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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
81/104

Chapter03-4

 ――何が、起きた?

 

 細身からは想像のつかない威力の蹴りで体が浮くのを感じながら、俺は殆ど反射的に刀を振るう。

「おっと」

 苦し紛れに放った一撃は、たやすく空を切る。青年は余裕のある動きで俺の攻撃を回避し、再び距離を取った。

 正確無比に鳩尾を捉えてきた蹴りだが、≪アブゾーバー≫のお陰でダメージ自体は大したことなかった。追撃に移れないのは時間停止を強制解除された反動もあるが、それ以上に混乱しているからだ。

 今……俺は確かに時間を止めたはずだ。そのまま走って距離を詰め、峰打ちで倒し身柄を拘束しようとした。

 だがあの男は止まった時の中で急に動き出し、それどころか迎撃までしてきた。

 まさか、あいつも時間を操る能力を持っているのか?

 だとすると、彼は俺と同じ――

「転移者」

 心を読んだかのようにかけられた言葉に、思わず息が止まりかけた。

 その反応がおかしかったのか、青年は皮肉気な笑みを浮かべる。

「図星だったようだね。キミはたぶん、僕が同じ力を持ってると思っているだろうけど……残念ながら、僕に時間は操れない」

「……なら、何故さっきは動けたんだ」

「それは内緒だ。知りたければ、聞き出してみなよ……力尽くで」

 挑発的な台詞を吐きながら、青年が手にしていた銃らしき武器を構える。

 その矛先は――未だ動けない様子のノイン!

「守らないと死ぬよ」

 止める間もなく、あっさりと引き金が引かれた。

「この野郎っ、くそ――!」

 俺は咄嗟に時間拡張を発動した。時間停止の方が確実だが、あいつが動ける以上妨害される可能性の方が高い。

 景色がスローになる中、音もなく発射された弾丸がまっすぐノインへと近づいていく。知覚を加速しているのに、かなりのスピードだ。実際にはどれだけの速さが出ているのか。

 久道さんなら刀で叩き落すのも容易だろうけど、一回でも空振れば次の対応が間に合わない状況だった。俺にはそこまで自信がない。

 だから、一番確実な方法を取る。

「あん時に比べれば……!」

 俺は覚悟を決めて弾丸とノインの間に割り込み、時間拡張を解除。

 歯を食いしばり、痛みに備えて――撃ち抜かれた。

「ぐっ――ぁあああああ!?」

 胴体に直撃した弾丸は≪アブゾーバー≫を容易くぶち抜き、体内に侵入してくる。減衰の影響は受けていたのか貫通はしなかったが、代わりに着弾の衝撃で俺はノインのすぐ側まで吹っ飛ばされた。

「ハル、チカ……ハルチカ……!」

「大、丈夫だ」

 今にも泣きそうな声を出すノインに、全然大丈夫じゃないけどやせ我慢してみせる。死ななきゃ安いなんて言葉、実際に死ぬほど痛い思いをすると気軽に言えなくなるな……。

 体を内側から焼かれているような激痛に耐えながら身を起こし、俺は油断なく青年の様子を窺う。一刻も早く傷を治したいが、それよりも気になることがあった。

 時間拡張で割り込む際、俺と同じ速度で動き出す気配はなかった。時間停止は通用しなくても、俺自身にのみ作用する力なら有効なのかもしれない。

 それなら、まだやりようがある。

「今の動き……そういえば、加速もできるんだったね」

 ノインを庇った俺を見て、感心したように呟く青年。

 口ぶり的に、俺のことをよく知っているようだ。俺は彼のことを全く知らないが……くそ、本当に何なんだ。

「どうして転移者が東京に……俺たちに、攻撃を仕掛けてくるんだよ」

 問いを投げても意味がないのは先の会話で明確だが、それでも言わずにはいられなかった。どうせすげなく切り捨てられる。

 そう思っていたが、意外にも彼は答えた。

「命じられたからさ」

「命じ、られた?」

「僕はそれを実行するだけだ。責任から逃れるつもりはないけど……正直気は進まないよ」

「だったら、どうして」

「それが兵士の……人殺しの道具の本分だから」

 感情を極限まで押し殺したような、平坦な言葉。

 青年は最後にそれだけ言い残し、踵を返す。俺たちに背を向けたまま、ビルの縁へと歩いていき。

 躊躇いなく空中へ足を踏み出し――落ちていった。


「……訳わからねえよ、くそ……ぅ、げほっ」

 一連の行動を止めることもできず、俺はただ込み上げてきた血でせき込む。

 感覚でわかってはいたが、やはり内臓がやられていたらしい。やばい、血を流し過ぎて意識が朦朧としてきた。

「ハルチカ、早く治療を!」

「あ、あぁ」

 ノインに急かされ、俺は時間遡行を自分自身へ使う。油断はできないが、敵が目の前にいない今がチャンスだ。

 傷を受ける前まで肉体を巻き戻す、治療と呼んでもいいのかわからない荒業。流した血が体内へ戻っていき、失血でぼやけていた視界がだんだんクリアになってきた。

 治る過程で、傷口から弾丸がごろりと転がり出てくる。親指ほどの大きさがあるそれを拾い上げてみると、弾丸の先が捲れ上がりキノコの傘よろしく広がっていた。

 何だこれ。空中にあった時はこんな見た目してなかったぞ。

 ノインならわかるかもしれないと思い、見えるように掲げて見せる。

 すると、ノインの顔が一気に青ざめた。

「ホローポイント……」

「それってこの弾の名前か?」

 尋ねると、ノインは小さく頷く。

「着弾と同時に変形して、運動エネルギーを叩きつける弾丸。貫通しない代わりに、内臓が滅茶苦茶になる」

「殺意の塊みてーだな……やっぱり、本気で殺す気だったのか」

 どおりで痛かったわけだ。

 事実を再確認し、今更ながらぞっとしてしまった。

 散々人を殺す怪物とは戦ってきたが、同じ人間から殺意を向けられたことはなかった。こっちに来てからというもの、周囲には基本いい人ばかりだった。

 だからこそ受けたショックは大きい。

 天蓋を破壊し、俺やノインを殺そうとしたのが人間で。

 しかも、俺と同じ転移者であるかもしれないというのだから。

 ……いつまでも凹んでたってしょうがないか。

「ノイン立てるか?」

「もう、平気」

 手を貸してやると、若干ふらつきながらもノインは立ち上がった。しかしそこからじっと動かない。

 よく見てみると彼女の視線は俺の体……というか、服に開いた穴に向けられている。無駄に力は使いたくないから、こっちは直していなかった。

 しばらくそうした後、ノインは珍しく殊勝な態度で頭を下げてきた。

「ふがいないところを見せた……謝罪する。あと、救援に来てくれて感謝する」

「気にするなって。それより、ノインは何をされたんだ?」

 駆けつけた時から気になっていたが、状況的にそれどころではなかったし。

 ノインはさっきの俺と同じように、足元に落ちていた何かを拾い上げて見せてきた。

 弾丸のようだが、俺が食らったものよりも二回りほど小さく、平坦な先端には小さな針みたいなものが二本生えている。

「非殺傷の麻痺弾。奴にこれを撃ち込んだら、何故か小官の背中に当たった」

「撃ったのがそのまま? あいつが撃ったんじゃなくて?」

「弾丸は小官の自作。同じものを持っているはずがない」

 地味に凄いこと言ったな今。そういや、フィーダほどじゃないけどノインも結構な頻度で工房に通ってた気がする。まさか弾丸を自作していたとは。

「えぇっと……じゃあ何らかの方法で自分に飛んできた弾丸をノインの背中に飛ばしたってことか?」

「他には考えられない……けど、不可解な点が多い」

 ノイン曰く、弾丸が自分へ当たる直前に遠くのビルにいた青年の声が背後から聞こえ。直撃した後には、本当に背後に現れていたらしい。

 これは瞬間移動と考えていいのだろうか。青年が麻痺弾を食らった様子がないとなると、触れることなく弾丸を転移させたことになる。久道さんの≪ブリンカー≫と同等以上の能力だとすると、その恐ろしさは尋常じゃない。

 距離を詰めれば逃げられ、相手は好きな時にこちらの死角へと潜り込める。しかも相手の武器はライフル。一方的に距離を取って狙撃してくるとしたら理不尽すぎる。最悪、俺たちをどっか適当な場所――空高くや海の上に放り出してしまうことも可能かもしれない。

 だが、≪ブリンカー≫じゃ声は飛ばせない。ていうか、わざわざそれをする意味がない。

 相手は俺たちを殺す気でいるのだから、そんな無駄なことはしないだろう。

 実際に起こっている以上、そこには理由や意味があるはず……こんな時、頭の回転が速いルナリアだったらすぐに気づいてくれそうなんだが。

 そういえば、向こうは大丈夫なんだろうか。確か、フューリーの指示で天蓋に空いた穴の周辺の防備を固めにいったんだっけ。

 できれば、合流して情報を共有したいところだ。

「ノイン、あいつの居場所は探れるか?」

 案外、さっきので落下死してたりしないだろうか。

 冗談交じりに考えてみたが、≪スマートライフル≫のスコープを覗き込み辺りを見渡したノインは首を振る。

「いない。このビルの真下にも、その周辺にも」

「だろうな」

 相手が瞬間移動を使えるなら、こっちから補足するのはほぼ不可能だ。ノインがさっきからずっと申し訳なさそうにしてるのも、一番確実に仕留められたはずの初撃でしくじってしまったからだろう。

 責める気は一切ない。相手が超能力を使うなんて、予想できるはずがないのだから。

「なら、やっぱりルナたちと合流しよう。無線は繋がるか?」

「さっきから試してる。でも、応答がない」

「何だって……おい、ルナリア。聞こえるか?」

『……』

 俺もルナリアに無線で呼びかけてみるが、返事はない。繋がってはいるんだが、ノインの言った通り応答が返ってこなかった。

 もしかして、呼び方のせいか? 今は惚気てる場合じゃないだろ。

 若干げんなりしつつ、俺はやり直す。

「おいルナ、聞こえてるのか? 聞こえてるなら返事してくれ」

『……』

 ……いや、流石におかしいだろ。

 ここまでして返事がないってことは、こっちの声が聞こえてないのか。それとも、返事すらできない状況なのか。まさか……両方?

 強烈な悪寒に全身が震える。

 このままでは取り返しがつかなくなる、そんな予感が――

「っおわぁ!?」

「くっ……!」

 思考を強制的に打ち切るようなタイミングで、曇天の空に轟音が響き渡る。

 さっきとは比べ物にならない揺れに二人してたたらを踏み、何とか倒れずには済んだ。だがいつまでたっても揺れが収まらない。

 ていうか……何か、景色傾いていないか?

 地鳴りと共に足元のコンクリートに亀裂が広がり、違和感が確信に変わる。

「ビルが倒壊してやがる……ノイン、捕まってろ!」

 咄嗟にノインを抱きかかえ、崩落しつつあるビルから隣の背が低いビルに向かって飛んだ。この程度の高低差なら≪アブゾーバー≫で何とかなる。距離的にも十分届く!

 しかし、丁度ビルとビルの間に到達した瞬間。

「がぁあっ!?」

「ハルチカ……!?」

 横合いからの衝撃に撃ち抜かれ、勢いを殺された。

 届くはずだった距離が一瞬にして遠ざかり、地面へ向かって落下していく。

 また撃たれたのか? 一体どこから……。

 灼熱する視界の中、俺は追撃に備えて時間拡張を発動。時間と一緒に引き延ばされる痛みに耐えながら、必死に周囲を見渡す。

 どれだけ探しても、あの青年は見当たらなかった。

 弾丸が撃ち込まれた方向には背の高いビルが乱立していて、遠距離からの射線は通らないにもかかわらずだ。

 その代わりに……俺は妙なものを見つけた。

「点……いや、穴……?」

 狙撃された位置から、弾丸が飛んできた方向へ数メートルほど離れた空中にそれはあった。

 虚空にぽっかりと開いた、五百円玉程度の黒い穴。光を一切反射せず、奥には無限の闇が広がっている。スローになった世界の中で、穴はゆっくりと閉じつつあった。

 ……何だろう。

 俺、どっかで似たようなものを見たような気がする。

「っ……限界か」

 ほぼ間を置かない能力の連続使用に加えて、これ以上痛みを引き延ばしたら意識が途絶えると体感的に悟り、能力を解除する。

 時間の流れが正常化した途端、一気に体が重力に引かれた。

 急速に迫る地面。衝突する寸前に姿勢を制御し、何とか足から着地する。

「くぅっ……!」

 膝を曲げてなるべく衝撃は緩和したが、それでもかなりの衝撃が全身に走った。≪アブゾーバー≫がなければ骨が折れてたに違いない。

「ノイン、大丈夫か」

「小官は問題ない。でも、またハルチカが」

「もう治し始めてるから平気だ」

 言っている間に、また撃ち込まれた弾丸が体外に排出される。

 さっきと同じホローポイント弾……あいつの攻撃であることは確定か。タイミング的にビルをぶっ壊したのも同一人物に違いないが、どうやったのかは皆目見当がつかん。

 まさかあの銃で撃って破壊したわけじゃあるまいし……もしそうだったら、俺はとっくの昔に粉微塵だ。

「とにかく移動しよう。狙撃手相手に、一か所に留まるのは不味いんだろ?」

「……了解、移動する」

 俺の提案にノインは若干考え込む素振りを見せたが、すぐに頷いた。


 落下地点からなるべく一直線にならないよう道を曲がって進み、適当な廃ビルの中へと駆け込む。内部は事前にノインのスコープで索敵済みだ。

 移動中や建物に入ってからも、攻撃は飛んできていない。≪アクセラレーター≫の最大速度で走ったし、振り切れたのだろうか。

 とはいえ安心できるわけでもない。相手に瞬間移動の力がある以上、物理的な距離なんていつでも縮められてしまう。

 あくまで警戒は怠らないまま、俺はノインに問いかけた。

「やっぱりレーダーには反応しないのか?」

「少なくとも、こちらを狙撃可能な範囲には。エコーも熱源も無反応」

 移動中もノインは≪スマートライフル≫のスコープを用いて索敵をしていた。

 しかし結果は芳しくなく、未だ相手の位置は特定できていない。不自然なまでに、ぱったりと姿を消してしまっている。

 狙撃してくる以上、相手は俺たちが見える場所にいる。逆に言えば、俺たちから見える位置にいないとおかしいのに。

「レーダーから身を隠す装置でも身に着けてるのか?」

「無理。現存するジャミング装置では≪スマートライフル≫の索敵を防げない」

「じゃあ、同じ次元兵器ならどうだ。熱とか光とか、そういう情報を全部遮断するみたいな。そういうのに心当たりとかは――」

「あり得ない」

 俺の予測を、ノインはきっぱりと切り捨てる。

「次元兵器はフューリー女史のみが製作可能。そして、彼女はそんなものを作らない」

「作らないって……どうして」

「意味がない。変異体相手にいくら光の反射や熱反応を欺瞞しようと、存在そのものを嗅ぎ分けられる。仮に効果があるとしたら、それは……人間相手だけ」

 ――人間相手。

 ノインが躊躇うように言った言葉に、俺は軽く衝撃を受けた。

 もし俺の予測が正しいとすると、変異体と戦うためではない……人間を害するためだけに作られた次元兵器が存在しているということになる。

 フューリーが、果たしてそんなものを作るだろうか?

 断言できる。あり得ない。

「だとすると、これもあいつの能力なのかな……瞬間移動だけじゃないのかよ。一人で複数の能力とか卑怯だろ」

「ハルチカが言えたことではない。……でも、少し妙」

 そう言ってノインが浮かべたのは、移動する前に見せた怪訝そうな表情だ。

「自身の情報を欺瞞できる能力があるなら、最初から使っていればよかった。わざわざ小官に姿を晒しておく必要はない」

「た、確かに」

「そもそも、狙撃手があんなわかりやすい場所に留まり続けるのは杜撰すぎる。見つけて欲しいと言っているようなもの」

「……」

 使えたはずの能力を使わない。ノインに見つかるまで同じ場所に居座る。

 言われてみると、随分と間抜けな話だ。結果的に返り討ちにしているが、それなら最初から姿を消したままノインに近づいて仕留めてしまえばよかったのに。さっきノインが話した謎の現象もそうだ。

 しかし、俺にはあの青年がそんな間抜けには思えなかった。

 洗練された身のこなしや、俺に対する態度。

 どこまも無駄を排したような……自らを道具と吐き捨てるような男が、そんな無駄を許容するのか?

 そこまで考えるに至り、俺はふと違和感を覚えた。

「あいつ、何で飛び降りたんだろう」

 久道さんの≪ブリンカー≫と同じ能力なら、前兆もなく移動が完了する。文字通りの瞬間移動のはずだ。ビルの端から飛び降りるなんて演出じみた真似は無駄でしかない。

「ノインはあいつが瞬間移動するところを見たか?」

「……痺れてそれどころじゃなかった。申し訳ない」

「いやいいんだ。じゃあ俺もノインも、あいつが転移する瞬間を見ていないんだな」

 何か、喉のあたりまで出かかっている気がする。

 青年がとった一連の、一件無駄に見える行動。それらが無駄ではなく、必要な行動……或いは必然だったと仮定してみよう。


 姿も隠さず一か所に留まっていたのは、見つかる必要があったから。

 背後から聞こえた声に意味があるとは思えないから、結果的に聞こえただけ。

 瞬間移動の前にビルから飛び降りたのは、転移の瞬間を見せないため。

 そして……俺が二度目に狙撃された際に見た、空中の穴。


 これらの仮定は全て間違っていて、俺の思い過ごしの可能性が高い。

 だけど、もし正しかったとしたら――

「ノイン」

「何?」

「いくつか気づいたことがある。ノインも、まだ話していないことがあったら教えてくれ」

 相手は俺たちが思っているよりも、有利な状況ではないのかもしれない。

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