表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
9/104

Chapter02-3

「おいおい秀一君、その意味ありげな視線はなんだい?」

「わかっていないとでも宣うつもりか。彼と会話をするさ中で確信したぞ。この様子では、最も重要な情報を開示していないな?」

「……あぁ、そのことか。まだ聞かれていなかったからね」

「も、最も重要な情報?」

 突然剣呑な雰囲気になった久道さんに面食らっていた俺だが、聞き捨てならないことを耳にしたので思わず聞き返してしまう

 もしかして、俺が今一番気になっているあれのことなのだろうか。

「しかしこれを春近君に伝えるのは少々荷が――わかった。私からきちんと話すからチョップはやめたまえ」

 フューリーは渋る素振りを見せたが、無表情で静かに右手を構えた久道さんを前にしてあっさりと陥落した。

 やり取り自体はそこそこ微笑ましいのだが、何より久道さんが発する怒気が全然収まっていない。依然として緊張した状態であることには変わりなかった。

 室内で唯一余裕を失っていないフューリーが殊更異端であるとも言える。

「あー、先に知っておきたいんだが」

 だがその話題について触れるのはやはり気が進まないようで、若干躊躇いがちな切り出しだった。

 

 ざわりと、胸の中で何かが蠢いた。


「色々と事が落ち着いたら、晴近君は元の世界へ帰るつもりかい?」

「そりゃまあ、当然だろ。ていうか俺も丁度、どうやって帰ればいいのか聞こうと思ってたとこだよ」

 元の世界への帰還方法。

 これぞ正しく俺が求めていた、最後に質問しようと思っていたことだ。

 フューリーの説明から察するに、世界移動はそこそこ原理の解明された現象であると推測できる。ならば、こちらの世界へ渡ってきたように元の世界へと帰る方法だってあるはずだ。

 これが転生だったら死体が残っているだろうが、転移である以上向こうでの俺の扱いは完全に行方不明者である。

 家を出てから時計を見てないので大まかな時間感覚になるが、もう既に授業は始まっているだろう。無断欠席となれば親へ連絡がいき、そこから連鎖的に俺へと電話なりメールが来るのも想像に難くない。

 いくら繋がりやすさ業界一を謳う俺のスマホでも、流石に異世界間での通話は無理だろうし。西暦自体は同じでも、俺の世界の文化レベルはごく最近3Dテレビが流行り始めた程度だ。

 それもとも、こちらからなら連絡は取れるのかな。帰る準備や帰還そのものに時間がかかる場合は事情を説明するのが面倒くさそうだが、その間連絡なしになるよりは両親や友人たちを心配させずに済むか。

 出来れば俺を助けてくれたガーディアンの人に改めてお礼をしたりとか、シアちゃんが目覚めるのを見届けたりしたい気持ちもある。この辺のことは、必要な手続きとの兼ね合い次第だ。

「隠しても仕方のないことだ。単刀直入に言おう」

 だからきっと、この妙な胸のざわつきだってフューリーの返答を聞けば収まる。

 彼女が俺を見る目にある種の哀れみが混じっているのも気のせいだ。俺はそこまで相手の気持ちを推し量るのが得意じゃないし、今回も見当違いに決まってる。

 そうだ。もし時間がかかるようなら、諸々の用事を済ませた後に軽く観光させてもらうのもいいかもしれない。土産の一つでも持ち帰れば異世界にいた証明にもなるし、しばらく話題には尽きないんじゃないか?

 まあ俺含めて友人たちは割と飽きっぽいとこがある。いいとこ三日天下だろうが、別にそっからはいつもの日常が続いていくだろう。

 全部、元に戻るだけ。何も恐ろしいことなんてない。


 だってそうだろう?

 俺はただ、これから元の世界に帰る方法を聞くだけじゃないか。

 何をそんなに不安がっている。

 どうして体が震えている。

 どうしてこんなにも汗が冷たく感じる。

 どうして呼吸が荒くなる。

 どうしてフューリーは笑っていないんだ。

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――


 彼女はただ、淡々と。

 厳然たる事実であるかのように、告げた。 


「君は元の世界には帰れない。理論上、不可能なんだ」


 ――――。


 思考が空隙で満たされていた。

 目の前が真っ暗で何も見えない。言われた言葉の意味がわからない。理解できない音の並びだけがひたすらがらんどうな頭の中で反響している。

 だがそれも何度も響いている内に心へ浸透し、侵食していく。

 ――帰れない。

 意味を理解していくにつれて、胸中で蠢いていたナニカが本性を露わにしていった。

 これは、恐怖だ。

 ――元の世界には帰れない。

 深い闇に捕らわれた体から熱が奪われ、血が凍り付いていく。凍えた心が、アイスピックで穿たれたようにひび割れていく。皮肉にもそれは、俺がこの世界へ来る直前に見た空と似ていた。

 ――俺は元の世界には帰れない。

 いっそこのまま壊れてしまえば楽になるのだろうか。

 全てを失った今、残された最後の一つ。

 自分自身さえ失えば、この恐怖からも解放され――


「落ち着け」

「――ぁっは!?」

 肩を強く握られた痛みによって、俺は恐怖の闇から引きずり出された。

 止まっていた呼吸が遅れを取り戻すように繰り返され、大きく胸が上下する。復活した視覚は病室めいた室内を正しく認識し、徐々に解凍されていく神経が肩に置かれた大きい手の存在を訴えている。

 長い眠りから覚めた直後の緩慢な動作で、俺は手から腕へと伝うようにその人物へと顔を向けた。

「久道、さん?」

「過酷な現実を突きつけておきながら、言えた義理でないのは委細承知している。だが、頼むから壊れるな。君が壊れてしまえば取り残された君の家族にも、未だ眠り続けているあの少女にも顔向けできない」

「随分と、勝手なんですね」

 カラカラに乾いた喉から、かすれた声が出る。

 言葉が荒んでしまったのは、殆ど無意識だ。

「自覚している。その点で言えば俺もそこの女と同じ、汚い大人の一員だな。恨んでくれても構わない」

 真っすぐに俺を見据える、強い意志の籠った瞳。

 そこに僅かな揺らぎ――弱さを見たような気がして、俺は頭に上りかけた血が降りていくのを感じた。

「……いえ、大丈夫です。久道さんたちが悪くないのはわかっていますから」

 結局、俺が壊れ損ねたのは久道さんたちの都合だ。残された親のためだとか、救われた女の子のためだとか、綺麗な言葉を並べたところでそれは変わらない。

 全部わかっているからこそ、この人は取り繕わないのだろう。罵られ、謗られるのは覚悟の上だったのだ。恐らく、フューリーも。

 いっそ下手な言い訳でもしてくれれば悩むことなく恨めるのに、彼らは忌々しいまでに潔かった。

 これで怒ろうものなら、ただの八つ当たりだ。かっこ悪すぎる。あれだけ錯乱しておいて今更な気もするけど。

「……そうか」

 久道さんはただ一言だけそう呟くと、俺から離れ壁際へと後退した。

「一応、帰れない理由とかを聞いても?」

「それについては私から説明しよう」

 沈黙を保っていたフューリーが、自分の専門分野だからか会話を引き継ぐ。

「少し長くなる上、難しい話かもしれんが?」

「構わないよ。自分のことだし、全部聞いた上で納得したい」

 詳しい話を聞かないまま下手に希望を見て、また失うのが恐いから。

 或いは、彼女の妙に頭へ入りやすい説明を聞いていれば少しは気が紛れるかもしれない。

 言葉の裏には後ろ向きな成分が多分に含まれていたのだが。

「ふむ、それはいい心がけだ」

 その答えが満足のいくものだったのか、フューリーは微笑みながら頷いた。


「君の帰還が不可能であると私が断じた理由は大きく分けて二つだ。まずは一つ目から紐解いていこう。先ほど私は、世界移動は別の平行世界へランダムに転送される現象だと説明した。ところで、この平行世界は一体どれだけ存在していると思う?」

「……説明するだけじゃないのか」

「ディスカッション形式の方がより理解が深まると思うがね。さあ、一〇秒以内に答えたまえ」

 突然質問を振られた上に時間制限までかけられ、思わず顔をしかめてしまった。

 その一方で、フューリーはすっかりいつもの飄々とした調子で秒読みを開始している。三〇分にも満たない短い付き合いだが、彼女の人柄はもう大体わかっていた。

 ここは俺が折れるしかないのだろう。

「平行世界が可能性で分岐するってことは、そんなの数えきれないんじゃないか? 可能性は無限大ともいうし」

「正解だ。例えば今朝、私はソックスを右足から履いた。そして可能性の分岐により、私が左足からソックスを履いた平行世界も最低一つ以上存在する。どうだ、どうでもいいだろう?」

「びっくりするほどな」

「そんなどうでもいい違いで、平行世界は鼠算式に増えていくのだよ。もちろんその違いが大きなイベントであるほど、世界の在り様も大きく変わる」


 もし旧人類が火を得ていなかったら?

 もしクレオパトラの鼻があと少し高かったら?

 もし織田信長が天下を取っていたら?

 もし人類が月に到達していなかったら?

 エトセトラ……

 

 フューリーが挙げていく例はその影響に大小はあっても、実現すれば歴史に変化をもたらすであろう可能性だった。

 そして実際にそれが起きた世界が、俺たちが済む世界とは異なる別世界――すなわち平行世界として存在するのだろう。

 同じ時を刻みながら、遥かな発展を見せているこの都市のように。

「我々は未だ、平行世界を直接観測することに成功していない。本来交わらないからこそ平行と呼ばれているのだからね。そして仮に観測する目途がたったとして、果たして無限に漂う世界の中からたった一つの世界を任意に探し当てられるだろうか?」

「多分、無理だと思う」

「私もそう思うよ。有限であればどうとでもなりそうだが、無限様相手では少々というか、かなり分が悪い。あれは科学者の天敵だ。大きければいいというもんじゃないよ全く。秀一君もそう思うだろ?」

「……俺に話を振るな」

 最後の方は妙に力強く語り、唐突に相手をスイッチするフューリー。

 壁に寄りかかって静かに話を聞いていた久道さんは、酷い頭痛を患ったような顔で呻く。

 如何なる偶然か、俺は彼の視線が一瞬だけ彼女のとある場所へ向けられたのを見てしまった。

 

 良く言えば、スレンダー。

 悪く言えば、起伏に乏しいそれに。


 ……この人も、普通に胸の大きさとか気にするんだな。

 てっきり科学に身を捧げた系の人だと思ってたし間違った認識ではないのだろうが、少々意外な一面であると感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ