Chapter02-4
「とはいえ、本当に全部としか言いようがないのだよ。次元エネルギーはあらゆるエネルギー状態を任意に形成できるんだ」
「さっきの例で説明すると、次元エネルギーを使えば人間が荷物を持ち上げるというプロセスを省略して、持ち上がった荷物という状態そのものを作り出せるんです」
「あえて当てはめるとするなら、次元エネルギーは情報自体の仕事に関わるエネルギーといったところかな」
うーむ、少し説明が難解になってきたような。
俺はガーディアンの仕事で次元兵器を使ってるから、何となくわかる。≪アクセラレーター≫が設定した速度まで瞬時に加速するのと同じ理屈なのだろう。
次元技術は情報を書き換える技術で、次元エネルギーはそのために必要なリソース。これまで聞いてきた話や経験から、俺はそんな感じに理解していた。
「さて。アクシスは言わずもがなだが、諸君らのホームたるここ東京でも次元エネルギーは様々な場面で利用されている」
「普通に生活している分にはあまり実感がないと思いますが、例えば地下都市を稼働させている全電力は次元エネルギーから直接変換しているんです」
「代替エネルギーとしての研究こそが次元技術の始まりと言っても過言ではないね。≪コンバーター≫という装置があって、都市の発電所にも用いられている」
発電所って、E・F区にあるやつだよな。てっきり火力とか原子力とかで発電してるのかと思ってたが、もう一〇〇パーセント次元エネルギー依存だったんだ。
でもいちいち電気に変換しなおすのって二度手間なんじゃないか?
実は都市の生活で使うものって、殆どが電化製品なんだよ。そりゃ俺の元いた世界と比べたら相当発展はしてるんだけど、結局コンセントから給電してるわけで。
≪リンカー≫なんてもんがあるくらいだし、いっそ全部次元エネルギーで直接動くようにすればいいのに。
「あのー、質問してもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ間柴さん」
「わざわざ電気とかに変換しなくても、次元エネルギーそのもので動くようにはできないんですか? その方が無駄はなさそうですけど」
丁度俺が思ったのと同じことを間柴さんが質問している。やっぱ気になるよね。
そして質問を受けたフューリーはというと、とてもご機嫌そうだ。
「実にいい質問だ。実のところ、間柴君が言ったことは次元技術が抱える問題の核心をついている」
勿体ぶった言い方をしながら、フューリーは白衣のポケットに手を突っ込む。
取り出したのは、何の変哲もない≪タグストレージ≫だった。
「これは≪タグストレージ≫といって、物体を情報化して保存することができる道具だ。生き物以外なら何でも収納できる」
ざっくりとした説明をしている間も、生徒たちの視線はフューリーが持つ≪タグ≫へ釘付けになっていた。都市では一般的なツールでも、こっちでは珍しいんだろう。
「今も中に何か入ってるんですかー?」
「勿論。次元エネルギーを供給して、ボタンを押せば……連結開始」
フューリーが≪リンカー≫を起動してから、手元で≪タグ≫を操作する。すると教卓の上に大きめのスーツケースが突如として現れ、俺がルナリアに実演してもらった時と同じような反応が教室中で沸き起こった。
俺はもうすっかり慣れてしまったけど、初めて見るとビビるよなぁ。
「これは私がこちらへ来る際に持参した荷物で、重さは二〇キロほど。結構な重さだが、≪タグに≫仕舞ってしまえばポケットに入れて持ち運べてしまう。ただ……スーツケースを仕舞い、取り出す一連のタスクだけでかなりの次元エネルギーを消費するんだ」
「具体的に言うと、≪迅龍≫一機をフル稼働できる量ですね」
「あれで≪迅龍≫一機ぶん!?」
「いやいや燃費悪すぎだろ……」
件のロボットの燃費の悪さに苦しめられているからか、昴と間柴さんの驚きようは顕著だった。
かくいう俺も結構驚いていた。ガーディアンの特権として次元エネルギーは好きなように利用できるもんだから、≪タグ≫一回の使用でどれだけのエネルギーを使っているかなんて意識したことがなかった。
貰ったばっかりの頃、意味もなくカチカチしてたあれでバカみたいな消費をしてたと思うと……あ、何か嫌な汗かいてきたぞ。これあれだ。ふと携帯代金の明細を見て、定額プランがなかった場合の通信料を見た時と似たような感覚。
「どうしたの晴近。急に顔色悪くなんかして」
「な、何でもない……うん、何でも」
ルナリアにこの感覚を伝えたところで、きっと通じないだろう。BCのネットワークが普及してるこの世界にスマホとか存在してないし。
「≪タグ≫は最新技術の部類だし、極端な例ではあるが。単純なエネルギー効率を比較すれば、次元エネルギーは他のエネルギーより遥かに劣っているわけだ」
「都市から東京へ一度に送れるエネルギーには限りがありますからね。都市と同じノリで次元技術を利用したら即行で枯渇しちゃいますし」
「無論改善は進めている……というより、翠君こそがその最前線と言えるね。次元エネルギーの専門家である彼女は、次元技術を普及させる上で無くてはならない存在なのだよ」
「ま、またまたそんな、買いかぶりすぎですってばぁ」
定期的に挟むなこのやり取り。
昨日から見ていて気心知れてるというか、やっぱ付き合いの長さからくる気安さなんだろうな。ノリが同僚の研究者というより、親戚同士のそれに近い。
出かける前に次元エネルギーの話題云々とか言ってたけど、本当は翠さんに会いたかっただけなんじゃないか?
「翠君の自己評価はさておき。ここまでの話に関して質問はあるだろうか? 特になければ、話を進めるが」
フューリーの問いかけに、これと言って手が上がる様子はない。
基礎知識が少なすぎて、疑問がないというより何を聞けばいいのかわからないというのが正確なところだと思う。ていうか俺がそうだ。
その辺はフューリーも理解していたらしい。
「まあ今の時点はパっとしないだろう。あと数日は滞在する予定だから、その間はいつでも質問に来てくれて構わないよ」
「雰囲気だけでも伝わってくれれば儲けものですからね。そもそも次元エネルギー工学とかニッチすぎて私なんかが権威扱いですし」
「ニッチなのではなく、扱える人材が希少ということなのだがね……では、入門編を終えた諸君らに少しだけ発展的な話をしよう」
そう言ってディスプレイに表示されたのは、たった一行の単純な質問文だった。
「『次元エネルギーはどこからくるのか?』。先ほど次元炉の話を少しだけしたが、これがどういった仕組みで次元エネルギーを生み出すのかをざっくり説明したいと思う」
続けて画面が切り替わり、さっきも表示したウロボロス機関の写真が映る。
無数の光学回路と機械に囲まれた、虹色に輝く光球。何度見てもどういう原理で支えもなく浮遊しているのかは謎であり、更に言うとあの光が何なのかはもっと謎だった。
確か本当の名前は違うんだよな。何って言ったっけな……エリカが言ってたような気がするんだけど。こういう単語をすぐに忘れちまうのが俺の駄目なところだなぁ。
「正式名称は円環式次元炉。周囲にある金属のわっかはあくまで炉を安定させるための外部フレームであり、名前が示す円環は装置の中心にある光だ」
「光って……どう見ても輪っかには見えないんだが」
「見かけ上はね。今回は細かい理屈を抜きに、本質の部分だけを簡単に説明しよう」
フューリーがそう言うと、再び手書きのイラストが出てきた。薄い板のようなものが幾重にも重なり、高く積みあがっている。
これって、俺が都市へ来た最初の日にしてもらったアレの説明かな?
「次元軸説という言葉自体は聞いたことがあるだろう。我々の住む世界を基底次元と最終次元に挟まれた、無数の次元が連なる一本の軸であるとする説だ」
「私たちが普段から認識しているのは、下から四番目まで……いわゆる三次元ですね。四次元から上は存在こそすれど、一般的には認識も干渉もできない領域です」
「次元は上に上がれば上がるほど、一つの存在あたりの情報量も増加していく。これは次元エネルギーをより多く持っているのと同義だ。我々が認識できない領域に、大量の次元エネルギーが眠っているということになる」
そういえば、俺が最初に説明を受けた時は次元エネルギーを位置エネルギーに例えていたっけ。こうして少し踏み入った話を聞いてると、あれも結構ざっくりした説明だったんだなぁ。
「次元炉とはつまるところ、より上の次元から次元エネルギーを引き出すための装置と言える。これを可能としたのが、現在では新たに研究することを禁じられている、時空歪曲技術だ」
「一九九二年に都市で生まれた、次元技術にならぶ大発明ですね。今ではフューリーさんしかその詳細を知らないとか」
実際に技術をもたらしたライト教授の存在や、彼がこの世界に来た顛末については公表されていないのか。
フューリーとあれだけ親しい翠さんが知らないとは思えないし、一般には公表できない類の情報だからあんな説明をしたのか。迂闊に喋らんとこう。
「この技術は文字通り時空を……ひいては世界を捻じ曲げる。そこで次元炉の実現方法に行き詰っていた私はこう考えた」
「次元軸を曲げて、基底次元と最終次元を繋げたらどうなるのか?」
フューリーの言葉と共に、スライド上のイラストがひん曲がった。
両端が繋がったその状態は、成程。確かに円環だ。
「今思えば、徹夜明けの危ないテンションからくる荒唐無稽な妄想だった。しかし幸か不幸か、当時の周囲にはそれを諫める者がいなかった。誰もが徹夜だったんだ」
「当事者以外からすればとんでもない話ですよね……どんなに忙しくても睡眠はとらないと駄目ですよ」
「返す言葉もない。でも発想こそ突飛ではあったが、勝算自体は悪くなかった。理屈も簡単な法則で説明できる」
わっかになった次元軸の上に、今度は文字が表示される。
えっと、『エントロピー増大の法則』? エントロピーって単語自体は聞いたことがあるような……。
「またの名を熱力学第二法則。見ての通り熱力学用語だが、熱に限らず全ての物事は外部から力を加えない限りエントロピーが増大……すなわち均一化されていく」
「つまり、エネルギーは高い方から低い方へ向かうということです」
「次元エネルギーでも同様の法則が働いていると私は睨んだ。次元の上から下へ、次元エネルギーもまた緩やかに移動しているのだと。空間中から微量のエネルギーを収集できていたことも、この仮説を裏付けた」
ウロボロス機関ができる前はどうやってエネルギーを確保していたのか気になってたけど、思わぬところで答えが出てきた。
だがフューリーの口ぶりからして、到底足りなかったのだろう。移動が緩やかということは、一度に得られるエネルギーの量も微々たるもの。≪タグ≫一つ起動するのに、どれだけ時間がかかることやら。
「移動が緩やかなのは、移動先の次元との落差が小さいからだ。だがもし、次元軸の端と端……一番上と一番下が繋がれば」
「エネルギーはより密度の小さい方向へ……最終次元から基底次元へ流れ込むということですね」
「発生した次元エネルギーの流れは円環状になった次元軸を駆け巡り、全体のエネルギーを均一化する。すると三次元における次元エネルギーの量は必然的に増えるわけだ」
最初は次元軸の上ほど濃い赤色をしていたのが、あっという間に均一な色へと変化していった。そして三次元に相当していた相は、元の色よりも随分濃くなっている。
色の変化で次元エネルギーの推移を表しているようだ。
「このようにして、我々が干渉しうる三次元上に大量の次元エネルギーが現れる」
「中央の光は局所的に捻じ曲げられた円環次元で、周囲のフレームはそれを安定させたりエネルギーを取り出すための装置というわけです」
「本当は今話した以外にも色々な技術や理論をつぎ込んだ、現代科学の集大成だが……話し始めるとここで一夜を越すことになるので、割愛させていただこう」
冗談めかした言い方に笑いが起こるが、あれは絶対に冗談ではない。
半月ほど前に一度だけ、ふと興味本位でフィーダに実弾兵器について尋ねてしまったことがある。結果だけ言うと、俺は丸一日を犠牲にして少しだけ重火器に詳しくなった。
フューリーも次元技術に関して話す時は普段以上に饒舌だし、話せと言われたら本気で朝まで語り続けるだろう。あの二人は根っこの部分が似ているのだ。
「以上が、ウロボロス機関の大雑把な仕組みだ。こちらに関して、質問はあるだろうか」
再度フューリーが質問を募ると、さっきと違って今度は複数手が挙がった。
その中でも一番最初に挙手したのは。
「随分と早かったね鷹見君。よほど気になることがあると見た」
「まあ、素朴な疑問なんですけど……そこまで手法がハッキリしてるなら、都市だけとは言わず世界中に次元炉を造ればいいのでは?」
昴の言わんとしていることはわかる。
現在『迅龍隊』が……というか東京全体が抱えているエネルギー不足は、東京にも次元炉があれば解決する。現に一つは造れているのだから、他の国にも同じものを造ればいいじゃないかと。俺も事情を知らなければ同じ意見を持っていただろう。
だがフューリー曰く、今都市で稼働しているウロボロス機関はライト教授なくしては存在しえなかった奇跡の産物。彼が無き今、同じ条件で次元炉を開発することは不可能だという。
だがライト教授の存在を秘匿している現状だと、確かに都市がエネルギーの利権を独占しているように感じるな。
昴の問いに対し、フューリーは少しだけ間をおいて答える。
「無論、次元炉を各国で建設する試みはされてきた……が、どれも失敗に終わっている。理由は単純明快で、どうあがいても邪魔されるからだ」
「邪魔? 一体何に」
「変異体だよ。次元炉は広大なスペースを必要とする上に、建設にも年単位の期間を要する。その間、奴らはこっちの事情なんてお構いなしさ」
「あー、それはきっついな……」
変異体の脅威は身に染みているようで、昴はぐうの音も出なくなった。
広い場所に優先して出現するという謎の法則があるせいで、次元炉の建設自体が大きなリスクを抱えているわけか。あの態度から察するに、たぶん咄嗟の言い訳ではなくて実際に被害が出たんだろう。
「だからと言って、建設を諦めたというわけではないよ。現状問題なのは、建設現場の継続的な安全確保だ。これに関しては、つい最近都市の方で進展があってね」
「例の≪カレイドスコープ≫ですよね! 私もまだ触りの部分しか把握してないんですけど、有効射程内にいる変異体を判別して対象の体格から必要な火力を推定して、光線の移動ルートから入射角まで全部を自動演算してそれで――」
「落ち着きたまえ翠君……とにかく、少しずつではあるが都市以外にも次元炉を造る計画は進みつつある。具体的にいつとは言えないが、もうしばらく辛抱して欲しいかな」
「……ありがとうございました」
一応納得はしたようで、礼を述べながら着席する昴。
他の生徒たちも同じような質問を抱えていたのか、そうじゃないにしても説明の過程で解を得られたのか。気づけば手を挙げている生徒はいなくなっていた。
「うん、他に質問者はいないようだし時間も頃合いだ。この辺りで特別授業はお開きにして、私は一旦お暇させてもらうとしよう」
「今日は無理を聞いてくださって、本当にありがとうございました」
「礼には及ばないさ。私も久々に沢山喋ることができて楽しかった。最近ではめっきり、私の話を聞いてくれる者がいなくてね……」
そう愚痴りながら、チラリと俺の方を見てくるフューリー。
だって話始めると長いじゃん。ひと月も暮らしてれば流石に対応が身に着くわ。
「ではさらばだ生徒諸君。しつこいようだが、気になることがあったらいつでも質問に来てくれたまえ。聞かぬは一生の恥ともいうからね」
最後まで喋りたがりな様子を滲ませ、生徒たちからのお礼を背に受けながらフューリーが颯爽と教室を後にしていった。
僅かな静けさの後、軽い緊張が解けたようにざわめきが起こる。
「何だかスケールのでかい話だったなぁ」
「凄い学者らしいけど、思ったより親しみやすい人だったよね」
「ていうかめっちゃ美人じゃね? 正直惚れたわ」
「俺は翠ちゃん派かなー。まあ確かに美人だったけどさ」
外面に騙されたやつが何人かいるな。フューリーが人妻な上に子持ちと知ったら、どんなリアクションをするんだろう。
「へっ、人妻に惚れるとは業の深い奴らめ」
「昴も事情を知らなければあっち側だったんじゃない?」
「いやいやないない」
「どうだかねー」
「そういえば、フューリー室長行っちまったけどノインはついてかなくていいのか?」
「あ、それもそうね。ノイン、特別授業は終わったし無理に残らなくても――」
隣にいるノインに声をかけようとしたルナリアだったが、何故かその途中で絶句していた。何事かと思い俺もそちらへ視線をやると。
「……ぐぅ」
噛み砕いてなお内容が難しかったのか、そもそも理屈に興味がなかったのか。
そこには背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま、静かに寝息を立てるノインがいたのだった。
「……これって、起こした方がいいのか?」
「うーん……久道さんたちが何も言ってこなかったし、別にいいんじゃない?」
いいのだろうか。
でもルナリアの言う通り、ノインがどうしても必要なら流石にフューリーも一声かけてくるだろう。昨日の時点で、ある程度身の安全は保障されたのかな。
結局俺たちはノインを起こすことなく、年相応にあどけない寝顔を生暖かく見守りながら残りの授業を受けるのだった。
毎回チャプター2が解説回になってるような……




