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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
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Chapter03-3

 ノインを送り出してすぐ、久道は≪ゲートポータル≫が設置された部屋の前へと転移していた。

「これは……!」

 そこで彼を待ち受けていたのは――惨劇。

 入り口の前に散らばっていたのは、恐らく部屋を警備していた者たちだったもの。断言できなかったのは、それらが殆ど人としての原型を留めていなかったからだ。

 獣が無造作に食い散らかし、そのまま放置していったような有様。彼らが守っていたであろう扉も、中心からひしゃげて意味をなさなくなっている。

 この光景を作り出した怪物は、既に部屋の中にいるらしい。

 久道は哀れな死者たちへ短い黙祷を捧げてからその屍を越え、歪んだ扉の隙間から室内へと侵入する。


「随分と早かったではないか、えぇ? 久道秀一よ……」


 律儀にもその男は≪ゲート≫装置のコンソールに腰かけて、久道を待ち受けていた。

 座っているため正確なほどはわからないが、最低でも一九〇はあるであろう長身。顔には長い年月が刻み込まれており、頭髪も髭も色素の抜け落ち切った白。ミハイルと同年代か、それよりも更に上と見て間違いないだろう。

 しかし久道の目には、あの男が人の皮を被った猛獣にしか見えなかった。老いを一切感じさせないぎらついた眼光が、獲物を見定めるように久道の全身を舐めている。

「貴様、何者だ」

「おぉ、これは失礼した。一方的に知っているだけというのはいかん。フェアではない」

 久道の問いに対し男はコンソールから腰を上げ、声高に名乗りを上げる。

「我輩の名はクラウス・イェーガー。是非覚えておいてくれたまえ」

「外のあれは、貴様の仕業か」

「そうだとも。最初の一人を血祭りに上げた後も、必死にこの部屋を守ろうとしたのだ。彼らの魂はヴァルハラにて祝福を受けるだろうよ」

「……中にいた者たちはどうした」

「全員逃げていった。言っておくが殺してはいないぞ? 我輩は他の連中と違い、立ち向かわぬ者を手に欠ける気は毛頭ないのだ」

 随分と気前よく語るものだと、久道は逆に感心した。

 自分の名前もそうだが、クラウスは〝他の連中〟とも言った。自分以外にも仲間がいると宣言したようなものだ。

 故に、久道は早々に方針を定める。

「最後に一つ。貴様は何のためにここへ来た」

「この≪ゲート≫とやらを破壊するためよ。まぁぶっ壊すのは簡単だが、それで仕事を終えてしまうと次が控えておるのでな。お主と戦うために、こうして待っていたわけだ」

「そうか。なら望み通り――死ね」

 詳しい話はこいつの仲間に聞けばいい。

 目の前の男を生かしておくのは危険と判断した久道は、迷わず≪ブリンカー≫を起動。

 クラウスの背後を取り、その首めがけて鞘走る。

 ――しかし。

「っ!?」

「うむ、存分に死合おうぞ!」

 斬首の一撃は、クラウスが振り向きもせずに抜き放った拳銃のトリガーガードで受け止められた。≪ディバイダ―≫を起動して押し切ろうとしたが、細い金具相手に刀はびくとも動かない。

 反対の手が閃きもう一挺の銃が抜かれたのを見た瞬間、久道はその場から飛び退いた。だがクラウスはまるで背中に目がついているかの如く、後ろ手で正確に狙いを定めてくる。

 不味い――咄嗟の判断で、久道は転移による回避を試みるが。

「バァン!」

「ぐぅっ!?」

 転移の寸前に引き金が引かれ、クラウスの反対側に出現した久道の左肩から鮮血が散った。

 実際には銃声など発生していない。どころか、音速であれば辛うじて追える久道の動体視力をもってしても飛来してくる弾丸を認識できなかった。

 あたかも、引き金を引いたと同時に着弾したかのように。

 久しく感じていなかった痛みに歯を食いしばり、久道は吠える。

「次元兵器か……!」

「ほぅ、流石に詳しいな。初撃で看破してくるとは」

 隠す気はないのか、手にした二挺銃をひけらかしながらクラウスは楽し気に笑う。

「我輩の≪フライシュッツ≫が放つのは不可視の弾丸。照準しトリガーを引いた瞬間には、着弾が確定するという寸法よ……詳しい原理は忘れたが」

 名前もその性質も、久道の記憶には存在しない次元兵器だった。少なくとも、フューリーの手によって作られたものではない。

 それは同時に、≪フライシュッツ≫などという次元兵器が存在しないことを意味する。次元兵器のコア技術を握っているのはフューリーただ一人であり、彼女以外には新たな次元兵器を作り出せないからだ。

 だが現にそれは存在し、久道が転移する刹那にも満たない瞬間を射抜いてみせた。その上、当たり前のように≪アブゾーバー≫を貫通してきている。

 ……なら、クラウスは誰からあの武器を与えられたのか?

「考え事とは余裕ではないか」

「なっ――!?」

 五メートルは離れていたクラウスとの距離がいつの間にかゼロになっていた。

 油断はなく、むしろ必要以上に警戒していたにもかかわらず。

 ノーモーションで懐へと潜り込まれ、二つの銃口は既に久道の顔面へと向けられている。

「くっ、ぉお!」

 久道は再び≪ブリンカー≫を起動し、クラウスとの距離を大きく離した。

 それでも完全な回避には至らず、右の頬と耳の端を軽く抉られた。口の中に広がる血の味に不快感を覚えながら、久道体勢を立て直す。

「瞬間移動とは実にやっかいなものよのう。お主にかかれば彼我の距離は思うが儘……反則もいいところだな」

 言葉とは裏腹に、クラウスの態度は余裕そのもの。脅威などとは露程も思っていないのが瞭然だった。

 攻めに転じる機会を伺いつつ、少しでも隙を誘うために久道は敢えて会話に乗る。

「貴様こそ、何だ今の動きは。とても老体とは思えん」

「これでも全盛期と比すれば随分衰えたものよ」

 久道の指摘に、クラウスは儚げなため息をついた。緊迫した状況であると受け止めているのは、あくまで久道だけらしい。

 会話の最中にも、久道は少しずつ全身に力を溜めていた。傍から見てもその力の推移は認識できず、ただ立っているようにしか見えないだろう。

 先は転移後に攻撃を放ったが故に対応された。

 今度は攻撃と同時に転移し、確実に首を落とす。

「強くあれと生み出されたこの身だが、時の流れには勝てなんだ。残酷とは思わないかね?」

「それが自然の摂理だ。人間ならば、当たり前のことだろう」

 問いかけに返事をしながら、≪アクセラレーター≫を起動。加速倍率を最大にし、刀を握る手に力を籠める。

 次で仕掛ける――そう決めた久道だったが。

「人間……クハハハ!」

 唐突なクラウスの哄笑に、出鼻をくじかれた。

「何がおかしい」

「いやなんだ、お主がそのようなことを宣うとは随分と皮肉が効いてるではないか……なぁ」

 一頻り笑ったクラウスは、囁くような声でそれを口にする。


「一番目の夜叉よ」


 ――今度こそ。

 久道の思考に、完全な空隙が生まれた。

 思わず呼吸を忘れるほどの驚愕。真っ白になった頭の中で、ひたすら何故と。

 何故、その名前を知っている――

「隙を晒したな、戯けめ」

「しまっ――」

 クラウスが獰猛に嗤い、距離を詰める。

 自失していたのは、ほんの一瞬。

 しかしこの戦いにおいては、致命的な一瞬だった。

 放たれた一射目が久道の右手の甲を貫き、そのまま刀を弾き飛ばす。続く二射目が左手首を食い破り、バックルを破壊された≪リンカー≫が宙を舞う。

 攻撃と回避の手段を瞬く間に奪われた久道の目の前で、クラウスは右手の銃を放り捨て――


「ッルァァァァァァアアアアアア!!」

 ――掌底。

 猛り狂った咆哮を伴って放たれた掌打が、久道の体を打ち据える。

 腹の中で爆弾が炸裂したと錯覚するほどの衝撃。

 常人ならば内側から弾け飛んだであろう一撃を食らった久道は砲弾じみた速度でふっ飛び、ノーバウンドで反対側の壁へと叩きつけられた。

「ごッ、ぶぉ……!?」

 大量の血と酸素を吐き出しながら、久道は床へと崩れ落ちる。たった一発の打撃で内蔵のいくつかに深刻なダメージを負った。砕けた骨が肺を傷つけたのか、呼吸のたびに喉の奥から血液が込み上げてくる。

 普通の人間であれば五回死んでもお釣りが出る重傷。≪アブゾーバー≫が無ければ、もっと酷い状態になっていただろう。むしろ減衰されてなおこれだけの傷を与えてくるクラウスが異常なのだ。

 意識が朦朧とする中、それでも久道は立ち上がろうとする。

「これでも死なぬか。やはり、若いとはいいものだ」

「っ……!」

 羨むように呟きながら、クラウスは久道の両膝を撃ち抜いた。立ち上がりかけていたところで関節を砕かれ、久道の体は再び床へと伏す。

 油断も隙も無い。

 思考や行動の全てが、戦闘のために最適化されている。

 完全武装の軍人程度ならば素手で圧倒できる久道が、クラウス・イェーガーというたった一人の男に圧倒されていた。

 だが徹底的に肉体を破壊されてなお久道の心は折れず、射殺さんばかりの目でクラウスを睨みつける。

 心得のない者であれば卒倒しかねないほどの殺気を浴びせられても、目の前の男は涼しい顔をしていた。

「貴、様……何者だ」

「お主と同じさ」

 先と同じ久道の問いに、クラウスは先とは違う答えを返した。

「帝国の『狩人計画』によって産み出された、一三番目の人間兵器。それが我輩だ」

「人間兵器、だと」

「もっとも調べたところで情報は出んよ。帝国も計画も、この世界には存在せんからな」

 あっけらかんとした言葉に、久道は再び衝撃を受ける。

 この世界には存在しない。

 それはまるで、別の世界があると言っているようではないか。

「まさか、貴様は――!?」

 追求しようとした久道だが、言い切るより早くその体が吹き飛ばされた。

 下顎を蹴り上げられたのだと理解した頃には、瀬戸際で保たれていた意識が一気に遠のいていく。

「殺すつもりでいたが、気が変わった。我輩は、本気の夜叉との死合いを愉しみたいのだ」

「待、て……」

「次相まみえるまでに刃を研ぎ直しておくがいい。化け物との戦闘で鈍った勘を……殺人兵器としての本分を取り戻すのだ」

 靄のかかった視界の中、背を向けたクラウスの姿が小さくなっていく。向かっていく先にはアクシスと東京を繋ぐ≪ゲート≫装置。

 久道は止めようとするが、結局指の一本も動かすことすらままならず。

 巨大な鎚で機械が叩き壊されるような音を最後に、その意識は闇へと沈んでいった。


 ◇


 ルナリアと昴たちは晴近を送り出してすぐ、天蓋へと急行していた。

 突如として発生した爆発に、フューリーからの急報。それに次ぐノインの危機と、事態は目まぐるしく推移している。

 そんな中でルナリアたちは、穴を空けられた天蓋周辺の防護を行うように指示されていた。

 先ほどまでは不自然なほどに変異体との遭遇はなかった。しかし昴たちを襲った生体反応を欺瞞する変異体が潜んでいる可能性も拭えない。穴から侵入してくる外敵への対策も必要だった。

 だが運の悪いことに、少々遠くまで足を伸ばしたせいで戻るのに時間がかかっている。

 距離だけでなく、移動速度にも問題があった。

「鷹見くんたちもっと急げないの!?」

『無茶言わないでくれ、こっちはエネルギーかつかつなんだよ』

『ていうかルナリアちゃんはっやいなおい!』

 隊列を組んで走行する迅龍隊――機体がない木戸を除く三人を先導するように、≪サイレントルーラー≫を展開したルナリアが走っている。

 どちらも≪アクセラレーター≫によって加速しているが、節約しなくていいルナリアとそうでない≪迅龍≫ではどうしても速さに差が出てしまう。

 いっそルナリアが≪迅龍≫に乗っかって自分ごと加速させてしまえば、一機までなら無理やり速度を上げられる。ただし他の二人を置き去りにすることになるため、採用は見送られた。

「全く、何がどうなってるのよ」

 もどかしい気持ちを堪えつつ、ルナリアは思考を走らせる。

 これまでの情報を統合すると浮かび上がってくるのは、東京に対する明確な攻撃である。それも変異体によるものではなく、明らかに人為的な。

 しかし東京が陥落することで、得する者が果たしているのだろうか。今の時勢、人間同士はもちろんのこと国家同士で問題を起こすことに何のメリットもない。

 第一、今の国家に東京の天蓋を破壊できるような兵器を開発できる余力はないのだ。次元技術を使えば或いは可能かもしれないが、フューリーが手がけていない次元兵器などこの世には存在しないはず。

 考えれば考えるほど、思考の袋小路に囚われてしまう。

 相手の目的がわからないというのが、とてつもなく不気味だった。

「今はとにかく急がないと……?」

 心の中でわだかまる雑念を振り払おうとしたところで、ルナリアはふと違和感を抱いた。

 昴たちに配慮しているとはいえ、≪アクセラレーター≫を使用した全速力の移動。予定ならば、とっくの昔に目的地へたどり着いているはずだ。

 なのに何故、一向に天蓋の端すら見えてこないのか。

 そんな当たり前の事実に、どうしてこんなにも気づくのが遅れたのか。

 

 思考能力の明らかな鈍りを自覚した途端。

 ルナリアの視界が、ぐらりと揺れた。

「えっ……?」

 気だるい。眠い。体に力が入らない。

 そして何より――寒い。

 全身から熱という熱が流れ出ていく感覚。冬の湖に叩き込まれたかのように、体が凍えていく。神経が麻痺しているのか、派手に転んだにも関わらず痛みを殆ど感じなかった。

『どうしたのカミカワさん! しっかりして!!』

『くそ、機体が動かねえ! 一体どうなってんだ!?』

『エネルギーダウン……バッテリーが機能しなくなってるのか!?』

 迅龍隊から次々と言葉をかけられるが、ルナリアにはそれがどこか遠くの喧噪に聞こえた。

「何、が……」

 時々刻々と細くなっていく意識を必死に保ちながら、ルナリアは自らに降りかかっている異常の原因を探る。

 視界に表示された外気温に変化はない。急激に気温が低下したのではなく、あくまで影響を受けているのはルナリアと≪迅龍≫だけということ。思考能力の低下は恐らく低体温症によるものだ。

 だとすると、移動が遅くなったのはどういうことなのか。

 単純に運動能力が落ちたとも考えられるが、≪アクセラレーター≫は設定された速度まで使用者を加速する。肉体にかかる負担さえ考えなければ、仮に歩行すらままならない赤ん坊が使用したとしても同じ速度で走れるはず。

 これが意味するのは……加速そのものが妨害されていたということ。

 一見して交わらない二つの現象だが、ルナリアはそこに共通性を見出す。

 熱とは分子の振動。つまりは分子が持つ運動エネルギーであり、その大きさは速度に依存する。熱の上昇とは、分子の加速に他ならない。ならば、熱を下げるには速度を下げればいい。


 熱を奪うということは、速度を奪うこと。

 加速の対極に位置する、その現象の名は――減速。


「ぁ、う……」

 答えに至ったところで、もはやルナリアに打てる手はなかった。気づくのがあまりにも遅すぎたのだ。昴たちの声も既に聞こえていない。

 目蓋が力を失い薄暗くなっていく視界の中、その端に小さな足が映る。荒れ果てた都市に似つかわしくない、小奇麗な靴。

 殆ど動かない視線を僅かに上げ、ルナリアは見た。

 ひどく冷たい――さながら氷のような目と表情で自分を見下ろす、人形のような少女を。

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