ep93.戦い前の
裏世界・出口付近。
瓦礫と歪んだ空が、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
暴食は退いた。
半分を削られ、なお生きたまま。
春は、深く息を吐く。
零が少し離れた位置で腕を組む。
魅魅は「はーる、ほんと無茶」と言いながらも、まだ距離が近い。
天音と葵がそれを睨む。
久我が煙草に火をつける。
美波は静かに周囲を警戒している。
青原は、いつも通りだ。
「帰ろう」
それだけ。
喫茶アオハラへ。
まだ終わっていない。
だが、一度整える必要がある。
その途中。
路地の影から、声。
「遅かったな」
須川。
腕を組み、壁にもたれている。
春が目を見開く。
「なんでここに」
青原が答える。
「僕が呼んだ」
須川の視線が、全員をなぞる。
「対黒局での仕事は?」
低い問い。
青原は、肩をすくめる。
「もうないよ」
その瞬間。
全員の端末が震える。
警告。
緊急速報。
【対黒特別対応局 本部壊滅】
【王級反応複数】
【人器反応確認】
【内部戦力壊滅】
沈黙。
須川が、青原を見る。
「……そのために呼んだのか」
青原は頷く。
「君に死なれては困る」
静かに。
当たり前のように。
「この先の戦いは、数が多い方が有利だ」
須川は、ふっと鼻で笑う。
「俺を駒にする気か」
「違う」
青原の目が、ほんの少しだけ鋭くなる。
「共犯だ」
その時。
空気が、わずかに震えた。
音ではない。
圧でもない。
ただ、どこか遠くから届く“意志”。
強欲の笑い。
暴食の飢餓。
憤怒の炎。
そして。
りりの声が、耳鳴りのようにかすかに響く。
――どこだって戦ってあげるよ、青原。
青原は、ゆっくりと空を見上げる。
そして。
小さく笑った。
楽しそうに。
「……僕と戦う気かい?」
その声音に。
零が、ぞくりとする。
春が、青原を見る。
いつもの穏やかな喫茶店のマスターの顔ではない。
作者の顔だ。
世界を一つ上から見ている男の顔。
須川が銃を確認する。
「で、どうする」
青原は答える。
「帰ろう」
「コーヒーを淹れないと」
そして。
静かに付け加える。
「戦争の前は、腹を満たすものだよ」
遠くで。
裏世界が、また一つ崩れた。




