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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
68/104

Chapter01-2

「えぇ! まだキスもしてないの!?」

「ちょっと、声が大きいわよ!!」

「……どっちもどっち」

「ですねぇ」


 その日の昼前、管理局のラウンジは普段より姦しかった。

 テーブルを囲んでいるのは、世が世なら青春真っ盛りな時期であろうティーンエイジャーの少女たち。

 都市の行政と防衛を担う施設で繰り広げられるには場違いな光景に思えるが、彼女らは一人を除けば立派な管理局の職員である。

 中でも一際声の大きい二人は、いずれもとある少年と関係の深い人物だった。

「だって、もう一か月も経ってるんだよ? その辺のカップルだったらもうキスの一つや二つ普通にしてるって」

「そんなこと言われたって、私も春近も最近忙しかったし……」

 春近の義妹であるシア・フリーゼ改め友柄シアに指摘され、春近のガールフレンドであるルナリア・カミカワは苦し紛れに返す。

 若干声量を落としつつ続いている言い合いだが、どちらが優勢かは誰が見ても明らかだろう。

 特にルナリアとの付き合いが長いノイン・クラッツァは、親友が圧倒的劣勢に立たされていることを正確に見抜いていた。共に顛末を見守っている久道エリカも同様である。

 もっとも、助け舟を出す気は毛頭ない。

 悩みが贅沢過ぎる。気分的には、リア充爆発しろと言ったところだ。

「今は防衛戦が終わって間もないんだから、お義姉ちゃんはもっと積極的にならないと」

「お義姉ちゃん!? シ、シアったら気が早いわよもう!」

「だって家庭を築きたいって告白されたんでしょ? もうそれプロポーズだよ」

 さも当然のように兄の告白の文言を語るシア。

 きっと無理矢理喋らされたんだろうなぁと、ノインはいかにも身内からの押しに弱そうな少年に軽く同情した。

 あの戦いの直後、一時期死んだような表情をしていたのと関係があるのかもしれない。

「ところでノインちゃん」

「何」

「どうしてフィーダさんはさっきから静かなの?」

「ギクッ」

 エリカからの純粋な疑問を受け、同席していながら今まで沈黙を貫いていたフィーダ・レティエがびくりと体を震わせた。

 普段ならラッドと併せて一番の賑やかしである彼女が、何故だか今回に限って静かだ。

 一応ノインは理由を知っている。

 だが、本人の口から語られないことを自分が話してもいいのかどうか。

 言うなと主張するフィーダの目を見て、考える。

「……」

「……」

「……EU所属時代にひと騒動あった」

「ちょお!? 何で普通に話そうとぶへぇ!?」

 別にそこまで気を使う必要もないかと考え直し、ノインはあっさり口を割った。

 喚きたてるフィーダを鋭い手刀で沈めてから、エリカに言って聞かせる。

「フィーダ・レティエは異性に結構モテた。同じ隊の隊員には本性がバレてたけど」

「童顔で可愛いですもんね。胸も大きいし」

「ある日、別の隊の男性隊員に告白された。フィーダ・レティエはそれを了承した」

「へぇ、フィーダさんって彼氏がいたんですね」

「同日発令された討伐作戦で、その男性隊員は戦死した」

「ふむふむ戦死……戦死!?」

「しばらくして、別の男性隊員が告白した。フィーダ・レティエはそれを了承した」

「あ、何となくオチが読めました」

 エリカはノインが言わんとしていることを察してしまった。

 この流れからすると、次のノインの言葉は。

「同日発令された討伐作戦で、その男性隊員は戦死した」

「やっぱり……」

「以来、EUではフィーダ・レティエに告白すると死ぬというジンクスが生まれ――」

「うえーん! そうですよどうせわたしは死神レティエですよぉ!」

 結局ノインによって全部バラされてしまったフィーダは、百パーセントヤケクソ気味に叫び出した。

 その目じりには、薄っすら涙が光っている。

「男性関係? チューどころか手も繋いだこともないです! そんなわたしがここにいたところで何を喋ればいいんですか!? こっちでも特に出会いは無いし、年下のルナ先輩に先を越されちゃったし……あははははっ人生灰色お先真っ暗だぁー! うわーん!!」

「触れてはいけない話題だったみたいですね……軽率でした」

「どうせいつかはバレること」

 この世の終わりのように泣き崩れる同僚に、ノインの対応はどこまでもドライだった。

 更にその矛先は、突然の騒ぎにこちらへ意識を注いだルナリアにも向く。

「ルナも油断しているとこうなる」

「うっ」

「小官たちのような戦闘職は明日をも知れぬ身。いつ今生の別れが来るかわからない」

「うぅっ」

 自分よりも遥かに長く視線を潜ってきた少女のシビアな追及は躱すこともできず、ルナリアは大きくたじろいだ。

 そこへ止めとばかりに、ノインは呆れをハッキリ顔で表して言い放つ。

「進展がなさすぎて、いい加減見ていてもどかしい。これなら七歳児の方がもっとマシな恋愛をしている」

「うっ……うわぁぁぁぁあああああ!?」

 容赦のない言葉の弾丸に撃ち抜かれたルナリアは、フィーダと同じようにその場で力なく崩れ落ちた。

 先程の賑やかさから打って変わって、ラウンジはお通夜のようなムードに支配されていく。心なしか、通りかかる職員の反応も腫れ物を触るようなそれだった。

「ノ、ノインさんシアよりむごい」

「ルナは頭が固いからハッキリ言わないとわからない」

「まあ、ルナリアさんはそういうところありますよね……でも、実際どうすればいいんでしょうか」

「そんなの簡単」

 自明だとばかりに、ノインは淡々と告げる。


「今からハルチカの家に押しかけて、押し倒す」

「ブッフォ!?」

「あ、息を吹き返しましたね」


 衝撃的過ぎる発言に、ルナリアは盛大に噴き出した。

「お、おおお、押し倒すって、あなたねぇ……!」

「ここに至って中途半端はむしろ悪手。やるなら最後までとことん」

「なるほど。じゃあシアは今日エリカちゃんの家に泊まるから、お義姉ちゃんはお兄ちゃんとごゆっくりね!」

「シアは何でそんな乗り気なのよ!? エリカだって急に言われても――」

「全然大丈夫ですよ?」

「取り付く島もない!」

「あぁ……ルナ先輩がわたしより先に大人の階段を上っていく……」

 この場において、ルナリアの味方は遂に誰一人いなくなった。

 そもそもの話、最初から味方なんていなかったのかもしれない。不干渉を決め込んでいたフィーダがいるにはいるが、彼女はもう駄目だろう。エリカは完全に中立である。

 結局、年下の少女二人からの圧力に屈したルナリアは、春近が暮らす寮舎へ押しかけることを余儀なくされた。


 ◇


 ルナリア自身、思う所が無かったわけではない。

 春近があまりグイグイくるようなタイプじゃなかったこともあるが、それ以上に自分からのアプローチが慎重すぎた自覚はあった。

 最愛の家族を理不尽に奪われた過去。三年前のトラウマを無理やり抑えつけるのではなく、正面から受け止められるようになって久しい。それも春近の支えがあってこそだ。

 とは言え、まだ完全に傷が癒えたとは言えない。今でも思い出すたびに胸を刺すような痛みが走り、心の片隅には恐れが残っているのだろう。

 かけがえのない存在となるほどに、失った時の悲しみや苦しみは大きくなる。ノインが言っていた通り、変異体との戦闘を生業とする自分たちは普通の人間よりも死に近い存在だ。

 故に、彼との距離を縮め過ぎることを躊躇っていたのかもしれない。

 だが、それでも。

 ルナリアはもう、自分の気持ちに嘘を吐くことが出来なかった。

 例え一月の間ろくに進展が無かろうと、春近のことが好きでたまらない。むしろ行動を抑えていた分、募る想いは一層強くルナリアの心を締め付ける。

 まんまとノインたちの口車に乗ってしまったのも、どこかでそうすることを望んでいたからだと言われれば納得してしまいそうだ。

 ただ、当初は春近を押し倒そうなんて考えもしていなかった。

 家庭を訪問したのも彼が普段どのような空間で暮らしているのかは単純に興味があったからだし、そこから自然な流れで気持ち強めに積極性を出してみようと思っていたのだ。

 具体的には、手を繋いでみたり、軽く抱き着いてみたり。

 あわよくば軽めのキスくらい出来れば、一応シアに対して面目は立つだろうと。


 ……なのに。

 気づけば、ルナリアは本当に春近を押し倒していた。

 ――どうしてこうなった。

 沸騰しかけた思考の中に一瞬だけ過った疑問は、即座にどうでもいいと断ち切られる。

 切っ掛けなんて、ここに至って些細なことだ。

 それが露呈した経緯があまりにも馬鹿馬鹿しく間の抜けたものであっても、関係ない。

 彼が自分と同じように、自分を想っていたという事実それだけで。

 知らぬうちに壊れかけていた心のタガが砕け散るには、十分すぎた。

「春近……」

 その名前を口にするだけで、心臓が大きく跳ねる。

 きっと胸に押し付けている手から、全て伝わってしまうのだろう。この胸の鼓動も、上がり続ける熱も。既に隠す気はなく、さらけ出すことへの躊躇もなかったが。

 触れ合う肌や交わる視線。一挙手一投足を通じて、少年の動揺と焦り、そして昂りが手に取るようにわかった。

 申し訳なく思う気持ちが湧くたびに、その罪悪感を圧倒的な愛おしさが塗りつぶす。

 春近の全てを感じたい。

 春近に全てを感じて欲しい。

 もはや明確な拒絶を受けない限り、この衝動が収まることはないだろうと確信した。

「春近……」

 うわ言のように名前を唱えながら、ルナリアは倒れ込むように春近との物理的な距離を縮めていった。

 身体が密着している度合いに比例して、全身を支配している甘い疼きが強まっていく。彼の呼吸や震えがダイレクトに脳を揺さぶり、急速に思考能力が奪われていく。

 もう、何も考えられない。

 下腹部を襲う切なさを埋める以外のことは、何もかも。

 霧がかかったようにぼやけた視界の中、唯一ハッキリと見える彼の表情に向かって、本能が赴くまま。

 ルナリアは突き動かされるがままに、距離を零に――


『緊急招集発令。都市常駐のガーディアンは直ちに集合せよ』



「――ハッ!?」

 耳障りな警告音と、視界に広がるアラートウィンドウが俺を正気に戻した。

 これは迎撃戦の緊急召集か? いや、それよりも……。

 眼前には、文字通りの目と鼻の先の距離にルナリアの顔がある。

 しかしその表情は先程までの陶然としたそれではなく、我に返ったような、夢から覚めたような硬直したそれだった。

 アラートが直接脳内に鳴り響く状況にもかかわらず、俺たちの間に空前絶後の気まずい沈黙が漂っていた。

 さて、どちらから口を開くべきか……いや。

 ここは悩むべき場面ではないな。

 正直言って何がどうなってこうなったのかは未だに理解できていないが、少なくともルナリアが一生懸命だったのはわかった。

 そしてそれが今、盛大な空振りに終わったということも。

 ならばこそ、ここは彼氏である俺が上手くまとめるしかない。

 彼女が恥をかかないよう、出来るだけ軽い感じで。

 さあ、勇気を出して言うんだ――!

「そ、そのー、何だ? 相変わらずTPOを弁えないよな変異体って! 全く、時間止めたり炎吐いたり出来るんなら空気くらい読めって話だよな!?」

「……」

 スッと、ルナリアの表情が消えた。

 あ、これ駄目な奴だ。でも俺は頑張った。悔いはない。

「……ん?」

 今度こそ死んだかなと思い覚悟を決めた俺だったが、ルナリアは黙ったまま俺から退くと、そのまま粛々と脱ぎ散らかした服を着直した。

 そしてそのまま、一切口を開かず寝室から出て行く。それも結構な駆け足で。

 俺は呆然とそれを見送っていたが、しばらくして気づいた。

「あ、そうか出撃か」

 いかなる状況と言えども、呼び出しがかかったということは都市に変異体が迫っているということ。安全のためには速やかに撃退しなければならない。

 流石は歴戦のガーディアン。俺とは根本的に意識が違う。

「って、俺も行かねえと!」

 関心している場合じゃなかった。

 俺も素早く装備を確認して、ルナリアの後を追う。

 幸いと言うべきか、管理局での朝練の後だったから装備一式は身に着けていたので出発に時間はかからなかった。

「……」

「……うぅ」

 ただルナリアに追いついたはいいものの、現場に着くまで終始無言である彼女との並走は非常に胃に悪かった。

 悪いことは何もしていないのに……いやエロ本は隠してたけど、ここまで辛い思いをするほどの罪ではないはずだ。

 なので外壁の外で他のメンバーと合流した時は、心の底からホッとしてしまった。

「友柄たちが最後か。珍しいことも――どうした」

 こちらへ顔を向けた久道さんが、あからさまにギョッとしていた。

 それもそうだろう。

 何しろ戦う前から満身創痍な俺の隣に、能面のような表情を張り付けたルナリアが立っているのだから。

「……何でもありません」

「……そ、そうか」

 いや絶対何でもあるだろうと言いたげな久道さんだったが、ぐっと疑問を飲み込んでそれだけ言った。

 流石は都市最強の男。英断である。

 他のメンバーも何か言いたげにしてはいたものの、触れるべきではないと今のやり取りで察したようだ。

 優秀な人材ばかりで、都市の未来は明るいな。俺の明日はどっちだ。

「まあいい。全員集まったところで、今回の作戦要項を――」

「どこですか」

「――何だって?」

「敵は、どこですか」

「……」

 感情の失せた声でルナリアに尋ねられた久道さんが、無言で俺の方を見てくる。

 目が語っている。「お前何かしたのか」と。

 違うんです。何もしてないんです本当に。

「……わかりました」

 沈黙を拒否とみなしたのか、ルナリアが小さく俯く。

 一瞬早まった行動をするかと思って冷や冷やしたが、引き下がるようだ。

 と、そんな風に安心したのもつかの間だった。

連結開始(リンク・オン)

「ちょっ!?」

 唐突に≪サイレントルーラー≫を展開しだしたルナリアに、場が騒然となった。

 周りが面食らっているのもお構いなしに、ルナリアは≪タグストレージ≫から再構成されたライフル型の光学兵器を構える。

「≪サードアイ≫TE-07へ接続……観測情報取得。標的補足、乱数挙動エミュレート仮想空間から現実空間へ投影ミラーポイント配置次元エネルギー充填開始――」

「お、おま、まさか――」

 矢継ぎ早に紡がれるワードの数々に、俺はこれから起きることを予感した。

 ルナリアは、周囲からの干渉を一切受ける間もなく。


「充填完了っ……くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええ!!」


 空へ向けられた≪サイレントルーラー≫の先端から、巨大なレーザーが放たれた。

 本来直進しかしないはずの光線は空間上に配置されたミラーポイントを経由し、直角に軌道を曲げて地平線目がけて飛翔していく。

 そして、遥か遠くで閃光が数度瞬き。

 風に乗って、微かに何かの断末魔のようなものが聞こえたような気がした。

「……領域内の敵性存在、ロスト」

「うっそだろお前!?」

 照準器を覗いていたノインがポツリと呟き、ラッドが信じられないものを見るような目をルナリアに向けた。

 当の本人は複雑な演算をしたからか、それとも思い切り叫んだからか。まるで全力疾走の直後みたく肩で息をしている。

 ≪サイレントルーラー≫による、指定した範囲内への掃討射撃。

 一か月前のエリアを丸ごと覆ったあれと比べれば規模の小さいものではあったが、視界外の変異体の群れを今の一瞬で殲滅してしまった火力には驚きしかない。

 だが、そんなことよりも。

「ル、ルナ先輩が恐い」

「射撃の瞬間、般若のような顔をしていたな……」

 とんでもないスタンドプレーで迎撃戦を終わらせてしまったルナリアに、周囲はドン引きだった。

 一体何が彼女をここまでさせたのか。

 全員が気になっているようだが、誰も怒り狂ってる本人には話しかけようとしない。

 そうなると、当然疑問が来るのは。

「友柄様、ルナリア様はどうしてしまったのですか?」

「たぶん、間が悪かったんじゃないですかね……」

 控えめに問いかけてくるミハイルさんに対して、俺はそう答えるしかなかった。

 俺自身、まだちゃんと事態を把握しているわけではないのでね……。

大人の都合で、大人なシーンは阻止されました。

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