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パレット  作者: 青原朔
114/123

ep83.恐怖と安堵。

葵の血が、瓦礫に落ちる。


その赤が、やけに鮮明だった。


春の呼吸が荒い。


瞳が揺れている。


だが。


飢餓は、まだ消えていない。


喉の奥で、何かが蠢いている。


「足りない」


零が動く。


一瞬で距離を詰める。


氷が爆ぜる。


春の両肩を掴む。


冷たい。


容赦ない冷たさ。


「目、覚ませ!!」


凍気が、春の身体を包む。


表面を凍らせるのではない。


内部へ。


暴食の半身に向けて、突き刺す。


「それはお前じゃない!」


氷が、黒を締め上げる。


暴食の気配が、春の中で暴れる。


飢餓が唸る。


「離せ……!」


春が零を振り払おうとする。


だが零は離れない。


氷がさらに強まる。


「葵を見ろ!!」


その声で。


春の視線が、ゆっくりと横へ向く。


瓦礫の中。


血を流しながら、それでもこちらを見ている葵。


震える手。


でも、逃げない。


その視線。


信じている目。


「……っ」


飢餓が、一瞬だけ、鈍る。


零がさらに叫ぶ。


「お前が壊れたら、私が止めるって言っただろ!」


氷が、春の胸を貫く。


冷たさが、意識を引き戻す。


暴食の半身が、軋む。


春の呼吸が乱れる。


「……止まれ」


自分に言い聞かせるように。


「止まれ」


黒が、収縮する。


完全には消えない。


だが、暴走は止まる。


その瞬間。


暴食が、動いた。


削られた半身を抱えたまま。


巨大な都市の影が、ゆっくりと後退する。


笑っている。


声は出さない。


だが、確実に。


「理解した」と言わんばかりに。


裏世界の空が歪む。


吸引が逆流する。


瓦礫が、暴食の中へ戻っていく。


撤退。


追撃はできない。


今の春に、それは無理だ。


暴食は、最後に。


春を見た。


値踏みするように。


そして。


消える。


裏世界に、静寂が戻る。


残ったのは。


血。


崩れた地面。


震える春。


氷を解かない零。


そして。


動けない葵。


春が、零を見る。


「……ありがとな」


声が、掠れている。


零は、しばらく睨んだまま。


やがて、ゆっくり氷を解く。


「次は本気で殺す」


震えていた。


怒りで。


恐怖で。


安堵で。


そして。


遠くで。


咲が、にやりと笑った。

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