Chapter01-5
最後の一体を一刀の下に切り伏せ、久道は死にゆく変異体から早々に背を向けて通信を開始する。
「こちら久道。各エリアごとに、状況を報告しろ」
『こちらC・D区代表の瑞葉。C区の殲滅は完了。D区内の変異体も既に全体の二割を下回っている』
「随分と早いな。レティエがやったのか?」
『ああ。開けた場所で相手が多数ともなれば、間違いなく全ガーディアンの中でもトップクラスの破壊力だ。もっとも爪が甘いせいで、こちらにも流れ弾が飛んでくるがな』
『ひぃ~! 未熟者でごめんなさいですぅ!!』
フィーダの悲鳴を聞き流しつつ、そこは改善点だなと久道は心の中のメモにそう書きとめる。事後処理などが落ち着いたら鍛えなおしてやる必要があるだろう。
『今は後方に下がらせて、私とミハイルで残党狩りの最中だ。終わったらまた連絡する』
「任せた。A・B区の状況はどうなっている」
『こちらA・B区代表のルナリアです。殲滅率は全体の五割弱。想定よりも数が多く、若干後手に回りました……犠牲も、想定より多いです』
無線越しでもわかるほどに、彼女は落ち込んでいるようだった。
ガーディアンの中でもそれなりに若手で、人一倍責任感を持って仕事をしているのがルナリアだ。いまいち真面目さに欠ける同期のラッドにも見習って欲しいところだが、責任感が強すぎる故に失敗を重く受け止めすぎる嫌いがある。
久道自身にもそのような時期があったこともあり、ルナリアの気持ちはよくわかっているつもりだった。
「割り切れとは言わん。だが、全ての犠牲について責任を負おうとすればお前の身が持たなくなる。どれだけ後悔しても結果は変わらん。ならば、その失敗を次に活かすための努力をする方向にシフトしろ。なるべく早くな」
『……わかりました』
不器用な久道なりの励ましだったが、それなりに有効だったようだ。
返ってくるルナリアの声は、幾分か明るくなっていた。
『それと、あと一つ報告したいことが』
「何だ?」
『A区の三番ラインにて生存者を保護しました。二人とも意識不明。内一人は軽傷を負っていますが、命に別状はありません』
「ふむ、それは重畳だ。だが、それがどうかしたのか?」
元より、ルナリアたちには逃げ遅れた市民を救助するように指示してあった。そこには単に生存者をシェルターへ避難させることだけでなく、負傷者を医療施設へ搬送する判断も含まれている。一々見つけるたびに許可を求めてくるようではキリがないのだ。
なにより先程までとは違い、報告するルナリアの声に困惑の色が強まっていることが不可解だった。
『あの、それが――』
『まどろっこしい。小官が説明する』
『ちょ、ちょっとノイン!?』
『データベースを照合した結果、軽傷者の少女の名前はシア・フリーゼと判明しました。五歳の時点で両親と共に合衆国から都市へと移り、通常市民として登録されています。今年で十三歳となり、都市公認の学習プログラムにて中等教育を受ける予定です。なお、両親のロイド並びにマリー・フリーゼは約一五分前に死亡していることを確認しました』
会話に横入りしてきたノインが抗議に取りあうことなく、まるでカンペを読み上げるかのようにスラスラと情報を並べていく。
聞いてみれば何てことはなく、久道流に言うならばこれから中学生になる年頃の、ごく普通の少女だった。それだけに両親の死は悲劇だが、世界的に見れば変異体によって家族を殺された事例など枚挙に暇がない。殊更シアという少女が特別であることはないだろう。
つまり、問題があるのはもう一人の方か。
「成程、よくわかった。それで、もう一人の生存者に関する情報は?」
『不明です』
「……今、何と?」
『不明です』
「…………」
念のため聞き直した久道だったが、どうやら聞き間違いではなかったようだ。
シア・フリーゼに関する情報はあれほど詳しく出してきたというのに、どうしてもう一人の方は『不明です』の一点張りなのか。
ノインは元軍人の血を引いているからか、仕事に関しては徹底的に無駄を省いてくる。それは報告についても同じで、一見長々としたシアの情報や『不明です』にも、ちゃんとした意味があるのだろう。
例えば。
片方は調べればいくらでも情報が出てくるのに、もう片方は何も出てこなかった。
これが意味することは――
「もう一人は、この都市の市民ではないと?」
『はい。外見データを元に照合を行っても、該当する市民は発見できませんでした。ルナやラッド・マイヤーズとそう年齢は変わらない男性で、東京の学生服と思しき物を着用しています。隊長から通信が入る直前までは傷ついた少女と共に行動していたようですが、ルナが彼らを襲う変異体を駆除した直後に突然苦しみだし、意識を喪失しました』
「不法侵入……いや、この時期にはそもそも外部からの出入りは規制されているはずだ。そもそも一介の学生がリスクを負って行うメリットがない」
『尋問するにしても、あの苦しみからして脳に何らかのダメージを負っている可能性があります。ひとまずはラッド・マイヤーズで少女共々医療施設へ運ぶ予定ですが、念のため確認を』
『おいおいノインちゃん、その言い方じゃまるでオレが道具みたいじゃ――』
『黙れ移動足場』
『移動足場ぁ!? 流石にそれはひどすぎだろ!』
『ちょっとアンタたち、通信で喧嘩すんじゃないわよ全部久道さんに聞こえてんでしょうが!』
――お前の怒鳴り声も聞こえているんだがな。
そうは思いつつも、口には出さない久道であった。
「そうだな、その判断でいいだろう。マイヤーズは生存者を施設へ搬送、クラッツァはその援護へ回れ。二人が抜けた穴は俺とレティエで埋める。D区のレティエを回収して向かうまで、カミカワはその場で待機だ。わかっているとは思うが、先走るなよ」
『うっす』
『了解』
『はい!』
「よろしい。では各自――」
『ちょっと待ちたまえ』
声を聞いた瞬間、久道は眉間にしわが寄るのを禁じえなかった。
突然の割り込み。
それも仕事中には滅多に介入してこない人物の登場に動揺している様子の一同を代表して、口を開く。
「……どういう風の吹きまわしだ、フューリー。お前がこちらの仕事に口を出すとは」
『おや、秀一君はおかしなことを言うじゃないか。君たちガーディアンの直属の上司たる私が、仕事の内容に口を出すことがそんなに不自然かい?』
不信感を隠さない久道の問いに対し、管理局では唯一彼を名前で呼ぶその女性はいけしゃあしゃあと答える。
フューリー・バレンタイン。
管理局の研究室長にして、実質的な都市の最高責任者。
一般利用は不可能とされていた次元技術を日用化するに飽き足らず、個人携行の兵器レベルにまで昇華せしめた、紛れもない『天才』。
ただし付き合いの長い久道から言わせれば、これ以上ない『自己中』である。
何せ、ガーディアンに関する執務雑務を久道に散々押し付けておきながらこの口ぶりだ。言い訳のしようがないだろう。
「餅は餅屋じゃなかったのか?」
『餅? あぁ、東京で言うところの適材適所って意味だったかな。そうだね、そういう意味で言えば彼らは……いや、彼は私にとっての餅だ』
『えっと、フューリー室長のお知り合いなんですか?』
おずおずと尋ねるルナリアに対し、フューリーは鷹揚に回答する。
『別に大したことじゃないよ。その少年は個人的な理由で特別に招待したんだが、どうも私の手違いでゲストコードの登録がされていなかったらしくてね。ノイン君が照合しても情報が出なかったのは多分そのせいだ』
『成程、そういうことでしたか』
溜飲が下がったかのようなノインの声。
個人的に外部の人間を誘致するなど越権行為も甚だしいが、フューリーの非常識さはガーディアンに就任して間もないフィーダ以外の全員が知るところである。ノインを含め、他のメンバーも彼女の言に納得したようだ。
唯一、久道を除いては。
『まあそんな訳だラッド君。彼と……そうだな、ついでに怪我人の少女も一緒に私のラボへ届けてくれたまえ。二度手間になるし、軽傷なら私でも処置できるだろう』
『りょ、了解っす』
『良い返事だ。では、また後で』
言うだけ言って、フューリーは一方的に通信から姿を消した。
嵐が過ぎ去ったかのような沈黙がしばらく場を支配するが、仕事中であることを思い出した久道がそれを破る。
「聞いての通りだ。各自、己の職務を全うするように」
慌てたような返事を幾つか聞いたのち、通信が切れる。
聞く者が誰一人いなくなったのを確認してから、久道は今日一番の大きな溜息をつこうと息を吸い込み――
『溜息はやめたほうがいい。幸せが逃げるよ』
「っ!? ぐ、ごほっ」
プライベートのチャンネルで差し込まれた音声に、盛大にむせた。
『ほら、さっそく不幸が』
不幸であることには間違いなかったが、明らかに人災である上に確信犯だ。無線の向こう側でさぞ楽し気に笑っているだろう。
言いたいことは色々あったが、ここはかねてよりの疑問をぶつけるべきである。
「一体、どういうつもりだ」
『ちょっとした茶目っ気さ。予測以上のリアクションに私はとても満足している』
「しらばっくれるなよフューリー。他の奴らは騙せても、俺を騙せると思うな」
あくまで白を切るフューリーに対し、久道は無線越しに凄んだ。
語調は他のガーディアンたちと会話する時と比べて多少崩したものになっているが、下手な人間ならその場で膝を折りそうなほどの迫力がある。フィーダなら泣き出しているだろう。
「何故、嘘をついた」
『彼らに聞かせられる情報じゃなかったからさ』
その追及を真正面から受けておきながら、平然としているフューリーはさながら柳のようだった。
『流石に、私の独断で外部の人間を引き込むなんてできないよ。普段の行いが良いから、彼らは全く疑わなかったみたいだけど』
「悪いの間違いだな。つまり、端から俺を騙すつもりはなかったと?」
『だからこそ、こうして個別に通信をしている。仕事の邪魔はしたくないから、手短に要点だけ伝えるがね』
ならさっきのふざけた前置きは省けよと声を大にして言いたかったが、相手は精神年齢が幼いまま大人になったような女だ。心身共に大人であることを自負する久道は一々突っかからない。
「……聞こう」
それにこのような場面で、敢えて不必要な情報を伝えてくる相手でもない。
彼女に人生の半分以上を振り回されてきた一方で、フューリーという人間を誰よりも深く理解しているのが久道秀一だろう。
『彼はそうだな、簡単に言うならば――』
だがそんな久道をして、次に続いた言葉は再び咳き込まざるを得ない爆弾発言だった。
『転移者。極小の確立を勝ち抜いてこの世界に辿り着いた、とても幸運で、とても不幸な人間さ』
一ページあたりの行数は絶賛模索中であります




