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次元都市アクシス  作者: 七夜
01 終わりと始まりの世界
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Chapter02-1 帰れない理由

 最初に目に入ったのは、眩しいくらいに白い天井だった。

 背中に柔らかい感触。俺はベッドか何かに横たえられているらしい。鼻を利かせると、薬品の香りが鼻腔をくすぐった。

「あ、れ?」

 状況を把握できず、俺はゆっくりと上体を起こす。首の下までかけられていた掛け布団がへその辺りまでずり落ち、水色一色のシンプルな寝間着が露わになる。いつの間にか着替えたんだったか。

 そもそも、俺は何をしていたんだっけ。

「ぐぉ……」

 思い出そうとすると、頭の奥の方がズキズキと痛みを訴えた。

 休日に昼過ぎまで眠ってしまった時の寝起きに、確かこんな感じの頭痛に悩まされたような気がする。

 だが、痛みのおかげで朧気ながら思い出せたことはあった。


 傷ついた少女。

 迫る変異体。

 それを撃ち抜いた閃光の雨。

 想像を絶する頭痛。

 俺じゃない、誰かが見た映像。


 そこから先の記憶はない。

 元の世界からこの世界へ来た時と同様、都市のストリートからベッドに寝かせられるまでの過程が抜け落ちている。まさか今日一日だけで二度もこんな経験をするとは……ってちょっと待て。

「あの子はどこだ……つーかどうなった?」

 気を失うまでは側に居たはずの、少女の姿が見当たらない。

 俺はともかくとしてあの子は相当に危険な、一刻を争う状態だったじゃないか。

 慌てて俺は周囲に視線を巡らせ、


「やぁ」

「うわぁぁぁあ!?」

 その人物と、目が合った。

 学者然とした白衣に身を包んだ、二〇代後半と思しき女性。彼女はベッドのすぐ横で部屋の出入り口を背にし、キャスター付きの質素な椅子に座っていた。タイトスカートからスラリと伸びた細い脚が組まれ、眩しいくらいの太ももを晒している。

 男として非常に魅力を感じるところなのだろうが、手放しで喜ぶ気分になれないのは気のせいじゃないだろう。

 興味深そうに細められた紫紺の瞳はギラギラと妖く光っており、普通にしていれば美人なのだろう顔一杯に見る者を不安にさせる笑みを浮かべている。

 ベッドに寝かせられているはずなのに、何故か実験台に縛り付けられている気分だった。

 壁に背中を預けたまま警戒心を解かないでいると、おもむろに女性の方から話しかけてきた。

「ようやくお目覚めかい、友柄晴近君。中々起きないから、あと少しでこちらが眠ってしまうところだったよ」

「な、何で俺の名前を?」

「勝手ながら着替えのついでに学生証とやらを拝見させてもらった。何しろ君は血みどろだったからね。着ていた服と荷物は洗って返すから安心したまえ」

「そ、そうでしたか……えっと、あの」

「おっと! 自己紹介がまだだったね。私の名前はフューリー・バレンタイン。見ての通り研究者だ。訳あって医学も多少は齧っているが、専門の医者ではないのであしからず」

「は、はぁ」

「ちなみにここは病院じゃなくて、私が室長を務めるラボの一室だ。管理局……まあ一般的には『塔』と呼ばれているんだが、そこの一区画を丸ごと占有させてもらっている。少し広すぎる気もするが、それなりに有効利用させてもらっているよ」

「な、なるほど」


「そして気になっているだろう私の研究テーマなんだが、言ってしまうと次元に関する全てだ。これは一九六〇年に提唱された真次元理論に基づき最大情報によって次元をカテゴライズし更に人類史において最も偉大とされる情報量そのものを定義する次元エネルギーの発見により情報量を直接操作することで従来の物理法則に捕らわれない全く新しい技術である次元技術が誕生し近年では我が祖父ローグ・バレンタイン博士による零次元圧縮が革命的な――」

「ちょ、ストップ! ストーップ!!」

「ん?」

 変なスイッチが入ったのか、爛々と目を輝かせながら物凄い勢いで捲し立て始めたフューリーさんを、俺は必死で止めにかかった。

 どうやらこちらの声は届いたらしく、可愛らしくこてんと首をかしげてくる。

 もしかしてこの人、意外とポンコツか?

 何だろう。最初は得体のしれない恐怖があったのに今はそれほどでもない。

 良くも悪くも、研究者として純粋なのかな……

 ともあれ、向こうが話を聞くポーズをとってくれたのは僥倖だった。

「あ、あの! 質問、いいっすか?」

「一向にかまわんよ。現在一般的に利用されている次元技術から、目下研究中の最新技術まで私なら全て答えられる。何しろ私が最先端だからな。何だったら次元技術に関して始まりの真次元理論から順番に――」

「いや、その次元なんちゃらとは全く関係ないです」

「……それだと自信はないが、まあ答えられる限りで答えよう」

 非常に残念そうな顔をしているのは、多分気のせいじゃない。

 不貞腐れていながらもようやく話を聞いてくれそうな状態になったので、まず一つ目の質問をば。

 これを聞かなければ、何も始まらない。

「えっと、フューリーさん」

「さんはいらない。フューリーでも室長でも、好きに呼んでくれ。あと、敬語はむず痒くなるからできれば止めて欲しいかな」

「じゃあ、フューリー室長。ここは……いや、この世界は一体、何なんだ?」


「ふむ、いきなり核心を突いて来たな」

 変化は劇的だった。

 質問を受けたフューリーの目に、再び怜悧な輝きが戻る。

 直前の緩んでいた状態とのギャップに思わず気圧されそうになったが、負けじと相手の視線を見返した。

 すると何が面白いのか、フューリーはまたも小さく笑う。

「既に感づいているようだが、多分君の推測は正しい。この都市の全てが、多かれ少なかれ日常と異なるものだったんじゃないか?」

「あ、あぁ……最初は夢か悪戯かと思ったが、あんな目にあった後じゃ今はもう疑っちゃいない。ここはやっぱり、異世界なんだな」

「君からすればだね。春近君のような存在を我々は転移者(トラベラー)と呼び、現象そのものは世界移動(トラベル)と呼称される。原理などの難しい話はまだわからないだろうから簡潔にまとめると、元いた世界とは別の平行世界(パラレルワールド)へランダムに転送される現象だ」

 パラレルワールド。

 単語自体は聞いたことはあるが、意味を正しく理解できているかは不安だった。

 一応確認をしておくべきだろう。

「平行世界って、時代やそこにいる人物とか地名とかは同じだけど、微妙に関係性とかが違ってたりするあれ?」

「概ねその通り。より一般化して言うならば、可能性によって分岐した異なる歴史を持つ世界といったところかな」

「異なる歴史か。例えば、ある時点で一気に技術革新が進んだとか?」

「その様子では、春近君の世界では真次元理論が提唱されなかったのだろうね。この世界、少なくとも都市の人間で次元技術そのものを知らない者などいない。ここでは電気やガスと同じ、生活インフラの一部だ」

「……その次元技術というのがいまいちまだピンと来ないんだよなぁ」

 今のところパッと思い浮かんだのが、路面に思い切り倒れた時にあんまり痛くなかったのと、宙に浮かぶ謎の映像技術。あとは例の≪アブゾーバー≫くらいか。

 さっきのマシンガントークの中でちらっと情報量を直接どうたらとか言ってたような気もするが、具体的に何ができるかさっぱり想像がつかなかった。

 まあいい。次元技術云々はあとで余裕があったら聞くとして、少し気になったことがある。

 というか、割と重要事項かもしれん。

「ここが平行世界ってことは、この世界には日本もあって、俺の知ってる人とかもいるんだよな」

「こちらの世界では主に東京と呼ばれることの方が多いが、まあ日本と言ってもいいだろう。そこになら、多分春近君の知人友人もいるかもしれないね」

「じゃ、じゃあ――」


「先に行っておくが、この世界の友柄晴近(・・・・・・・・・)という人間は存在しない。だからもう一人の自分と出会うなんてことはないから安心したまえ」

 文字通り回答を先回りされ、俺は二の句が継げなくなった。

 まさか、心を読まれた? いやいやそんな馬鹿な……

 困惑している様子がおかしかったのか、フューリーは少しだけ笑みを深めた。

「別に特別なことをした訳じゃない。文脈から次に来るであろう質問を予測したまでだ。脳から思考を直接読み取るなんて、専用の設備を用意しなければ出来ない」

「用意すれば出来んのかよ……ってそうじゃなくて、この世界に俺がいないっていうのはどういうことだ」

「そのまんまの意味さ。この世界の歴史において、友柄晴近という人間は生を受けていない。即ち、最初から存在していないんだ」

 フューリーは脚を組みなおしながら、先の言葉を続ける。

「これは零次元の基底情報……存在情報にかかわる問題でね。詳しい理論を話すと日が暮れてしまうからこれも簡潔に言うと、一つの世界に全く同じ存在は複数いられないという至極単純なものだ。よって春近君が世界移動してきた時点で、この世界の友柄晴近が存在しないことは観測するまでもなく証明される」

 ちなみにこれは都市の高等教育プログラムで習うことだよ、と

 そうフューリーは締めくくった。

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