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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
73/104

Chapter02-1 近くとも遠い場所

「こんのぉ、大馬鹿野郎ぉぉぉぉぉおおおおおお!!」

「ぶへらぁぁぁぁあああああああああ!?」

 俺が無傷でリフトの地上部まで連れ帰った昴は、待ち構えていた間柴さんのビンタをもろに食らい東京の大地へと沈んだ。

 享年一七年。鷹見昴、孤独に死す。

 短い間だったけど、いい奴だったよ……多分。

「し、死んでねえ」

「あ、生きてた」

 かなりいいのを貰ったはずの昴だったが、思いのほかしっかりとした足取りで立ち上がる。ロボットのパイロットとはいえ戦闘職である以上、それなりに鍛えているのだろう。

 しかしそこへ、ずかずかと足音を立てて間柴さんが距離を詰めていく。俯き気味なためすれ違う際も表情は伺えなかったが、こぶしは強く握りしめられている。

 次はグーか……今度こそ死んだな。南無。

「ちょ、待て、待ってくれ! 経緯はどうあれこうして無事再会できたんだし、終わりよければすべて良しといいますか――あああ顔はやめてええええええ!」

 必死の懇願も虚しく、間柴さんは一切勢いを緩めず奴の懐へと潜り込み――


 昴の体へ、思い切り抱き着いた。


「……あれ?」

 予想外の展開だったのか、両手で顔面をガードした情けない体勢で硬直した昴が呆けた声を上げた。

 状況を呑み込めず立ち尽くす馬鹿を他所に、昴の胸に顔を埋めたまま間柴さんが嗚咽を漏らし始める。張り詰めていたものが切れてしまったようだ。

「よかった……昴が生きてて、本当によかったよぉ……!」

「あー……うん、ちゃんと生きてるぞ」

 流石に目の前で泣き崩れられれば、嫌でも理解できたのだろう。

 聞いた話によれば、本来は脇目も振らず逃げるべき変異体の大群から、仲間たちを守るために一人であの場に残ったらしい。≪迅龍≫の継戦能力を考慮すると完全な自殺行為だそうだ。

 間柴さんが凄まじい剣幕で親方――東京の技術主任と翠さんから紹介された――に食って掛かっていたのは、昴を一刻でも早く助けに行くためだった。諸々の都合で間に合いそうになく、救援は絶望的だったみたいだが。

 一度は諦めることを強いられた幼馴染が生きて帰ってきたとなれば、今の状況は至極当然と言える。

「しかしまあ、彼女いない歴イコール年齢ねぇ」

 この様子を見るに、ぶっちゃけ時間の問題なのでは?

 元いた世界でも常々、何でこいつら付き合ってないんだと思うことが多々あったし。こっちじゃつり橋効果もあってそう遠くないうちにくっつきそうな気がするぞ。

 生暖かい視線を向けていたら、不意に昴と目が合った。

「おい、何だよその顔は」

「別に? 大変仲がよろしいと思ってな」

「そう言うあなたたちもね」

 不機嫌そうな問いかけへの答えを適当にはぐらかしていると、ルナリアが俺たちのいるところまで歩み寄ってきた。

 外で帰りを待つと言って聞かなかった間柴さんの護衛として、彼女と一緒に地上まで来ていたのだ。

「随分と打ち解けてるみたいだけど……どうだったの?」

 すぐ隣まで来たルナリアは顔を寄せてくると、俺にしか聞こえないくらいの声量で問いかけてきた。

 それに対して、俺もまた彼女にだけ伝わる程度に小さく頷く。

 あいつは間違いなく俺が知っている。

 そして、俺を知らない鷹見昴だった。

「……そう」

 するとルナリアは一瞬だけ目を伏せたが、すぐ何事もなかったように微笑む。

「お疲れ様。ケガとかはしてないみたいね」

「特殊な個体はいなかったし、道中でも遭遇しなかったからな。そっちはどうだった?」

「何も。話に聞いていた通り、不自然なくらい変異体の気配を感じなかったわ」

「だよなぁ……」

 直近で変異体の出現があったのは三日前。東京では〝波〟と呼んでいるらしいが、もしそうなら地上は変異体だらけのはず。

 だがルナリアが言った通り、それらしき存在は戻ってくる際に全くと言っていいほど見かけなかった。確認できたのは、昴が倒した一〇体と俺が片付けた一〇体。地下とは違って現れ放題の地上にしては少なすぎる。

 加えて、奴らは人間の存在を嗅ぎつけ次第群がってくる。これは本能からくる行動で、決して待ち伏せのような賢しらな真似なんてできない。

 なのに、昴たちを襲った変異体たちは何らかの手段で≪迅龍≫による索敵を逃れ、奇襲を仕掛けてみせた。明らかに知性的な行動だ。

 偶然にしては出来すぎているような、そんな気はするが。

「今は取り合えず、二人を連れて下に戻るわよ。まだ敵が隠れている可能性も否定できないし、私たちだけで考えても仕方がないわ」

「そうだな。おーい二人とも、そろそろ帰るぞ」

「わ、わかった。おい由季、いい加減離れろって……」

「やだ」

「まさかの拒否!?」

 出発しようと声をかけてみれば、頑として離れようとしない間柴さんを昴が引っぺがそうと四苦八苦していた。

 はぁ、天下の往来でいちゃつきやがって……付き合ってられん。

 こちとらさっきのあれを除いて、互いに忙しすぎて一か月まともなスキンシップすらとっていなかったというのに。

 俺とルナリアは、無表情で頷きあい。

「置いてくか」

「そうしましょう」

「おいちょっと待て! ここで放置されるのはシャレにならないから!?」

二人して置いていこうとすると、慌てた様子の昴が間柴さんをコアラみたいに引っ付けたまま、えっちらおっちらと追いかけて来るのだった。


 ◇


 ≪迅龍≫用のシャフトに併設されていたエレベーターで地下の整備ドックまで戻ってくると、真っ先に出迎えてきたのは昴の仲間たちだった。

「うおおおお生きてたか鷹見ぃぃいいい!」

「本当にスマン! 俺が不意打ちなんて食らったばっかりに……!」

「ちょ、お前ら近ぇ! 男にくっつかれたって気持ち悪いわ!」

「んだとこの野郎!? こっちがどんだけ心配したと思ってんだ!」

「そうだそうだ! 由季ちゃんなんか、親方に殴りかかる勢いだったんだぞ!」

「ちょっと、余計なことは言わなくていいの!」

 駆け寄ってきた少年らに、もみくちゃにされる昴たち。確か、阪井と木戸だったな。

 該当する人物が俺の記憶にいないということは、元の世界じゃあの二人と面識はなかったようだ。こうも環境が変わっていれば、あいつを取り巻く人間関係も変わるか。

 彼らは思う存分肩や背中を叩き合い、再会の喜びを分かち合うと、今度は改まった様子で俺の方へと向き直ってきた。

「あの、鷹見のこと助けてくれて本当にありがとうございます。マジ恩に着るっす!」

「ここ出てから三〇分も経ってねえけど、変異体は全滅させたんすか?」

「あぁ、その場にいたやつは倒したよ」

「マジかよガーディアン半端ねえ! 俺たち逃げるので精一杯だったのに!」

「腰に差してる刀みたいなのでやったんすか!? こう、ズババッと!」

「お、おう」

 テ、テンションが高い……!

 俺の答えがよほど驚愕に値したのか、二人はもう興奮しっぱなしだ。昴によれば、変異体に遭遇した際は逃走するのがセオリーで、滅多なことでは戦闘にならないらしい。≪迅龍≫の欠点である、スタミナの少なさが根底にあるとのこと。

 何だかガーディアンがとんでもない化け物として認識されてそうだが、あれは時間拡張で知覚速度を底上げし、≪アクセラレーター≫の最高速度でゴリ押しただけだ。

 つまり俺にしかできないズルみたいなもので、間違っても基準にしてはいけない。唯一の例外として、久道さんなら素で同じようなことができそうな気もするけど。

「そ、それより敬語はよしてくれないか? 年齢も近いだろうし、落ち着かないからさ」

「いやー、同年代にしても何だか恐れ多いというか……なぁ?」

「変異体を二桁単位で瞬殺する人にタメって、結構勇気いるよな」

 流石にビビりすぎなんじゃないか。俺こわいガーディアンじゃないよー。

 どうしたもんかと悩んでいると、難色を示す二人へ昴がボソリと。

「そいつ、彼女いるぞ」

「何だとぉ!? この裏切り者め!」

「あんただけは味方だと信じてたのに! 天誅だ天誅!」

「いてて、裏切るも何も初対面だろ!?」

 殊勝な態度から一転、親の仇であるかのような剣幕で詰め寄ってきた。さっき昴がやられていたように、背中をバシバシ叩きながら「付き合ってどれくらいだ」とか「関係はどこまで進んでるんだ」などとまくし立ててくる。普通に痛いんですけど。

 あの野郎露骨に目を逸らしやがって……援護のつもりなのかは知らんが、他にやりようはあったんじゃないのか。

「これはこれは、首尾よく合流できたみたいだね」

 既によそよそしさの欠片もないやり取りを中断したのは、こちらへと歩み寄ってくるフューリーの一声だった。他の面々も一緒についてきている。

 しばらく声をかけてこなかったのは、この有り様を見て楽しんでたんじゃないかと邪推してしまうが。わざとらしく笑ってるし。

「全く、秀一君には困ってしまうね。まさか≪ブリンカー≫が暴発して、晴近君を地上へ飛ばしてしまうなんて……久々の東京だからって浮かれてたんじゃないかい?」

「……否定はしない。しかし近くに迅龍隊の隊長殿がいらしたお陰で、迷わせずに済みました。我々の仲間を保護して頂き感謝致します」

 にやけ面のフューリーに肘で小突かれている久道さんは、少しだけ憮然としながらも慇懃な態度で昴に謝意を表した。

 言ってしまうと、これは方便だ。こちらの過失で俺が外へ出てしまい、発見した変異体に対応していたら単独行動していた昴と遭遇。彼の道案内により、無事帰還という筋書きである。

 ハッキリ言って相当無理があるが、貸し借りを無しにして昴を助けに行くには、短い時間ではこれくらいしか思いつかなかった。

 久道さんにだけ泥をかぶせる形になるのは心苦しかったが、快諾してくれてよかった。でもフューリーは少し調子に乗りすぎだな……後でどうなっても知らねえぞ。

 無論それを知らない昴は、突然頭を下げられて激しく狼狽していた。

「え、何で敬語……じゃなくて!? ちょ、ちょっと待ってくださいって、保護されたのはむしろ俺の方だと思うんですけど!」

「いやー助かったなー危うく迷子になるとこだったー」

「お前すっげえ棒読みだな!? み、翠先生これはどういう――」

「黙って受け入れるのよ鷹見君……秀一さんの犠牲を無駄にしないで」

「そんなに深刻な状況なのか!?」

 混乱に拍車がかかっていくが、昴以外の全員には話を通してあるし、もう決まったことなのだからしょうがない。すべてを受け入れるのです。

「そういうわけだから、この件に関しては終わりということにしよう。……あぁそうだ晴近君、機体は回収してくれたかい」

「一応な。その場にあったやつだけだけど」

 俺は≪ブリンカー≫で移動する前に預けられていた二つの≪タグストレージ≫をポケットから取り出し、フューリーへと返した。

 中には≪迅龍≫が丸々一機ずつ格納されている。どうせろくに動かせる状態ではないだろうからと、ついでに回収を頼まれていたのだ。行き掛けの駄賃といったところだな。

 これは借りにならないのかだって? ついでだよついで。

「ほら親方、二機は帰ってきたよ。残りの一機は後日どうにかしてくれ」

「二機も戻ってきただけ上等だっての。おう坊主、ウチの馬鹿共が手間かけさせたな」

 中身入りの≪タグ≫を投げ渡された親方は、強面ながらも親し気な笑みを浮かべた。機体の新規製造はコストや労力の面で相当な負担になるらしく、機体を回収する話になった時も翠さんと二人してえらく喜んでいた。

「≪迅龍≫に興味あんだって? 今日はあいにくこいつらの修理で手が離せねえが、時間ができりゃ試乗くらいさせてやるぜ」

「マジですか!?」

「返せるもんも大してねーんでな。そんじゃ、仕事に戻るとすっかね」

 そう言って親方は両手の関節をバキバキ鳴らしながら、整備ドックの方へと向かっていった。手に≪タグ≫持ったままだったけど、粉砕されてないだろうな……?

 ともあれ、ついでのお使いも含めた昴の救出劇もこれでひと段落だ。丸く収まってよかった。

「……なあ晴近、今のって結局どういう話だったんだ?」

「素直に帰ってこれたことを喜んどけばいいよ」

「そうか……そうだな」

 疲れ切った様子だった昴は、これ以上深く考えるのはやめたらしい。そもそも死線を掻い潜った後だというのに、今までが元気すぎた。

 すっと肩の力を抜いた彼は、そのまま三人の仲間を順々に見てから。

「無茶してすまなかった!」

 勢いよく頭を下げた。

 彼らが呆気にとられる中、昴は苦笑交じりに顔を上げる。

「まだちゃんと謝ってなかったからな。こうして全員生きて帰ってこれたのは、奇跡みたいなもんだ。たぶん次はないだろうから……今度からは、もう少しマシな方法を考えるってことで」

 謝罪を終え、相手の反応を伺う昴。

 最初に口を開いたのは、間柴さんだった。

「それって、無茶すること自体はやめないってこと?」

「……いや、そんなことはない……と思う」

「言葉を濁すな目を見て話せ!」

「ぐえぇ!?」

 露骨に目を逸らした途端、昴は間柴さんに胸倉を掴み上げられ、首を絞められた鶏みたいな悲鳴を上げた。

 それを皮切りに、阪井と木戸も口々に文句を垂れ始める。

「指摘されなきゃ絶対誤魔化すつもりだったよなこいつ」

「反省の色が見えませんなぁ」

「次あんな真似したら、あんたが死ぬ前に私が殺しに行くからね! わかってる!?」

「わかった! わかったから離せって……あとお前らすねを蹴るんじゃねえ!」


「……」

「晴近、どうかしたの?」

「いや、何も」

 目の前で繰り広げられている、ここへ戻ってきた時と同じような光景をボーっと眺めていたら、不意にルナリアが声をかけてきた。辛うじて返事はしたものの、どこか曖昧なものになってしまう。

 取り繕う言葉は、案外素直に出た。

「久々に全力で能力を使ったから、疲れてるのかもしれない」

「まさか東京に来て早々に変異体と戦うことになるなんて思わないものね……一旦部屋に案内してもらって、少し休みましょう」

 ルナリアは特に疑う様子もなく、すんなりと信じてくれた。

 実際に能力の反動はあったし、疲労感があることも事実。ただし前者は僅かなものだった上にその場で引く程度の痛み。後者に関しては肉体的にというよりは、精神的な疲れと言った方が正しい。

「……疲労とも違うか」

 友情を確かめ合う彼らの姿を。

 親友だった少年が、幼馴染や俺の知らない人々と気心の知れたやり取りをしているのを。

 そこに加わることもできず、ただ眺めている。


 俺が今感じているこれは……痛みだ。

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