第19話:空からの測量。――砂漠に沈んだ「古代の蛇口」を見つけ出す
魔導通信衛星『カイ・リンク』がもたらしたのは、通信の安定だけではなかった。
高度数百キロメートルから大陸を俯瞰する「静止軌道スキャン」により、地上からは決して見ることのできない、地脈の「澱み」や不自然な地形の歪みが、詳細な3Dマップとして僕のタブレットに映し出されていた。
「……リリスさん、ここを見て。ゼノスのさらに南、死の砂漠『ゲヘナ・ディープ』のど真ん中だ」
僕はホログラムを展開し、砂に埋もれた「ある一点」を指し示した。
「……何ですか、これ。ただの砂の塊に見えますが……」
「地表のスキャンデータを透過処理して、地中の魔力密度を可視化してみたんだ。……ほら、ここに『巨大な直線』が走っているだろう? これは自然物じゃない。人工的な『配管』の跡だ」
「配管? こんな数千年も人が住んでいない死の砂漠にですか?」
隣で地図を覗き込んでいたセレナが、身を乗り出す。エルフの伝承にも、その砂漠の地下に何かが眠っているという話はないらしい。
「しかも、この配管の先には、かつて世界中に水を供給していたであろう『巨大な弁』がある。……ここを修理して再起動すれば、干上がった南大陸すべてに水が戻るかもしれない」
「……カイ。あんた、今度は大陸の『生態系』そのものをリフォームするつもりなの?」
「リフォームじゃないよ、セレナさん。これは『公共事業』の残務処理だ。誰かが忘れていった蛇口を、僕が閉め(あるいは開け)に行く。それだけのことだよ」
***
数時間後。魔導列車を砂漠の際まで走らせ、そこからは地底竜の背に乗って、僕たちは熱波の渦巻く砂漠の中央へと到達した。
気温は五十度を超え、蜃気楼がゆらゆらと視界を歪める。だが、僕のヘルメットには『局所気候管理』が内蔵されている。僕の周囲だけは、常に二十二度の快適な現場環境だ。
「ここだ。……【構造分解:流砂固定】」
僕が砂地に手を当てると、周囲数百メートルの砂が瞬時にガラス状に固まり、巨大なすり鉢状の穴が出現した。
その底に、それはあった。
黄金色に輝く、巨大な金属の円筒。
表面には、現代の魔導工学では解読不能と言われる『超古代文字』が刻まれている。
「……これが、古代の蛇口?」
「正確には、惑星規模の『魔導式広域灌漑システム』の主幹バルブだね。……あぁ、やっぱり。パッキンが経年劣化でボロボロだ。ここから魔力が漏れて、周囲の水分を吸い上げちゃってる。だからここ一帯が砂漠化したんだ」
僕は腰の道具袋から、特製の「液体ミスリル・シーラント」を取り出した。
「バルガスさんから譲ってもらったドワーフの秘伝素材に、僕の『分子結合魔法』を混ぜた。これなら万年は保つ」
僕は巨大なバルブに飛び乗り、隙間にシーラントを注入していく。
同時に、錆びついた歯車に【摩擦係数零】を付与した。
「……よし。――【一斉開放】!」
ガリガリッ……ゴォォォォォォォォォッ!!
大地が、悲鳴のような咆哮を上げた。
僕がバルブを回した瞬間、地中の配管を数千年ぶりに「水」と「魔力」が駆け抜けた。
ドォォォォォォォン!!
砂漠のど真ん中から、高さ百メートルを超える「水柱」が噴き出した。
ただの水ではない。かつて世界を潤していた、生命力に満ちた聖水だ。
噴き上がった水は、僕が即座に構築した『放射状水路』を通り、猛スピードで砂漠の四方へと広がっていく。
「見て! 砂漠が……緑に変わっていく……」
リリスが息を呑んだ。
水が触れたそばから、枯れ果てていた種が芽吹き、一瞬にして一面の草原が形成されていく。
「……これでよし。ついでにここに、南大陸最大の『農業拠点』を作ろう。……あ、ガミールさんに連絡して。『スイカの種を百万個持ってこい』って」
「……カイ様。あなたは、奇跡を安売りしすぎです」
リリスが祈るように胸の前で手を組んだが、当の僕は、バルブの継ぎ目の「仕上げ」が完璧かどうか、それだけを気にしていた。
***
一方その頃。
「死の砂漠」の異変は、大陸中の国家に観測されていた。
特に、砂漠の恩恵(?)で不当に高い水価格を維持していた西方の宗教国家『ルミナス』。
彼らの大聖堂では、枢機卿たちが震えながら、突如として緑に変わった砂漠の報告書を読み上げていた。
「バカな……! 神の呪いである砂漠を、誰が浄化したというのだ!」
「……カイ・ハイランド。あの、王都を追放された土木師です。彼は今、宇宙からの眼で、神々が隠した秘宝を『ただのインフラ』として掘り返しています!」
「……その男を止めろ。でなければ、我々の権威は地に落ちる……!」
カイの「正しい工事」が、知らず知らずのうちに、世界の既得権益を根底から破壊し始めていた。




