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パレット  作者: 青原朔
128/129

ep97.さよなら、春。

瓦礫が宙に浮く。


能力結晶が唸る。


強欲の少年は、笑っていた。


「ちょうだい」


その一言で。


空気が抜けた。


葵の手から、水が消える。


「……え?」


魔力が、出ない。


天音の剣が、光を失う。


ソードマスターが、切れた。


「なに……?」


白パレットのページが、めくれない。


春の黒が、霧散する。


黒化が、解ける。


ただの、人間。


強欲は首を傾げる。


「欲しいって思ったら、もらえるよ」


能力の一時停止。


解除。


奪うわけじゃない。


“使わせない”。


それだけで、十分だった。


結晶の雨が落ちる。


葵が動けない。


天音が反応できない。


春は、考えるより先に動いた。


天音を、抱き寄せる。


背中で、受ける。


瓦礫が叩きつけられる。


骨が軋む。


血が、飛ぶ。


「春!」


天音が叫ぶ。


葵の目が、揺れる。


その瞬間。


零が、内側で静かに呟いた。


――ああ。


やっぱり。


結晶が、もう一度落ちる。


今度は、葵の頭上。


春は振り向く。


でも。


間に合わない。


銃声。


乾いた音が、裏世界に響く。


強欲の結晶が、弾かれる。


「悪いな、ガキ」


鷹見が、瓦礫の上に立っていた。


煙を上げる銃。


「三人とも下がれ」


強欲が、目を細める。


「へぇ」


「増えた」


でも、少年は笑うだけだった。


「今日はここまで」


指を鳴らす。


能力が、戻る。


水が溢れる。


白が光る。


黒が、戻る。


強欲は、ふわりと後退する。


「宝物は、また今度」


消える。


静寂。


瓦礫の中。


春は、まだ天音を抱いている。


無意識に。


葵は、それを見ていた。


零も、見ていた。


守った。


迷いなく。


選んだ。


零の声は、冷たかった。


――この人は、私たちを選ばない。


葵の胸が、締め付けられる。


違う。


分かってる。


分かってた。


でも。


証明された。


どうしたら。


天音から春を奪える?


零が、静かに笑う。


――無理だよ。


水面が、ひび割れる。


なら。


いっそ。


殺してしまおう。


その思考は、甘くて、静かで、危険だった。


葵の瞳が、わずかに濁る。


零が、囁く。


――さよなら。


まだ、声には出ていない。


でも。


何かが、確実に始まった。


強欲が消えたあと。


瓦礫の粉塵が、ゆっくりと落ちていく。


春はまだ天音を抱えたまま。


「……大丈夫か」


その声が、葵の胸に刺さる。


違う。


分かってる。


でも。


零が、静かに笑った。


――もういいよ。


次の瞬間。


足元が、鳴る。


パキッ。


空気が凍る。


春の足が、凍結する。


天音も。


鷹見も。


動けない。


地面から、氷柱が伸びる。


冷気が、裏世界を白く染める。


「……葵?」


春が、振り向く。


違う。


その目は。


水卜葵じゃない。


乾いた笑い。


「は……」


もう一度。


「はは」


零が、前に出る。


髪が、白く染まる。


瞳が、氷の色に変わる。


「やっぱり私は」


氷が、空を覆う。


「嫉妬の王だ」


天音が、息を呑む。


葵の身体。


でも。


立っているのは、零。


春を見る。


まっすぐ。


迷いなく。


「守ったね」


微笑む。


「迷いなく」


胸が、痛む。


「じゃあね、春」


一歩、後退する。


氷の壁が、三人を隔てる。


「強欲」


その名を、呼ぶ。


遠く。


裏世界の歪みが、反応する。


零の足元に、氷の道が伸びる。


「一人で王になれると思わないで」


振り返らない。


「私は、私のやり方でやる」


そして。


強欲の消えた方向へ、走る。


氷の残滓だけを残して。


氷が、砕ける。


足の拘束が解ける。


春は、追いかけようとする。


でも。


動けない。


「……零」


遅い。


天音が、静かに言う。


「行かせたのは、あなた」


春は、答えない。


答えられない。


選んだ。


それだけは、事実だった。


裏世界が、静かになる。


でも。


盤面は、完全に変わった。



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