Chapter01-1 フューリーへの招待状
大変お久しぶりです(いつもの)
俺がこの都市――アクシスに来てから、既に一月近く経とうとしている。
ここでは、本当に色々なことがあった。
学校へ行く途中でいつの間にか見知らぬ場所に来ていたかと思えば、突然異形の化物に襲われかけ。フューリー室長からは自分が平行世界から渡ってきた人間で、元の世界には帰れないと告げられ。ガーディアンとしての最初の仕事で、変異体と化した両親と対峙して。
……何だか、こうやって思い返すと始終散々な目に遭ってるな俺。
本気で神様とやらに嫌われてるんじゃないだろうか。そうでなけりゃ、前世で相当な悪行を積んでたに違いない。
まあ、それは冗談として。
この世界に苦しいことや悲しいことは多々あれど、一つもいいことがなかったと言うつもりはこれっぽっちもない。
最初に話をしたフューリー室長を始めとした、都市を守るガーディアンの仲間たちと知り合えたのはその最たるだと思っている。
失ってしまった人間関係と同じくらいに、ここで得た関わりは俺にとってかけがえのないものだ。今までの苦難も、彼らが一緒にいたからこそ乗り越えられた。
その中でも、二人の少女。
シアとルナリアは、俺にとって特別な存在だ。
シアは俺がこの都市で最初に出会った少女であり、紆余曲折あって今は義理の妹である。
血こそ繋がってはいないがれっきとした家族だし、実際シアは目に入れても痛くないくらい可愛いい。
兄馬鹿だって? 言いたけりゃ何とでも言え。
一緒に暮らし始めた時こそ、卵をレンチンして機械ごと爆破したり、円盤型の掃除ロボットに小指を轢かれて悶絶したりと未来都市の住人らしからぬ振る舞いを見せていたが、最近ではすっかり家事が板についてきている。
苦手としていた料理も日々レパートリーが増えていっているし、将来あの子を嫁に貰う男は幸せ者だな。
絶対にやらないけどな!
フューリー室長と久道さんの娘であるエリカとの友人関係もつつがなく続いており、研究室関係の仕事が無い時はよく彼女の自宅――というか、彼女が世話になっているベイカー邸へと遊びに行っている。
少なくとも俺の目に見えている範囲において、シアは充実した毎日を送っていると思う。
亡くなった彼女の両親に顔向けできるよう、これからもシアが幸せに過ごせるよう俺も努力しなければ。
そんで、ルナリアは俺の……その。
恋人ってことになるのかな? へへっ。
告白してOK貰ったし、一応そうなんだろう。当時の状況も変異体が通常の周期を外れて出現した中、トラウマで身動きが取れなくなったルナリアを励ましていた最中という、かなりギリギリの状態だったんだけど。俺もあの時は、時間を止めてた反動で頭痛が痛くてヤバかった。
一七年弱もの間、女の陰すらなかったというのに出会って一週間と少ししか経ってない女子に告るとか、冷静に考えてみれば我ながら大胆になったもんだ。何度か死線を潜らされたせいで感覚が麻痺ってたのかも。
ともあれミハイルさんの言った通り、やっぱ自分から向かってくのが大事なんだよ。元の世界で彼女が出来ないと嘆いてた元同志たちに、積極性の重要さを説きたいね。
そしてあわよくば俺の彼女を自慢したい!
……不可能なんだけどな。
あくまでもこの世界……というか、この世界の法則は俺に厳しく出来ているらしい。
まあできないことでクヨクヨ悩んだってしょうがないさ。帰れないなら帰れないで、俺は俺なりに、精一杯生き抜こう。
そう前向きに決心して、早一か月。
俺は現在、自宅の寝室で正座させられていた。
――どうしてこうなった。
いや、原因は分かっている。
確かこの都市に来て三日目くらいだったか。
今でこそすっかり慣れ親しみつつあるが、当時の俺は絵に描いたような未来都市での生活に胸を躍らせる毎日だった。訓練や検査等が一通り終わって時間が出来た折には、暇な人を捕まえて初日に見切れなかった場所を案内してもらったりしていた。
ある時、俺はラッドにとある店へと連れて行かれたのだ。数多くの店が揃ったB区ではなくA区の奥まった所。悪く言えば若干寂れた場所にそれは店舗を構えていた。
一言で言ってしまえば、本屋だった。
メディアの殆どがデジタル化し、ネットワークからダウンロード可能なこの世界において、実際の店として存在している本屋は非常に珍しい。絶滅危惧種と言っても過言ではないらしい。
とは言え、結局売ってるのはデータが入ったチップなんだけどな。
こういった形で提供される書籍は、結構ワケアリが多かったりする。全てがそうとは言わないが大抵の場合、公共のネット―ワークには流せない内容のものばかりだ。
何故そんなものを売るのかと言われたら、需要があるからと言う他ない。
現に俺とラッドは、それを目的に如何にも怪しげな店へと足を運んだのだから。
右も左もわかってない時期にエロ本買うなんて余裕だなだって?
仕方ないだろ気になったんだから! 俺だって男なんだから!
元いた世界だと妙にチキってたせいで買えなかったけどさ。下手すれば俺が枯れた爺さんになってる頃でも実現できないような技術がつぎ込まれたエロ本なんて、もう買うしかないじゃん。勇気を出して一歩踏み出すしかねえじゃん。
『いいかハルチカよ。エログラはな……男の嗜みなんだよ』
同志ラッドの格言(?)が脳裏でリフレインする。
ちなみに、エログラはエログラフィックの略称である。エロ本って言葉が衰退していたことに、ひそやかなショックを受けたことは内緒だ――って今はそんなことどうでもいいんだよ!
目下問題なのは、それがこうしてルナリアに見つかっちまったことだ。
そもそもどうして彼女がここにいるのかと言うと、いつも通り管理局の食堂で昼飯を食べていた最中、突然「今日あなたの家に行くから」と言われたからだ。
理由の説明は終ぞなかったものの、断る理由もなかったので普通に招き入れたけどな。別にやましいことなんてないし……いやあったけど隠してたし!
じゃあ何で見つかったのかって?
そんなのこっちが聞きたいわ!
もしかしたら、シアがこの部屋を掃除した時に拾って、目につきやすい場所へ置いたのかもしれない。一応ベッドの裏にテープで留めてたんだけど、粘着力が落ちて落っこちたのかな。
何て酷いことをと思わなくもないが、中身さえ見なきゃただのデータチップなんだし。シアを責めるのは酷か……ていうか俺が全面的に悪いんだよな。
過ぎたことを気にするのは詮無いことだ。
今考えるべきなのは、彼女の――ルナリアの怒りをどうやって鎮めるか。
しかし妙案は浮かばない。
こちとらエロ本なんて見つかったことも無ければ、まず前の世界で彼女なんていなかった。普段からつるんでた友人らも似たようなもんだし、参考になる話なんぞ聞ける訳もなく。
俺に出来たのは、ただ黙ってルナリアの糾弾を受け続けることだけだった。
「……そう、あくまで白を切るのね」
いつまでも黙り込む俺に業を煮やしたのか、ルナリアはふと俺から視線を外す。
一体何を見て……っておいおいおい!
手元にあるチップをジッと眺めてどうするつもりだ!?
問いかけるまでもなく、彼女は答えた。
「だったら精々言い訳を考えておきなさい。私、これの中身見ながら待ってるから」
「待て! 待ってく――ぐぉぉおお!?」
ルナリアが放った悪魔の如き発言に状況すら忘れて立ち上がろうとしたが、長時間の正座は俺の機動力を殺すのに十分すぎる効果を発揮した。
強烈な脚の痺れに悶えている間も、ルナリアは粛々とデータの展開作業を進めている。
不味い。非常に不味い。
もし今データを開かれたら、出てくるのは確実にあの場面だ。
親兄弟ならともかく、よりによってルナリアにあれを見られたら恥ずかしすぎて死ぬ可能性がある。ていうか死ぬ!
だが阻止しようにも絶妙な間合いを保たれ、這って近づいたところで到底追いつけない。
あれ、詰んでね?
「パスワードは……どうせ誕生日でしょ」
最後の関門である四ケタの数字も一種で見破られた。
畜生、この前聞かれた時に教えなきゃよかった!
俺が陸に打ち上げられた魚のようにもがいている間に、ルナリアはデータの閲覧に成功してしまったようだ。
はい、終わり申した。
「…………これって」
目を見開き、言葉を失った様子のルナリア。
俺には見えていないが、彼女にはきっと見えているのだろう。
際どい水着でセクシーなポーズを取っている、金髪の女の子の立体映像が。
……本っ当に馬鹿だな俺は。
どんだけ早い段階から意識してたって話だよ。こんなんあからさますぎて、誰が見たって明らかじゃねえか。
グラビア全集自体はラッドに初心者向けと勧められたものだが、あのページで手を止めてしまったのは完全に俺の落ち度だ。結局変な罪悪感に駆られて、未使用のまま封印してしまったし。
あー、ファイルの閲覧履歴からいつの時点で見てたのかもバレてんだろうなぁ……こんなことになるならあの時に処分しておくべきだったぜ。
「春近」
「あぁ、もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
俺は未だ本調子じゃない脚でよろよろと立ち上がりながら、全てを受け入れる覚悟を決めた。
ていうか、もういっそのこと殺してくれません?
「……そうね。じゃあ、好きにさせてもらうわ」
先までの激昂した状態から一転し、至って静かな声で言いながら、ルナリアがこちらへと近づいてくる。俯き気味なせいで、身長差も相まって表情が伺えない。
そして無言で目の前まで寄ってきたルナリアは、徐に両手を前へと突き出した。
丁度、俺を突き飛ばす様に。
「うぉっ――お?」
床に張り倒して殺す気かと一瞬思ったが、全身を迎えたのは思いの外柔らかい感触だった。背後がベッドであったことに気づかないくらい、周りが見えていなかったようだ。
目を白黒させていると、体にズシリとした重みがかかる。何事かと半身を起こすと、ちょうど腰の辺りへ跨るように決然とした表情のルナリアがマウントを取ってきていた。
まさか、このままボコボコに殴るつもりか?
そんな俺の予想は、次に取ったルナリアの行動により微塵に砕かれた。
何と――服を脱ぎ始めたのだ。
「ちょ、は? えぇ!?」
「……」
ひたすら困惑する俺を尻目にルナリアは黙々とトップスを脱ぎ捨て、インナーにも手をかける。そして少しだけ逡巡してみせた後、こちらも一息に脱ぎ去った。あっという間に、ブラ一枚だけの上半身が眼前に晒される。何とも男らしい脱ぎっぷりって違うそうじゃない。
何なんだこれは。一体何が起こっているんだ!
俺はこれからルナリアに殺されるんじゃなかったのか!?
処理限界を超える現実に脳が悲鳴を上げる中でも、現金なことに俺の目は彼女の肢体へと釘付けになっていた。
装飾の少ない水色系の下着はルナリアらしく清楚な印象でありながら、微かに朱が差した白い肌と合わさることで健康的な色気すら感じさせる。
視線が這うのを感じたのか、ルナリアは僅かに身をよじる。その顔は真っ赤に火照っていて、彼女の熱っぽい眼差しが真っすぐに俺を射抜いた。
――ヤバい。
具体的なコメントは控えさせてもらうが、とにかく色々とヤバい。このまま乗っかられてると大変なことになる自信がある!
何か言わねばと口を開くが、喉がカラカラで上手く声が出せない。部屋は空調が利いてるはずなのに、何故か汗が止まらない。
それでも何とか声を発しようとした矢先だった。
「……いいの?」
「へ?」
絶妙なタイミングで来た問い。しかも前半の方がよく聞こえず、俺は間の抜けた声で問い返す。
するとルナリアは羞恥からか「うぅ」と小さく呻いて、それでも今度はハッキリした声で言い直してくれた。
「見るだけで、いいの?」
「――」
何を言っているんだこの子は。
絶句した俺の心情を読み取ってか、ルナリアは一層顔を赤に染めながらヤケクソ気味に。
「触ったりしなくていいの? 私はあんな立体映像と違って、ここにいるのよ」
「え、あぁ、そういう」
つまり、触れと言うことなのか。
それにあんな立体映像って……まさか、自分にそっくりなグラビア女優に対抗心を燃やしたとか?
尋ねてみたいが、俺の直感は「やめとけやめとけ!」と盛大に警鐘を鳴らしている。これは恐らく核地雷の類だ。踏み抜けば今度こそ終わり。
よって余計な疑問など抱かず、ルナリアに触るのが無難だと言えよう。
「あのぉ、触ると言ってもどこを触れば?」
「そんなの、好きにしなさいよ」
「あ、そっすか……じゃあし、失礼して」
最適解を探ろうとするも素っ気なく答えられたので、俺は迷いつつ手を伸ばす。
途中、彼女の綺麗な肌を汚してしまいそうな気がして動きを止める。
本当にいいのかと確かめるようにルナリアへ目を向けると、躊躇いがちに頷く。
これ以上は、逆に恥をかかせてしまう。
そう思い至った俺は覚悟を決めて一気に手を伸ばし、それを掴み取った。
「おぉ……」
柔らかく、手に吸い付くような感触。何だろう、この他の物に例えようがない感じは。
これが、女子の……って気持ち悪いわ。アホか。
自分で自分にツッコミを入れつつも、無意識のまま俺は堪能していた。
ルナリアの――二の腕を。
「……何で二の腕?」
「えーっと、胸と二の腕は同じ柔らかさだって噂があってですね」
何故だか冷たさを感じるルナリアの問いかけに、俺は若干しどろもどろになりながら答えた。
ヘタレと笑いたければ笑うがいい。
だが、これこそ俺が見出した活路。下手な欲をかいてルナリアを傷つけることを避け、尚且つ知的好奇心を満たすファインプレー。
ま、女子の胸なんか触ったことないから比較なんか出来ないけどな。HAHAHA!
俺は心の中で高笑いを上げながら二の腕をもみもみしていたのだが、次の瞬間ルナリアの両手が俺の右手を掴み取り――
「……っ」
「HAァ!?」
そのまま思い切り、彼女自身の胸へと押し当てた。
しかも機械的に手を動かしていたせいで、俺はそのままルナリアの胸を揉みしだいてしまったのだ。
「ん、ぁっ」
「――――」
ふーむ。成程。
どうやらあの噂は嘘だったらしい。全く、つまらないガセネタで少年たちの純真な心を惑わすなど許せん。いつか誅殺してくれる。
……って、現実逃避してる場合かあああああああああああ!!
やってしまった。遂に超えてはいけない一線を越えてしまった気がする。
二の腕とは比較するのもおこがましい感触が。そして手を動かした直後の、ルナリアの切なげな声や表情が、頭に焼き付いて離れない。
慌てて手を離そうとしたが、ルナリアは逆に俺の手を掴んだまま離さなかった。それほど強い力ではないはずなのに、何故か抵抗できなくなってしまう。
どうしてこうなった……何がどうしてこんな――あ。
混乱の極みにある中で、俺は気付いてしまった。
ルナリアが先ほどから、チラチラと下の方に視線をやりながら居心地が悪そうにしているのを。
彼女が跨っているのは、ちょうど俺の腰辺りな訳で。
そこには……まあ、付いている訳で……うん。大変なことになってしまっていた。
だって仕方ないじゃん! 俺だって男なんだから! これはむしろ正常な生理的反応であって、今まで耐えてきた俺の自制心こそが褒めたたえられるべきであってだな!?
誰にしているのかもわからない言い訳をしていると、不意にルナリアと目が合う。
熱っぽく潤んだ瞳。上気した肌。荒い呼吸に合わせて上下する肩。目に映る全てが蠱惑的で、抗いようのない魅力に思わず唾を飲む。
時の流れすら忘れ、俺たちはただ見つめ合っていた。俺はもはや声を発することすらままならず、ルアリアが何かを言うのを待つことしか出来ないでいた。
――そして。
ルナリアは、今まで聞いたこともないような艶っぽい声で。
「触るだけで……いいの……?」
「――――――」
どうすりゃいいんだよ俺はあああああああああああああああ――!?




