、戻ってきてくれ」
その文面を読み上げ、セレナが鼻で笑った。
「現金なものね。自分たちがインフラを私物化して壊しておいて、手に負えなくなったらこれ。……カイ、無視してもいいのよ? ここは標高四万メートル、彼らの手の届かない場所なんだから」
「……いや、現場が悲鳴を上げているなら、放置するのは監督失格だ。それに、バルガスさんの話が本当なら、王都の地下にある『封印』が解けかかっている。これは世界規模の二次災害に繋がる」
僕は宇宙エレベーターを急降下させ、数ヶ月ぶりに王都ハイランドの地を踏んだ。
***
かつて白亜の美しさを誇った王都は、見る影もなかった。
地脈から逆流した「穢れの霧」が街を覆い、石畳の隙間からは不気味な触手のような根が突き出し、壮麗な建物を内側から引き裂いている。
「あ……あぁ……カイ……! 本当に来てくれたのか!」
王宮の正門前で泥にまみれ、剣を杖代わりに立っていたレオンが、僕の姿を見るなり這い寄ってきた。その背後には、空腹と汚染で疲れ果てた騎士たちの姿がある。
「見てくれ、この惨状を! 魔導炉は爆発し、地脈が暴走して街を飲み込もうとしている! お前の力で、この泥を今すぐ消してくれ!」
僕はレオンの差し出した手を無視し、腰の道具袋から一束の「書類」を取り出した。
「……何だ、それは? 魔法の触媒か?」
「いや。――【公共インフラ緊急修繕・施工申請書】だ」
「……は?」
僕は冷徹な目で、呆然とするレオンを見下ろした。
「レオン。ここはもう、君たちの王都じゃない。僕にとってはただの『倒壊寸前の危険現場』だ。無許可で勝手に手をつけるわけにはいかない。……ここにサインしろ。第一条、『本工事における一切の指揮権を現場監督カイに委譲する』。第二条、『王族および騎士団は、現場作業員(雑用)として監督の指示に無条件で従う』」
「ふざけるな! 私は聖騎士団長だぞ! 雑用などと――」
「じゃあ、帰るよ。……バルガスさん、エレベーターの逆転スイッチ入れて」
「おうよ、親方! こんな腐った現場、関わるだけ時間の無駄だ!」
僕が背を向けた瞬間、地面が大きく揺れ、王宮の尖塔が一本、音を立てて崩落した。
「待て! 待ってくれ! 書く……書けばいいんだろう!」
レオンは震える手で、泥にまみれた申請書に署名した。
その瞬間、僕の頭の中に王都全域の「管理権限」が流れ込んできた。
「……よし。契約成立だ。……リリスさん、セレナさん。防護マスクを配布。バルガスさん、重機を全機、地下へ投入して。……レオン、君たちはその辺の瓦礫をどかしてろ。足元が悪いと、僕の『仕事』の邪魔になる」
僕はヘルメットのライトを点灯させ、王都の地下へ続く暗い階段を見据えた。
そこからは、ドロドロとした黒い泥と共に、千年以上も前の「設計ミス」の匂いが漂ってきていた。
「……さあ、始めようか。王都ハイランドの『解体・再建築工事』だ。……まずは、その奥に眠っている『封印の化け物』に、不法占拠の退去勧告を突きつけてくるよ」
僕はスパナを握り直し、光の一切届かない奈落の底へと足を踏み入れた。
ここからが、僕の家系が隠し続けてきた、本当の「仕事」の始まりだった。




