Chapter03-2
ちょろっと出てきてた奴らがついに本格始動……
「……暇」
ノインは会議室の入り口前に陣取ったまま、ポツリと呟いた。
フューリーからは誰一人として通さないようにと言付けられているが、こうして見張りをしている限りわざわざ中での会話を盗み聞こうとする輩はいない。せいぜい部屋の前を通り過ぎる研究員が、手持ち無沙汰にしているノインに微笑まし気な視線を投げかけてくるだけだ。
仕事である以上はきっちりこなす。
でも退屈であることは否定しようがない。無論、何か起きてもそれはそれで困るのだが。
多少警戒レベルは落ちるが、銃の整備でもしていようか。
そう考え、背負っている得物へ手を伸ばそうとした時だった。
「なっ!?」
突然の音と、衝撃。特に後者は凄まじく、小柄なノインの体が一切の比喩なく宙に投げ出されるほどだった。
背中から床に打ち付けられそうになるところを、ノインは反射的に姿勢を制御して足から着地する。素早く周囲を見渡してみれば、同じ通路にいた研究員たちが一様に尻餅をついたり、思い切り倒れていたりしている。
視界の端には新着のメッセージが一件表示されていて、その内容は全住民に対する都市下層への避難勧告だった。ただ、何からの避難かについて具体的な情報はない。
地震とは明らかに違う揺れ方。
それに、今の爆発音は気のせいじゃなければ頭上から……東京を守る天蓋の方から聞こえた。
「まさか……!」
嫌な予感がしたノインは、とにかくフューリーたちの安否を確かめるべく会議室へ突入した。入るなと言われていたが、どうせもう議論どころの話ではなくなっているだろう。
会議室内に大きな被害はなかった。机は床に固定されていて、倒れるようなものはせいぜい椅子くらいだ。ただ衝撃で照明が砕け散ったらしく、室内は薄暗く辺りにガラスの破片らしきものが散らばっている。
フューリーたちは、部屋の隅にまとまって避難していた。
「無事でしたか」
「秀一君が≪ブリンカー≫で運んでくれた。おかげでガラスを浴びずには済んだが……今のは何なんだ一体。上で何か爆発したのか?」
「避難勧告は出ているが、混乱防止なのか具体性に欠ける。翠の方へ情報は来ていないか」
「待ってください、今私の方に東京のセキュリティから緊急メッセージが……ぇ?」
メッセージを開封し内容を目にした翠が、目を見開いたまま固まる。
次の瞬間には顔から一気に血の気が失せ、その全身から力が抜け落ちた。倒れてきた翠の体を、慌ててフューリーが支える。
「おいしっかりしろ! どうしたんだ急に」
「嘘……そんな、そんなことって……」
フューリーの呼びかけにも応えず、翠は小さく震えたまま自失している。まるで悪夢に怯える子供のように。
落ち着くまで時間がかかると判断したのか、フューリーは一旦呼びかけを中断し懐から≪タグストレージ≫を取り出した。
展開されて出現したのは、複数のカメラを搭載した円盤状の装置。普段ならアクシスの上空に配備されているはずの≪サードアイ≫だった。
「秀一君、これを東京の上空へ移動させてくれ。天蓋の状態が気になる」
どうやら、フューリーはノインと同じ事態を危惧していたらしい。
「……まさか」
久道も同じ発想へ至ったのか、信じられないという気持ちを露わにしつつも≪サードアイ≫に触れ≪ブリンカー≫を起動した。
一瞬にして装置が視界から消えると同時に、フューリーが全員に見える位置に映像を表示する。東京の直上へ転送された≪サードアイ≫は地上に露出した、天蓋の複数ある層の中で最も強固な表面装甲部を捉えている。
そして、ノイン達は見た。
天蓋の一部が広範囲にわたって融解し、その中心に穴が穿たれているのを。
あろうことか、その穴が地下都市の内部構造にまで到達しているのを。
「馬鹿な、天蓋が破壊されただと……!?」
珍しく久道が驚愕を隠そうともしていないが、無理もない。
東京を地上の変異体から守護する複合装甲壁は、現存するいかなる兵器をもってしても突破不可能とされる代物だ。理論上、対シェルター兵器のバンカーバスターを半日撃ち込み続けても中心の層にすら至らない化け物装甲である。
それをたったの一撃で貫通せしめる兵器など、ノインの記憶には存在しない。それ以前に、今の世界にそのような兵器を作る理由も余裕も存在しないのだ。
すると、考えられる可能性は一つ。
「変異体……それも特異個体による攻撃」
一個の生物による攻撃であれほどの破壊が起こせるかなど、考えるだけ無駄だ。ノインは既に時間を止めるという最上級の怪物と戦っているし、仲間には同じ力を使える少年がいる。
脅威度は比較するまでもないが、いずれにせよ脅威であることに変わりはなかった。
ノインたちにできることは、一刻も早くこの事態を収束させること――すなわち原因である変異体の討伐だ。もはや、借りだのなんだの考えている場合ではない。
翠と違い鍛えられた戦士たる久道はすぐ冷静さを取り戻し、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「クラッツァは地上の友柄たちと合流し敵の排除を。俺もフューリーたちを下層へ避難させ次第合流する」
「了解」
「フューリーは≪サードアイ≫の索敵で支援を。それと、翠を頼む」
「あぁ、わか――」
指示にフューリーが頷こうとしたその時。
≪サードアイ≫からの映像が、突然途切れた。
「あーもう、今度はなんだ!?」
「≪サードアイ≫からの応答がない……撃墜されたのか!」
うんざりしたように叫ぶフューリーと、冷静に事態の把握に努める久道。
しかし、彼の発言にノインは引っかかりを覚える。
変異体が人間を襲うのは本能だ。だから、その邪魔になる天蓋に攻撃を仕掛けたのはまだ理解できる。
だが、空中に浮かんでいるだけの≪サードアイ≫にちょっかいを出す理由があれらに存在するのだろうか。
――仮定してみよう。
もし≪サードアイ≫を撃ち落とす理由があったとすれば、それは監視の目を嫌ったからだ。あれによる索敵が、不都合であると理解していたからだ。
つまり、敵は――
「敵は≪サードアイ≫という装置を知っている?」
「――っ!」
何気なくノインの口から漏れた声を聞き取ったのか、フューリーの目の色が変わった。
ノイズを流すばかりのウィンドウを消去し、新たに別のウィンドウが立ち上がる。
一見すると線と点が複雑に絡み合った謎の図形に見えるが、先ほど≪サードアイ≫が撮影した地表部を一望する画像が並んで表示されたことで、ノインはすぐにピンときた。
これは、東京の地下都市を真上から見た地図だ。
「何ということだ」
二つの画像を比較したフューリーは、苦汁を飲まされたように表情を歪めた。
「穴が穿たれた位置は、≪ゲートポータル≫が設置された倉庫区画の直上だ。これが偶然出なかったとしたら……」
「敵の目的は≪ゲート≫で、地下都市へ侵入するために天蓋を破壊したと?」
人間ではなく、とある装置を目的とした攻撃。
それはあまりにも、変異体の生態からかけ離れた行動だった。
ならば、これは何による攻撃なのか?
「……フューリー」
「あぁ。私が都市を離れたタイミングで仕掛けてきたという訳だ」
どうやら二人には、見当がついているらしい。恐らくノインたちには知らされていない情報があるのだろう。
そして、細かい事情を説明している時間がないことも、彼らの表情から察せられる。
ならば、ノインがするべきことは決まっている。
「作戦変更だ。俺は今すぐ≪ゲートポータル≫の様子を確認しにいく。すまないがフューリーは翠と自力で避難してくれ」
「この状況で戦力を遊ばせるのは得策ではないからね。わかった」
「そしてクラッツァ、今からお前を地上へ転送する。友柄たちと協力し、地上にいる敵を捕縛しろ。ただし……不可能と判断したなら殺害しても構わない」
「了解」
一も二もなく、ノインは請け負った。
もはやそれが、敵が変異体であることを想定した指示ではないとわかっていても。
所属する組織と、それを擁する統治機構。
何より、その庇護下にある人々を守るために。
「軍人として、外敵を排除します」
「……武運を祈る」
痛ましいほどの覚悟を労うように、久道の手が小さな肩に置かれる。
次の瞬間には、ノインの視界にはガラスが散乱した会議室ではなく、瓦礫が散乱する廃都市の光景が広がっていた。
直後、≪ブリンカー≫特有の三半規管の狂いに足元がぐらつく。この強烈な酩酊感こそ≪ブリンカー≫が人間の移動手段として普及しない理由であり、あれを戦闘中に連続で使用できる久道が異常なのだ。
それでもノインは一〇秒ほどで立ち直り、自分の現在地を確認する。
「天蓋の外周部から少し離れた、南側のエリア」
しかも、周囲の建物より頭一つ抜けた高さの廃ビルの屋上だ。これなら索敵にも申し分ないだろう。
ここがアクシスならば、≪サードアイ≫というこの上なく強力な索敵装置が無数存在している。しかし東京にはそれがなく、フューリーが持ち込んでいたものは先ほど破壊された。
「ないものねだりはしても仕方がない」
独り言ちながら、ノインは背負っていた武器を手に取った。
外見はオーソドックスな狙撃銃である。少なくとも、ルナリアの≪サイレントルーラー≫のように銃口部分がプリズムになっていたりしない。発射するのも光線ではなく実弾だ。
『ノイン、そっちの状況はどうなってる!?』
向こうからも爆発が見えたのか、久道たちから連絡を受けたのか。緊迫した様子で無線を飛ばしてきた晴近へ、ノインは簡潔に答えた。
「天蓋が破壊された。小官は今から索敵を行い、下手人を抑える」
『下手人って……変異体の仕業じゃないのか?』
「詳しい話は後。仕留めたら連絡する」
ターゲットに逃げられてはたまらないので、ほぼ一方的に会話を打ち切る。
ノインは銃に取り付けられたスコープを覗き込み、索敵を開始した。
このスコープはただレンズを組み合わせただけの照準器ではなく、特殊なレーダー波を正面へ照射することで遮蔽物を見透かす。屋内や入り組んだ都市内であろうと、逃れることはできない。更に己の経験や知識と照らし合わせ、自分ならどこに隠れるかを意識しながら、大まかなあたりをつけていく。
天蓋を穿つ程の衝撃から身を守れる距離。その上、天蓋の上空に出現した≪サードアイ≫にすぐ気づき、撃ち落とせる位置。
一つずつ条件を課すことで範囲を絞っていき、レーダーによる索敵を続けること十数分。
「……見つけた」
薄々感づいてはいたが、それは変異体ではなく人間だった。少なくとも、見かけの上では。
索敵の届きづらい場所に隠れているかと思えば、数キロ先のノインがいる所よりも背の高い建物の屋上に突っ立って、堂々と天蓋を見下ろしている。スコープの倍率を上げて顔を拝んでみると、男とも女とも取れない中性的な横顔。体格から辛うじて男であると推測はできた。
「見慣れない軍服……どこの兵士?」
彼の服装は、ノインが記憶しているどの国の戦闘員のものと一致しない。仮に他所の国家からの攻撃だとしても、見てわかるような尻尾は出さないだろう。
青年が手にしている武器は、ノインが持っている狙撃銃とよく似ていた。あんな銃一つであれだけの破壊を起こしたとは到底思えないが。
「捕まえて全部吐かせればいい」
あんなところに人間がいる時点で、無関係なわけがない。
そう断じるとノインは腹ばいになって銃を構え、引き金に指をかけた。
射撃体勢に入ると、視界には銃口とターゲットを結びつけるラインが表示される。これは予測された弾道ではなく、設定された弾道と速度に従って弾丸は飛翔する。今は直線だが、その気になればビルを迂回して背後から撃ち込むことも可能。
射手に技術はいらない。火薬を使わないから音も反動も生じない。引き金さえ引ければ、銃が命中させてくれる。
≪スマートライフル≫は次元兵器の中において希少な誰でも――それこそノインのような子供でも扱える武器なのだ。
装填されいている弾丸の中から、非殺傷の麻痺弾を選択。着弾と同時に高圧電流で動きを封じる弾丸で、個人差はあるが直撃すれば一分は動けなくなる。後は晴近に位置を伝えて、回収してもらえばいい。
相手がこちらに気付いている様子はない。もっとも、この距離から肉眼でノインの姿を捉えるのはほぼ不可能だろう。
最後の確認を終えるや否や、ノインは引き金を引いた。
直接速度の情報を入力された弾丸が、音もなく銃口から飛び出す。重力に引かれることもなく、一定の速度を保った弾丸は定められた弾道に沿って青年へと向かって直進し。
当たる――ノインが確信した、その瞬間。
「思い切りがいいね」
誰もいないはずの背後から降ってきた声。
それに振り返るよりも早く、ノインの全身を衝撃が貫いた。
「ぁ――かっ……!?」
雷に打たれたように体中の筋肉が引き攣り、視界が明滅する。奇跡的に意識は飛ばなかったが、ノインの胸中は決して穏やかではなかった。
この感覚は間違いなく麻痺弾を食らった時のものだ。
意味が分からない。
何故数キロ先の人間に向かって放った弾丸が、自分の背中に着弾する。
それに、今の声は――
「僕を人間と認識した上で迷わず撃ってくるとはね」
「……っ」
ノインは言うことを聞かない体に鞭を打ち、何とか首だけを動かす。
ぎこちなく振り返ってみれば、そこにはスコープ越しに覗いていたはずの青年が当たり前のように佇んでいた。間違いなく彼は、ついさっきまで遠く離れたビルの屋上にいたはずだ。
青年はうつぶせに倒れるノインを嘲笑うでもなく、純粋に称えるような笑みで見下ろす。
「ただ、狙いが正確すぎるというのも考え物だ。おかげで、最小限の力でお返しできた」
「お、前は……」
「訳が分からないだろう? でも理解する必要はない」
ふと青年は笑みを消し、銃をノインに向ける。
奇妙な銃だった。形状自体は≪スマートライフル≫とよく似ているが、銃身が一回り程太い。極めつけは銃口に当たる部分が完全に塞がっていること。あれでは弾が出ていかない。完全な欠陥設計だ。
なのに……何故なのか。
まるで巨大な大砲を向けられているような重圧が圧し掛かり、ノインは避けようのない死を予感した。
理由もなく確信する。
天蓋に風穴を開けたのは、この男――!
「さようなら、小さな兵士さん」
優しく囁きながら、青年が引き金に指をかけ――
「っぉぉおおおおおお!!」
突然青年の背後に現れた晴近が、その背中に向けて刃を振り下ろす。
青年は振り返りもせずに大きく飛びのいて回避したが、晴近はそれを追わずノインと青年の間に割って入った。初めから、相手を退かせることが目的だったようだ。
「ノイン、無事か!」
「どう、して」
「いつ合図が来てもいいように、無線を繋げたままにしてたんだ。そしたらお前の悲鳴が聞こえたから……」
「ルナは?」
「昴たちと一緒にいてもらってる。あっちを放っておくわけにもいかないからな。それより」
晴近は再び、青年の方へと向き直る。
仲間を傷つけられた怒りと、相手の正体に対する困惑の入り混じった、複雑な表情だ。
「さっきの爆発は、あんたの仕業か」
「だとしたら?」
「一体何が目的なんだ! どこの誰の差し金かは知らないが……こんなことをして何の意味がある!?」
「キミは、尋ねれば答えが返ってくるとでも思っているのかい?」
声を荒げる晴近に対し、青年はどこまでも冷え切った態度だった。ノインと相対していた時とは打って変わって、纏っている雰囲気は鋭い刃を彷彿とさせる。
「言っておくが、僕はキミたちの敵だ。キミの質問に答える気は一切ない」
「だったら、力尽くで聞き出すさ」
「無理だよ。少なくともキミには」
「……そうかよ」
煽りとも取れる青年の言葉に逆上することなく、晴近は武器を構える。久道との訓練や度重なる実践を経たことで、ガーディアンになったばかりの頃の頼りなさはもうない。
ノインはこの時点で、晴近の勝利を疑っていなかった。
彼には時間停止という最大の反則技がある。背後からの奇襲を回避した青年の身のこなしは凄まじく、ノインに麻痺弾を返したからくりも謎だが、関係ない。
これから放たれる晴近の攻撃は認識すら不可能な一撃。
まさしく、異次元の領域なのだから。
……故に、信じられなかった。
「――がっ……!?」
「言ったろう? 無理だって」
時間すら置き去りにして、間合いを詰めた晴近。
その胴体に、青年の蹴りが深々と突き刺さっていた。




