Chapter01-4
管理局の敷地内の一画に、大きな倉庫が集中した場所が存在する。
そこには都市上の物資の八割以上が集積されていることもあり、かなり厳重な警備が敷かれている。例えフューリー直轄の俺たちであろうと、おいそれと立ち入ることは出来ない。
しかしオーバーとも思えるセキュリティの原因は、やはり集合場所の一番倉庫に設置されている『転移ゲート』だろう。
正式名称は≪ゲートポータル≫と言い、対となるゲート装置を介することで遠く離れた場所に物を移動できる技術だ。
性質的には≪ブリンカー≫に似ているが、あれが一方的に指定した座標へ飛ばす装置であるのに対し、転移ゲートは離れた二点間を繋ぎ相互に行き来を可能とする。一度繋げてしまえば稼働している限り往来が可能になるので、物資等の輸出入についてはこちらの方が便利らしい。
最も重要なポイントは、この転移ゲートが都市と他の国家を繋ぐ唯一の移動手段ということにある。
都市への無秩序な人の流入、或いはその逆を防ぐためにゲートの守りは厳重になっているのだという。実際過去にそういった事件もあったとか。
フューリーが転移ゲートを起動するための手続きを行っている間に、俺は久道さんからその辺りの説明を受けていたのだった。
「それで、侵入してきた刺客はどうしたんですか?」
「俺がその場で対処した」
「そ、そっすか」
対処の仕方については、深く聞かない方がいい気がした。
雑談をしている間に、向こうの準備は整ったらしい。
「東京側との接続が完了した。もうじき出発だよ」
「準備が整ったようだ。往くぞ」
「はい」
先頭をいく久道さんの後に続いて、俺たちはゲート装置の側にいるフューリーの下へと向かう。
装置の外観は、機械で出来た巨大な枠とでも言うべきか。倉庫の壁にぴったりくっつくように設置されているのに、金属製のフレームで四角く囲まれた向こう側には壁ではなく真っ暗な闇が広がっている。
もう既に起動した状態なのだろう。
でもこれ、潜って本当に大丈夫なのか? 見た目がなんか禍々しいぞ。
フューリーや久道さん、ノインは慣れてるのかさっさと通って行ってしまったが、どうにも足踏みしてしまう。
「別に平気よ。くぐった時にはもう反対側に着いてるから」
「そう言えば、ルナリアは通ったことあるのか」
「都市に来る時にね。だからこれで二回目」
「……よし」
いつまでもビビってたら情けない。
ルナリアが大丈夫って言うなら大丈夫だろうの精神で、俺は一呼吸おいて覚悟を決めてから、一気にゲートの闇へと突っ込んだ。
「――っ」
くぐった瞬間、動画のシーンがカットされたかのように目の前の景色が急変し、反射的に目を閉じる。≪ブリンカー≫による移動と感覚は似ていて、俺はどうもこの突然な変化が苦手だった。
驚いた視覚が落ち着いてきたところで、ゆっくりと目を開いていく。
すると、俺の目の前には。
「……あんまり変わらないな」
「それはそうさ。ここも屋内……というか、地下だからね」
直前までいた倉庫と殆ど代わり映えの無い光景に拍子抜けしていると、先に通過していたフューリーが苦笑する。
言われてみれば、転移ゲートの用途を考えれば同じような部屋に設置されるのは自然なことであると気付く。広い室内には物資が入ったコンテナらしきものが大量にあり、やはり倉庫としての役割も兼ねているのだろう。
にしても、潜るまでの手続きの面倒さを加味すると、移動自体は随分とあっけない。都市の外に出るって言うくらいだからもっと感慨深いものだと思っていたが、別にそんなことはなかった。
そんなことを考えていると、後ろのゲートからルナリアがやってくる。これでアクシスからの出張組は揃った。
現在この部屋にいるのは、俺たちの他にはゲートを操作していたであろう何人かの職員らしき人たちだ。
パッと見た感じでは、全員日本人である。ここはもう東京だし当然なんだろうが、どちらかと言えば外人の割合が多かったアクシスと比較すると、日本人の割合が圧倒的に多いこの空間が何やら新鮮なものに感じる。
「彼女はまだ来ていないのか?」
「作業の引継ぎに少し時間がかかったらしい。もうじき来るはずだが――」
「ごめんなさぁぁぁぁい!」
フューリーと久道さんの会話に割り込むように、その人物は倉庫へと飛び込んできた。
見た目の上では俺たちより少し年上……フューリーと近そうだが、彼女はフューリーと違って見た目通りの年齢な印象だ。丈の長い白衣に身を包み、牛乳瓶の底みたいなレンズの眼鏡をかけたその姿は、如何にも研究者って感じである。
全力で走って来たからなのか、女性は俺たちの前まで辿り着いた時点で思いっ切り息切れを起こしていた。
「ぜぇ、ぜぇ……ひ、久しぶりに凄い走った……うぅ、脇腹痛い」
「随分と運動不足のようだね。大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です。本来なら出迎えるところを待たせてしまったので……」
「大して待っていないというのに、相変わらず生真面目だな君は……変わらないようで安心したよ、翠君」
そう言って女性を労うフューリーの表情は、今まで見たことが無い表情をしていた。
嬉しさが大半を占める中に、ほんの少しだけ後ろめたさが混ざった、そんな笑顔を。
しかし俺たちの方へ向き直った時には、いつもの顔つきに戻っていた。
「さて、私と秀一君以外は初対面だろうから紹介しておこう。彼女の名は数奧翠。ここ東京の研究機関において、主任を務めている優秀な人物だ」
「どうも皆さん……一応そこそこのポジションは貰っているけど、気軽に翠さんって呼んでくれていいからね……いや本当に大した人間じゃないから」
「ど、どうも」
フューリーに助け起こされながら辛うじて挨拶をしてくる翠さんに、俺たちも戸惑いつつそう返す。
国に属する研究機関で主任ということは、つまり都市におけるフューリーと同等の地位だ。そう考えると物凄く偉い人のはずなのに、本人のネガティブな発言通り全然そう見えないから不思議だ。
密かにフューリークラスの変人が出てくるのかと覚悟していたのだが、別ベクトルで予想外の人物が来たな。
「この通り謙遜が過ぎる人物だが、研究者としては一流だよ」
「そんな一流だなんて……私はせいぜい、一流だった父の功績に齧りついてる二流がお似合いです」
「確かに数奧氏は優秀だったが、翠君はしっかりその血を継いでいるとも。現に先ほどはあんな素晴らしい議題を提供してくれたじゃないか」
「いえいえいえ、あんなのフューリーさんだったらその内思いついてましたって! むしろとっくの昔に考えたけど忘れたまであります!」
「それは研究者として問題だろう……変わってなくて安心とは言ったが、そのネガティブ一辺倒な思考については改善すべき――」
「ゴホンッ」
二人の会話がヒートアップしかけたタイミングで、久道さんがあからさま過ぎる咳払いをした。するとピタリと言い合いが止まる。
「議論は結構だが、ここですることではないぞ……翠」
「は、はい! 何でしょう秀一さん」
「一旦荷物を置きに行きたい。物を置いても大丈夫な場所か、我々が宿泊する部屋があるのならそこに案内して欲しいのだが」
「あー、そうですね。私としたことが完全に失念してました。部屋なら研究室に来客用のものがあるので、今から案内しますね」
寝ぐせみたくボサボサになった頭を更にガリガリと掻きながら、翠さんは踵を返す。
見た感じだと結構美人なのに、格好や仕草で色々と台無しだ……。「研究が恋人です」とか平気で言ってきそう。
こんなになるまで研究に没頭してきたからこそ、この若さで高い地位につけているのだろう。その点については尊敬するべきなのだろうが、うーん。何事にも犠牲は付き物ということか。
益体もないことを考えながら、俺たちは翠さんの案内で転移ゲートの部屋を後にした。
「改めまして、東京へようこそ。本施設は無数のブロックとブロック同士を繋ぐパスで構築された地下施設で、地表部は『天蓋』によって閉ざされています」
呼吸が落ち着き、初めてここを訪れる俺たちに朗々と施設の概要を解説する翠さんは、さっきと比べて残念成分が幾分か薄まっていた。
教えてもらった内容は前にエリカから聞いたことと大体同じだったが、天蓋という単語は初耳だった。
「天蓋って何ですか?」
「ブロックが分布している範囲の直上を覆う、巨大な複合装甲壁です。理論上、核爆発の衝撃と放射線程度なら余裕で耐えますよ」
「そりゃまた随分と丈夫っすね」
「地下都市の建設初期に変異体が地面を掘ってきた事例があったみたいで……私も少し過剰だとは思いますけど、特異個体にもなると何をしてくるかわかりませんから」
「用心に越したことはない。油断は命取り」
「命には代えられませんよねぇ。おっと、パスを通る時は一列になってくださいね。かなり狭いので」
ブロックの端に着くと俺たちは指示通り一列になり、パスへと入る。
成程、これは確かに狭い。チューブ状になっている通路は道幅が人二人分――大人が何とかすれ違える程度しかなく、天井も垂直跳びでギリギリ指先が届きそうな高さだ。
この広さなら、仮に変異体が出現したとしてもニメートルクラスが関の山だな。大したことないと思ってしまうのは、都市でもっと巨大な個体を相手にしているからか。明らかに一般人としての感覚が麻痺してきている……。
「こんな狭いんじゃ、大きなものとか運ぶのに不便じゃないですか?」
「大型貨物の移動には据え置きの≪ブリンカー≫を使いますね。出来る限りは人力で輸送しますけど」
「人の移動には使わないんですか?」
「次元エネルギーは出来るだけ節約しないとですから。地下暮らしはただでさえ運動不足になりがちなので、歩いた方が健康的ですし」
冗談めかして言ってはいるものの、やはり都市とは根本的に暮らし向きが違うのだと考えさせられる。
この世界の次元エネルギーは、それを唯一生成可能なアクシスの次元炉『ウロボロス機関』からの供給に依存している。
供給源を持つ都市と違って、東京は一定量供給される限られた次元エネルギーでやりくりする必要があるということだ。しかも大量の次元エネルギーが存在する場所には、変異体が出現しなくなるという話もある。そうなると一層節約しなければならない。
俺が元の世界と同じかそれ以上の生活を送れているのは、ひょっとしなくてもかなりの幸運だったんだな。
「苦労の種類が違うだけで、大変なのはどこも同じですよ」
神妙な顔をしている俺に、翠さんは気負わない笑みを向けてきた。
「結構窮屈ですけど、住めば都ともいいます。変異体の殆どは地上に出現しますし、それなりに安全なんですよここは」
「ブロックを巡回する警備隊もよく訓練されてるからね。特に地上の捜査を主任務としているあの……何だったっけ」
「『迅龍隊』だ。あの機動兵器の開発にはお前も携わっていただろう」
「最後の方は翠君たちに投げちゃったから、あまり印象に残って無いんだよ」
「最後の方って……本当に基幹となる部分以外は全部白紙だったじゃないですか」
あっけらかんとしたフューリーの発言に翠さんは半眼になる。
一方で俺は、久道さんが発したある単語が記憶の片隅に引っかかるのを感じた。
迅龍隊……迅龍ってどっかで聞いたような――って。
「あぁ!」
「うわっ、何よ急に大きな声出して」
「迅龍って、もしかしてひと月前くらいにニュースでやってたあのロボット!?」
「良く知ってますね。先月発表したのはマイナーチェンジ版の≪迅龍改≫ですが」
軽い補足と共に、翠さんは俺に一体のロボットが写った画像を送信してきた。
記憶と照らし合わせてみて、確信する。やはりアクシスに飛ばされた次の日の朝に、テレビのニュースで見たロボットだ。そうだよ東京にはこいつがいたんじゃないか!
「あの、これ試しに操縦してみたりとかは……」
「うーん、流石に外部且つ無免許の人物を乗せるのは難しいかなぁ」
くっ駄目か。
いや、冷静に考えたら当たり前だ。車の免許も持ってない奴に。いきなり建設重機を運転させるようなもんだよな。
でも残念だ。人が乗れるロボットが存在するなら、一度は操縦して見たかった……一人の男子として。
隠し切れない失意に肩を落としていると、あまりの落ち込みようだったのか翠さんが慌てて付け加える。
「ええっと、でも近くで見るくらいなら全然大丈夫ですよ? 整備ドックは研究室の近くですし、寄ってみます? フューリーさんもいいですよね」
「いいとも。別に急いでる訳でもないし、春近君には実験で色々世話になってるしね」
「マジですか!? ありがとうございます!」
近くで見れるだけでも十分すぎる。
やっぱ人型ロボットには夢とロマンが詰まってるよな!
実際に動いてるところが見れたらもっと最高なんだが。ラッドに自慢してやろ。
「未だかつてない食いつき」
「男の子って、ああいうの好きよね。私はよくわからないわ」
「ある種の本能に近いものだ。男が浪漫を求めるのはな」
「久道さんが理解を示している……!?」
厳かに頷く久道さんにルナリアが目を剥いているのを他所に、俺は翠さんから≪迅龍≫の話を聞いていた。
研究主任として開発の中核にいたということもあって、あらゆる質問に対して淀みない返答がくる。
「そもそも、どうしてロボットで変異体と戦うんですか?」
「これも節約のためなんですよ。ガーディアンのように生身の人間を変異体と戦えるようにするのって、実はかなり燃費悪いんです」
「え、そうなの?」
「まあそうだね。都市での戦闘はあくまで次元兵器の試験運用という体だから、運用コストは度外視してる」
「≪リンカー≫なんて便利なものもありませんし、地上で活動中に予め用意した次元エネルギーが切れたらお終いですから」
翠さん曰く、≪アブゾーバー≫を使うより電気仕掛けのロボットに乗り込んだ方が遥かに燃費がいいらしい。ただのロマンの産物ではなかったということだ。当たり前だが。
ガーディアンの戦い方は、充電ケーブルを繋いだまま携帯を弄るようなものか。東京だとそういうごり押しは効かないから、工夫した結果がロボットなのだろう。
「≪迅龍改≫でエネルギー効率をある程度改善したんですけど、それでも現場からは『もっと活動時間を伸ばせ』ってせっつかれてますよ」
「彼らからすれば死活問題だろうからね。何か策はあるのかい?」
「あるにはあるんですけど、念のためフューリーさんの意見も聞かせてもらえます? もちろん滞在期間中に余裕があればですが」
「構わないよ。流石に議論だけで三日間潰れるとも思っていないし」
フューリーはそう言っているが、実際どうだか。
この人喋るの大好きだからな……議論ともなればマジで三日間潰すまである。
俺とルナリアは関係ないだろうけど、護衛として立ち会うだろうノインや久道さんは大変かもしれない。
狭いパスを通ったり、エレベーターで上昇したりすること約一〇分。
翠さんの案内のお陰で、特にトラブルもなく研究室があるブロックまで辿り着いた。
「何か、他と比べて随分広いな」
「そこは都市の管理局と同じだよ春近君。このブロックの直下に次元エネルギーの貯蔵装置があるのさ」
「あー、そういうことか」
偶然条件が整った管理局と違って、ここは人為的に造られた安全地帯ってことか。
確かに研究施設や、≪迅龍≫みたいな巨大なロボットを整備するドックを通常サイズのブロックに収めるのは無理がある。都市の工廠や研究棟の規模を考えると相当なスペースが必要だ。
施設内の雰囲気も似たり寄ったりで、中を忙しなく行き来しているのは白衣か作業服を着た人物が大半だった。すれ違った人は例外なく翠さんに挨拶をしていくので、主任としての立場は確かなものなのだろう。
少し気になったのは、何人かがフューリーを見てギョッとしたことや。
久道さんを見た巡回の警備員が悲鳴を上げて卒倒しかけていたことくらいか。
前者はともかく後者まで……あんたら夫婦揃って東京の人たちに何したんだ。
大人二名に呆れつつ、程なくして俺たちはひと際大きなドアの前に到着したのだった。




