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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
78/104

Chapter03-1 強襲

悪いなの〇太、この小説は全年齢用なんだ

 今朝もいつもと同じように、俺は聞き慣れたスマホのアラームで目覚める。

 いつもと違うのは……寝起きの朧げな意識の中で、自分とは異なる体温を自覚したこと。

 彼女は俺の右腕を枕にし、依然として静かな寝息を立てている。こっちの世界に来てからも常勝無敗を誇っていたスマホが、初めて敗北した瞬間だった。

 なので代わりに、俺が起こすことにする。

「おーい、朝だぞルナリア」

「んぅ……」

 声をかけてやると、ルナリアは小さく身じろぐ。それだけ。

 反応は示したが、相も変わらず可愛い寝顔を晒している。声をかけるだけでは不足なのか。

「軽く揺さぶってやるか……ほれほれ、起きろー」

 今度は声をかけながら、枕にされている右腕を揺すってみる。これなら起きるだろう。

 しかし――

「ん」

「ぬをっ」

 枕が揺れるのはお気に召さなかったらしく、ルナリアは抗議するような声を上げながら抱き着いてきた。突然の反撃に、動きが止まる。

 ……枕から抱き枕にジョブチェンジしてしまった。

「ちょ、ちょっとルナリアさん?」

「んふー」

 揺れが収まって満足げなルナリアさんだが、こっちはそれどころではない。

 昨晩は互いに不慣れだったからか日付が変わる頃には疲労困憊となり、そのまま眠りについてしまった。

 つまり、毛布一枚めくったら俺たち全裸なわけで。

 何がまずいって……当たってくるんだよ、直接。やわらかいアレとかソレが、ダイレクトにだな。散々触ったりそれ以上のことしたからって、耐性が付くかといえばそんなことはない。密着してくる柔肌の感触が、徐々に理性を蝕んでいく。

「――っていかんいかん、朝からは流石にいかん! 起きろルナリア、起きてください! 起きてくれないと俺が持たない!」

 俺はもはやなりふり構わずルナリアを起こそうとするが、もがけばもがくほど逃がさんとばかりに腕に込められる力が強くなる。すると当然、当たってくる感覚も強くなる。完全なる負のスパイラルだ。

 や、やばい。これ以上くっつかれたら本格的に抑えられなくなる……でもルナリアは寝ぼけているだけなんだ。やはりここは鋼の精神で耐えねば……この鋼、厚さ一ミリもないかもしれないけど。とにかく頑張れ俺。

 そんな具合に、己を鼓舞していると。

「……ふふっ」

「……おい、今笑ったろ。笑ったよな? 実は起きてるだろ。さては狸寝入りだな!」

「んー」

 俺の指摘に応じることなく、ルナリアはあくまで寝ぼけた振りを続ける。だがさっきまでと比べてあからさまに演技っぽくなっており、もはや隠す気がない。

 一体どうしろと言うんだ。本当に朝からおっぱじめるつもりか。

 心の天秤がだいぶ欲望の側へ傾いてきた段階で、俺はふと思い出す。

 ……もしかして、そういうことなのか?

 まさかとは思いつつも、現状他に理由が見当たらない。ルナリアの行動が、俺に対する抗議なのであれば。

 素面な今では恥ずかしいが、それでも。

「わかった。頼むから起きてくれ……ルナ」

 深く愛し合うさ中、彼女が求めてきた愛称で呼びかける。

 そして、どうやらこれが正解だったらしい。

 俺の体に埋めていた顔を上げたルナリアは、満面の笑みを浮かべ。


「おはよう、ハル」


 ◇


「で、何なんこれ?」

 昨日と同じ食堂にて、半眼で尋ねてくる昴から俺はそっと目を逸らす。

 逸らした先には、今まで見たことないような生暖かい笑顔でこちらを見てくるノインがいた。

「昨晩はお楽しみでしたね」

「どこで覚えたよそれ。ていうかそういうキャラじゃないだろお前」

「一夜を共にした男女を迎える言葉だと父が」

「ジークさんか」

 ノインによく似た射撃場の管理人を思い出しつつ、俺は嘆息する。クールなイケメンのくせして、娘に何てこと教えてんだあの人は。

「どうしたのハル、溜息なんてついて」

「そもそもの原因がそれを聞きますかね……」

 二人で食堂まで来てからずっと俺に寄りかかりっぱなしのルナリアは、呈された苦言に対しただ首をかしげるだけだった。

 ホント、さっきからずっとこの調子なのだ。ルナリアが今朝まで部屋にいなかったことを把握してるノインはともかく、隠す気がなさすぎてこの場にいる全員に昨晩何があったのかを察せられてしまった。これが公開処刑か。

「やれやれ熱いねお二人さん。目から摂取する糖分で眩暈がしそうだよ」

「茶化すなフューリー。だが、一応公衆の面前だ。お前たちも節度を持て」

「俺に言われても困るんですけど」

「ねぇ、さっきから何のことを言ってるの?」

「自覚が無いからなお恐ろしいわ……」

 寝起きのやり取りといい、一線を越えたことで吹っ切れてしまったのかルナリアの距離感がだいぶおかしくなったような気がする。甘えてくれるのは男冥利に尽きるけど、久道さんの言う通りTPOは弁えてほしいかなって。

 とか思いつつ、離れろと言えない俺がいる。既に尻に敷かれてるのだろうか。

「朝っぱらから何を見せられてんだろーな俺……はぁ」

「タカミ・スバルもマシバ・ユキと付き合えばいい」

「簡単に言うけどよおノインちゃん。俺にも俺の意地というか、考えがあってだな」

「しかし、あのように異性と親密になりたい欲求はあるのでは?」

「そりゃあ……自分も男ですし? でもさ、やっぱ俺みたいな向こう見ずが由季に釣り合うかと言われると――」

「誰が釣り合うって?」

「うおおっほぉぉぉぉおお!?」

 ノインとの会話中、突然昴が奇声を発しながら飛び上がる。

 何事かと思って視線を戻してみたら、椅子から転げ落ちた昴を間柴さんが呆れたような目で見降ろしていた。

「どどどどっから生えてきた! つーか何でここに!?」

「私はキノコかタケノコか。今日はお母さんもお父さんも朝早くて、朝ご飯用意する暇もなかったから……」

 理由を説明しながら間柴さんの視線が俺とルナリアの方へとスライドし、止まる。

 じっと凝視し、自分の目を疑ったのか目元を指で擦ってから再度凝視し。

「何これ」

「一夜明けたらあいつらめっちゃ仲良しになってた」

「何それ」

 まぁ、そういう反応になるよな。俺も当事者じゃなければ同じリアクションだったと思う。

「あ、間柴さんおはよう」

「お、おはようカミカワさん。その……幸せそうね」

「えぇ!」

 複雑そうな間柴さんへ、とてもいい笑顔で返事をするルナリア。幸せそうで何よりだよ。

 若干現実逃避気味になりつつ、俺は話題を変えようと試みる。

「それより、今日も授業に行くのか?」

「いんや、今日は元から休みの日だ。それに一昨日派手にぶっ壊した≪迅龍≫のパーツ交換が終わったし、慣らし運転もかねて外に出るかなと」

「ちょっと、あんな目にあったばかりなのにまた行くつもり?」

「まあ落ち着けって由季。あんな目にあったからこそだろ」

 明らかに難色を示す間柴さんをどうどうと宥めながら、昴は主張する。

「変異体が今までにない動きをした。この事実を放っておくのは、どうも嫌な予感がしてならない。忘れたころに一昨日みたいな奇襲を食らったら、今度こそ死人が出るぜ」

「それはそうだけど……」

「投棄してきた木戸の機体も回収してやらんとだ。雨ざらしになったら再利用できるパーツも減っちまうし」

 真面目な表情で語る昴は、オフ時のおちゃらけた感じはなく迅龍隊の隊長らしい真剣味を帯びている。言っていることも至って正論だ。間柴さんも理屈ではわかっているのだろうが、感情の面ではやはり許容できないのだろう。

「なら、こうするのはどうだい?」

 すると、助け舟を出すようにフューリーが口をはさんできた。

「晴近君とルナリア君を迅龍隊の付き添いとして出そう。この二人なら並みの変異体程度に苦戦はしないし、最悪君たち全員を抱えての離脱も可能だ」

「マジっすか!? あーでも、それって後々面倒なことになるんじゃ」

「迅龍隊との共同訓練や次元兵器のデモンストレーション等、対外的な言い訳なんてどうとでもなる。裏付けなんて取りようがないのだから」

「うわぁ、悪い大人だ……」

 もはや慣れっこになってきたフューリーのやり口に、ドン引きするフューリー初心者二人。

 実際、悪くない案だとは思う。土地勘のある昴たちが調査を進める間、俺たちが露払いを務めるのは分業として理想的かもしれない。

 問題は、この提案に俺たちの意思が介在していないことである。

「何だ、嫌なのかい?」

「嫌ってわけじゃないけど……」

「稼働してる≪迅龍≫が間近で見れるんだよ?」

「引き受けた」

 即決だった。

 あいつを助けた時は無我夢中でそれどころじゃなかったから、あれが動いてるところをちゃんと見るのは初めてになるな。あわよくば少しだけ操縦させてもらったりとか。親方あたりに頼めばワンチャンあるかもしれないぞ。

「すっかり乗り気になったね。ルナリア君はどうする?」

「私はハルと一緒にいます」

「お、おぉ……そうかい。何というか、こっちの方が恥ずかしくなってくるな」

 心なしか一層俺にすり寄ってきたルナリアを見て、パタパタと顔を手で仰ぐフューリー。客観的に指摘され、忘れかけていた羞恥心が甦りこっちまで顔が熱くなってきた。

 漂うこそばゆい空気に耐えかねてか、黙りこくっていた久道さんが口を開く。

「我々はこの後研究室へ……翠のところへ向かうのだったか?」

「あぁ。昨日はサプライズ授業もあってあまり時間が取れなかったし、今日こそ本格的に議論したいところだね」

「そういや、結局フューリー室長たちは何の話をしてるんだ? 次元エネルギー関連のことって言ってたけど」

「それは結論が出てからのお楽しみだ」

 俺が尋ねると、フューリーはもったいぶるようにはぐらかした。

 まあいいけど。別にそこまで気になってるわけでもないし。

「『別にそこまで気にならないしいいかー』って顔をしているな……ノイン君はどうする。正直、屋内の護衛であれば秀一君だけで足りると思うが」

「念のため控えておきます。万が一があるかもしれませんし……それに」

「それに?」

「長時間今のルナと同じ空気を吸っていると糖尿病になりそうなので」

「なるほど」

「……何も言うまい、うん」

 今の状況を甘んじて受け入れいている俺には、ノインに返す言葉もなかった。


 ◇


「やぁ、待たせてしまったかな」

「いえいえ、私もさっき来たばかりですよ」

 朝食を終えたフューリーたちは、晴近たちと別れ翠と合流した。

 集合場所にした会議室にはフューリーと翠、そして久道の三人のみ。ノインは入り口の外で待機している。外に見張りを立てているのは、万が一にでもこの部屋で行われる会話を他人に聞かせるわけにはいかないからだ。

 フューリーは会議用の長机を挟み、翠と向かい合って席に着く。久道はフューリーのすぐ後ろの壁にもたれかかった。

 部屋に入った時にも思ったことだが、翠はどうも顔色が優れていなかった。

「顔色が悪いようだが、よく眠れなかったのかい?」

「えっと、研究で根を詰めてまして。それより、昨日は突然すみませんでした」

「授業のことなら構わないさ。こんなこともあろうかと、元よりスケジュールには余裕を持たせてある。最大で一週間はいられるよ」

「そんなに長い間留守にして大丈夫なんですか?」

「いいじゃないかたまには。ちょっとした里帰りさ」

 両親はフューリーが生まれて間もなく事故でこの世を去り。物心もついていなかった赤子は、当時はまだ日本の首都だった東京にて、次元技術の研究を行っていた祖父に引き取られた。

 例え姿や形が昔と大きく変わろうとも、フューリーにとって東京は故郷なのだ。

「まあ研究も大切だが、まずは自分を大切にしないと駄目だぞ。研究者は体が資本だし、あまり夜更かしするのは肌に悪い」

「以後気を付けます……」

 しゅんとする翠を見て、フューリーは苦笑する。

 彼女の態度もおかしいが、自分自身の発言に笑いを禁じ得ない。昔の自分が聞いたらどんな顔をするのだろう。

 人は変わるものだとしみじみ感じながら、本題へと切り出す。

「では、昨日までのおさらいをしつつ私の考えを述べよう。君が先日、私に提示した議題がこれだ」

 フューリーは翠から連絡を受けた際に共有されたファイルの一つを表示する。それは百数ページからなるレポートで、執筆したのは他でもない翠だ。

 そのレポートのタイトルは――

「『転移者が有する次元エネルギー源に関する考察』。まさかひと月足らずで仕上げてくるとは思っていなかった」

 転移者――つまり晴近が久道との訓練で能力を発動した日には、フューリーから翠へ研究の依頼が出されていた。これまでに行ってきた実験のデータも、すべて共有してある。

 他所の人間へ晴近に関する情報を漏らすのは非常にリスキーだったが、科学者としても一人の人間としても翠は信頼できた。

「個人的にも興味深い内容でしたから。でも、友柄君には説明しなくていいんですか?」

 翠が確認をしてきたのは、このレポートが晴近と密接に関わる内容だからだろう。

 そう理解しつつもフューリーは首を横に振った。

「本人に伝えるのは、もう少し確証を得られてからにしたい。彼にはもう隠し事なんてしたくないんだが……内容が内容だからね」

 この世界に来たばかりのころと比べ、晴近は随分と強くなった。単純な戦闘力はもちろんだが、精神面での成長も大きい。

 だが、それでも。

 事前に目を通したレポートの内容を思い出して、フューリーは表情を曇らせた。

「晴近君が能力を使う際、彼自身が持つ次元エネルギーの値が爆発的に上昇する。これはかなり初期の段階で確認されていた。問題はそれがどこから来ているかだ」

 まず≪リンカー≫からの供給という線はあり得ない。あれはあくまでウロボロス機関と次元兵器を繋ぐ中継装置であり、晴近自身に繋がっているものではないからだ。

 晴近はあたかも無から次元エネルギーを生み出しているかのように見えるが、それを認めるのは非科学的。別の供給源があると考えるのはごく自然のことだった。

「次元炉のようなものが友柄君の中に存在していると仮定すれば、一応辻褄は合います。でもそうなると、フューリーさんがくれたエネルギー供給率のデータと矛盾が発生するんです」

 翠が新たに表示したのは、ウロボロス機関が都市や諸国に供給しているエネルギーの時間変化を表している。時間変化と言っても、表示されたのは完全な平行線なのだが。

 これこそが、この議題における最大の謎だった。

「もし友柄君が上位の次元からエネルギーを引き出しているとしたら、抽出先が同じウロボロス機関からのエネルギー供給率が下がっていないとおかしいんですよ」

 グラフのデータは晴近がアクシスに来る以前から収集されていたもので、グラフの右端に至るまでの間に晴近は何度も時間操作を行使している。にもかかわらずウロボロス機関は一定のエネルギーを供給し続けていた。

 つまり春近は、この世界からのエネルギー供給を一切受けていないということになる。

 無から有は生まれない。何かを得るということは、引き換えに何かを失うということ。

 ならば、彼は何を対価に力を得ている。ただ人として歪んでいくだけではない。

 時間を操る――世界そのものへ干渉するために、何を犠牲にした。

 翠のレポートには、いくつかの仮説が記載されている。

 その中で、フューリーが最も信ぴょう性が高いと考えているのは――


「この世界ではない、別の……彼が元いた世界からエネルギーが供給されている」


 一見して荒唐無稽。そもそも晴近は平行世界が持つ無限の可能性に阻まれ、元の世界との繋がりを完全に断たれている。だからこそ帰れないという結論に至ったのだ。

 しかし、この前提が間違っていたとしたら?

 彼が未だ、元の世界との繋がりを持っているとしたら?

「私は世界移動について根本的に勘違いをしていたのかもしれない。大小なりと、異能を扱う得意個体が存在する時点で考えて然るべきだった」

 何も晴近だけが特別ではない。彼の両親が変じた『クロノス』。四年前に一度ガーディアンを壊滅させた炎の巨人『スルト』。晴近のように細かい計測ができなかったとはいえ、疑問自体は抱けたはずだ。

「世界移動は生物が次元軸を越えるだけの現象だと思っていたが、恐らく違う」

 あれらは、どこからエネルギーを得たのか……否。

 どこから、エネルギー源を持ち出してきたのか(・・・・・・・・・)

 あくまで仮説の域は出ない。

 だがどうしてか、フューリーにはそれ以外の答えが思い浮かばないのだ。

「移動したのは生物だけではなかった。何の偶然かはわからないが……そう、世界移動とはまさしく――!?」


 己がたどり着いた結論を、フューリーが口にしようとした寸前。

 火山が噴火したかのような轟音と共に、会議室を強烈な縦揺れが突き上げた。

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