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次元都市アクシス  作者: 七夜
03 天蓋都市・東京
65/104

部隊記録:D01__20140607-2

「……静かだな」

 調査の開始から三〇分が経過した。

 散々脅しめいた警告をしておきながら、仕事は驚くほどスムーズに進んでいる。阪井ら第二班から五分ごとにくる報告も『異常なし』の一点に尽きた。

 普段であれば、〝波〟の発生から数日しか経ってないこの時期だとその辺を歩くだけで変異体がちらほら見えたりするのだが、今日に限っては痕跡こそあれど肝心の変異体は何処にも見当たらなかった。

「出会わないに越したことはないんだが、流石にこれは」

『そうだね……安全ってことなんだろうけど、何かの前兆みたいで逆に不気味だよ』

「おいおい、勘弁してくれよ」

 苦笑交じりに否定しつつも、由季の言葉は実に的を射ているような気がしてならない。

 現在の状況は、今回のメンバーの中では誰よりも経験を積んでいる昴からすれば、ひたすら異常である。

 ただでさえ東京は、地下の生活圏にあまり変異体が現れない分、地表での出現率が高くなっていると統計で明らかになっているのだ。本来ならば、犬も歩けば棒に当たる状態であるのが自然。

「嵐の前の静けさ……ってやつなのか?」

 廃都市の街並みを一定の速度で進みながら、昴は小さな声で呟く。

 言葉にした途端、心の中でわだかまっていた不安が一気に広がっていくのを感じた。

 生存本能が刺激されるほどの、強烈な嫌な予感。

 理由もハッキリしないまま、第六感とでも言うべき何かが叫んでいる。

 このままでは不味い、と。

「確かに、これは不自然すぎる。一旦戻って、あいつらと合流しよう」

『うん、わか――』


『第一班へ緊急連絡! 木戸がやられた!!』


『――え?』

 由季の返事へ割り込むような、阪井からの無線。

 その内容は単純すぎたが故に、誤解のしようもなく。

 否応もなく状況が動き出してしまったことを、如実に告げていた。

「……っ!」

 昴はきつけの要領で自らの顔面を叩き、凍り付きかけた思考を無理やり復活させた。

 どんな状況であろうと――否、こういう状況でこそ、自分が冷静にならなければならないのだ。

「第二班の救援に向かう! 詳細は移動中に聞くから、由季は加速倍率三で後ろから付いてこい!」

『りょ、了解!』

 由季からの応答が来るや否や、昴は機体の進行方向を急速転換。更に搭載された≪アクセラレータ―≫を五段階の内の四へ設定し、次の瞬間には第二班のビーコン反応へ向けて発進していた。

 ひび割れたアスファルトの上を亜音速で駆けながら、昴は向こうの詳しい状況について報告を受ける。

「今そっちへ向かってる。今の状況を、できる限り詳しく教えてくれ!」

『大量の変異体に追われてる……数はパッと見ただけで一〇以上。しかもどいつもこいつも六メートルクラスの大物ばっかりだ!』

「はぁ!? 五分前には何もいなかったんだろ? そんな大群を見落としたってのか」

『さっき報告した時はマジで一匹もいなかったんだよ! こいつら物音も立てずいきなり現れて、気づいたら木戸が真正面からぶっ飛ばされて……!』

「落ち着け! 木戸はまだ生きてる」

 昴が見ているマップに、ビーコン反応は三つ。その内の一つは、後ろから若干遅れて追従してきている由季のものだ。

 ビーコンのシグナルは対応した人間のバイタルと直結しているため、死ねば表示が変わる。今のところ、第二班の二人は健在である。

 だが、楽観視できる状態ではない。

 先ほどから木戸に何度も無線をかけているのだが、一向に応答がない。恐らく衝撃で気を失っているのだろう。

「追われてるってことは、逃げてるんだな?」

『あ、ああ。木戸の機体から、コックピットブロックだけ切り離して抱えてな。でも全然振り切れそうにねえ』

「……だろうな」

『しかも逃げた先で遭遇した奴と何度か交戦したせいで、消耗がヤバい。このままじゃ俺も……!』

 阪井が変異体の群れとの距離を離せないのは、明らかに彼が抱えているものが原因だ。

 重量が増えるほど≪アクセラレーター≫の効果は発揮し辛くなるため、≪迅龍≫は搭乗者の安全を確保できるギリギリの瀬戸際で軽量化が施されている。つまり、余計な重量を背負えるキャパシティなど最初から用意されていない。

 切迫した状況で、コックピット部分以外を破棄する選択を取れた阪井の判断力は褒めるべきだろう。

 ここから生存の可能性を上げるには、彼はより冷徹にならなければならない。


 昴は思案する。

 今、阪井が抱えているコックピットブロックを。

 気絶した木戸を放棄すれば、阪井だけは確実に助けられる。

 変異体は逃げる阪井より、動かない木戸を優先するだろう。その間に消耗した阪井を回収し、即行で踵を返せば窮地は脱せられる。

 もしくは……戦うか。

 敵の数は少なくとも六メートルクラスが一〇以上。下手をすれば逃走中に数を増やしているかもしれない。

 対してこちらは、木戸が完全に戦力外。阪井もずっと木戸を抱えて逃げ回っていたのなら、ろくにエネルギーも残っていないだろう。実質的に自分と由季だけで、変異体の大群を相手に撤退戦を強いられる。

 論外だ。話にならない。

 そんな無謀な戦いに隊員を……由季を巻き込める訳がなかった。

 であれば、決定するべきなのだろう。

 確実に三人の命を救うために、一人の命を切り捨てることを。

『……』

 先ほどから、阪井は何も言わない。オープンチャンネルでの会話を聞いていたはずの由季もだ。

 昴がその命令を下す瞬間を、きっと二人は待っている。そして文句を言うことなく従うだろう。

 昴は隊長であり、一人でも多くの隊員を生存させるのが彼の役割なのだから。


 既にだいぶ第二班との距離は詰まっており、コックピットブロックを抱えたまま懸命に走る阪井の機影を≪迅龍≫のカメラが捉えていた。

 これ以上考える猶予もない。

 さあ、命令しろ。

 今すぐ親友を放り捨てろと、阪井に言え。

 そうすれば、確実に三人は助かるのだから。

「……悪いな、阪井」

『……あぁ』

 僅かな沈黙の後。

 何もかもを諦めるかのような、阪井の悲痛な声が聞こえ――



「俺は隊長失格だ」

 アスファルトを踏み砕き、阪井が駆る機体の頭上を飛び越え――二閃。

 今にも彼へ追いすがろうとしていた二体の変異体を、着地と同時に抜き払った二刀でまとめて斬り捨てる。


『鷹、見?』

「……はぁ、やっちまった」

 ブレードに付着した血を振って払いながら、昴は早速後悔していた。

 踏み込みの瞬間に加速倍率を五へ上げたのに加え、ブレード二本分の≪ディバイダー≫の起動。

 視界の端に見えるエネルギー残量を示すゲージがごっそり減っているのが見え、思わず引き攣った笑いが漏れた。本当に、この燃費の悪さはどうにかならないものか。

 今文句を言っても詮無いことだが、これでは逃げる途中で昴の機体もダウンする。

 そこから由季一人でなら、逃げ帰ることは辛うじて可能かもしれない。行き先で新たな敵に遭遇しなければの話だが。

「余力を残しつつ、非戦闘員を確実に逃がす……か」

 こうなったら、取れる手段は一つしかない。

 ただ、彼女が素直に承諾してくれるだろうか。

「ごねるだろうなー。あいつ、実は俺のこと大好きだもんなー」

 これでも由季とは、物心ついた頃からの仲だ。

 年を取るにつれてよそよそしくなっているのは目に見えて明らかだったし、向けられてくる好意に無自覚でいられるほど昴は子供でもない。彼自身、彼女のことは憎からず思っていた。

 踏み込まなかったのは、昴が己を曲げられなかったからだ。

 空を見たいという理由で危険な地上へと赴こうとする男なんて、早死にするに決まっている。そんな自分に付き合わせて、大切な幼馴染を不幸にしたくは無かった。

 もっとも、彼女まで『迅龍隊』へ来てしまったのは最大の誤算だったが。

 お陰で、今から一番したくない命令を下さなきゃいけなくなる。

「親友を見捨てろって命令するよりかは、幾分かマシだな……文字通り、俺が死ぬほど嫌われるだけだし」

 再度苦笑しながら、昴は覚悟を決めた。

「全員、一度しか言わないからよく聞け。これより、第二班を強襲した変異体の群れとの戦闘を開始する」

『せ、戦闘!? 昴アンタ何言って――』

「わかっているだろうが、状況的には絶望的だ。このまま考え無しに戦ったところで、全員死ぬのは目に見えている……だから、由季」


「足手まとい二人を連れて、全速力で基地まで戻れ」


『……え?』

「俺がここで足止めを務める。流石に全滅は……うん、厳しいな。補給済ませたらすぐ回収しに来てくれると助かるわ」

『ちょ、ちょっと待ってよ!』

 静止の声は敢えて無視して、もうすぐそこまで来ているだろう第二波へ向かって昴はゆっくりと機体を進めていく。

 ついさっき斬り捨てた二体は速度に秀でてたのか、随分と先行していたらしい。おかげで接敵まで余裕がある。

 両手に装備した≪ディバイダー≫内蔵のブレードと、腕部の機銃。使いようによっては、脚部のバーニアも武器になるか。

 本格的な戦闘を想定していないが故に装備の数は心許無いが、あるものでやるしかないだろう。

「阪井はコックピットで伸びてる木戸を引っ張り出せ。機体は破棄して、帰りは由季の機体に同乗しろ」

『いや、でもそれじゃお前が――』

「邪魔だって言ってるんだよ。お前らがとっとと逃げてくれれば、守る必要がない分こっちにも勝ち目が見えてくる」

 食い下がろうとする阪井を突き放すように、昴は語気を強めた。

 エネルギーをほぼ使い切ったであろう阪井に、機体を破棄済みの木戸。戦闘に参加できない二人に出来ることは、早急にこの場を離れること。

 先ほど「足手まとい」と強調したのも、彼らに一刻も早く自分たちの現状を理解させるためだ。

『……すまない』

「お前が謝ることじゃないって」

 元々の原因となった変異体の大群との遭遇は、ただ運が悪かっただけであり。

 昴が一人残ろうとしているのは、自分を殿に据えることで、仲間を見捨てるという辛い選択から逃げた結果だった。

 むしろ謝るべきなのは、隊長として的確な判断を下せなかった昴の方なのだ。

 阪井は己のするべきことを理解し、既に行動へ移し始めている。

 昴がここで立ち止まる訳にはいかない。

「じゃあ、そう言うわけだ。二人は由季に任せた」

『任せたって……ふざけるのも大概にしろこの大馬鹿!!』

 凄まじい音量の罵声が送られてきたのと丁度同じタイミングで、背後から大きな物音が聞こえてきた。

 振り向かずともわかる。

 到着した由季の機体が、大股で昴の側まで近づいて来ている。

 ……ここが正念場だな。

『人の言ってること散々無視してくれやがったのはこの際どうでもいい。でも、一人で戦うなんて無謀なこと見過ごせるわけがない!』

「ならどうする。お前も戦闘に参加して、逃げられない二人は放置か?」

『一緒に逃げればいいでしょ!? アンタのエネルギーが心許無いなら、私が三人抱えて逃げればそれで――』

「機体の保護のない人間を三人抱えたまま、安全な速度で奴らから逃げきるか? それこそ無謀だろ」

『じゃあ他にどうしろって言うのよ!?』

 殆ど顔面――正確には≪迅龍≫のメインカメラがぶつかるような距離での無線の応酬。

 聞こえてくるのは声だけだが、昴には怒り心頭といった表情を浮かべて怒鳴り散らす幼馴染の姿が容易に想像できる。

 見慣れたふくれっ面が、丁度目の前にいる無骨な期待と重なり。

「……プッ」

 思わず笑ってしまった。

『何で笑って……もしかして本気で頭がおかしくなった?』

「いやいや。こんな状況なのに、やってることが今までと変わんねえなって」

 昔から好奇心旺盛で無鉄砲なところがあった昴に、いつも由季は怒っていた。「私の幼馴染なんだからしっかりして欲しい」という謎な理論を振りかざして。

 それは決して不快ではなく、昴にとってむしろ心地の良い関係だった。

「何だかんだ文句は言うけど、結局付き合ってくれるんだよな………それに甘えたばっかりに、こんなとこにまで付き合わせちまったけど」

『別に……私は私の意志で≪迅龍隊≫を希望したんだから。昴は関係ない』

「へーそうですかい。ま、理由はどうあれ由季が来てくれて俺は嬉しかったよ」

『もういいから! 早く二人を回収して――』


「だけど、ここから先にお前を連れていくことは出来ない」


 機体を僅かに後退させ、物理的な距離を開けながら。

 強引に話を打ち切ろうとした由季の言葉を遮って、昴は告げる。

 妙にあっけらかんとした昴の様子から、不穏な空気を感じ取ったのだろう。流石は幼馴染と言うべきか。

 いつもなら相手の怒りが収まるまでひたすら下手に出るところだが、もうそんな甘えは無しだ。

 ここで、決別しなければならない。

『どうして』

 無線を通じて届いてくる由季の声は、酷く震えていた。

 昴はこの声を知っている。彼女が滅多に見せることのない、感極まっている時の――涙を流している時のそれだ。

 胸の奥に突き刺すような痛みが走るが、決意は揺らがない。

『どうして、一緒に逃げてくれないの?』

「言っておくが、自殺するつもりは毛頭ないぞ。俺はな……我儘なんだよ」

『我、まま?』

「今ここで俺が踏ん張れば、由季たちは無事に戻れる。そんで、もし応援が間に合ってくれれば、俺も助かるかもしれない」

『そんなの、無理』

「かもな。でも、俺は……俺たち四人が全員生き残る可能性を捨てられなかった。冷徹になり切れなかったんだ。」

 捨てなければいけなかった。捨てるべきだった。

 それでも捨てられなかったのは、昴の甘さが原因だ。

 つくづく、自分は隊長失格だと思った。

 だとしても、今だけは。

 決然とした態度を取り繕って、隊員である由季へと命じた。

「前言を撤回して、もう一度だけ言う。由季は二人を連れて、先に(・・)地下へ戻れ」

『先、に?』

「ああ。お前がいる所に、俺は必ず帰る……って、これじゃまるで告白だな。まあいいや、とにかく先に帰っててくれないか? あとついでに援軍も頼むわ」

 結局取り繕い切れず、いつもの感じになってしまったが。

 言いたいことは言えたし、後顧の憂いはない。

『そんな約束、守れる訳が……』

「守れるさ」

 すすり泣き交じりの声に向けて、昴は晴れやかに笑いかけた。

 見えてはいないけど、彼女には伝わるだろう。

 昴が一切、恐れなど抱いていないことが。

 ブレードを持ったままの片腕を軽く振りながら、阪井たちが逃げてきた方とは逆の方向へと歩いていく。由季はその場に立ち尽くしたまま、追いすがって来なかった。

 或いは、これが今生の別れとなるか。その確率は非常に高い。

 変異体の群れという、一個人にはどうにもならない脅威。どうしようもなく死地であるそこへ向かうことに、本来なら怯えるべきなのかもしれない。

 しかし、昴には恐怖など微塵もなかった。

 何故なら――


「さあ来やがれ、前衛芸術の失敗作共。しばらく相手はしてやるけど、定時にはきっちり帰らせて貰うからなぁ――!」

 隊長としての責任や自分の都合よりも、遥かに重い約束をしてしまったのだから。

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