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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
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Chapter01-5

執筆に使ってたノートPCがコーヒーに殺されたりしたけど私は元気です()

「はーい、こちらが≪迅龍≫の整備ドックとなって――」


「まだ再出撃できないの!?」

「修理箇所の洗い出しも終わってねえよ! 帰投から五分も経ってねえんだぞ」

「だったら予備機を出して!」

「予備機は昨日の内部改修でシステムがニュートラルだ。今からおめえさんらに合わせてたんじゃ、ボロ機体の修理より手間だっての」


「なって、まーす……?」

 案内役が板についてきた翠さんのバスガイドみたいなノリは、整備ドックへ入った途端に飛んできた二人分の怒号によって断ち切られた。

 ロボットのメンテナンスに使われるであろう大量の機材が並ぶ、ひと際広い空間の中央。そこには正しく漫画に出てくるようなパイロットスーツを着た三人組の若い男女と、ツナギ姿の厳ついおっさんが真っ向からにらみ合っていた。

 正確にはおっさんと口論しているのは紅一点の少女だけで、他の男二人はその後ろで狼狽えているだけっぽかったが。

「翠君、あそこで親方と言い合ってる彼女らは?」

「『迅龍隊』の子たちですけど……本来ならまだ地上の調査をしてる時間のはずなんですが。隊長もいませんし、何かあったのかな」

「雰囲気もあまり穏やかではないな。ここは出なおした方がいいかもしれん」

「そ、そうですね。ごめん友柄君、見学はまた今度でいい?」

「俺はいいんですけど……あのままにしていっていいんですか?」

 今もなお口論を続けている、親方と呼ばれていた人物や少女らの方を指して尋ねる。

 彼女らが『迅龍隊』――変異体との戦闘を主とするのなら、発生する問題もそれに関係するものである可能性が高い。予定外の帰投に、早急な再出撃の要求。トラブルが起きているのは確かだろう。

 実際あの剣幕を見るに、久道さんの言った通りただ事ではなさそうだし、話くらいは聞いていった方がいいと思うんだけど。

 そんな俺の考えとは裏腹に、翠さんは苦笑交じりに首を振った。

「こちら側で発生した問題に都市からの客人を巻き込むわけにはいきませんから。私は皆さんをお部屋に案内してから伺いに戻りますので」

「行きましょう晴近。気持ちはわかるけど、外部の人間である私たちが下手に首を突っ込むと面倒なことになるわ」

「……そうだな」

 詰まるところ、ルナリアの言っていることが正しいのだろう。

 いくらガーディアンとしての力があるからって、問題の解決に部外者がしゃしゃり出ていくのは傲慢だった。この力にしたって、殆どが都市からの借りものなのだから。

 久道さんたち大人はその辺を弁えているのだろうし、何も言わないノインや忠告してくれたルナリアも言わずもがな。こうしてみると、俺はまだまだ未熟だと痛感させられる。

 それでも、少しずつ自分の青い部分と折り合いをつけていくしかないんだ。

 はぁ、凹む。ロボットの見学もお預けだし……久道さんも微妙に肩を落としてる気がするんだが、流石に気のせいだよな?

 若干の後ろ髪を引かれる思いを残しながら、俺たちは翠さんについて整備ドックを後にしようとした。

 


 ……しかし。

「もういい! 予備機自体は動かせる状態なんでしょ。だったら操縦しながら自分で最適化する!」

「ざけんな! 俺にてめーの自殺を手伝う趣味なんざねえんだよ!! もし妙な真似しやがったら、ぶん殴ってでも止めるからな」

「上等……止められるもんなら止めてみろこの髭ダルマ!」

「ちょ、バカ!?」

「一旦落ち着けって由季ちゃん! 親方も袖まくらないで!」

 既に視界の外で繰り広げられ、今にも暴力沙汰へと発展しそうな口論のさ中。

 胸が張り裂けそうなほどの感情が込められた声で、少女はその名前を叫んだ。

「落ち着けるわけないでしょ!? 早く戻らないと……早くしないと、昴が!!」


 ――すばる(・・・)

 今、あの子は確かにそう言ったのか?

「どうしたの晴近? 急に立ち止まって」

「……翠さん。あそこにいる女の子について教えてもらってもいいですか」

 声をかけてきたルナリアに取り合う余裕もなく、俺は翠さんに問いかけていた。

 視界の端で一瞬だけルナリアがムッとした表情になるのが見えたが、すぐに察してくれたのか何も言わずにいてくれた。

 助かる。今は本当に、余裕がない。

 翠さんは純粋な『迅龍隊』への興味だと勘違いしたのか、特に疑問を抱くことなく少女について教えてくれた。

「あの子は間柴由季さんと言って、副隊長を務めてるんですよ。隊長ほどではないですけど、機体の扱いはすごく上手ですね」

「間柴……!」

 名前だけではピンとこなかったが、苗字を聞いた途端記憶が鮮明になっていくのを感じた。

 同じ学年だったけど、クラスは別。あいつとは家が隣同士の幼馴染で、彼女との関係について仲間内ではやっかみやからかいの対象になっていた。

 すぐに記憶と結びつかなかったのは、俺の知っている間柴由季が病弱かつ気の弱い少女だったからだ。間柴さんは、あんな強面に食って掛かれるような子じゃなかった。

 だが、彼女があの間柴さんと同じ名を持つ人物であり。

 その口から〝すばる〟という名前が出たということは。

 俺は答えを得るべく、質問を重ねた。

「なら……なら『迅龍隊』の隊長は!?」

 もし予想が当たっていたとして、それでどうする。

 元の世界での知人であろうと、ここでは他人でしかない。第一、ついひと月前まで俺はこの世界に存在していなかったのだから。

 加えて、今は都市の人間という立場や責任もある。ルナリアの言う通り、俺の一存で関わっていい話ではない。

 わかってる。わかってはいるんだよ……だけど。


「隊長の鷹見昴(・・・)君は、歴代のパイロットではトップクラスの実力者ですね。都市でいう久道さんみたいな切り札的存在で……あと、由季さんたちとは幼馴染でもあるんですよ」


 例えこの世界の昴が、俺のことを知らないとしても。

 かつての親友が危機に瀕しているとしたら、俺は――


 ◇


「これで、一〇――ッ!」

 斬り伏せた敵の数が二桁の大台に乗った途端、エネルギー残量がレッドゾーンへ割り込んだ。鳴り響くアラートに舌打ちしつつ、昴は≪ディバイダー≫への動力供給を遮断する。

 囲まれないよう適度に後退を挟みながら、どうにか阪井たちに不意打ちを仕掛けた集団を殲滅することはできた。

 だがやはりというべきか、逃走中に別の変異体を引っかけていたらしい。既にメインカメラは、こちらを目指して駆けてくる異形の影を捉えていた。

 数は先の集団とほぼ同じ程度。

 一方で≪迅龍≫に残されたエネルギーは一割以下で、機銃は弾薬分の重量を削減するために初っ端で撃ち尽くした。≪ディバイダー≫はあと一回でも起動すれば即機体がダウンする。

 今から全力で逃げようとしたところで、エネルギー残量からして途中からは徒歩が確定だった。追いつかれるのが関の山だろう。

 考えれば考えるほど、絶望的な状況だった。

 ……由季たちを撤退させてから一五分は経過している。

 最低限の目的は果たせただろう。

「やれやれ、我ながら頑張ったもんだ」

 まさか、たった一機でこれほどの数を倒せるなんて思ってもみなかった。今までは集団との戦闘を全力で避けていたから、当然といえば当然か。

 かと言って、同じような状況に陥ったら今度は間違いなく逃げの一手だ。こんな生きた心地がしない戦いは二度とごめんである。

 次からはこんな無茶を絶対にしないと心に決めたところで、昴は笑う。

「次、か……何だよ、まだ諦めてねえじゃん俺」

 生存が絶望的だから、何だというのか。

 命を含めた全てを諦めるのは簡単だ。この場で無防備に立ち尽くしていれば、死は向こうからやってくる。

 でも、それで楽になるのは自分だけだ。

 幼馴染との約束を反故にして、中途半端に助けた友人たちに罪の意識だけを残す。ここでの死はただそれだけでしかない、逃げだ。

 そんな格好の悪い死に方なんて。

「死んでもごめんだ」

 決意に満ちた言葉と共に、昴は操縦桿を力強く握りなおした。

 見た目以上に軽い≪迅龍≫で格闘戦は不利。一度組みつかれれば終わり。接近を防ぐための機銃は弾切れ。

 手元にあるのは、ただのそこそこ切れ味のある二振りの剣と折れない心だけ。

 最期の瞬間まで生き足掻くには、充分だった。

 接敵まであと僅か。

「行くぞ、≪迅龍≫!」

 立ち向かう覚悟と共に。

 自分たった一人へと向かってくる殺意に対し、昴は自ら一歩機体を進めて――


 その機体の鼻先を、暴風が掠めていった。


「は?」

 目の前で突如として発生したそれに、昴は間抜けな声を上げることしかできなかった。

 暴風――もしくは、暴風と形容するしかない暴虐。

 竜巻そのものが質量を得たがごとく、目前まで迫っていた変異体を群れごとバラバラに引き裂き吹き飛ばしていく。

 昴と≪迅龍≫を含めた周囲のオブジェクトには関与せず、異形たちのみを対象とした苛烈な攻撃。

 それは明らかに自然現象ではなく、事実その通りだった。

「おいおい、嘘だろ……」

 モニターに映ったそれが信じられず、昴の口から正直な感想が漏れる。

 ≪迅龍≫のメインカメラはフレームレートが非常に高く、記録した映像はスローモーションで確認することができる。

 そして再生速度を最大まで下げて辛うじて、昴は目の前で起きている現象の正体を知った。

 ――人だ。

 自分と同い年くらいであろう少年が、変異体を順繰りに斬り刻んでいる。

 言葉にすればそれまでだが、実際には映像で見ている何十倍もの速度で、しかも生身の人間が行っていると考えれば到底現実のものとは思えない。スロー再生してなお認識が困難なのだ。

 仮に≪アクセラレーター≫の速度上限を撤廃して起動すれば速度だけなら追いつけるかもしれないが、そんなスピードでは機体ごと振り回されるだけで終わるのがオチだ。

 なのにあの少年は最小限の攻撃回数で変異体を絶命させ、それを確認してから次の獲物へと移っている。徹頭徹尾、完全に制御された動きだった。

 いっそ自分はとっくの昔に死んでて、これは今際の際に見ている夢だと言われた方がまだ信じられる。

 あくまでこれが現実であるとするなら、考えられる可能性は一つ。

 ≪迅龍≫のような小細工なんかに頼らずとも、生身の個人に兵器並みの戦闘力を持たせられる。そういうやり方が可能な場所を、昴は知っていた。

「都市の……アクシスの、ガーディアン」

 かすれた呟きに応えるかの如く最後の一体が解体され、少年による一方的な殺戮も終了した。

 倒した変異体の数は、自分と同程度。

 ただし昴が一五分以上かけてギリギリ成しえた偉業を、目の前の少年はたったの十数秒で、返り血一滴も浴びることなくこなして見せた。

 これではどっちが化け物か、わかったものではない。

「味方、だよな?」

 死屍累々とした景色の中で佇み息を整えている少年を見ながら、昴は恐る恐るハッチのロックを解除した。

 何故ガーディアンが東京にいて、どこから現れたのか。疑問は尽きないが、危ないところを助けられたことに変わりはない。死ぬ気は毛頭なかったが、現実的に生存は厳しかったのだから。

 コックピットから外へ躍り出ると、酷く汗をかいた肌を冷たい風が撫ぜていった。同時に相手も昴が出てきたことに気付いたのか、こちらへと歩み寄ってくる。

 何やら複雑に感情の入り混じった表情をしているが、何となく敵意はないと思った。

 地上に降りて直接対面した途端、漠然とした予想は確信へ変わる。

 何故かはわからないが、こいつならば無条件に信じられる。

 見ず知らずの少年相手に、不思議とそう思えたのだ。

「えーっと。事情は知らないんだが、とりあえず助けてくれてサンキューな。正直な話、もう駄目かと思ってた……俺は鷹見昴。彼女いない歴イコール年齢! あんたは?」

 助けられた礼を言ってから、昴は爽やかな笑顔で名乗る。こういうのは第一印象が肝心だ。

 すると少年は面食らったような表情になりながらも、やがて気さくな笑みを浮かべ。


「俺は……友柄晴近。彼女は一か月前にできた。悪いな」

「何だとぉ!?」


 想定外の返しを食らった昴の素っ頓狂な叫びが、廃墟となった都市に響き渡った。

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