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次元都市アクシス  作者: 七夜
04 運命の交叉路
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Chapter01-4

 シアが管理局を訪れる機会は意外と多い。

 都市で暮らしていく上で必要な手続きは基本的にオンラインで完結するため、管理組織である『塔』自体に職員でもない一般市民が訪れることは殆どないだろう。とある事情から週一以上で通っているシアは完全なイレギュラーである。

 ただし本棟から離れた実験棟――研究室を訪れたことは一度しかない。用事はフューリーが関係しているのだが、本棟でも間に合ってしまうからだ。

 咄嗟の言い訳が発端ではあったものの、滅多にない研究室への訪問にシアは心を躍らせていた。検査の時は息をつく間もなく次々と部屋を行き来し、よくわからないまま本棟に帰ってしまった。

 案内されたエリカの個室に、ワクワクしながら入室したシアを待ち受けていたのは――


「……汚部屋だ」

「もっと他に言い方なかった!?」


 エリカには悪いが、シアは言葉に出した以外の感想を抱けなかった。

 それなりの広さがあるであろう室内は、とにかく物という物で埋め尽くされていた。壁面に沿って工作機械が所狭しと並び、面には工具やら材料の切れ端やらが雑多に放置されている。入口から反対側の壁にあるデスクまでの道だけが辛うじて確保されている状態だ。

「どこに何があるかわかってるからいいの! 最適化だよ最適化」

「それって片づけできない人の典型的な言い訳……あれ、でも瑞葉さんちの部屋はちゃんと片付いてたよね?」

「あ、あれは……ミハイルさんが」

「エリカちゃん……」

「もー部屋のことはいいから! とにかくこっちきて!」

 強引に話を打ち切ったエリカが慣れた様子でデスクの方へズンズンと進んでいく。その後をシアは足元に注意を払いながらえっちらおっちらとついていった。この調子だとガラクタに混じって非常に価値の高いものや危険物も一緒くたに転がってる可能性も否めない。崖の間にかかった細い橋を渡るような心地だった。

 デスクの手前まで来て、シアは気づく。

「おっきい箱だね。しかも凄く頑丈そう」

「入ってるものが入ってるものだからねー」

 天板を占拠している、小柄なシアなら中に入れそうなほど巨大な箱の表面をエリカが軽く叩く。返ってくるのは見た目通りの硬い金属音。一見して継ぎ目らしき継ぎ目は見当たらず、どこからどう開けるのかシアには見当もつかない。

 これほど厳重な梱包が必要なものと言うと、心当たりは一つしかない。

「もしかして、その中身って次元兵器?」

「正解。組み立てる前の部品なんだけど……よし」

 そう言いながらエリカは箱の前面に手をかざしながら逆の手で何やら操作を行う。

 すると短い電子音が鳴った後、箱は音もなく展開されていった。中から現れた大小様々な無数のパーツは、その外形通りにくり抜かれた緩衝材の中にぴったりと納まっている。

「部品に欠けは無し、と。連れてきておいてなんだけど、シアちゃんどうする?」

 箱の中身を改めたエリカがデスク正面の席に着くと、不意にシアへと問いかけてきた。

「今からこれを組み立てるんだけど、作業に興味がなければ待たせるのも申し訳ないし。研究室で他に見たいとこがあったら仮の許可証発行するよ」

「ううん、シアここにいるよ」

 自分のような一般市民は、こんな機会でもなければ一生見ることはないだろう。

 それに理解できなくても、同世代であるエリカが仕事をしている姿を見てみたい。

「オーケー、じゃあこっちの椅子に座って見てて。無いとは思うけど、ヤバくなったら緊急脱出できるから」

「……気を付けてね?」

「大丈夫大丈夫、雷が直撃するレベルの確率でしかないから」

 高いような低いような可能性を示され即答したことを若干後悔しつつも、シアはエリカの隣の椅子に座った。



 黙々と作業に没頭するエリカをシアが眺めるような来ずになるものだと思っていたが、そんなことはなかった。

 エリカは手を動かしている間、同じくらい口も動かすタイプらしい。話好きな面は彼女とよく似た母親からの遺伝なのだろうか。話題は組み立て中の部品に関するうんちくだったり、全く関係ない雑談だったりと様々だ。

「そういえば、まだ定期検診って続いてるの?」

「うん。週に一回になったけどね」

 今度は関係ない話題だなとぼんやり思いながら、シアは頷く。


 シアが管理局に通う理由と言うのが、フューリーによって行われている定期検診だ。シア自身は至って健康体なのだが、ここで調べているのは病気や負傷などの類ではないらしい。

 遡ること約一か月、シアは一度死にかけている。変異体に背後から胴を貫かれ、本来であれば息絶えていたはずの重傷だった。偶然アクシスに現れた晴近が居合わせ、無自覚の内に能力を使っていなければ実際にそうなっていただろう。

 しかし時間遡行によって軽傷レベルにまで回復したにもかかわらず、シアは暫くの間目を覚ますことが無かった。いつ目覚めてもおかしくない状態から六日間眠り続けていたのだ。

 都市最新の医療設備をもってしても異常が確認できず、現在は晴近の能力を受けた影響の有無をフューリーが調べている。管理局本棟にも彼女の部屋があるため、普段はそこで検診が行われている。

 ただ、管理局での検診も今のところこれと言った結果は得られていない。当初は週二回だったのも一回に減り、内容自体も数分で終わらせた後は殆どフューリーとの雑談である。

「身体的な変調が見られないとなると、やっぱり三次元上で取得できる情報は当てにならないのかも」

「フューリーさんも同じこと言ってた。お兄ちゃんとの実験でどうにかしようと頑張ってるらしいんだけど」

「四次元は未知の領域だからね……せめてあと一人くらい、お母さんくらいとは言わないまでも専門家がいればなぁ」

「エリカちゃんは駄目なの?」

「私なんて全然。既にあるものを扱えるくらいじゃ話にならないよ……もう少し何か手伝えたらいいんだけど」

 ピンセットで米粒大のパーツを基盤に差し込みながら、エリカがそうぼやく。シアからすれば扱えるだけでも十分凄いのだが、恐らくそんな次元の話ではないのだろう。

 ただ、自分の至らなさを憂う気持ちには共感することができた。それはシアが常日頃から抱いているものだからだ。

 晴近は兄であると同時にシアの保護者でもある。シアがこうして日々をのうのうと過ごしていられるのも彼がガーディアンとして働いているからこそ。何ならお小遣いまで貰っている。

 冷静に考えてみれば、彼だって年齢的には学生として勉学に励んでいておかしくないのだ。同年代のガーディアンたちにも言えないことはないが、晴近の場合はそれが当たり前の世界で生きてきた。無理を強いているのではと、考えずにはいられなかった。

 直接問いかけても、笑いながら首を横に振られてしまうだろう。逆の立場だったら間違いなくそうするという確信がある。彼の人となりを理解するには充分な時間を共に過ごしてきた。

 負担になりたくはないし、力にもなってあげたいとも思う。

 だがその具体的な方法はちっとも浮かばない。晴近が背負っているものはあまりに重く、非力なシアでは肩代わりどころか支えることすら難しい。

 肩を並べて戦える力を持ち、何よりあの恐ろしい変異体に立ち向かえる強い意志があるルナリアたちが羨ましかった。

 せめて彼らの一欠けら分でも力と勇気があればと考えない日はなかった。

「シアちゃん?」

 エリカの声が聞こえ、現実へ意識が引き戻される。

 気づかわし気な表情で覗き込まれているのを見るに、少々思索にふけりすぎていたようだ。

「あ、ごめん。少しボーっとしてた。何か話してた?」

「いや大したことじゃないんだけど……シアちゃん好きな色とかある?」

「色? うーん、しいて言うなら……ピンクかな」

「ピンクねー了解」

 エリカは一人納得し再び作業へと戻ってしまう。

 一体何の質問だったのか。とりあえず彼女が組み立てている装置らしきものにピンクの要素は一切ない。これからピンクになっていくのか、そもそも何故シアの意見を聞いたのか。

 疑問は尽きないが、深く気にしても仕方ないかと思考を放棄した。完成すればたぶんわかるだろう。

 作業を始めてから一時間ほど経つ。お茶でも入れようかとシアは席を立とうとし。

「あっ」

 デスクから小さな部品が一つ落下しかけているのを目にした。

 幸い立ち上がりかけだったので届く距離だ。こんな状態の床に豆粒のような部品を落としたら絶対見つからなくなる。

 シアが素早く手を伸ばすと、ちょうどいいタイミングで部品が落ちてきて――


 手のひらに触れる寸前、忽然と消失した。


「……え?」

 目の前で起こったことが信じられず、シアは目を見開いたまま硬直した。何かの見間違いとも一瞬考えたが、こんな至近距離でありえるだろうか。

 激しい混乱の中、更にありえないことが起こる。

「うわ、やば」

 エリカから焦った様な声を上がった。

 彼女の指先から何かが零れ落ち、デスクの上で一度跳ねてから床に向かって落下していく。

 それは先ほどシアが目にした部品と全く同一のものだ。落下軌道も記憶に残る軌跡と完全に一致しており、手のひらへ落ちてくる瞬間すらも既に見た光景だった。

 先と違うのはただ一つ。

 今度は部品が消えることなく、固まったままのシアの手にしっかりと収まったことだ。

「……!?」

 ぞわりと背筋に寒気が走る。

 たった一〇秒にも満たない間に起こった一連の現象が全く理解できなかった。

「シアちゃんナイス! それ失くしたら割と洒落にならないパーツだった……」

「え? あ……うん」

 心底ほっとしたようなエリカに、半ば自失したままシアは部品を手渡す。

 今自分が体験したことを話すかどうか迷ったが、結局言葉は出なかった。

 俗にいうデジャヴというやつかもしれない。過去に見たこともないのに見たような気がするあれだ。うろ覚えの知識なので間違っているかもしれないが、今はそう納得しておく。

 正確に把握できていない情報でエリカに変な心配をさせたくなかった。フューリーが都市に帰ってきたら、その時に相談すればいい。

 そう自分に言い聞かせ、シアは今度こそお茶を入れに席を立った。



「終わったー!」

「お疲れ様ー」

 あれから更に二時間。

 そろそろお昼時かなと、時計とお腹の具合でシアが時刻を把握しているとエリカが喝采を上げた。

 デスク上に広げられていたパーツ群は全て無くなり、のべ三時間かけてそれら全てを組み合わせて出来たものがエリカが高々と上げた手の中にある。

 見た目は長さ一五センチほどの長方形で、握るとちょうど手になじみそうな厚み。次元技術にまつわる装置特有の光学回路が表面を覆い、それとは別にひと際太いラインが幾つか走っている。

「で、結局これって何なの?」

 一から十まで作業風景を見ていたシアだったが、最初に教わった次元兵器ということ以外は最後までわからなかった。

 問われたエリカは特にもったいぶることなく答える。

「これはね、剣だよ」

「剣?」

「そ。現行のブレード型に搭載されている機能を集約して、更なるコンパクトサイズに収めてみました」

「その割には刃がないみたいだけど……」

 エリカが短剣と言い張るそれには、肝心な刀身にあたるパーツが見当たらない。どうひいき目に見ても剣の持ち手だけを作ったようにしか見えなかった。少々コンパクトさを重視しすぎたのではないだろうか。

 しかしそこは次元兵器。エリカもあそこまで自信満々なのだ。

 きっとシアの思いもよらない方法で刀身が生えてくるに違いない。

「ここのほら、片側の端面にスリットあるでしょ? ここから刀身が出てくるの」

「……何だか普通だね」

「と思うでしょ。百聞は一見に如かずということで、シアちゃん試しに出してみてよ」

「シ、シアが?」

「大丈夫、起動は私がしておくし……連結開始(リンク・オン)。はいどうぞ」

「えぇ……」

 有無を言わさず手渡された次元兵器をおっかなびっくり受け取り、シアはしばし立ち竦む。

 自慢ではないが、包丁以上の刃物は手にしたことがない。急に武器なんて渡されても戸惑うし、それが一人の人間を一騎当千の戦士へと変える次元兵器ともなれば猶更だ。

 一方で、年齢相応の好奇心にも逆らえない。恐らくこの機会を逃せば二度と次元兵器に触ることなどないだろう。あの晴近ですら武装をシアには一切触れさせないようにしているのだから。ちゃんとはわかっていないが、コンプライアンスと言うやつの問題らしい。

「横にボタンあるでしょ? 握った時に人差し指が来るところに。それ押せば出てくるから。あと押す時は一応物がない方向いてね。思ってる以上に伸びるよ」

「う、うん」

 指示されるまま、シアは部屋の広い側にスリットを向けた。

 意外に伸びると言っているが、仮にこの持ち手の中に刀身が収まっているとしたら長さはそれ以下になるのではないか。

 答えは押してみればわかる。

 恐ろしさ八割、期待二割の心地でシアは人差し指に力を込めた。すると僅かな振動を伴ってスリットから片刃の刀身が飛び出してくる。

 ただしその長さは持ち手の倍近くあり、明らかに内部に収まるサイズではなかった。

「長さ的には剣と言うより短剣……いや短刀かな」

「何これ!? どうなってるの?」

「フフフ、実は柄の部分に《タグ》の収納機構を内蔵しててね。一番大きい刀身部分を実質無くすことで大幅な小型化に成功したわけですよ。まぁそのせいでこれ自体を《タグ》にしまえないんだけどね」

「へぇ……って、それなら最初から《タグ》に全部しまっておけばよくない?」

「それを言ったらおしまいだよシアちゃん……それにホラ、あくまで小型化が目的なわけで、私的にはぱっと見で武器に見えないというのも重要なんだよ」

「まぁ、確かに武器には見えないね」

 もう一度ボタンを押せば、スッと刀身が消え去る。確かにこの挙動は《タグストレージ》とそっくりだ。不思議なのは、刀身の有無で手に圧し掛かる重量感が全く変わらないこと。

 これについてはすぐにエリカの説明が入った。

「《タグ》の機能にも少し手を入れて、質量の情報だけは展開しないようにしてるんだ。軽いのが一概にいいとも言えないけど、これならシアちゃんでも振り回せるよね」

「そうだね……って、何でシアが振り回すの前提なの?」

「だってこれシアちゃんのだし」

「あぁそういう……ってえぇー!?」

 あまりにサラッと言われ危うく聞き過ごすところだった。

 今エリカは何と言った? 「シアちゃんの」?

 つまりこの次元兵器がシアの物だと言っているのか。

「えっと、何かの冗談だよね」

「冗談じゃないよー。まぁシアちゃんだけじゃ起動は出来ないから基本観賞用になっちゃうけど、逆に安全でしょ? 所有自体はライセンス的な問題もないしさ」

「いやそういう問題じゃなくて! こ、こんな凄いもの貰えないよ……」

 次元兵器一つにどれだけの値段が付くかはわからないが、少なくとも想像を絶する価格になることは想像に難くない。もしこれがエリカ個人からの贈り物だというなら、当然彼女が自腹を切ったのだろう。

 とても受け取れるようなものではないが、エリカは小さく首を振った。

「これはお守りみたいなものなの。守り刀だったかな? 昔お父さんに教えてもらったんだけど、子供や女性が持っていると悪いものを寄せ付けなくするんだって」

「お守り……」

「私って、立場上年の近い友達はノインちゃんしかいなくて……シアちゃんは二人目の友達なんだ。だからこれは私からの気持ち。本当は武器として使えたらいいんだけど、流石に無理だから全力で抜け道を探した結果なんだけどね」

「エリカちゃん……」

「受け取ってくれると嬉しいな」

 シアは何度かエリカと短刀の間で視線を行き来させる。

 三度目辺りで目が合った彼女に笑顔のまま無言で頷かれ、居ても立っていられなくなり衝動的に抱き着いた。

「うわっ、びっくりした!?」

「ありがとうエリカちゃん! シア、絶対……一生大事にするから! 毎日磨いて拝む!」

「ま、まぁ程ほどにね?」

 何やらドン引きされたような気がするが、恐らく気のせいだろう。

 エリカから離れた後も、シアは贈り物の短刀を胸に抱く。武器としての性能は実質発揮できないとはいえ、何となく守られているような気分になるから不思議だ。

 ふと、シアは気になっていたことを口にする。

「そういえば、これって何て名前?」

「名前……あー」

 指摘を受けたエリカは失敗したとばかりに額を叩く。

「こういうのっていつもお母さんが名付けしてたから、完全に失念してたな」

「エリカちゃんは付けないの?」

「私はぁ……ちょっと、ホンのちょっとセンスがね。本当にちょっとね」

 露骨に引き攣った笑いを浮かべ始めたエリカを見て、シアは色々と察した。瑞葉と言い、誰しも欠点はあるらしい。

「というわけで、ここはシアちゃんに名付け親になってもらおうかな!」

「やっぱりそうなるかぁ……うーん」

 鮮やかに命名権を押し付けられたシアは頭を悩ませる。

 斯くいうシアも、自分の命名センスに大きな自信があるわけでもない。際立って悪いということはないだろうが凡人の域は出ないだろう。

 ただ経緯はどうあれ、折角命名権を譲ってもらったのだからちゃんとした名前を付けてあげたい。

 しばらく考えに考え、やがて。

「……少し時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「うん、ゆっくり考えていいからね」

 結局、ひとまず保留と言う形に落ち着くのだった。


 ◇


 何でもない一日が通り過ぎようとしている。

 アクシスに住まう人々の日常。変異体の出現によって過去の在り方からは大きく曲がりながらも、繰り返されるようになった日々。

 都市の様々な場所へ立ち入って一日中眺めて回った。

 別に好きではないが、嫌いでもない光景だった。


 もう見飽きた。


 まだまだ見たいところがいっぱいあるのに。


 終焉は近い。明日こそが決行の時。

 

 期日なんて待つ必要あるのかね。今すぐ潰してしまえばいいこんな都市。

  

 よくないよこんなこと。人が大勢死んでしまうんだよ。


 別にいいだろ。どうせ何もかも滅びるんだから。

 

 やはり平行線だ。

 

 いつも平行線だな。

 

 どこまでも平行線ならば――

 


「あぁ」

 ――結論は変わらない。

 ようやく口を開いた青年は、一切の感情が失せた声で呟いた。

「どうでもいいな」

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