Chapter02-3
色々話しながら歩いていたからか、当初の予定よりも到着が若干遅くなってしまった。昴が時間に余裕をもって出発していたので、遅刻の心配はなかったようだ。
教室と言っても、あくまで研究室の所有する一室である。通っていた高校には当たり前のようにあった黒板もロッカーもないし、机と椅子は木ではなくプラスチック製。学び舎というか、完全に会議室みたいなとこの流用だな。
教室には既に何人かの生徒がいて、昴に続いて中に入るとこちらに視線が集まってくるのを感じた。制服着てない上に、そもそも見知らぬ人間が教室に来たらそりゃ目立つ。
何となく気恥ずかしい思いをしてると、見知った顔がこちらへ声をかけてきた。
「おはよう昴」
「おぉ、おはよう由季」
「何で朝からそんな疲れた顔してるの……それに友柄君とカミカワさんまで連れてきて」
「それはだな……」
昴は間柴さんに、食堂で俺たちと遭遇したところからここに至るまでの経緯をざっくりと説明した。道中での出来事については一切触れなかった。
チラリと周りを見れば、他の人らもそれとなく聞き耳を立てている。部屋は大して広くないから、昴のよく通る声ならこの場にいる全員に聞こえているだろう。
「つーわけで、連れてきちゃったわけよ」
「要するにその場のノリってことね。でも、あんたにしてはいい考えじゃない」
昴に半眼を向けていた間柴さんだったが、ふとにこやかな表情でこちらへと語りかけてくる。鮮やか切り替えだ。
「昨日はろくにお礼も言えなくてごめんなさい。感極まったりして、色々と見苦しいとこを見せちゃった気もするけど」
「見苦しいなんてことはないわ。あんな強面相手に一歩も引かないなんて、むしろかっこよかったじゃない」
「あ、あの時はかなり頭に血が上ってたっていうか……うああ、思い出したら恥ずかしくなってきた」
「え、何? 親方に何言ったの?」
「あんたが知る必要はない」
ぴしゃりと切り捨てられ、シュンとなる昴。
まるで飼いならされた犬のようだ。こりゃ確実に将来尻に敷かれるな。
「改めてお礼を言わせて、友柄君。昴を助けてくれてありがとう」
「いやいや、助けられたのはむしろ俺の方で――」
「建前はもういいってば。わざわざあんな三文芝居までして、都市の人たちって少し人がよすぎない?」
「あー、それは否定できない」
何だかんだ言って、俺の周りにいる人らって根本的にお人よしばっかだな。人格者が多いと言った方がいいのか?
しかし昨日から思ってたことだけど、こうして話してみると俺の知っている間柴さんとは真逆の印象だ。それでいて、外見は全く同じとくるから脳が軽く混乱しそうになる。
ある意味、変わらなすぎる昴が異常なのかもしれない。
「あのー」
間柴さんと話をしている最中、横から声をかけられた。
不意打ちだったので心臓が跳ね上がりそうになるが、それでも表向きは平静を保ってその人物の方へ顔を向ける。
間柴さんより少し背が低めの、小柄な少女には見覚えがあった。直接話したことは殆どないが、同じクラスにいた女子だったはず。名前は……ダメだ、思い出せん。
クラス替えして一か月弱だったし、普段絡みのないクラスメイトの名前を覚えてないのは普通……だよな?
「二人はもしかして、由季ちゃんが言ってたアクシスの人たち?」
「あ、あぁ。一応そうなるのかな」
「何でそんに歯切れ悪いのよ……」
名前を覚えてなくて後ろめたかったからですと正直に言ったら、ルナリアはより一層呆れるだろう。なので黙秘。
ていうか気づいたら、一人だけじゃなくて教室にいた十数人が全員集まってきていた。この少女が動き出したのが皮切りになったのかな。
「さっきまで西山さんたちと、友柄君たちの話をしてたの」
なるほど、西山さんね。覚えた。今更覚えてどうなるって話だけど。
「都市の人って滅多に東京に来ないし、年が近い人ってなるとそれこそ皆無だったから」
「俺たちの方からそっちに行く機会なんてねえもんなぁ」
一般人が都市へ行くには、原則として移住以外の方法はない。そしてこの移住にも、面倒な手続きやら条件やらが多く、都市に移り住む人は一年に一〇〇人にも満たない数だ。
厳しくしているのは、単に大人数を受け入れるだけの敷地がないのと、技術流出を抑えるためだったか。利益の独占というよりは、研究途上で安全性の低い技術が外に漏れて、自爆されるのを防ぐためらしい。
まあ理由はなんであれ、都市から外部に出ていく情報というのはとても少ないのだ。
つまり彼ら東京の若者からすれば、俺たちは都市で生活を送っている貴重な同年代なわけで。
案の定、待ち受けていたのは質問攻めだった。
「あっちだと空飛ぶ車があるって本当?」
「飛んでるというか、浮いてるって感じ。空を飛び回る乗り物もあるにはあるけど」
「じゃあ、四六時中生活を監視されてるってのは?」
「屋外の様子は安全のために監視してるけど、私生活まで覗き見てるってことはないよ」
「昨日、五〇体もいた変異体をまばたきしてる間に瞬殺したって聞いたんだけどマジ?」
「いや誇張されすぎだろ! どんだけ尾ひれついて広まってるんだ……」
リーク元と思しき昴に死線を向けると、露骨に目を逸らしてきた。へたくそな口笛までセットである。
これはともかくとして、どうも都市に関しては微妙にずれた話が伝わってるな。過去に訪れた都市の人らが断片的に話していったことが、伝言ゲーム的なプロセスを経て絶妙に間違った噂になってしまったのか。
その後も微妙な間違いを正しつつ、都市での生活について話を続ける。一応、漏らしたらまずそうな情報は適当にぼかしたりせず、それは言えないとハッキリ断るスタンスだ。俺の裁量で変な誤解を招いたら、きっとロクなことにならない。
ていうか、俺一人だけで対応してることに今更気づいた。ルナリアは少し離れた場所で間柴さんと談笑してるし。質問にくる人らの中に、ちょくちょく見知った顔がいて心臓に悪いから、正直言って変わって欲しい。
割と切実な願いは届くことなく、結局一〇分ほどワンオペが続いた頃。
「皆さんおはようございまーす……あら?」
チャイムこそ鳴らないが授業時間になったらしく、教室に翠さんがやってきた。俺の知る教室と違って入口は一つしかないから、当然大人数に囲まれる俺たちの姿が真っ先に目に入る。
「友柄君とカミカワさんが、どうして教室に?」
「えーと、それは斯く斯く云々で」
これ幸いと俺は質問の受付を一旦打ち切って、翠さんにここへ来た経緯をかいつまんで伝えた。
事情を聞き終えた翠さんは、迷うことなく俺たちに微笑む。
「そういうことなら、ぜひ一緒に授業を受けていって下さい。お二人にとっては貴重な体験でしょうし」
「ありがとうございます」
「いいんですよー。そもそも昔は、こうしてみんなで集まって勉強するのが当たり前だったんですから」
ルナリアと一緒に頭を下げると、翠さんは笑顔でそう言ってくれた。
……そういえば、この人っていくつなんだろう。
今の実感の籠った口ぶりからして、恐らく翠さんは学校に通った経験があるっぽい。前にフューリーから教わったこの世界の歴史によると、変異体が現れ始めたのは一九九五年。
その時まで学校が存在していたとして、当時の翠さんが最低でも小一だったと仮定すると――って何を真面目に考えてるんだ俺は。失礼か。
翠さんが来たことにより、俺とルナリアの周囲に集まっていた生徒たちは自分の席へと戻っていった。朝のホームルームとかは無いらしく、すぐに授業が始まるようだ。
俺たちも空いてる席を借りることにする。昴と間柴さんの後ろが丁度空いていたので、そこに座った。
しかし、始業時間になっても木戸と阪井の姿が見えないな。
「あの二人は授業受けてないのか?」
「いつもなら来てるぞ。木戸は昨日の戦闘で頭打ってるから大事を取って休み。んで、阪井はその付き添い」
「なるほど」
元はと言えば、彼らが変異体の奇襲を受けたのが事の発端だったな。未だに奴らが組織的行動を行ったって部分には疑問が残っているが……まあ、その辺はフューリーやエリカみたいな専門家に任せるべきかな。
今は一介の学生として、学友(?)と共に勉学に励む時間である。こうして大人数で先生の前に座ってると、やっぱ懐かしいなぁ。俺が進めてる学習プログラムの範囲が、ここでの進行ペースとどこまでズレてるかだけが心配だ。
全員が静かになったタイミングで、翠さんが話し始める。
「えー、今日は前回やったところの簡単な復習から……と言いたいところなんですが、その前に特別授業をしたいと思います」
「特別授業、ですか?」
「はい。実は今、ある事情で東京に凄い人が来ていまして。折角の機会だからダメ元で頼んでみたら、OKが貰えたんですよー」
「……」
生徒たちへ説明する翠さんは、とても嬉しそうにしている。
一方で、俺はもうこの時点で嫌な予感しかしていなかった。隣の席のルナリアも感づいたのか、怪訝そうな表情で囁いてきた。
「ねぇ、晴近」
「言うな。言ったら確定するぞ」
「言わなくても確定だと思うんだけど……」
「それでもだ!」
無意味かもしれないが、これが俺にできる精一杯の抵抗だった。
仮初でも体験でも構わない。
せめて今日だけは、普通の学生らしい授業を……!
そんな、俺の細やかな願いも虚しく。
「というわけで、あちらが特別講師のフューリー先生でーす!」
「やぁやぁ、おはよう東京の諸君」
「やっぱりアンタかよ!」
予想通りの人物が教室に入ってきて、俺は思わず机に頭を打ち付けた。
嫌な予感ほどよく当たるとは言ったもんだ。こん畜生め。
「おや、急にどうしたんだい晴近君」
「どうしたって……何でフューリー室長が特別講師なんだよ。研究室に用事があったんじゃないのか」
「正にその用事で、研究室の一室たるここへ来たんじゃないか。言ってなかったっけ?」
「言ってねーよ初耳だよ!」
「ハッハッハ。私としたことが、これはうっかりだ」
違う、絶対にわざとだ。
あーもう、折角懐かしい気分で授業を受けれると思ったのに……これじゃ都市でフューリーの話を聞くのと殆ど変わらないじゃないか。
抑えきれない不満オーラを感じ取ってか、フューリーは教室の前の方へと移動しながら苦笑いと共に弁解する。
「まあそう腐るな晴近君。今日はあくまで、東京の学生たちに向けた特別授業さ。翠君もいることだし、彼女の専門分野と絡めた話をしようと思ってね」
「翠さんの専門分野?」
東京の研究主任という、ある意味フューリーと同じような肩書だから、てっきり翠さんもオールマイティな感じの研究者だと思ってたんだけど。
昨日の無線で東京を訪問する理由を嬉々として語ってた時、次元エネルギーがどうたらとか言っていたような気もする。もしかしてその方面か?
この予想は、ずばり的中していたようだった。
「翠君はエネルギー工学……その中でも特に、次元エネルギーに関する研究をメインとしているんだ。この分野において、彼女の右に出る者はいないだろう」
「ちょ、ちょっとフューリーさん! 私は殆ど父の研究を引き継いだようなものだって、いつも言ってるじゃないですか」
フューリーの大仰な紹介を受けて、翠さんが慌てふためく。
必死になって否定しているようだが、生徒たちはみんな感心したような雰囲気だ。突然現れた都市の何だか凄そうな人が、自分たちの先生を手放しで褒めていると認識しているのだろう。
実際、フューリーがここまで他人を持ち上げることなんて滅多にないし。あの様子を見るにからかってる部分もあるのだろうが、翠さんが研究者として優秀なのは間違いない。
「うわうわ、生徒たちから向けられる尊敬のまなざしが眩しい! 私、本当にそんな凄い人じゃないですからー!?」
「やれやれ、君の自己評価の低さは筋金入りだね……そういう訳だ。ひとまず普段の授業は隅において、小一時間ほど我々の話に耳を傾けて欲しい」
「あの、フューリー室長」
「ん、何だいルナリア君」
真っすぐ手を挙げてから発言するルナリア。まるで本物の生徒のようだ。
「あなたがここにいるってことは、ノインたちも来てるってことですよね?」
「あぁ、教室のすぐ外で待機してるが」
「なら一緒に授業受けられるじゃない! ノイーン、こっち来なさいよ!」
フューリーの返答を聞くなり、ルナリアは意気揚々と後ろの扉の向こうへ声をかけた。
すると入口のドアが開き、その端からノインが顔だけをひょこっと出してきた。
「仕事中」
「外にいても中にいても変わらないわよ」
「でも――」
「行ってこいクラッツァ。見張り程度なら一人で事足りる」
「……そういうことであれば」
姿は見えないが、同じく外で待機していた久道さんの言葉が後押しになったようだ。
ノインは若干戸惑いを見せつつも教室へ入ってきて、迷うことなくルナリアの隣へと着席した。
新たな闖入者に、再び周囲から注目が集まる。明らかに学年が違うということを差し引いても、ノインは美少女だし当然か。都市でも随一の武闘派であるとは思うまい。
「難しい話はわからない」
「大丈夫よ、学習プログラムとは関係ない内容らしいし」
「次元エネルギーについて本格的に学ぼうとすると、大学過程の選択科目になっちゃいますからねぇ。勿論、ちゃんと噛み砕いて説明しますから……しますよね?」
「するとも。そんな不安そうな目で見ないで欲しいね」
要は、知識レベルで言えば全員が同じスタートラインに立っているわけだ。
これなら俺も無知を晒さずに済みそうだな。
「では生徒が一人増えたところで、特別授業を始めていこう」
フューリーの宣言と同時に、黒板代わりに設置されているモニターが点灯した。
表示された映像資料のタイトルは〝サルでもわかる次元エネルギー入門編〟。
おい、流石に馬鹿にしすぎだろ。
生徒たちから浴びせられる若干ジトっとした視線を気にした様子もなく、フューリーは話を進めていく。
「そもそもエネルギーとは何か。こう聞かれたら、力学的エネルギーや電気エネルギー、熱エネルギー等がぱっと出てくるだろう」
スライドが切り替わって、雷や炎のイラストが映し出される。地味に手描きだった。
「形態によって名前こそ変わるが、これらは根本的には同じもの。すなわち、物体が持つ仕事をする能力の総称だ」
「仕事と言っても、働いてお給料を貰うあれとは違いますよー……まあ、ちょっと似ている部分もあるんですが」
「分かりやすい例を挙げてみよう」
次に表示されたのは、デフォルメされた人間が荷物のようなものを必死に持ち上げているイラストだった。これってフューリーが描いたのかな。
「持ち上げられた荷物には位置エネルギーが蓄えられる。そしてこの人物が手を離せば、当然荷物は落下する。この落下運動が仕事だ」
「ここで注目して欲しいのは、位置エネルギーが運動エネルギーに変換されているところですね。もし空気との摩擦で熱が生じれば、今度は運動エネルギーが熱エネルギーになっちゃいますよ」
「蓄積されたエネルギーは仕事で消費されるのではなく、別のエネルギーへと変換されているということだね」
スライド上で、持ち上げられていた荷物が落下を始める。すると最初は〝位置〟だけしかなかったエネルギーが〝位置、運動、熱〟の三つに分かれた。
ただし、文字を囲う枠の大きさは一定。エネルギーの総量は変わらないということか。
「この世に存在するエネルギーの総量は不変。このことを念頭に置いて貰った上で、いよいよ次元エネルギーの話をしようじゃないか」
フューリーがほくそ笑むと、モニターに一枚の画像が映った。
あれは……だいぶ前に見た覚えがあるな。
「現在利用されている次元エネルギーは全て、このウロボロス機関によって生み出されている。世界でたった一つしかない次元炉さ」
「次元技術にある程度興味を持っている人なら、一度は写真で見たことがあるかもしれませんね。私も現物を見たのは一回だけなんですよねぇ」
「別にいつでも見に来ればいいじゃないか。ゲートの通過に関しても、翠君なら何の問題もあるまい」
「折角都市に行っても、結局地下に潜るんじゃこっちと変わらないじゃないですか……」
「あーそれもそうだね。よし、話を戻そう」
小芝居なのか、それとも素なのか。
いまいち判別がつきづらいやり取りを交えつつ、フューリーたちの授業は続く。
「さて。次元エネルギーというくらいだから、やはりエネルギーの一種なのだろう。ではこのエネルギーがどういった仕事に関わってくるのか……と、言いたいところなんだが」
「次元エネルギーの作用範囲を厳密に説明しようとすると、冗談抜きで専門家レベルの知識が必要になっちゃいますので……今回はざっくりとまとめちゃいました!」
翠さんがモニターの中心をビシリと指差した瞬間、いっそくどすぎるくらいのアニメーション演出と共に表示されたそれは――
『ぜんぶ』
「……ざっくりしすぎだろ」
昴の呟きは、教室内にいる全員の気持ちを代弁していたに違いない。




