エピローグ
「いやー、こうしてみるとでっかい穴が開いたもんだなぁ」
隣に立つ昴が天蓋に穿たれた穴の縁から下を見下ろしながら、緊張感のない声を上げる。
幸矢との話を終えた後、俺とフューリーは再び地上へと出ていた。
本当なら今すぐにでもアクシスへ帰還しなければならない。移動の手段もある。それでも天蓋の穴を放置するという選択肢はなかった。
幸いにも天蓋が破壊されたことを知っているのは当事者の俺たちと、東京のセキュリティの人間のみ。転移者については直接対峙した迅龍隊しか知らない。公的には発電所のトラブルとして通知されており、迅龍隊含め関係者各位には当然箝口令が敷かれた。混乱を防ぐためだし仕方がない。
肝心な修復だが、まあ俺が頑張るしかない。ぶっ倒れた直後で正気かと主にルナリアが猛反対したが、不思議と能力の行使に不安は感じなかった。前よりも能力が馴染んだというか、侵度が上がったことで能力による負担も軽減されている気がする。スルトと戦った際にも問題なく能力をつかえたのも、症状が進行したせいか。
結局他に手段がなかったこともあり、折れてもらった。その代わりに後で何でも一つ言うことを聞くという末恐ろしい契約が交わされてしまったが……何させられるんだろ。
「にしても、都市の最新技術ってのはとんでもねえな……無生物限定とはいえ、時間を戻して直しちまうなんて」
「だよなぁ」
呆れたような感心したような感想を述べる昴に合わせ、曖昧に頷いておく。
表向きには、天蓋の破壊は特異個体の変異体によるものとなり、修復はフューリーが偶然持ち込んでいた時間操作技術の試作装置を用いるということになっている。後出しもいいとこだが、言ってる人間が人間なので言ったもん勝ちなとこはあるな。
「悪いな、昴たちも疲れてたろうに」
俺たちが下にいる間も、穴の周辺をずっと警護してくれていた昴に労いの言葉をかける。
しかし当の本人はと言えば、急にしゅんとしだした。
「地元を守るのは地元民の仕事だし、謝られるようなことじゃない。それに、俺たちはあの場じゃ何もできなかったからな……」
罰が悪そうにしているのは、ルナリアを危険に曝してしまった負い目からだろう。
事の顛末は聞いてるし、どうしようもなかったとは思うんだけどな。特に昴たちは転移者の存在自体を知らなかったんだから、対策なんてしようがない。
「お前がルナリアを助けてくれたのは知ってるよ」
「あと少しで死なせちまうところだった。ぶっちゃけ、こうして顔合わせるのも結構勇気いったんだぜ? お前滅茶苦茶強いし」
「俺は俺で、自分の弱さを痛感したんだけどな……とにかく、ありがとうな」
「礼を言うのはこっちの方だ。俺たちだけじゃ、絶対にどうにもならなかった」
つまるところ、お互い様ってことだ。
どちらが欠けても犠牲は免れなかった。こうして全員揃っていられるのは、全員が死力を尽くしたから。
どっちが悪いなんて話はするだけ無駄だろう。
「晴近たちはもう帰るのか?」
「あぁ、あんまりゆっくりしてられなくなった。付近に変異体はいないみたいだし、天蓋さえ直ればしばらくこっちは安全だろう」
「……そうか」
短くそれだけ言って、昴は黙り込む。
表情を見るに、喋ることが無くなったというより言葉を探しているような雰囲気だ。
しばらくして考えがまとまったのか、口を開くが。
「あのさ――」
「おーい、そろそろ始めるぞ!」
何とも間の悪いことに、向こうの準備が終わってしまったらしい。
装置の範囲指定という名目で、穴の周りをぐるりと一周していたフューリーが戻ってきた。俺だけ留守番をしてたのは、少しでも体力を温存しておけというお達し故に。誰からのかは言うまでもない。
この場にいる全員の前に立ったフューリーは、これ見よがしにダミーの装置を掲げながら声を張る。
「範囲の指定が完了した。これより天蓋の修復を行うが、この装置は試作段階だ。時間の逆行に巻き込まれた場合の安全は保障できかねるので、絶対私より前には出ないように」
全く事情を知らない迅龍隊の面々は巻き込まれた時の情景を想像したのか思い切り顔を引きつらせている。専門家がさも真実のように言っているから信ぴょう性も抜群だ。
「全員下がったね? それでは……起動!」
これまたわざとらしく声に出しながら、フューリーが装置のスイッチを押し込む。無論、それだけでは何も起こらない。装置はジャンクの端末を適当にそれっぽく仕立てた張りぼてだ。
だから一連のアクションを合図として、すぐ後ろにいる俺が時間遡行を発動した。
規模が規模だけに直しきれるか一抹の不安はあったが、いざ始めてみると確信できる。
これは……余裕だ。
一瞬で穿たれた穴だから、巻き戻す時間も少なくて済む。範囲や規模はあまり関係ない。
今まで漠然としていた自分の力を、これまでにないほど詳細に把握できている。教わるまでもなく呼吸の仕方を理解しているように、力の本質が見えている。
これも変異体に近づいた影響なのか。
それとも、ついぞ思い出せなかった夢の内容に何かが――
「よし、これで終わりだ」
「っとと」
終わりの合図を受け、俺は一旦思考を中断し時間遡行を止める。やり過ぎて天蓋が素材段階に戻ってしまったら元の子もない。
果たして、時間にして一〇秒程度で天蓋は元通りに修復された。
手違いが無ければ、俺たちが最初に見た時と同様の状態に戻った……はず。
「すっげー、マジで元通りだ。どういう仕組みだ?」
「やめとけやめとけ。俺らが理解しようとしたとこで頭が痛くなるだけだ」
「ここまでくると、もはや科学って何なのかわからなくなるわね」
散々な言われようである。
でも実際のところ、フューリーはどこまで俺の能力を解析できているのだろう。その辺の進捗はあんま聞いたことなかったような。
今度それとなく聞いてみるか。
「……さて。私は再び都市の首脳たちにことのあらましを伝えに行かねば」
「一応説明したんじゃないのか?」
「急いでいたからざっくりとしかしてないんだ。色々と飲み込んでもら以上、多少時間をかけてでも説明しないとね」
余裕が無いからと言って、その辺をおろそかにしてはいけないってことか。まあ当然と言えば当然だが。
一時間ほどで話をつけてくるそうで、その間に幸也が都市に繋がるゲートを開く算段だ。
彼曰く、繋ぐ空間が離れているほどゲートを開くのに時間がかかるらしい。旧アジトには都市へのゲートを開きっぱなしにしてあったらしく、仲間たちが都市へ移動した段階で消してしまったようだ。
つまり、既に都市が攻撃を受けている可能性が高い。
「晴近君はどうする?」
「俺はもう少しここにいるよ」
今の時点で自分にできることは無く、それ故に手持ち無沙汰で落ち着かない。地下に留まっているよりか、外の風に当たっている方が幾分か頭が冷えそうだ。
それに……ちょっとだけ、一人で心を整理する時間も欲しかった。
「……わかった。ルナリア君には私から言っておこう」
俺は自分で直した天蓋の上に佇んだまま、地下へ戻っていくフューリーや迅龍隊の面々を見送った。迅龍隊の面々は俺を残していくのに若干の抵抗はあったようだが、先日の戦いっぷりを思い出したのか割とすぐに納得して帰って行った。
……ただ一人、昴を除いて。
「お前は帰らないのか?」
そう尋ねると、昴はにやりと笑う。
「迅龍動かす以外でこうして外に出る機会ってのは中々ないんでね。今ならお前が守ってくれるだろ?」
「うわー、清々しいまでの他力本願」
「そう言うなって。ほら、今雲が結構流れてんだよ。あと少しで晴れるぜ」
言われるまま見上げてみれば、確かに空を覆う雲がどんどん流れて行っている。
この三日間、雨は降らなかったものの曇り続きで外は常に薄暗かった。昴からすれば、久々に晴れ空を見れる機会なのかもしれない。
邪険にもしづらくなり、結局溜息をつきつつ追い払うのを早々に諦めた。
ついでだし、聞いておくか。
「さっき、何か俺に言いかけてなかったか」
「さっきっていつだ?」
「俺がフューリーに呼ばれる直前だよ」
「あー、あれね」
すると昴は何でもないことのように、サラッと。
「お前、転移者なんだろ?」
――危うく心臓が止まりそうになった。
言われた意味を完全に理解した途端、今度は恐ろしい勢いで鼓動が早まっていく。驚愕を表情に出さないのが精いっぱいで、振り絞るように出した声はどうしようもなく震えていた。
「お、お前は何を――」
「別に言い訳しなくてもいいぞ、誰にも言うつもりねえし。ていうか余計なこと言ったら消されそうだし……物理的に」
あくまで軽い調子で話す昴だが、その態度からは自分の言葉に対する疑念を一切感じなかった。明らかに、俺を転移者だと確信している。言い訳をしなくてもいいというのは、言い訳をしても無駄だという意味にも取れた。
「どうして、そう思ったんだ」
反論が意味を成すとも思えず、俺は肯定も否定もできずただ問う。
そしたら、更にとんでもないことに。
「んー……ぶっちゃけ勘?」
「勘!?」
「いやだって、しら切られたらそこまでだろ? だからカマかけてみっかなーと思ってしてみたら案外あっさりと」
「こ、この野郎……!」
あまりのことに、思わずポケットの中の≪タグ≫に手が伸びかける。
かくなる上は、この手で直接――
「うおおい待て待て落ち着け! ちゃんと別にも理由はあんだよ!」
「別の理由だぁ?」
「うわこっわ……まぁ、こっちも主観の問題でしかないんだけど」
睨みつけて先を促すと、若干躊躇い気味に昴は言う。
「晴近と話してるとさ、妙に話しやすいのに何故か違和感があったんだよ。何っつーか……俺じゃない別の誰かを見ているような感じだ」
「……っ」
「んで、フューリーさんから転移者の話を聞いたらピンときた。取っつきやすかったのは、お前が俺との付き合い方を知ってたからだ。でもその俺は俺じゃないから、微妙に引っかかりがあった……って、自分で言っててよくわかんねえなこれ」
苦笑しながら頭を掻く昴を前に、俺は何も言えないでいた。
平行世界の同一人物は、厳密には同じ人間だ。しかしその立場や精神性は、その世界でその人物が歩んだ歴史によって変わってしまう。同じ遺伝子を持つ一卵性双生児にも、育った環境によって外見的な差異が現れるように。
昴が語ったのは、正しくそのことについてだった。
俺がこちらの世界の昴に抱いていた微妙な違和感は、そのまま相手にも伝わっていたのだ。
「違和感自体はそんなに大きくなかったし、たぶん殆ど差はないんだろうな。俺ってそっちでも迅龍に乗ってんの?」
「……いや、乗ってない。迅龍みたいなロボットが作れるほど技術は発展してないし、そもそも変異体なんて存在しなかったからな」
「マジかよ! でも待てよ、変異体がいないってすげー平和じゃん。都市も地下に埋まってないんだろ? 想像もつかねえわ……」
根本的な常識の違いなのか、俺にとっては当たり前の風景も昴にとっては未知の景色なようだ。一方で、反応そのものは俺のよく知る昴と遜色がないのだ。
それが何だかおかしくて、自然と笑みが零れて。
それを上回る申し訳なさで、泣き出したくなった。
「ごめん」
「何で謝るんだ?」
「駄目だとはわかっていた……わかっては、いたんだ。それでも……重ねずにはいられなかった。もう二度と、会えないと思っていたから……」
やるのなら徹底するべきだったんだ。他の知人たちに対してそうしたように、初対面のスタンスを貫くべきだった。
だけど、こいつに対してはそれが出来なかった。いつの間にか、元の世界と同じように接してしまっていた。
どこまで行っても、それは代償行為でしかなかったのに……。
「……気持ちはわかるなんて口が裂けても言えねえけどさ。しょうがねえだろ。全く同じ顔をした奴が目の前に現れて、同じような性格してたら……それが親友だったら猶更だ」
罪を吐露した俺を、昴は糾弾しなかった。
俺のよく知る昴の姿をした彼は、この世界の昴として言葉を紡ぐ。
「正直嫉妬しちまうな。もう一人の俺は、こんな凄い奴と親友だったのか」
「そんなことない……元の世界じゃ、俺は何てことない普通の高校生だったよ」
「そいつは……これまでで一番たちの悪い冗談だな!」
心底愉快そうに笑う昴。余りの笑いっぷりに、俺も釣られて笑ってしまうくらいだった。
一頻り笑いあった後、俺たちは揃って天蓋の上にぶっ倒れた。河原の土手に寝転がるようなノリだったが、実際は鋼鉄の天蓋。背中に当たるひんやりとした感触が、疲労感の残る体には心地がいい。
仰向けになって見据えた空は、ちょうど雲の隙間から太陽を覗かせる頃合いだった。
「なぁ、晴近」
「何だ?」
「俺と親友になってくれよ」
余計な言葉で飾らない、率直な願いだった。
今更意味を取り違えることもない。
決まり切った答えを、俺は返す。
「無理だな」
「即答!? しかもこの流れで拒否!?」
「あぁ……」
雲間から差し込んでくる日差しの眩しさに目を閉じて。
「普通の友達から始めよう。それくらいがちょうどいい」
俺の答えを受けた昴はしばらく沈黙する。
やがて、氷解したかのように笑いながら。
「……はははっ、それもそうだな! だが余裕ぶってられるのも今の内だぜ。すぐに篭絡してやるからな」
「やめてくれよ……俺彼女いるんだから」
「そっちの意味じゃねえよ! てかナチュラルに自慢しやがったなてめえ!」
「そんなことより、お前はいい加減間柴さんと向き合えよな。男気を見せろ男気を」
「あーあー聞こえねー!」
過去への憧憬が消えたわけじゃない。現在への焦りが消えたわけじゃない。未来への不安が消えたわけじゃない。
……だけど、今この瞬間だけは。
晴れ空の下、俺は新しくできた友達とバカみたいな会話に興じ続けた。
この時間はきっと、俺が前に進むために必要だったから――
◇
「うそ……こんなの、うそよ……」
吹き荒れる吹雪の中、エルナは蹲る。
都市を襲う災禍の中心でただ一人。元の世界に自分がいた唯一の証であるクマのぬいぐるみを抱きしめ、現実を否定し続ける。
「返して……パパ、ママ……みんなを、返してよぉ……!!」
告げられた真実を受け止められないまま。
切なる願いだけが、閉じた世界で暴走し続ける。
「また寒くなってきたな。エルナが張り切ってくれるのはいいけどさ。このままじゃ風邪を引きそうだよ」
常人ならば即死しかねない寒波をその身に受け、サイラムは文字通り涼し気に呟く。
あらゆるものが静止へと向かう空間において、異様なほどに平常を保ったまま、何の感情も籠っていない目で足元を見下ろす。
「それで。まだ続けるの。無駄な抵抗をしても苦しいだけだよ。どうでもいいけどさ」
満身創痍となってなお、闘志の消えない主従に睨まれながら。
人の形をした空虚が、慈悲もなく腕を振るう。
「クハハハァ! いいぞいいぞぉ!」
弾丸の嵐を掻い潜り、クラウスは吼える。
閉鎖された屋内を埋め尽くす殺意に一寸も怯むことなく、むしろ快哉を叫びながら壁を蹴り天井を駆け抜ける。
「戦場に化粧など不要! 全てを曝け出し、弑さんと試みるがいい! 我輩はその悉くを打ち破り、貴様を花の如く散らしてくれようぞ!!」
一層荒れ狂う鋼の暴威を前に、より一層喜悦を深め舌なめずりし。
戦場を得た兵器が、本能のまま牙を剥く。
「さて、彼らはちゃんと足止めをしてくれているかな」
「……さぁ」
「さぁって。上が突破されたら君が最終防衛ラインだよ?」
「来るなら斬るだけ。無駄口を叩いていないで作業に集中して」
「つれないねぇ」
管理局地下。
ウロボロス機関の中心部へと続く最後の隔壁を前にして、少年――数奥保はふと表情を引き締める。
蘇るのは苦い記憶。
かつて自分はこの向こう側で死に、しかし奇跡的に蘇った。代償として消えない呪いを受けたこの身では、もはや人として真っ当に生きることは叶わない。この計画が完遂するにせよ、そうでないにせよ。既に死者である自分に居場所はないだろう。
だとしても、数奧に立ち止まるという選択肢はなかった。
間違いを正すのだ。その結果、如何なる犠牲を払うことになったとしても構わない。
「ボクと都市の全てを犠牲にしてでも救ってみせるとも。翠……お前が生きるこの世界を。そのためには――」
「一刻も早く、ウロボロス機関を破壊しなければ」
隔壁の認証を解除している小さな背中を、仮面越しに覗く。
あの悪魔が為すべきことを為せば、こちらの目的も達成される。その結果起こりうる災厄の規模は想像もつかないが。あの時この目で見た地獄と比べれば、幾分かマシだろう。
どうなるにせよ、今この都市に彼はいない。
帰ってくるまでに完遂すれば、それでいいのだから。
「……来る」
何事もなく終わるということはないらしい。
力の予兆に視界が揺れる。現実と重なるように映し出されるのは、似たようで違う景色。ノイズ交じりの映像は、可能性の収束に従い徐々にハッキリとしていく。
数秒後に訪れる決定的な光景が、やがて実像を結び。
「なっ……!?」
あまりの受け入れがたさに、思考が空白で塗りつぶされた。
武器すら抜けず呆然と立ち尽くすさ中、隔壁とは反対側の扉が音を立てて開く。
「これ以上、あなた達の好きにはさせない」
そこに現れたのは、予め見えた通りの人物だった。
本来ならこんなところに決して現れるはずのない……肝心な時に何もできない、この世で最も憎むべき存在だった。
その筈、だったのに。
「この都市は……お兄ちゃんたちが帰る場所は、シアが守るんだから!」
少女は拙い構えながらも、剣の切っ先をこちらに向けて凛と叫ぶ。
強く開かれた瞳に、身の竦みあがるような覚悟を携えて――
これにて第三章完結! 物語は折り返しです。
プロット練り+別の小説やリアルの忙しさから、第四章は結構時間をいただくかもしれませんがよしなに……




