第22話:天空の住人は引きこもり。――「修理代を払うまで、浮遊機能は停止したままです」
高度四万メートル。空気が希薄で、星の光が暴力的なまでに突き刺さる天空都市ネピュラの底部。
僕たちは、神の遺髪で編んだワイヤーに吊るされたエレベーターから、都市の基部である「反重力プラットフォーム」へと足を踏み入れた。
「……寒い。カイ様、ここには生命の気配がほとんど感じられません」
リリスが、魔力で編んだ防寒コートの襟を立てながら周囲を見渡す。
足元の岩盤は、地上では見ることのない透き通った『月長石』で構成されていたが、その至る所に不吉な亀裂が走り、中からは腐敗した魔力の煙が漏れ出している。
「当然だよ。ここの『循環システム』は完全に死んでいる。……セレナさん、その岩の陰に隠れて。誰か来る」
僕が警告を発した直後、白銀の甲冑を纏い、背中に光り輝く「翼」のような魔導デバイスを背負った兵士たちが、宙を舞って現れた。
「何奴だ! 神聖なる天上の庭に、地上から汚らわしい『紐』を伸ばした不届き者は!」
兵士たちのリーダーらしき男が、眩い光を放つ槍を僕の喉元に突きつけてくる。
だが、僕はその槍の「穂先」を見て、溜息を漏らした。
「……その槍、いい加減に研ぎ直した方がいいよ。魔力の集束回路が焼き付いてる。そんなんじゃ、バターも切れない」
「なっ……!? 貴様、神の武具を愚弄するか!」
「愚弄じゃない。現場監督としての忠告だ。……それより、早く責任者を呼んでくれ。あと一ヶ月でこの島は王都に墜落する。僕たちはそれを止めに来た『修理業者』だ」
***
連行された先は、島の中央にそびえ立つ黄金の宮殿だった。
そこに座っていたのは、透けるような白い肌と、虚ろな瞳を持った『天空人』の王、エルドラン。
「地上人よ……。余らは、地上に降りることを禁じられた高潔なる種族。墜落など、神が許さぬ。余計な世話だ」
王は退屈そうに頬杖をつき、僕たちの言葉を鼻で笑った。
だが、僕の測量眼は、この宮殿の地下に眠る「世界の秘密」の一端を捉えていた。
この島の浮遊機関は、地上の「ある場所」から吸い上げた魔力で動いている。
そしてその吸い上げ口は、僕が追放された『聖王国ハイランド』の地下最深部に繋がっているのだ。
(……伏線:なぜ「無能」とされたカイの家系が、代々王都の地下施設の管理を任されていたのか。この島との接続こそが、その理由なのか?)
「王様、勘違いしないでほしい。僕はボランティアでここに来たわけじゃない」
僕はタブレットを取り出し、天空都市全体の「修繕見積書」をホログラムで空中に投影した。
「反重力クリスタルの再構成、大気の循環システムの全交換、そしてこの宮殿の耐震補強。……合計で、天空都市の備蓄魔石の七割を請求する。払えないなら、今すぐワイヤーを切り離して、勝手に落ちてもらうだけだ」
「……な……なな、七割だと!? 狂っているのか!」
「狂っているのは、家が崩れかけているのに掃除すらしない君たちのほうだよ。……見てくれ、この床を」
僕は宮殿の豪華な絨毯を剥ぎ取った。そこには、真っ黒に変色した『魔力伝導路』が、癌細胞のように広がっていた。
「これは『腐蝕魔圧』だ。地上の魔力を吸い上げすぎて、排熱が追いつかなくなった結果だよ。……王様、君たちが地上を見下している間に、君たちの足元はとっくに腐りきっているんだ」
王の顔が、初めて恐怖に歪んだ。
「……直せるのか。それを、お前のような土工が」
「土工じゃない。現場監督だ。……リリスさん、セレナさん。作業準備。まずはこの腐った配管を全部引っこ抜いて、カイポリス製の『強化ステンレス魔導管』に交換するよ」
「了解です、カイ様! 天空の『大掃除』、始めましょう!」
リリスが袖を捲り上げ、神聖魔法で配管の「消毒」を開始する。
一方で、僕は確信していた。
この天空都市を修理し、王都との「不自然な接続」を断ち切れば、王都の魔力源は完全に枯渇する。
それは、僕を追い出したレオンたちへの、最大かつ「不可抗力」な復讐になることを。
工事は、単なる修理を超え、世界のパワーバランスを根底から書き換える「革命」へと変わろうとしていた。




