第18話:空を見上げろ。――魔導通信衛星『カイ・リンク』の打ち上げ
巨大ダム『アクアリア・パワーゲート』の完成により、都市カイポリスの電力事情は劇的に改善された。だが、新たなインフラが整えば整うほど、カイの悩みは深まっていた。
「……やっぱり、電波(魔導波)の直進性がネックだな」
僕はタワーマンションの屋上で、手元のタブレットと睨めっこしていた。
ガミール商会の出張員たちが遠方のゼノスやエルフの里へ向かう際、山や地平線の陰に入ると、どうしても魔導通信の感度が落ちてしまうのだ。
「カイ様、またそんな難しい顔をして。ガミールさんは『これでも王都の伝書鳩より一万倍速い!』と泣いて喜んでいますよ?」
隣で冷たい麦茶(核融合冷蔵庫で冷やしたもの)を差し出しながら、リリスが言った。
「リリスさん、一万倍で満足してちゃダメなんだ。通信の遅延は、現場での事故に繋がる。……地上にアンテナを建てるのが限界なら、空に置くしかない」
「空に……? 気球でも揚げるのですか?」
「いや。もっと高く。空気がなくなる場所まで打ち上げて、世界中を見渡せる場所に『固定』するんだ」
***
翌朝、カイポリスの広場には、異様な物体が鎮座していた。
ドワーフたちが総力を挙げて鍛え上げた、全長十メートルの「銀色の槍」のような筒。表面には、エルフの里から提供された高純度の魔導水晶が、幾何学的な模様を描いて埋め込まれている。
「親方! 言われた通り、内側は空洞にして、例の『爆発する粉(魔導燃料)』を詰め込んどいたぜ。……でもよ、こんな重い鉄の塊が、本当に空に飛ぶのかい?」
バルガスが不安げに鼻を鳴らす。
「重力に逆らうんじゃない。重力を『利用』するんだよ、バルガスさん。……よし、最終点検。――【構造最適化:真空耐性付与】」
僕は筒の表面を撫で、極寒の真空環境でも壊れないよう、分子の結合を極限まで密にした。
「……カイ、本当にやるのね。空は精霊たちの領域よ。あまり高くへ行くと、嵐の精霊が怒るわよ?」
セレナが弓を構えながら、心配そうに空を見上げる。
「大丈夫だよ、セレナさん。怒る前に、追い越せばいいんだから」
僕はタブレットのカウントダウンを開始した。
「……三、二、一。――【点火】!」
ドォォォォォォォォォォォォォォン!!
都市全体が地震のような振動に包まれた。
銀色の筒の底部から、凄まじい青白い炎が噴き出し、爆音と共に大気が引き裂かれる。
住民たちが悲鳴を上げて地面に伏せる中、銀の槍――魔導通信衛星『カイ・リンク1号』は、またたく間に雲を突き抜け、青い空の彼方、星が見えるほどの高みへと消えていった。
「……消えた……。神々の座まで、届いてしまったというの……?」
リリスが呆然と空を見上げる。
「よし、軌道投入成功。……地脈とのリンクを開始。――【全領域通信網:同期】」
僕が指をパチンと鳴らす。
その瞬間、街中の掲示板や、住人たちが持っているタブレットのアンテナマークが、一斉に輝きを増した。
「わっ! 見て、カイ先生! ゼノスにいるお父さんの顔が、こんなにハッキリ見えるよ!」
子供たちが画面を指してはしゃぎ出す。
それだけではない。
僕の脳内には、衛星が捉えた「大陸の全貌」がリアルタイムの地図として描かれていた。
どこに魔物がいて、どこに未開発の資源があるか。すべてが手のひらの中にある。
「これで、世界中のどこにいても『現場』と連絡が取れる。……うん、いい工事だった」
「……カイ様。あなたは今、この世界の『距離』という概念を完全に殺したのですよ。……分かっていますか?」
リリスの言葉通りだった。
***
一方その頃、王都。
「団長ぉぉぉぉ! 空から、空から巨大な火柱が上がって、星が動いたと報告が!」
「……星が動いた?」
「はい! 占星術師たちが『天の理が書き換えられた!』と泡を吹いて倒れました! おまけに、王都唯一の通信手段である使い魔の鳥たちが、あまりに強力な魔導波のせいで方向感覚を失い、一羽残らず西の方角へ飛んでいってしまいました……!」
レオンは、もはや部下を叱る気力もなく、真っ暗な王座に座り込んでいた。
空すらも支配下に置いたカイ。
王都が必死に守っていた「権威」という名の薄い氷は、今やカイが打ち上げた光の影に、影も形もなく溶け去ろうとしていた。
「カイ……。お前は……一体どこまで行くんだ……」
レオンの呟きは、誰に届くこともなく、静まり返った廃墟のような城に響くだけだった。




