第21話:天空都市との接触。――エレベーターのワイヤーには、神の髪の毛を使います
砂漠の「蛇口」を直し、利権屋たちをコンクリートの彫像に変えたことで、カイポリスの農業生産力は大陸全土を養えるほどに膨れ上がった。
だが、地上を豊かにしたカイの視線は、通信衛星『カイ・リンク』が捉えた「ある異常数値」に釘付けになっていた。
「……地上四万メートル。対流圏も成層圏も突き抜けたその先に、巨大な『質量』が静止している」
カイポリスの中央指令室。ホログラム投影された青い惑星の模型の上に、一点だけ、真っ白な光の粒が点滅していた。
「カイ様、それが伝説の『天空都市ネピュラ』なのですか?」
リリスが、衛星から送られてくる高精度の画像を見つめて呟く。そこに映し出されていたのは、雲海を遥か下に見下ろす、純白の岩盤に築かれた白亜の宮殿群だった。
「ああ。でも、ただの浮遊島じゃない。……衛星のデータによれば、あの島の底部にある『浮遊機関』の魔力回路がボロボロだ。あと一ヶ月もすれば、重力の均衡が崩れて、あの巨大な岩塊が、ちょうど王都の真上あたりに墜落する」
「……えっ、墜落!? あんな大きさのものが落ちたら、大陸の半分が消滅しませんか!?」
セレナが顔を真っ青にして叫ぶ。
「そうなるね。だから――あそこに『エレベーター』を通す。島を地上から吊り下げて固定しつつ、僕が直接乗り込んで修理するんだ」
「……エレベーターって、カイ。あの高さまで、どうやって紐を伸ばすつもりなの? どんな鋼鉄の鎖だって、自分の重さで千切れてしまうわよ」
セレナの指摘は、土木工学的にも正しい。四万メートルという超高高度まで、自重で断裂しない「ワイヤー」など、この地上には存在しない。
だが、僕は不敵に笑って、デスクの上に置かれた一つの「箱」を開けた。
「普通の素材じゃ無理だ。だから、これを使う。――『神の遺髪』だ」
箱の中から現れたのは、黄金色に輝く、髪の毛ほどの細さの繊維だった。かつて神代の時代、天から降り立った神が落としたとされる伝説の素材。ドワーフのバルガスが「先祖代々、何に使うかも分からず守ってきた」という至宝だ。
「この繊維は、一本で一万トンの張力に耐え、かつ重量がほぼゼロに等しい。……これを、僕の『分子結合魔法』で編み込み、さらにカイポリスの魔導カーボンを蒸着させて補強する」
***
建設は、カイポリスの誇る「垂直射出塔」で開始された。
「バルガスさん! ワイヤーの編み込み、ピッチを0.01ミリに固定だ! 一箇所の緩みが、天空からの死に直結するぞ!」
「おうよ、親方! 神の毛を編むなんて、ドワーフ冥利に尽きるぜ! 野郎ども、気合入れろ!」
数千人のドワーフと、精密な指先を持つエルフたちが、交代制でワイヤーを編み上げる。
僕はその中心に座り、絶え間なく魔力を注ぎ込み続けた。
【固有権能:極限引張強度付与――『天の梯子』施工】
編み上げられた黄金のワイヤーが、衛星の軌道計算に基づいた「垂直」を保ちながら、天へと向かって伸びていく。
一万メートル……雲を突き抜け、酸素が薄くなる。
二万メートル……空の色が濃紺に変わり、強風がワイヤーを揺らす。
「【定常振動相殺】。……よし、揺れは吸収した。次は、カゴ(搬器)の射出だ」
僕は、気密性を完璧に高めた特殊な「エレベーター・ケージ」に乗り込んだ。
同乗するのは、震えが止まらないリリスと、弓を握りしめたセレナだ。
「リリスさん、セレナさん。ここからは気圧が変わるから、耳抜きを忘れないで。……出発だ」
ゴォォォォォォォォォォン……ッ!!
足元から重力魔法による加速が加わる。
エレベーターは猛烈な速度で上昇を開始した。窓の外の景色が、緑の大地から、広大な雲海へ、そして湾曲する地球の地平線へと変わっていく。
そして、上昇開始から三十分。
ついに、その「絶望」が見えてきた。
目の前に現れた天空都市ネピュラの底部。
そこでは、数千年も放置された巨大な『反重力クリスタル』が、黒ずんだ魔力の火花を散らしながら、今にも砕け散ろうとしていた。
「……ひどい現場だ。……リリスさん、セレナさん。ここはもう、神の領域じゃない」
僕はエレベーターの扉を開け、酸素マスクを調整した。
足元は遥か四万メートルの虚空。
「ここは、ただの『メンテナンス放置物件』だ。……さあ、世界滅亡を食い止めるための、残業といこうか」
僕は宇宙に最も近い場所で、スパナを握り直した。




