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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
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幕間 虚無の鏡

「うーん。駄目だったか」

 東京の地上に連なる、古びたビルの一つ。

 屋上の縁に腰掛けはるか遠くにある地上を見下ろしながら、青年は呟く。

 その容姿にこれといった特徴はなく、雑踏に紛れてしまえば一瞬で見失ってしまいそうなほどに無個性。故に捉え所がなく、会う人皆に警戒心を抱かせる。

 それがとある人物によって語られた、サイラム・グラフという男の人物像だった。

「せっかく生体反応を弄って隠したのにな。襲わせるまではよかったんだけど。あのタイミングでガーディアンが来るのは予想外だ。ていうかあの動きはやばいな。完全に人間辞めてる」

 サイラムは眼下から立ち去っていく二人の少年を見届け、感情の籠っていない独り言を一しきりまくし立てた後。

「で。榊くんはいつまでそうやって隠れてるわけ。どうでもいいけど」

 言葉通り心底どうでもよさそうに振り返りながら、背後の虚空めがけて話しかける。

 返事の代わりに、榊幸也はまとっていた≪ヒドゥンコート≫を解除してその姿を彼の前へと晒した。

 存在情報を除く一切を遮断する効果を持つ次元兵器だが、サイラムには通用しない。

 正確に言うなら、あくまで通じない一人というべきか。

「キミから隠れていたわけじゃないよ。さっきまで下にいた彼からだ」

「だろうね。榊くんは無駄なことはしないだろうし。最初からわかっていたよ」

「それはどうも。サイラムはここで何を?」

「暇つぶし」

 質問に対する答えは、実にシンプルだった。

「東京ってロボットが配備されてるでしょ。だから見てみたかったんだよね。ロボットが怪獣と戦うところ。本当なら都市で操縦したみたいなでかいのがよかったけど」

「変異体を怪獣ね……ならわざわざレーダーに映らないように変異体を改造して、組織的にけしかける必要はなかったんじゃないかな」

 数日前から東京を訪れていた幸也からすれば、東京の地上は百鬼夜行もかくやと言わしめる程変異体がひしめいていた。手を加えずとも、放っておけばサイラムの望んだシーンは見られただろう。

 だが実際には、彼は舞台に手を加えた。一帯の変異体を残らず手中に収め、敢えて『迅龍隊』の危機を演出したのだ。

 幸也の追及を受けたサイラムは、何のためらいもなく即答した。


「その方が面白そうだったから」


 言葉を発した際の声色、表情、態度。

 彼から発せられたすべての情報は平坦で、そこに後悔はおろか、一切の感情は含まれていない。

「みっともなく蹴落とし合いでも始まれば最高だったけど。隊長が死を覚悟してたった一人で残って戦うなんてかっこいいよね。思わず応援しそうになったよ」

 動機はあまりにも醜悪かつ悪辣で。

 なのに語るサイラム自身は、どこまでもフラットだった。

 まるで用意された台詞をそのまま読み上げられているような、そんな錯覚に陥りそうになる。いっそ悪意をむき出しにしていればただの屑と断定して安心できるのに、彼にはそれがない。

 今会話しているのは本当に、自分と同じ血の通った生き物なのか。

 根本的な部分で疑問を抱かずにいられないほど、サイラムという存在は異質だった。

「結局いいところで横やりが入ったけどね。でもいいんだ。彼が無残に死のうと生き残ろうと。ぼくからすればどうでもいい(・・・・・・)

 きっとこれだけは本音なのだろうと、幸也は悟る。

 もはや口癖となっている「どうでもいい」。この一言に、全てが集約されていた。

 彼にとっては自分以外の――或いは、自分も含めた世界の何もかもが「どうでもいい」のだ。

 故に、彼には微塵も響かないだろうと確信しつつも。

 不必要に……それこそ無意味に弄ばれた彼らを代弁し、幸也は言った。

「あまりいい趣味とは言えないな」

「だろうね。ぼくもそう思う」

 予想通り、彼の反応はどこまでも無だった。ここまで中身の存在しない会話は、きっと生まれて初めてかもしれない。

 一体何を間違えれば、こんな人間が出来上がるのか。

「……いや、違うか」

 ふと考えかけた幸也はすぐに、そんな疑問を抱いた自分の愚かさに気付いて苦笑する。

 サイラムが異常なのは、ある意味必然だった。

 転移者。

 元々はこの世界にいるはずのない――否、いるべきではない者。

 存在そのものがイレギュラーなのだから、本人の異常性など誤差のようなものではないか。

「僕らは……転移者なんだ」

 決して自分も例外ではないのだと、眼前の青年に嫌悪感を抱いた己を戒めるように。

 殆ど声にならない声で、そう呟く。

 そんな幸也の心の揺れ動きに構うことなく、今度はサイラムから尋ねてきた。

「こんなところで油を売ってていいの。ここでの主役は榊くんたちでしょ」

「あぁ、準備は大体終わってるよ。用意すること自体そこまで多くないし」

「ならいいけど。それにしても榊くんは大変だね。能力が便利だからって博士にいいように使われてさ」

「……他にできる人がいないからね」

 いいように使われている。

 彼からすれば何気ない言葉なのだろうが、言いえて妙だ。

 意志のない人間と、意志を持たない人間。

 選択肢を与えられている分、それを捨てているという意味では後者の方が愚かな生き物なのかもしれない。

 自重気味に思考しながら、幸也の手は自然と背負っていた武器へと伸びていた。

 そう、丁度自分が手に触れているこれと同じだ。

 榊幸也という男の在り方は、今も昔も変わらず。

「作戦の決行は二日後だ」

 これ以上の会話は互いに無為だと思った幸也は、本来の目的である伝達事項を端的に告げて持ち場に戻ることにした。

「速やかに移動できるよう、サイラムは博士たちと一緒に待機していてくれ。その間、今日みたいな怪しまれる行動は控えてくれると助かるんだけど」

「いいよ。その間はトモノエをからかって遊んでるから」

 ……怖いもの知らずもここまでくると恐ろしいな。

 普段の物言いからは不気味さしか感じなくとも、こればかりは素直に感嘆する。

 ――トモノエ。

 常に博士について回っている、仮面で顔を隠した人物。声や体格からかろうじて女性だとわかるが、それ以外は一切の謎に包まれている。

 ただ言えるのは、彼女の持つ力が極めて凶悪であるということ。本気で殺しあったとして、勝てるビジョンが一切浮かばない。

 なので無駄とは思いながらも、一応忠告する。

「キミ、いつか彼女に殺されるよ?」

「うん。あの子にはぜひ頑張ってほしいね。どうでもいいけど」

 やはり無駄だったか。

 わかってはいても、ため息を禁じ得ない幸也だった。

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