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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
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Chapter01-3

 結局ルナリアが放った怒りの一撃によって、都市に接近中だった変異体は全滅。今回の迎撃戦は今までで最速の決着となった。

 何とも言えない気まずさに包まれたガーディアン一同だったが、敵がいないんじゃ何もしようがない。

 このままお開きになり、この後ルナリアにどう接すればいいのかわからず内心ブルっていた俺だったが。

 救い……かどうかは怪しいところだが、ある人物から声がかかった。

『お疲れ様だ諸君。と言っても、ルナリア君以外は何もしてなかったみたいだが』

「フューリー室長?」

 無線のオープンチャンネルに現れたのは、他でもないフューリー・バレンタインその人だった。

 次元技術の権威にして、実質的な都市の支配者。

 ガーディアンの俺たちにとっては、直接の上司にあたる人物である。

 彼女の声を聞いただけで軽く身構えてしまうのは、ひとえに普段の行いが原因だ。特にここ最近はルナリア共々、突発的な実験に付き合わされたり、交際の進展具合を根掘り葉掘り聞かれたりと散々な目に合っている。

 前者に関しては素晴らしい成果が出ているので文句はないのだが、後者に関しては本当に勘弁して頂きたい。互いに奥手なのは自覚してるんだって。

 そんな俺の心の内を知ってか知らずか、フューリーはさも楽し気に笑う。あの胡散臭い笑顔が脳内で自動再生された。

『ククク、そう構えないでくれたまえ春近君。君個人への用事ならわざわざオープンチャンネルで話しかけないよ』

「当たり前のようにこっちの反応を把握してるのな。今更驚かないけど」

「と仰りますと、私たち全員に関係のある話ということでございますか」

『正解だミハイル君。話が早くて助かるね』

 教師然としたフューリーの言葉に、ミハイルさんは「恐縮でございます」と小さく頭を下げる。本人はこの場にいないってのに律儀だなぁ。こういう何気ない所に人柄が現れるのだろう。

 しかし気のせいだろうか。

 さっきから、フューリーがやけに機嫌が良さそうな気がする。

 割と普段から楽しげにしている人物ではあるが、今日は殊更テンションが高いような。抑えきれない喜びが、声や言葉の端端に滲み出ているとでも言えばいいのだろうか?

 そう感じたのは、俺だけではなかったらしい。

「随分とご機嫌っすね。何かいいことでもあったんすか?」

『よくぞ聞いてくれた!』

 ラッドが質問した途端、待ってましたとばかりに食いついた。

 未だかつてない勢いだ。正直言って気味が悪い。

 俺が失礼なことを考えている間にも、フューリーはマシンガンの如く喋り倒す。

『実は先ほど、東京で次元技術を研究している機関から連絡があってね。機関のトップである数奧(すおう)主任は縁あって特別に目をかけているんだが、彼女が次元エネルギーに関する実に興味深いトピックを提示してきたんだ。内容についてさわりの部分だけ説明を受けたんだが、今までになかった視点からのアプローチで大変素晴らしく――』

「久道さんヘルプ!」

「落ち着け阿呆」

『っとと、済まない。少し興奮しすぎたようだ』

「とりあえず本題を言ってくれ。私たちにも関係があるんだろう」

『ああ』

 呆れ気味な瑞葉さんの問いに、フューリーは肯定の意を示す。

『話の続きになるんだが、通話越しでの議論では限界があってね。そこで数奧主任を始めとした東京側の研究者たちと直接顔を合わせることになったのだよ』

「直接? それって、こっちに東京の研究者さんたちが来るってことですか?」

『逆だよフィーダ君。私が東京へ赴くのさ』

「はぁ!?」

 驚愕の声を上げたのは瑞葉さんだった。

 反応を控えただけで、この場にいる全員が少なからず驚いている。俺だってそうだ。

「いやいや、貴女が都市を出るのは色々不味いだろ。自分の身柄にどれだけの価値がかけられているのか理解しているのか?」

『無論だとも。何も一人で行こうなんて思ってないさ』

「……つまり、護衛任務ということですか」

『その通り。ノイン君は察しがいいね』

「ガーディアンから身辺警護に人員を割くということか。それで、誰を連れて行く」

『まず君は確定だな。あとノイン君にもお願いしたい。遠近隙の無い組み合わせだろ?』

 確かにうってつけかもしれない。

 ノインの視野の広さや警戒心の強さは信頼に値するものだ。万が一に刺客に接近されたとしても、圧倒的な近接戦闘能力を持つ久道さんが控えている。

 あとこれは俺の主観だけど、あの二人は護衛って役職がかなりハマってるような気がした。凄腕のSPって感じだ。

 黒スーツにサングラスの二人を想像してみる。うん、似合ってるなぁ。

「俺に異論はない。クラッツァはどうだ」

「小官も特には。無難な人選かと」

『あと出来れば、春近君とルナリア君にも来て欲しいね』

 へぇ、俺とルナリアもか。

 随分と沢山連れて行くんだな……って。

「え、俺!?」

「わ、私もですか?」

 唐突な指名に戸惑う俺たち。

 ルナリアも既に落ち着いていたのか、普通に困惑している。

『春近君は保険のようなものかな。仮に二人が突破されて私が害された場合、君がいれば即死じゃない限り何とかなる』

「そこの二人が突破される未来が思い浮かばないんだけどな」

『だから保険なのさ』

 まあ、フューリーの言い分は理にかなっている。

 マウス等を対象とした実験で、俺の時間遡行が持つ性質は概ね明らかになっていた。

 生きてさえいれば、どんな傷や病気だろうとそれが発症する前まで戻せる。欠損した部位すら再生可能だ。逆に死んでしまったらどうしようもなかった。この辺りの違いがどこにあるのかは、未だに答えが出ていない。

 だからこそ最も信頼のおける護衛を二人付け、俺自身は保険なのだろう。

『もちろん無理強いはしないが、都市の外に出る貴重な機会とも言っておこう。君が転移者である事実は向こうの知る所ではないし、その辺りは問題ない』

「……東京。日本、か」

 その国の名を口にすると、最近薄れつつある郷愁が首をもたげてきた。

 日本。生まれ育った故郷なのに、今となっては宇宙の果てよりも遠い場所だ。

 平行世界であるここにも国として存在していると知っていたし、現在では東京の都市のみが地下に逃れているという話も耳にしている。そこに元の世界での友人や知人がいたとしても、彼らは俺のことを知らない。

 同じ名前でも、全くの別物。

 だとしても、行ってみたい気持ちはあった。

 例え俺が一方的に知っているだけだとしても、かつての友人たちともう一度会えるかもしれないという誘惑を完全には断ち切れなかったんだ。

 我ながら、未練がましいにも程があるな……。

「わかった。俺も行く」

『引き受けてくれて助かるよ。これだけ備えておけば、滅多なことでは死なないだろう』

「あの、私は何のために?」

『ああ、ルナリア君についてはただの善意だ』

 尋ねてきたルナリアに対して、フューリーはからかうような口調で言う。

『何日も恋人と離れ離れでは寂しいと思ってね。私なりの気遣いさ』

「んな!」

『先ほど怒っていたのも、彼といい所だったのを邪魔されたからじゃないのかい?』

 相変わらず鋭いな。まるで覗いていたかのようだ。

 ルナリアも同じことを思ったらしい。

「なっ……まさか覗いてたんですか!?」

『失敬だな。私に他人の情事を出歯亀する趣味はないぞ』

「じょじょじょ、情事ぃ!? あれは雰囲気に流されたというか、そもそも未遂で――あ」

 あ、馬鹿。

 勢いで何を暴露してるんだこの子は。

 途中で気づいて口を綴んだようだが、時既に遅し。

 辺りは水を打ったように静まり返り、周囲からの視線が俺たちに……ていうか殆どが俺に突き刺さってくる。

 むしろ俺は襲われた側なんだけどな。ルナリアもそんな目で見ないでくれ。俺にはこの空気をどうすることもできない。

『……あー。もしかして本当に、その、最中だったとか? いやでも未遂とも言っていたような。ちょっとした冗談のつもりだったんだが……すまない』

「~っ!!」

 場を包むいたたまれない空気を察したのか、珍しく本気で申し訳なさそうなフューリーの謝罪。

 だがそれがかえって効いたのだろう。

 ルナリアは顔面を真っ赤に噴火させ、声にならない叫びを上げながら蹲った。

「成程、間が悪かったとはそう言うことでしたか」

「というかあの初心な反応……まさかとは思うが、あの二人はまだしてないのか?」

「キスもしてないみたいですよーわたしよりもチャンスはあるのに大変ですねー」

「何でお前はそんなに不貞腐れてんだよ……だがいくら何でも奥手過ぎじゃね? もう付き合い始めて一か月だろ」

「思い切りが足りないからこうなる。だからさっさと手籠めにしてしまえとあれほど」

 やめて! 本人たちがいる前でそういう話をするのはやめて!

 何だこの理不尽な羞恥プレイは。俺が一体何をしたって言うんだ。

 顔から発する熱でこの世の全てを焼き尽くせそうになった頃、救世主は現れる。

「そのくらいにしておけ。どのような交際をするかは友柄とカミカワ次第だ。外野の我々がとやかく言うことではないぞ」

「久道さん……!」

 やっぱり出来る男は違うぜ。

 こういう時に迎合せず、真っ当な意見を言える大人に俺もなりたいね。

「いやでも流石に遅すぎるっすよー。参考までに聞きたいんすけど、久道さんは室長と付き合い始めてからいつごろ?」

「…………それは」

 ラッドから聞かれた久道さんは、スッと真顔になってサッと目を逸らした。

 ん? 何か雲行きが怪しくなったな。

 そのまま黙り込んだ彼に代わって、フューリーが答える。

『付き合い始めた当日だったかな』

「久道さーん!?」

 あんた手が早過ぎないか!?

 それとも俺の感覚がおかしいのか?

 ていうか久道さん完全に巻き添え食った形だなこれ! 何かすんません。

「え、久道さんそれは流石にどうかと思うんですけど……軍人でもあるまいし」

「待てフィーダ。秀一殿の場合は恋人より以前の下積み期間が長い。それに告白した時の状況が状況だったから、そのまま衝動的に致してもやむなしだ」

「お嬢様。少々……いえ、だいぶフォローするポイントがずれているのでは?」

「いいんだグッドマン。あの時は俺もフューリーも若かった。今思えば、軽率で無責任な行為だったのかもしれん」

『いや今ここで本気の反省をされても困るんだが』

「やはり速攻こそが正義。いっそのこと病室で襲えばよかった」

「ノインは何でそんな過激派なんだよ……」

「つーかもう良いよ! 結局ルナリアを指名した理由は何だったんだ!?」

 これ以上誰も幸せにならない話題で盛り上がるのは止めだ!

 話を本筋へと戻すべく、俺はフューリーを問い詰める。

『あ、ああ。ルナリア君もある意味保険に近い。と言うのも、前回のような周期外れが来た際にルナリア君がいれば心強いと思ってね』

「東京で変異体との戦闘があるとすれば屋内戦になるからな。射線の自由度の高いカミカワは適任か」

『それに春近君とのコンビなら被害が出る前に事態の収束も可能だろう?』

「……そう言うことであれば、私も行きます」

 蹲ったままのルナリアから、か細い声が聞こえてきた。

 立ち上がってこないのは、まだ恥ずかしさから立ち直れていないからか。

 とにかくこれで、フューリーの護衛には俺とルナリア、ノイン、久道さんの四人が付いていくことになった。

 しかしそうなると、都市に残るガーディアンの数が半分になってしまう。防衛面に不安が残らないだろうか。

 俺が神妙な顔をしていると、思考を詠んだかのようにフューリーから答えが来た。

『都市の防衛については、ひとまず大丈夫だろう。一応、防衛戦はつい最近あったばかりだし、もし出張中に奴らが来たとしてもアレ(・・)がある』

「≪カレイドスコープ≫か。確かにあの性能ならば、通常の変異体相手なら私たちだけでも防衛は務まるな」

 瑞葉さんの言っている≪カレイドスコープ≫とは、前回の防衛戦から実戦投入された新しい次元兵器だ。これの開発のために、ルナリアもここ一か月はほぼフューリーに付きっ切りだった。

 都市の外壁上部に設置されたレーザー砲台で、基本性能はルナリアの≪サイレントルーラー≫と同じ。つまり、ミラーポイントによる弾道の操作が可能ということ。

 最大の違いは、ミラーポイントの設置やレーザーの威力調整と言った諸々の操作を全てAIによって制御している点にある。

 AIはルナリアの思考パターンを元に構築されており、人を避けて変異体だけを撃つという高度な演算も可能。更に砲台は≪サードアイ≫と常にリンクしており、敵の発見と攻撃との間に殆どタイムラグが無い。

 初の実戦投入ということもあって人口密度の最も多いA区とB区のみをカバーするに留まっているが、防衛戦で発揮した成果は凄まじかった。

 何と、変異体発生から一六年目にして初の死者〇人を記録したのだ。今後より精度が上がり、都市をぐるりと囲むように砲台が配置されれば、ガーディアンはレーザーで仕留められない特異個体が出現しない限り出番が来ないかもしれない。

 当初は功労者の名を取って≪カミカワシステム≫となる予定だったらしいが、ルナリアの必死な抵抗により現在の名前に落ち着いたようだ。

『もちろん、そちらで手に負えない事態になりそうなら遠慮なく連絡してくれ。よほど切羽詰まった状況でなければ秀一君たちを戻らせる』

「そうしてくれると助かる。私は構わないが、皆はどうだ?」

「異存はございません」

「わたしも問題ないですよー」

「ま、生活エリアを気にする必要がないならいいんじゃねえかな」

 居残り組の方も、戦力の半減に関しては特に大きな問題と捉えていないようだ。

 うーん、俺が心配性すぎるだけなのかな……久道さんたちも別段反対する気は無さそうだし。これと言って根拠があるわけでもない。

 うん、黙っておこう。こっちに来てひと月経ってるとは言え、未だに素人の域は出ていないと思ってるし。

 代わりに、これから必要になる情報を聞き出すとするか。

「それで、いつ出発するんだ?」

『今から一時間後だね』

「急な話だなおい!? だったら今すぐ戻って用意しなきゃいけないじゃねえか!」

『是非そうしてくれたまえ』

「悪びれないね本当に!!」

『そういう訳で、一時間後にゲートがある一番倉庫に集合だ。向こうには最低でも三日は滞在する予定だから、そのつもりで』

 フューリーはいつものように言うだけ言うと、こっちから文句を言う間もなくオープンチャンネルから姿を消した。

「ええっと、今から宿舎に戻って、宿泊用に荷物まとめて、シアに連絡入れて……ああもう面倒くせえ! 全部一時間でやれってか!?」

「やれやれ、あの人は相変わらず無茶を言う……シアは私の家で預かっておこうか? 一人で宿舎に残していくのも不安だろう」

 瑞葉さんの申し出は素直にありがたい。宿舎のセキュリティーは下手な高級マンションより厳重だが、それはそれとして可愛い妹を一人残していくには不安が残る。フィーダも同じ宿舎に住んでいるが、あいつの生活能力はもはやシア以下だ。信用ならん。

 ここはベイカー邸のお世話になるのが安牌だろう。

「すみません、お願いしてもいいですか?」

「構わないとも。むしろずっとウチで面倒を見てもいいんだぞ?」

「ハハッ、寝言は寝てから言ってください」

「……春近はシアのことになるとやたら攻撃的になるな」

「こいつシスコンっすから。それも筋金入りの」

「は? これくらい普通だろ。あ、ラッドお前。俺がいない間にシアに手出したら千回殺すからな」

「そういうところだぞ。ていうかハルチカが言うと洒落にならねえ……」

 ラッドが顔を引きつらせているが、ただひたすら不可解だ。

 世間一般の兄は妹に対して、これくらいの感情は抱くものなのでは?

 うーん、わからん。

 とにかく今は、さっさと帰って旅支度をしよう。

 去り際にルナリアへ声をかけようと思ったが、少し迷った末に断念した。

 あんなことがあった後じゃ、向こうも話しかけられたって困るだろうし……つーか俺もどう声をかけたもんかわからんし。

 東京での滞在中に、有耶無耶になるのを待つしかない、か。


 ◇


「では、詳細の報告を」

「……はい」

 ルナリアは自宅にて、出張の準備もそっちのけに正座をさせられていた。目の前で仁王立ちするノインに「後で手伝うから」と、有無を言わさぬ態度で。

 ここでいう詳細とは、先ほど宿舎にてルナリアが春近を襲った一件――個人的には猛烈に否定したいが客観的にはそうとしか言えない――についてだろう。

 結論から言えば、フューリーとの会話で口を滑らせたことが全てだ。未遂である。しかし過程において、口に出すのも恥ずかしいイベントがあったのも事実。

 黙秘権を行使したいところだが、ノインがそれを許すわけがない。

 結局プレッシャーに負けたルナリアは、細かい描写は省きつつも一部始終を喋らされることになった。

「ふむ、ふむ」

 全てを聞き終えたノインは何度か頷くと、グッと親指を立ててくる。

「ヘタレのルナにしてはよくやった」

「ここまでさせておいてヘタレ呼ばわりは酷くない!? そもそも、あんなタイミングで邪魔さえ入って来なければ!」

「敢闘精神は認める。過程における努力も然り。ただし、ルナにはまだ速さが足りない」

「速さって……す、するにしたって、その、ムードとか大事だと思うし」

「明日をも知れぬ軍人が多くを求めるのは贅沢。出会ったその日に同衾は基本」

「私軍人じゃないもん! そういうノインはどうなのよ!?」

 苦し紛れの言葉を、ノインは「何言ってんだこいつ」と言いたげな顔で一刀両断した。

「小官に手を出したら犯罪だから」

「くっ、反論できない……!」

 冷静に考えて、まだ一四歳の少女と比較することの何と滑稽なことか。

 最初からこの戦いに勝ち目なんて無かったのだ。

「はぁ、どうすればいいんだろ。さっきも春近は何も言わずに帰っちゃったし、あれ絶対私のこと避けてたよね」

「あれはハルチカなりに気を遣っていたと思われる。去り際に若干迷いがあった」

「そ、そうかな?」

「東京におけるフューリー女史の護衛は主に隊長と小官の役目。こちらのことはあまり気にせず、ルナはアプローチを継続するべし」

「……うん」

 ノインの指示に曖昧に頷きつつも、ルナリアは別のことを考えていた。

 フューリーの口から〝東京〟という単語が出てきた時の、春近の表情を思い出す。

 そこにあったのは強い迷いと。

 僅かに混じった、淡い期待。

 二度と帰れない故郷と同じ名前をした地に、彼はどんな想いを抱いているのか。

 今はただ、この出張が春近にとってプラスになることを願うことしか出来なかった。

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