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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
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Chapter03-5

「おい、しっかりしろカミカワさん! ……くそっ!!」

 何度動かしても機能しない操縦桿を拳で叩き、昴は頭を抱えた。

 状況が理解を超えている。

 把握してる限り、動力源であるバッテリーの容量はまだ半分以上も残っていたはずだ。遠出していたとはいえ変異体との遭遇はなく、消耗は最低限だった。

 なのに何故――いや、それよりも。

 昴は役立たずになったモニターを横にどかし、コックピット前面のフロントガラスから直接外を見る。

 ルナリアは≪迅龍≫が動きを止める直前に突然倒れ、未だに起き上がる気配がない。

 更にそこへ現れた、一人の子供。西洋人形を思わせる美しさと無機質さを備えた少女が、ルナリアに向かって近づいていく。

 何でこんなところに子供が一人でいるかはわからない。

 しかし彼女の冷え切った表情や、修羅場を潜り抜けてきた戦士としての直感が告げていた。

 あれは倒れたルナリアを心配して近づいているのではない。

 確実にとどめを刺すために接近している――!

「由季、阪井! お前らは動けるか!?」

『駄目、システムが完全にダウンしてる!』

『こっちもだ! 梃子でも動きやしねえ』

「どうすりゃいいんだ……!」

 今すぐにでも助けに行きたい。幸いにもハッチのロックは手動でも解除でき、コックピットからの脱出は容易だ。腰のホルスターには最後の悪あがき用……或いは自決用の拳銃が一丁。相手がただの子供ならば、最悪射殺も可能だっただろう。

 踏みとどまらせたのは、自分とルナリアとの間にある差だ。彼女が昏倒しているのに対し、≪迅龍≫は止まったが昴自身に不調はない。由季や阪井も。

 仮に一連の現象があの少女の仕業だとして、何が原因で機体が停止したのか。ルナリアと迅龍隊で受ける影響が違うのはどういうことなのか。

 考えろ。考えろ考えろ――

 知恵熱が出そうなくらい頭を使うが、一向に答えへとたどり着けない。

 隊長の肩書を持つ昴は決して馬鹿ではない。もしルナリアと同様の状況に陥れば同じ結論に至り、対策をひねり出すことも可能だっただろう。

 良くも悪くも、自分やコックピット内に変化がなかったがために判断材料を奪われ。

 少女とルナリアの距離が着実に縮まっていることも、冷静な思考を乱す要因となっていた。

「冗談じゃねえぞ畜生」

 本来であればルナリアは晴近と共にノインと合流するか、先に地下都市へ戻るはずだった。 そこに待ったをかけ、迅龍隊と共に行動するよう彼女へ頼んだのは他でもない晴近だ。この非常事態に、昴たちだけを放っておくわけにはいかないと。

 彼は何よりも大切だろう自分の恋人を、昴たちのために託してくれたのだ。

 みすみす目の前で殺されて、どう顔向けできる?

 昴は諦めず、考え続ける。

 だが圧倒的に時間が足りない。歯噛みしている内に、少女は足元にいるルナリアへゆっくり手を伸ばしていく。

 あれが触れた瞬間何が起こるのか。

 少なくとも、いいことでないのは間違いない。

「くそったれが――」

 もはや考える猶予はなく、昴はハッチのロックに手をかける。一か八か、外へ出て少女を排除するしかない。

 開錠と同時に、ハッチを押し上げ――


『えぇい動けこのポンコツが! 動けってんだ――ぉおおお!?』

 外へ出ていこうとした寸前。

 阪井の素っ頓狂な悲鳴と共に背後で何かが激しく衝突し、瓦礫が崩れ落ちるような音が聞こえてきた。


「――っぅおあ!? な、何だ!?」

 予想外の展開に一瞬うろたえた昴だが、目を見開いた少女が呆然と動きを止めているのが目に移った途端、一気に冷静さを取り戻す。

 背面カメラが使えないせいで様子がわからない。昴は素早く無線を飛ばす。

「阪井、お前今何をした!?」

『いてて……いや、ダメ元で操縦桿レバガチャしながら≪アクセラレーター≫使ったら急に動き出してよ。ビルにぶつかっちまった上にまた動かなくなるし……』

「≪アクセラレーター≫……そうか!」

 ≪迅龍≫に組み込まれている≪アクセラレーター≫は、根本的には晴近たちが使っているものと同じ。動力に電気ではなく、次元エネルギーを直接用いる装置だ。機体とはエネルギー系統からして分離しており、バッテリーが切れてようが問題なく機能する。

 問題は何故≪アクセラレーター≫を起動した途端、動けるようになったのか。すぐ動けなくなってしまったのも疑問だが。

 考えている暇はない。

 あの少女が阪井に気を取られている、今しか勝機はなかった。

「……ふぅ」

 恐らく機体が動かせるのは一瞬。機銃掃射はルナリアを巻き込みかねない。剣の間合いの外ともなれば、取れる手は一つ。

 操縦桿を握り、意識を集中し、動きをイメージする。

 チャンスは一度きり。失敗が許されない局面だが、昴の精神は揺るがない。数多の苦境を乗り越えてきた、己の腕を信じるのみ。

「まだだ……まだ……」

 狙うのは、再び少女がルナリアへ意識を向けたタイミング。

 こちらから完全に意識が逸れた瞬間を見極め――

「――今!」

 昴は≪アクセラレーター≫を起動し、操縦桿へ力を込めた。


 ◇


 エルナにとって、それは簡単な作業でしかなかった。

 東京の都市中にサイラムが配置した〝目〟から得た情報を元に、手近なビルの陰で天蓋へ戻ろうとする者たちを待ち伏せるだけ。

 博士曰く、自分の能力は相手が近ければ近いほど効果が強まるらしい。姿さえ認識していれば、向かってくる相手は勝手に自滅する。実際、一人の女性と三機のロボットはエルナが潜むビルの手前で完全に動きを停止させた。

 予想外だったのは、未だに女性が生きていること。手を伸ばせば触れる距離まで近づいてなお、まだ息がある。変異体で行った実験では、数メートル離れた場所の時点で既に息絶えていたというのに。

 しかも、動作を封じていたはずのロボットの一機が突然動き出した。ほとんど暴走気味に手近なビルへ突っ込んだため実害はゼロだが、油断はできない。

 転移者として得た力が強力な半面、エルナ自身は非力な一三歳の少女だ。幸矢やクラウスのように戦争を経験していない、平和な家庭で育った一般人。暴走であろうと何だろうと、あんな鉄の塊にぶつかられたらひとたまりもない。

 しばらく注意して観察していたが、他のロボットが動き出す様子はなかった。結局動き出した理由はわからなかったが、ひとまず問題はないと判断したエルナは再び足元の女性へ注意を傾ける。

「ぅ……」

 消え入るようなうめき声が聞こえてくる。ここまで近づいても反応が薄いということは、生きているとはいえ殆ど意識はないようだ。

 どうして耐えているのかはわからない。わからないが、さしたる問題でもなかった。

 近づけば近づくほど強まるということは、能力が最大限に力を発揮するのはエルナが直接触れた時だ。効果は絶大であり、エルナが触った変異体は凍えるを通り越して凍り付いた。

 しゃがみ込み、あと数十センチ手を伸ばせば、一つの命が消える。

 事実として理解してなお、エルナの手は迷いなく女性に向かっていく。

 

 ――別にどうでもいいでしょ。

 何人死んだって何人殺したって。ぼくたちには関係ないじゃないか。

 だってぼくらはこの世界の人間じゃない。エルナちゃんが死んじゃっても悲しむ人間なんて誰もいないんだ。みんなどうでもいいと思っている。

 憎いんでしょこの世界が。家族や友達からエルナちゃんを引き離したこの世界が。この世界に住まう人間が。

 だったら殺しちゃいなよ。大丈夫。

 復讐は何も悪いことじゃないんだから――


 かつて仲間の一人――同じ境遇にいる転移者が放った言葉が頭を過ぎる。

 エルナはこの世界が大嫌いだった。

 家族との時間を引き裂いた、ひび割れた空が今も脳裏に焼き付いている。気づけば見知らぬ荒野に放り出され、周りには異形の怪物たち。襲ってこなかったとはいえ、あと少し博士たちに見つけてもらうのが遅かったら発狂していたに違いない。

 博士は多くのことを教えてくれた。自分と同い年くらいの少年なのに、彼は非常によく物を知っていた。

 この世界の情勢や次元技術。

 転移者と世界移動の詳細。

 そして……全ての元凶についても。

「許さない」

 記憶の中の自分と、現在の自分が同時に呟く。

 あの話を聞いて以来、エルナの中にあるのは怒りと渇望だけだ。家族と自分を離れ離れにしたこの世界が憎い。何も知らずに生きているこの世界の人間が腹立たしい。

 だが、それ以上に……帰りたい。もう一度家族と会いたい。暖かな日常を取り戻したい。

 初めこそ不可能と言われたが、博士は一つの可能性をエルナに示した。この計画が成就すれば、もしかしたら元の世界に帰れるかもしれない。

 そのためならば何でもすると決めた。

 将来的に邪魔になるのなら、ここで――殺す。

「……?」

 しかし、伸ばした手はあと数センチのところで止まった。

 女性が何か呟いている。近づいたことで辛うじて聞き取れるようになった、殆ど声になっていないうわ言。

 エルナはせめての情けとして、彼女の最期の言葉を聞き届けようと耳を澄まし。


「ハ、ル……」


「――っ」

 例えるならば、雷に打たれたような衝撃だった。

 これから行おうとしているのは、間違いなく人殺しだ。生きた世界は違えど、自分と同じように家族や友人を持つ人間の命を奪うのだ。

 今わの際に、女性は一体誰名前を呼んだのだろう。

 家族か、友人か。それとも――

「違、う……奪うんじゃない。わ、私は、取り戻すだけ……それだけなの……」

 自らに言い聞かせるが、強張った身体は全く言うことを聞いてくれない。

 理解していたはずだ。自分は幸也やクラウスたちとは違う。人を殺すどころか、ナイフすら手にしたことがない少女である。真っ当な教育を受け、常識と倫理観を備えた一般人だ。

 拒絶反応が生じるのは、至極当然の結果と言えた。

 怒りを正当化する耳触りのいい免罪符が引きはがされ、エルナは現実を直視する。

 殺す。殺さなきゃ。殺せないと駄目。

 でも……本当に、殺せるの?

「――うるさい!」

 脳内で囁く弱気な自分へ、ヒステリックに叫ぶ。

 ぎゅっと目を閉じ、頭を抱え、強引に躊躇いを断ち切ろうとした。

 それが、最大の失敗だった。

『カミカワさんから、離れやがれぇぇぇえええ!!』

「え――」

 機械が鳴らすけたたましい駆動音。続けて風圧。

 全身を叩く風に目を開いた時には、猛スピードで回転しながら迫る鉄塊に視界を埋め尽くされていた。

 エルナは知る由もない。

 自分が操る減速の力は、加速のちょうど対極――つまり≪アクセラレーター≫の作用と打ち消しあってしまうということを。ルナリアを殺しきれなかったのは、彼女が最後の意志を振り絞って≪アクセラレーター≫を最大出力で動かし続けていたからだということを。

 エルナは知らなかった。

 動きを封じたと思っていたロボット――≪迅龍≫の中には人が搭乗していて、彼らを認識していなかったが故に能力の影響下に置けていなかったことを。その内の一人が加速による減速の相殺に気が付き、虎視眈々と反撃の機会を練っていたことを。

 もし感情に任せて目を閉じていなければ、≪迅龍≫が動き出す瞬間を捉えて行動を封じられたかもしれない。

 今となっては後悔をする暇すらなかった。

 抜き打ちの要領で投擲されたブレードは、少女を粉砕して余りある威力を秘めている――


「ふんっっ!!」


 必殺の領域に、割り込む影が一つ。

 エルナの頭上を飛び越えて現れた老齢の大男が、自分よりはるかに巨大な剣を真正面から拳で殴りつけ、弾き飛ばす。

 クラウス・イェーガー。

 別の指示で動いていたはずの仲間が、エルナの窮地を救っていた。

『嘘だろおい!?』

「ところがどっこい現実である!」

 驚愕の叫びをあげるロボットへ獰猛に笑い、クラウスが身構える。

 しかし――

連結開始(リンクオン)!」

「ぬをっ!?」

 弾かれるようにエルナを片腕に抱え大きく飛び退いた直後、彼女らがいた空間を複数の光条が通過していった。あと少し遅ければ、今頃二人とも全身を焼き穿たれていた。

 宙を舞う中、エルナは気づく。

 倒れていたはずの女性がいない。

 恐らく飛来してきた剣に完全に意識を持っていかれ、能力が解けてしまったのだろう。その一瞬の隙を突き、一気に後退した。

 彼女は一番手前のロボットの足に寄りかかりながら、こちらへ銃の先端を向けている。

 顔色は優れていないが、瞳に宿った闘志には一切の曇りがない。

「うぅ……!」

 何故かそれが無性に悔しく、エルナは再び能力を発動しようとする。

「させる……かっ!」

 それよりも早く光線が放たれた。

 クラウスは再び回避しようとしたが、光線は何もない空中で不規則に反射・分散を繰り返し、あっという間に周囲を埋め尽くしてしまう。

「むぅ、光の檻とは洒落た真似を!」

 傍から見れば幻想的な光景かもしれないが、遠くない未来に閉じ込められた者へ牙を剥くことは想像に難くなかった。

 止めなければ。しかし三六〇度全方位から襲い来る光線全てを認識することはできない。

 迷っているうちに、光線の動きが変わる――

「エルナよ、(しか)と掴まっておれよ!」

「っ――!?」

 呼びかけられ反射的にクラウスのコートにしがみつくや否や、エルナの視界がぶれた。

 ジェットコースターで急落下したかのようなGが全身を襲い、軽く意識が飛びそうになる。歯を食いしばって必死に耐えていると、段々と身に降りかかる負荷が和らいでいった。

 ゆっくりと目を開ければ、先ほどまでいた場所とはだいぶ景色が変わっていた。ロボットも女性も辺りには見当たらず、記憶が正しければ東京での拠点に近い通りだ。

「ふむ、これだけ距離を離せば追いかけては来るまい」

 状況を飲み込むまで少し時間を要したが、どうやらクラウスがエルナを抱えて戦域を離脱したようだ。

 まさか、あの光線の中を強引に突破したのだろうか。ふと見上げてみればクラウスの着ているコートには何か所か穴が開いており、そこから焦げたような臭いが漂っている。

「おじ様……大丈夫?」

「この程度負傷にも入らんわい。なるたけ弾幕の薄い箇所を選んだのでな……一張羅は焦げちまったが」

 冗談めかした言い方をしながら、クラウスはエルナを地面に降ろす。

 ようやく地に足がついたことでホッと息を吐いてから、エルナは気づく。

 自分の役目は足止めだ。このままでは彼女らが地下都市へ戻ってしまう。

「戻らなきゃ……次こそ、必ず――」

「必要ない。既に事は済ませてきた」

 色めき立つエルナへ、クラウスの言葉が冷や水のように浴びせられた。

「思いの外スムーズに進んだのでな。アジトへ戻るついでに様子を見に来たら、ちょうどエルナが挽肉になる寸前だったわけよ」

「……」

 事実は事実だが、実際にそう言われるとそのシーンを想像してしまい気分が悪くなる。一応結果的に足止めは成功し、おかげでエルナは助かったようだ。

 肩の荷がいくらか軽くなったのを感じたが、それでも煮え切らない思いは残る。

「何だしかめっ面をしおって。腹でも下したか?」

「……殺せなかった」

 あの時もし躊躇っていなければ、あんな醜態を晒すことはなかった。クラウスも怪我を負うことはなかっただろう。彼ならば充分理解しているはず。

 しかしクラウスは怒るどころか、あっけらかんと言い放つ。

「当然だろう。お主は人として真っ当に育った娘っ子ではないか」

 何を当たり前のことをとでも言いたげなクラウスの態度に、エルナはしばし言葉を失った。

「で、でも、あそこで殺しておかなかったら、また」

「んなもん、その時に対応すればよい。大体お主が命じられたのは足止めだろう? 殺せとは一言も言っておらん」

 必死にひねり出した反論も一蹴され、エルナは絶句する。

 言われてみれば、博士から任せられた仕事は地下都市へ戻ろうとする者の足止めだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。

 いつから勘違いしてた?

 いつから、この場で殺さなければいけないという強迫観念に駆られて――

「大方、サイラムの小僧辺りにつまらんことでも吹き込まれたか。やめとけやめとけ。あ奴の言うことなんぞ、話半分に聞いておくがいい」

「……でも、私だけ何もしないなんて……」

「与えらえた役目は充分果たしているではないか。それとも何か? 自分だけ手を汚さないのが後ろめたいのか。それこそ、お主が気にすることではない」

 そう言って、クラウスはぎらついた笑みを浮かべる。

「我輩の領分だ。家畜をしめたことすらない子供に任せる仕事なんぞ残さぬわ」

「……うん」

 頷いた途端すっと罪悪感が抜け落ち、自然と頬が緩んだ。

 おおよそ人を励ます表情ではなかったし、言っていることも物騒極まりなかったが。

 彼のハッキリとした物言いは小さな不安や迷いを晴らしてくれるようで、エルナは純粋に嬉しかった。

「……全く、運命とは残酷なものよな」

「何か言った?」

「おっと、何でもないわい。では予定通り、我輩らも都市へ向かうとしようぞ」

おっさんが強すぎる件について

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