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次元都市アクシス  作者: 七夜
04 運命の交叉路
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Chapter02-2

 殺意と狂気に塗れているはずの変異体らしからぬ不気味な光景。

 もし何も知らずに対面していれば、対応は後手に回っていただろう。

「――ミハイルッ!」

 だが瑞葉とミハイルの判断は迅速だった。

 変異体の姿を見止めた瞬間、瑞葉はそれらの頭上にワイヤーを投じていた。《コーディネートアンカー》と組み合わせて空間中に張り巡らせることなく、ただ幾重に折り重なったまま宙を漂っていく。

 そこへ《マスハンドラー》による質量増大がかかれば何が起こるか。

加重(プラス)

 大質量を得た単分子ワイヤーが星の力に引き寄せられ、怒涛の勢いで降り注いだ。

 即席のギロチンと化したワイヤーは、領域内の存在を瞬く間に切り刻んでいく。変異体たちは断末魔も上げることなく、ひたすら肉を切り裂く音だけが響き渡る。

 そしてサイラムに対しても例外なくワイヤーが迫っていた。

 生きたまま捕縛するという選択肢は最初から捨てていた。都市を揺らす威力の攻撃に、変異体を操って見せたかのような所作。生かしておくのはあまりにも危険すぎる。

「凄いな。発想の勝利だ」

 呑気にそんなことを宣いながら、サイラムはまともにワイヤーを食らった。

 大型の変異体すら両断する一撃だ。生身の人間が食らえばひとたまりもない。

 ただしそれは、相手が普通の人間ならの話だった。

「うん。結構重たいな」

「なっ……!?」

 切り裂くどころか食い込みすらせずサイラムの肩に垂れ下がったワイヤーを見て、ミハイルが絶句していた。

 肩から路面に向かってワイヤーはピンと張っており、加重が消えているわけではない。如何なる能力を行使しているのか、真っ向から耐久しているように見えた。

「解除しろミハイル!」

 鋭く呼びかけながら瑞葉は飛び出す。

 《リィンフォーサー》を起動し、更に《アクセラレーター》を最大出力。本来なら意識すら保てなくなる超加速を強引に成立させ、砲弾の如くサイラムへ肉薄し。

「破ァ――ッ!!」

 渾身の蹴りを叩き込んだ。

 瑞葉が単身で繰り出すことができる中では最大の一撃。ただ速いだけではない。武術として極め、次元技術によって更に強化した蹴りだ。並の変異体なら四散し、例え耐えようとも大きく後退させる威力はあるはずだった。

「何だと……!?」

「いい蹴りだね。効かないけど」

 しかし相手は吹っ飛ぶどころか、その場から一歩たりとも動くことはなかった。

 脱力した棒立ち状態に加え、確実に芯を捉えた手ごたえもある。

 にもかかわらず、地下深くに根付いた大木のようにサイラムの体は微動だにもしない。

「ボーっとしてていいのかな」

「ちっ!」

 ゆったりとした動作で腕を伸ばしてきたサイラムに瑞葉は更に蹴りを入れ、その反動で大きく飛び退いた。

 攻撃的な動作ではなく、本当にただ触れようとしただけの動きだ。

 にもかかわらず瑞葉は全身の細胞が粟立つような危機感を抱いた。《リィンフォーサー》でほぼ絶対的な防御力を得ている上で、生命の危機を感じた。

 理由はわからない。だが瑞葉のこういう時の勘は大体当たっている。

「お嬢様!」

「私は大丈夫だ! 能力の詳細がわかるまで奴には絶対に近づくな!」

 そうは言ったものの、瑞葉は考えを巡らせる。

 現在までに得られた情報を統合すれば、サイラムの異様な耐久力は瑞葉自身のそれと酷似している。《リィンフォーサー》のような能力を持っているなら冷気の影響を受けず、斬撃や打撃でダメージを負うこともない。

 ただし《リィンフォーサー》は物体の破壊を防げても、慣性を打ち消す効果はない。サイラムの体格からして、体重は精々六〇キロ前後と言ったところ。あの蹴りを受けてその場に留まれるはずもない。

「……ではこう致しましょう。加重」

 答えを出すよりも早く、再びミハイルの《マスハンドラー》が効果を発揮する。

 今度の対象は――

「おっと」

 現れてから姿勢を殆ど変えていなかったサイラムが、突如としてその場に跪いた。背中を撓めたまま起き上がろうとするも、遂には完全にその身を地に伏せてしまう。

「そうか、《マスハンドラー》なら……!」

 ミハイルは彼自身の質量を増大させたのだ。

 《リィンフォーサー》は一見して無敵だが、完全無欠ではない。

 外部からのエネルギー的変化はシャットアウトできるが、使用者自信が発生させた変化はそのまま適応される。そうでなければ、装置を起動した瞬間から身動き一つ取れなくなってしまうからだ。例えば熱湯を浴びても火傷一つ負わないが、運動をすれば体温は上がるし疲労も溜まる。元の持続時間も合わせ、持久戦には滅法弱い。

 そしてもう一つ、明確な弱点がある。

「《リィンフォーサー》が防げるのはあくまで外部からのエネルギー変化。質量の情報を直接書き換える《マスハンドラー》は無効化できますまい」

 更に言えば、《リィンフォーサー》自体に身体能力を向上させる効果はない。瑞葉は《アクセラレーター》との併用で本来の膂力以上の力を打撃に上乗せしている。

 一つ目の弱点も合わせれば、自重が肉体の限界を超えればサイラムのように身動きもままならなくなる。このまま能力の限界が訪れるまで加重を続ければ、いずれ潰れて死ぬだろう。

 対象の位置さえわかっていれば距離を無視して干渉できる《マスハンドラー》は補助のみに留まらず、通用する相手であれば一方的に攻撃可能な次元兵器なのだ。

「これはきついな。指一本動かせやしない」

「ならば少しは苦しそうにしたらどうだ……ミハイル、このまま出力を上げ続けろ」

「よろしいのですか?」

「構わん。詳しい情報は他の者に聞けばいい」

 先の口ぶりからして、少なくともあと一人は仲間がいるらしい。恐らくこの寒波を発生させている者だろう。直接的な戦闘能力がないというなら、近づけさえすれば対処はできる。

「本当によろしいのですね」

「……責任は私が取る。やれ」

 仮にも人であるサイラムを殺すことを、瑞葉は改めて決意する。

 例えこれが殺人であろうと、都市を守るのはベイカー家の当主となる瑞葉の責務。そこから逃れることは許されない。

 故にとどめを刺すよう、ミハイルへ再び命じた。

「立派な覚悟だ。ぼくにとってはどうでもいいことだけど。キミたちにとってはどうでもいいことじゃないんだろうな」

 これから潰れて死ぬというのに、サイラムには必死さの欠片もない。本当に心の底からどうてもいいと思っているのだろう。

 自暴自棄とは少し違うかもしれないが、まともな精神状態ではないのは確かだ。世界移動によって人生を狂わされた転移者の末路だと考えたら、若干の同情は禁じ得ない。

 もし晴近がこうなっていたらと想像したら、ゾッとしない気分だった。

「恨むなとは言わん。だが今の私たちにお前を救う道はないと知れ」

「お気遣いどうも。気にすることはないよ」

 サイラムは最期まで変わらぬ調子のまま――


「もう理解したから」


 ――起き上がった。

「……は?」

「なるほど。質量を増減できるのか。直接数値を弄るタイプの次元兵器はやっぱり厄介だ。ヒントなさすぎてぼくの能力じゃ必ず後手に回っちゃうし」

 両手をついて状態を起こし、膝を立てた状態からゆっくりと立ち上がる。一連の動作に力みは一切なく、微塵も重さなど感じていないようだった。

 ミハイルの《マスハンドラー》は依然として起動したままだ。少なくとも、最初の時点では効果があったはずだ。

 なのに、サイラムは突然その影響を受けなくなった。

 突如として次元兵器が無効化されるのは、これが初めてではなかった。

「あの変異体と同じ……まさか奴にも時間を戻す力があるのか!?」

「ぼくのはそんな大層なものじゃないよ。他の転移者と比べたら圧倒的に使いづらいし」

 瑞葉の言葉を否定しながら、サイラムが足元に転がっていた鉄片を拾い上げた。最初に瑞葉たちを急襲した際に踏み砕いた路面の欠片だ。

 手のひら大のそれを片手で弄びながら、サイラムはふと視線を他所へ向ける。

「気温の低下が思ったより緩やかだ。もしかして手加減してるのかな」

 そして何の前触れもなく、手にした鉄片を放った。

 力の籠った様子もない、腕の振りだけでの投擲。

 にもかかわらず投じられた鉄片は空気を破裂させながら、正確かつ猛スピードでミハイルへと向かっていった。

「ミハイルッ!」

 瑞葉は咄嗟に間へ割り込み、再び《リィンフォーサー》を起動。直撃に備えて全身に力を入れるが、交差した腕に鉄片が当たった途端両足は容易く路面から離れた。殆ど勢いも落とせぬまま、鉄片ごと瑞葉の体がミハイルへと迫る。

減重(マイナス)――ぐっ!?」

 激突する寸前、瞬の判断でミハイルが瑞葉の質量を減らした。衝突のエネルギー自体は削れたが、それでも二人まとめて大きく後方へと弾き飛ばされる。

「ミハイル、大丈夫か!?」

「問題、ありません。お嬢様のおかげで直撃は免れましたから」

 返事とは裏腹に、ミハイルの声から覇気が失われつつある。

 既に寒波の中心へだいぶ近づいた状態だ。《アブゾーバー》で軽減していても、鳥肌が立つほどの低気温。立っているだけでも体力を消耗し続ける。瑞葉ですら辛い環境なのだから、高齢のミハイルにとっては一層辛いに違いない。

「異様な耐久力に攻撃力……肉体を強化する能力者という線もあるか」

「使いづらいという発言も、気になるところではありますが……近づくのは危険です。牽制を続けつつ、他の方々の合流を待つのが得策かと」

「時間稼ぎは結構だけど。時間は基本的にこっちの味方なんだよね」

 いくら周囲が静かとはいえ、声が聞こえる距離ではないはずだ。

 当然のように会話へ割り込んでこれるのは、やはり肉体強化で聴力が向上しているからなのだろうか。

 僅かな情報も逃さないよう、瑞葉はミハイルを助け起こす間もサイラムの動きを注視し続けていた。

「ぼくはどうでもいいんだけどさ。あんまり時間をかけすぎるのもよくないよね。ちょっと急かしに行ってこようかな」

「何だ、わざわざ仲間のところまで案内してくれるのか?」

「ついてこられるのは困るな。どうしようか。あぁいいこと思いついた。うんそうしよう」

 悩んだかと思えば即自己解決したような文言を垂れ流し、サイラムは歩き出す。

 接近してくるのかと思い身構えるも、彼が向かったのは瑞葉たちがいる方とは全く別の方向だった。道沿いに並ぶ手近な建物の前まで歩み寄り、外から中の様子を伺っている。

 予想していなかった行動に対し、瑞葉は僅かに反応が遅れた。

「お邪魔します」

 この時点で是が非でもサイラムを止めにかかれなかったのが最大の失敗だった。

 足を前に軽く振りだすような、蹴りとも呼べない無造作に放たれた一撃が、警報と同時に固く閉ざされたドアを紙屑のように吹き飛ばした。

「さて。一人いればいいかな」

 不穏な言葉を残してサイラムは建物へと入っていく。

 ここまできてようやく、瑞葉の理解が現実へ追いついた。

「――くそッ!」

 まさか攻撃の矛先を一般市民に向けるなど考えもしなかった。それ以前に、自分たちの周囲に寒波から身を潜めた市民が大勢いることを失念していたのが落ち度だ。防衛戦の時は屋外の市民の保護に注力していたがために、判断を誤った。

 己の愚かさを心底呪いながら、瑞葉はサイラムを追って建物へと向かった。そのすぐ後ろにミハイルも続き、二人は蹴破られた入り口から建物へと飛び込む。

 そこに広がっていたのは想像した通りの惨状だった。

 それほど大きくない、家庭向けの小物などを売っている店だったのだろう。内側にばら撒かれたドアの破片が屋内を蹂躙し、内装や商品棚は見るも無残な状態だ。中にいた市民は七人ほどだろうか。彼らも例外なく破壊に巻き込まれ、至る所からうめき声が聞こえてくる。一目で手遅れとわかるほどの傷を負った者もいた。

 惨劇の中心には、それを引き起こした元凶であるサイラムと。

「いらっしゃいませ。本日で閉店だよ」

「貴様ぁ! 今すぐその子を放せ!」

 彼に両肩を掴まれたまま硬直している少女を見て、瑞葉は激昂する。

 シアやエリカたちよりもいくらか年下に見える、幼気な少女だった。蒼白な顔で声を上げることもなくその身を震わせているのは、きっと外から吹き込んでくる冷気のせいだけではないだろう。体の至る所に赤黒い血が点々とこびりついている。少女自身に外傷は見当たらないため、恐らく返り血だ。

 あれが誰の血なのかなど、考えたくもなかった。

「一体何の真似だ!? お前ほどの力を持つ者がわざわざ人質など――」

「人質だなんて人聞きの悪い。ぼくは教えてあげようと思っただけさ。ぼくの能力を」

「何だと!?」

「知りたがってたでしょ。折角だから一番わかりやすい形で教えてあげる。行っておいで」

 そう言ってサイラムはあっさりと少女を解放した。背中をそっと押された少女は促されるまま、覚束ない足取りで瑞葉の方へと歩き出す。

 全くもって不可解な行動だった。確保した人質をすぐさま手放したということもそうだが、発言自体も不穏極まりない。一番わかりやすい形とは一体何なのか。

 とにかく今は目の前の少女を保護しなければならない。この場においておくのはあまりにも危険だ。

「ミハイル、彼女のことは頼む」

「……招致致しました」

 少女を安全な場所へ連れて行くのはミハイルへと一任する。不服そうではあるが、体力的にも装備的にも彼はこれ以上先へ進めないのだ。

 フラフラと体を揺らしながら、少女が瑞葉たちの元へと向かってくる。

 しかし、あと数歩というところでその歩みが止まった。

 途中から俯きながら歩いていたため、表情は垂れた前髪に隠れて伺えない。

「どうした、疲れてしまったのか?」

 瑞葉は出来る限り柔らかい声で問いかけるが、返事はない。

 無理もないだろう。身を穿つような寒波に加え、この惨状。心身共に疲れきっていてもおかしくなはい。増してや子供だ。

 迎えに行ってやらねばと、瑞葉は声をかけながら少女へと近づく。

「大丈夫だ。今すぐ私たちが君を安全な場所へ――」


 ――ぐちゃり。


「……っ!? お嬢様! その子に近づいてはいけません!」

 最初に気づいたのはミハイルだった。瑞葉は気づいていなかった。

 この時点では、まだ。


 ごきん。

 

「何だミハイル、急に大きな声を……出し、て」

 あまりの剣幕に鼻白んだ瑞葉だったが。

 不意に顔を上げた少女と、ちょうど目が合った。


 ぶち。


 子供らしい大きな目には、呆然とした表情の瑞葉が無数に映っていた。

 顔を覆っていた柔らかな皮膚は、どこか金属めいた光沢を放つ殻となっていた。

 震えていた小さな唇は、あご先から横に大きく裂け鋏の様に開閉していた。


 ぺき。

 

 体は人間の子供のまま。顔面だけが、昆虫のそれへと置き換わっている。

 おぞましい変貌は止まらない。

 残った人だった部分も、蠢くようにして別の何かへと置き換わっていく。


 ごり。


 ふと頭に浮かんだものを適当に継ぎ接ぎしていくように。

 前衛的に。冒涜的に。

 唯一無二の形を作り出す。


「どんな形をしているのか。どの程度の重さをしているのか。どれくらいの大きさをしているのか。あらゆる基準値を決めているのは最も底にある次元だ」

 

 めき。


「零次元。基底次元。色々呼び方はあるけどさ。重要なのはそこに漂う存在の情報だよね。基底情報が存在を規定する。ごめん。ダジャレのつもりはなかったんだ。まぁ要するに」


 ばり。


「ぼくの力は存在を改変する。究極的には何でもできるんだけどね。ぼく自身が原理を理解していない事象は弄れないみたい」


 ぼき。


「他の転移者の能力は使えないし。さっきの攻撃も質量操作に絞りこむまで時間かかっちゃったし。そもそも説明しづらいんだよねこの力。だから一番これがわかりやすいかなって」


 ずちゅ。


「存在は常にその整合性を保とうとする。欠落した存在同士は互いの欠損を補うために結合する。そうやって歪ませていって。出来上がったのがこちらになります」


 ぼとり。

 

「存在崩壊に伴う不整合存在。それともこう呼んだ方がいいかな」



「変異体って」

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