Chapter02-2
「難しい話はわからないが、要するにもう一人の僕はいないということか」
「斬新な表現だが、そうなる。満足のいく回答だったかな?」
「ああ、充分だ」
別に自分から会おうと思って話を聞いた訳じゃないが、万が一こっちの世界にも俺がいたとして、この都市に来ていたとしたら色々と問題になりそうだと思ったのだ。
ドッペルゲンガーの逸話があるように、自分と同一の存在と言うのは往々にして不吉なものである。遭遇しないならそれに越したことはない。
それにこっちの知人友人にしたって、元の世界と同じ歴史を辿っていない以上そもそも見知らぬ他人である可能性の方が高いだろう。わざわざ会う必要もなさそうだ。
したらば、次の質問に移るとしよう。
「俺と一緒に、酷い怪我をした女の子がいなかったか?」
「……春近君と一緒に保護された少女なら、別室で療養中だよ。ここに運び込まれてから既に一時間経つけど、意識はまだ回復していないみたいだね」
少しだけ考えるような素振りを見せたのち、フューリーは虚空を見やりながらそう答えた。目線だけが左右へ移動して何かしら読み取っているようだが、俺には何も見えない。口ぶりから察するに、別室の様子をモニタリングしているのだろうか。
だが、一時間も意識がないっていうのは相当に危険な状態なんじゃないか?
俺が発見した時点でもだいぶ出血が酷かったし、その後の処置だって素人のうろ覚えだ。多少持ち直した気配はあったものの、危篤状態には変わりなかったはず。
「そう心配しなくていい」
焦りが表情に出ていたのか、こちらへ視線を戻したフューリーが苦笑した。
「意識は戻っていないが、命に別状はないよ。君が眠っている間に私が処置しておいた。目が覚めさえすればすぐに退院できるくらい、体はすこぶる健康だ」
「え、マジで?」
「医療も日々進歩しているからね。あの程度なら傷跡一つ残らんさ」
「そ、そりゃまた」
告げられたことの衝撃に、俺は言葉が出なかった。
常々未来に生きている都市だと思っていたが、まさか医療まで非常にハイレベルとは。あんな致命傷でも一時間足らずで治っちまうのか。
もう死にさえしなければ死ぬことはないんじゃないだろうか。自分で何言ってるのかわからなくなるけど。
つーかこの人、専門の医者じゃないとか言ってたけど充分凄いな。
「むしろ面倒なのは目覚めた後かな。不幸にも彼女……シア・フリーゼは今回の騒動で両親を失っている。彼女には両親以外の親族がいないらしくてね。しばらくは管理局の預かりになるが、里親が見つからなければ施設行きだ」
「し、施設!?」
こういう場面で出てくる施設には良いイメージが全くない。
この人も科学の発展には犠牲がつきものだとか平気で言っちゃいそうな雰囲気醸し出してるし……
はっ、もしかして俺もヤバい?
ヒャッハー貴重な転移者のサンプルだーとかならない!?
「そう身構えなくていい。別にモルモットにしようとか思っていないから」
「本当に? 頭に電極刺したりホルマリン漬けにしたりしない?」
「晴近君は私を何だと思っているんだ」
これにはフューリーも呆れた様子を隠さなかった。
流石に考えすぎだったかな。
でも時々、俺を見る目が何かを観察するような感じになってるような気がして恐いんだよなぁ。知的好奇心に由来するものと、好意的に受け止めるべきか。
まあ、少なくとも悪い人ではなさそうだ。今のところはこっちの質問にもきっちり答えてくれているし。
「施設と言っても、都市が運営する列記とした養護施設だよ。好ましい表現ではないが、シア君のような事例は今の世界ではありふれている。対応も板についたものさ」
諸行無常だね、とフューリーは肩を竦めた。
「衣食住は保証され、望むなら教育プログラムも受けられる。巣立った後の身の振り方はそれこそ本人次第だ。まあ、彼女の意識が戻ったら一度挨拶くらいはしてもいいんじゃないかな」
「そう、だな。そうさせてもらうよ」
とにかくあの子――シアが無事でよかった。あそこで諦めず、命を張った甲斐があったというものだ。
後顧の憂いがないと言えば嘘になるが、これからは俺がどうこうできる問題でもないだろう。部外者である以前に、完全なよそ者だからな。
せめてシアという少女の未来が明るいものであることを祈るばかりである。
「最後に一つ、聞いていいか」
「ああ、何でも聞きたまえ」
それじゃあと、口を開きかけた時。
「失礼する」
ノックと共に、フューリーの背後の扉が開く。
断りを入れながら部屋に入ってきたのは、四〇歳手前くらいの男性だった。背筋の伸びた佇まいや引き締まった表情が、一部も隙の無い印象を与える。年は近いながらうちの父親とは大違いだ。
何よりも目を引くのはその服装だ。
赤い鼻緒の草履に、藍の着物と黒い袴。帯を締めた出で立ちは正に侍といった感じで、とても自然なレベルで着こなしている。
それだけに、この未来感あふれる都市においては凄まじく浮いて見えた。
フューリーにとっても予想していないことだったのか、若干驚いている様子だ。
「やあ秀一君、その恰好はどうしたんだい?」
「戦闘や事後処理後の汚れた格好で研究室には入れんだろ。それに、予めそこの少年が日本人であると聞いていたからな。少しでも馴染みやすいよう、持っている中でなるべく日本的な服装を選んだつもりなのだが」
「私の言えたことではないが、君も大概ずれているな」
何か間違っているだろうかと言いたげな表情の彼にジトッとした視線を送りつつ、「まあいいや」とフューリーが再び俺に向き直る。
「紹介しよう。彼の名前は久道秀一。都市が誇る脅威のテクノロジーで、現代に蘇った侍だ。最近のマイブームは生類憐みの令で、特技はハラキリ――あだっ」
「聞きかじった知識を適当に並べるな」
あ、やっぱり適当だったんだ。
現代に蘇った侍辺りまでならまだ信じられたが、続いた単語が滅茶苦茶だ。
「改めて、俺は久道秀一。この都市でガーディアンを務めている者だ」
フューリーをチョップで制した久道さんが、改めて自己紹介をしてきた。
ガーディアンが人間なのは予想していたが、あの時俺らを助けてくれたのは女の人だったような気が。
「あの、もしかしてガーディアンって何人もいるんですか?」
「ああ。都市の外へ出回る者たちを含めれば結構な人数になるが、都市に常駐するガーディアンは俺を含めて七人いる。君らを救助したのは私とは別の者だ。……そうだな、先に言っておこう」
久道さんはそう言うと、フューリーと並び立つように前へと進み出て来た。
近くで見ると身に纏う覇気がハンパない。見た目は日本人だし体格もそこまで厳つくはないのに、滲み出ているオーラが尋常じゃなかった。平凡な現代日本に生きる俺ですら、それをひしひしと感じる。
ガーディアンをやっているということは、あの化け物ともう何度も戦っているということ。久道さんはその中でも百戦錬磨の部類になるのだろう。一挙手一投足が全く無駄を感させない達人のそれだ。
下手に動けば斬られかねないという錯覚に陥り、身を強張らせる。
これから何が起こるのかと息を飲む中、久道さんが動く――
「君の働きで一人の少女が救われた。都市を代表し、心より感謝する」
腰から深く四五度。
見事なまでに堂にはまった、最敬礼だった。
「……え?」
「本来、市民の救助は我々ガーディアンの職務だ。にもかかわらず、世界移動の直後で一も二もわからない人間に生存者の探索ならびに救助を一任するなど、言語道断」
「え、いや、ちょっと」
あれ、この流れさっきも――
「そればかりか、非戦闘員である君を鉄火場に立たせてしまった。全ては全体を指揮した俺の不徳の致すところだ。本来なら責任を取ると共に働きに報いるべきなのだろうが、俺の権限で可能なことなどたかが知れている。フューリーの冗談ではないが、やれと言うなら今から腹でも切って見せて――」
「ちょ、ストップ! ストーップ!!」
「む?」
頭を下げたまま段々と不穏なことを口走り始めた久道さんを、俺は必死で止めにかかった。
どうやらこちらの声は届いたらしく、顔を僅かに上げて眉根を寄せている。
何というデジャヴ。
この人ら、ベクトルは違えど似た者同士か。
とにかく責任だとかで切腹されても俺が困る。スプラッタ―な展開はもうさっきので懲り懲りだ。ここに来て変な武士道を発揮しないでいただきたい。
「感謝とか責任とか、俺は全然気にしてませんから! あれは結構なり行きな部分もあってですね、見つけちゃったのを見捨てるのは根目覚めが悪かったというか……それにほら、結局命を拾ってくれたのはガーディアンの人ですし、シアちゃんを治療してくれたのもフューリー室長ですし!?」
「君と同じ場面に遭遇すれば、大半は悩んだ末に己を優先する。それは人として当たり前で、恥ずべきことではない。だがな」
久道さんはそこで一度言葉を切り、真っすぐに俺の目を見て、
「あの状況下で他人を優先できるのは本当に一部の人間であり、君は紛れもなく一人の命を救った。それもまた人として正しく、誇るべきことだろう」
「そ、そんなこと言われましても」
どうしよう、ここまで手放しで褒め讃えられると非常に照れくさい。これがいわゆる褒め殺しというやつか。
実際、俺自身どうしてあそこまでムキになったのかわからない。
少なくとも、世界移動をする前の俺だったら自分の命を優先していたはずだ。死んでしまっては元の子もないのだから。
でも変異体に迫られたとき時俺は確か……うーん駄目だ、よく思い出せん。
まあこんだけ考えて思い出せないってことは、やっぱ大した理由じゃないんだろう。
何となく嫌だったてとこか。
でもこれをそのまま言うのってどうなんだ?
「……ふっ」
「っ!」
答えに窮していると、元のように背筋を伸ばした久道さんが困ったように微笑んだ。
この人の笑ってるとこ、初めて見た。
でも気のせいだろうか。
一瞬だけその笑顔に、物凄く悲しそうな翳りがあったのは。
「君は謙虚だな、友柄君。もし君のような人間が世界の大半を占めていれば、世界のしがらみも少しはなくなるというものだ」
「それはー、ちょっと大げさなんじゃないですかね」
「大げさなものか。君の爪の垢を煎じて飲ませたい奴が世の中にはごまんといる」
そう言いながら久道さんはふと目を細め、隣の人物へと鋭い視線を向けた。
「そうだろう、フューリー」
放たれた声に含まれているのは、明確な怒りだった。




