第24話:天空の王、領収書に震える。――「払えないなら、この島をカイポリスの別荘地(ホテル)にします」
腐敗した配管の交換と、逆流防止弁の設置を終えた天空都市ネピュラ。
先ほどまでの不吉な振動は止まり、白亜の宮殿には本来の清浄な空気が戻っていた。しかし、僕の手元には、ドワーフのバルガスが計算した「あまりに現実的な数字」が記された羊皮紙が握られている。
「……さて、王様。工事完了のサインをいただこうか」
僕は再び、黄金の玉座に座るエルドラン王の前に立った。
王は、先ほどの墜落の危機を忘れたかのように、再び高圧的な態度を取り戻そうとしていた。
「……ふん。まぁ、揺れが止まったのは認めてやろう。だが地上人よ、貴様は我ら神聖なる天空の民を救う名誉を得たのだ。それ以上の報酬など――」
「リリスさん、あれを出して」
僕が合図すると、リリスは事務的な無表情で、一冊の分厚いバインダーを開いた。
「こちらが、今回の『緊急災害復旧工事』の最終見積書です。神の遺髪製ワイヤーの使用料、特注ステンレス魔導管の部材費、ドワーフ工兵百名の危険手当。さらに……天空と地上を結ぶ『宇宙エレベーター』の維持管理費を含めまして――」
リリスが提示した数字を見た瞬間、王の顔から血の気が引いた。
「な……っ!? 天空都市の全国家予算の八十年分だと!? 貴様、正気か!」
「正気だよ。これでも『友人価格』だ。……王様、君たちは数千年間、地上の魔力をタダで吸い上げて優雅に暮らしてきた。その『未払い金』を、今回まとめて請求させてもらっただけだよ」
僕は一歩、玉座へ歩み寄った。
「払えないなら、無理にとは言わない。その代わり――この『天空都市の所有権』を、カイポリス工務店に譲渡してもらう」
「……っ、何だと!?」
「ここを『カイポリス直営・天空リゾートホテル』として再開発する。地上からのエレベーターも繋がったことだし、絶景を楽しみたい観光客は山ほどいる。……君たちは、そのホテルの『清掃スタッフ』として雇用してあげてもいいよ。翼があるから、高いところの窓拭きには最適だよね」
王は、自分の誇りが土足で踏みにじられる感覚に、ガタガタと震え出した。だが、背後に控える僕の護衛――ドラゴンを連れたセレナが、静かに弓を引き絞るのを見て、彼はついに膝を屈した。
「……分かった。……払う。魔石の備蓄をすべて差し出そう。だから、ホテルの従業員になど……」
「契約成立だ。……リリスさん、入金を確認したら、すぐに駅ナカの銀行へ送金して」
***
工事の片付けをしながら、僕は宮殿のバルコニーから下界を見下ろしていた。
高度四万メートル。そこからは、僕が作り上げた鉄道のラインや、輝くカイポリスの街並みが、まるで精巧な模型のように見えた。
しかし、その視界の端。
聖王国ハイランド――僕が追放された王都の周辺だけが、どす黒い霧に包まれている。
「……カイ、見て。あの霧、ただの雲じゃないわ。……地脈が『毒』を吐き出しているのよ」
セレナが僕の隣に立ち、鋭い視線で王都を睨む。
先ほど、僕が天空への魔力供給を正常化するために行った「逆流防止」の影響だ。これまで一方的に魔力を奪われ、無理やりバランスを保っていた地上の地脈が、急激な圧力変化に耐えきれず、内部に溜まった「穢れ」を地表に噴出させ始めている。
「……ああ。王都は今頃、パニックだろうね。……でも、バルガスさん。さっきの『じいちゃんの署名』、気にならないか?」
僕は、工事の際に撮影した古代文字の画像をバルガスに見せた。
「……親方。俺のじいさまが言ってたことが本当なら……ハイランド家は『王都を守る家系』じゃねえ。……『王都という名の封印を、地下で管理する監視員』だったはずだ」
ドワーフの族長が、珍しく真剣な表情で髭を揺らした。
「封印……?」
「ああ。あの王都の地下には、何か『あってはならないもの』が埋まっている。だからこそ、代々ハイランド家がその圧力を調整し、天空都市へ逃がすことで、世界を安定させていた。……親方、あんたを追放した連中は、その『仕組み』を知らずに、自分たちの特権だと勘違いして、命綱を自ら切りやがったんだ」
霧に沈む王都。
そこで今、レオンたちが直面しているのは、単なる停電や魔導炉の故障ではない。
数千年間、僕の先祖たちが命をかけて抑え込んできた「世界の膿」が、ついに蓋を開けようとしていた。
「……リリスさん。……次の工事、決まったよ」
僕はヘルメットのバイザーを下げ、宇宙に近い冷たい風を吸い込んだ。
「王都の『解体修理』だ。……ただし、あそこはもうボロボロだ。一度、全部ぶっ壊す必要があるかもしれないけどね」
僕の言葉は、静かに、しかし確かな「納期」を伴って、遥か下方の地上へと向けられた。




