部隊記録:D01__20140607-1
やっとこさプロットがまとまって来たので、第三章開始します!
『げっ、今日曇りかよ!? 最悪だぁ』
『唯一の楽しみだってのに。気が滅入るぜ全く』
『もう梅雨の時期に入るんだから仕方ないでしょ。雨が降ってないだけマシ』
『ま、そう思わなきゃ実際やってらんねえよな』
「……緊張感ねえなーおい」
飛び交う無線の内容に対し、鷹見昴はポツリと呟いた。
出動まで残り五分を切っており、本来であれば全システムの最終チェックを行っているべき時間のはずだ。
にもかかわらず、隊のオープンチャンネルは完全な井戸端と化している。
既に何度も繰り返していることとは言え、流石に気が緩み過ぎなのではないか。
「お前ら、ちゃんとチェック項目は埋めたんだろうな?」
『んなのとっくに終わってるぞ。乗り込んでから三分でな!』
『おっそ。俺一分で終わらせたし』
『無駄な競い合いすんな! アンタらが整備不良でピンチになっても助けないからね』
『そりゃないぜ由季ちゃん!』
『何とかしてくれ鷹見! お前の嫁だろ?』
『だ、だだだ誰が誰の嫁か!?』
「……はぁ」
『昴もため息ついてないで否定してよ!』
心配するだけ無駄かもしれない。いざと言う時は自分がどうにかしよう。
半ば諦念に近い覚悟を決め、昴は既に終わらせていたチェックを再び入念に行う。
どんなに数をこなしても、この作業で手を抜く気にはなれなかった。一つのチェック抜けが、現場でどんな事態を生み出すかわからないからだ。
何しろ、これから自分たちが向かうのは――
『上昇を開始します』
二周目のチェックが終わったタイミングで、丁度出動の時間となった。
機械音声によるアナウンスと共に、全身を襲う地面へ引っ張られるような感覚。
自分と自分が搭乗している機体は、現在電磁リフトによって一気に加速し、かなりのスピードで上昇している。発生したGはこれでもかなり軽減されていて、もし生身のままであればものの数秒で気絶しているそうだ。
初めこそ辟易していたこの感覚も、今ではそこまで嫌いじゃなくなっていた。
別に特殊な性癖に目覚めた訳ではない。
「一か月ぶりの外……か」
昴はここでの暮らしを、他所の国と比べれば幾分かマシだと思っていた。
合衆国のように外敵ごと問答無用で捨てられたりはせず、各自の裁量である程度の自衛は可能。さりとて、EUのように命懸けのタワーディフェンスを強いられたりもしない。
流石に例の都市と比べるのは酷というものだが、研究機関の努力もあって、ある程度の生活水準は保ったまま安全性も高められている。
自分は恵まれている方であり、多くを望み過ぎるのは贅沢だ。
そう考える一方で、昴は外への想いを抑えられないでいた。
狭く閉ざされた空間。人工の光が消えることのない天井。どこへ行っても大小なりと蔓延している、鬱屈した雰囲気。
暮らしている中で、嫌でも意識しなければならないそれらが、昴は大嫌いだった。昴だけではない。彼と同い年くらいの若者は、きっと全員が同じ思いを抱いている。
少年たちにとって、この世界は狭すぎるのだ。
故に、この仕事に志願したのだろう。
「……そろそろだな」
上昇を開始した時とは逆に、身体を苛むGが徐々に弱まっていく。コンピューターによって完璧に制御されたリフトは、やがて音もなく静止した。
『天蓋上部へ到着しました』
コックピットに響く、再びのアナウンス。
ゆっくりとスライドしていくドアの隙間から、薄暗いシャフト内に眩しいくらいの明かりが差し込んできた。
恐怖と期待の両方を、胸の奥底へ押し込んで。
「『迅龍隊』一番機・鷹見昴――出動する」
やがて完全に開き切った向こう側へと、昴は機体を進める。
狭く守られた世界から、広く危うい世界へと。
一歩目を踏み出すことに、ためらいは無く。
――荒廃した都市が、果てもなく地上を覆っていた。
風化し、崩れ落ちそうになりながらも形を保っているビル群。かつては何百、何千万もの人々を擁していたこの国の首都の姿は、今や見る影もない。一つの文明の終わりを如実に表した、頽廃的な風景だ。
しかし、いくら時が流れ、時代が変わろうとも。
見上げた先には、変わらず空が広がっている。
昴の視線に追従し、コックピット内のメインモニターの位置とそこに映る景色も変化していった。
先の会話にあった通り、生憎の曇り空だった。
何故晴れではないのかと文句の一つも言いたくなるところだが、それこそ贅沢というものだろう。
メインカメラからの映像をモニター越しに見ているとは言え、昴が今見ているのは資料映像などではない。
こうして地下から地上へ出てこない限りは決して拝むことのできない、本物の空なのだから――
『ちょっと、いつまでそうしてる気?』
「……あぁ、悪い」
無線から聞こえてきた幼馴染――間柴由季の声により、昴は現実へと引き戻された。
視線を頭上から地上へと戻してみれば、他の二人も機体の俯角を戻している。彼らも空を見上げていたらしい。
もっとも、注意を促した由季にしたって昴たちと同じようにしていたから、このタイミングでの注意になったのだろう。正気に戻ったのが一番早かったというだけの違いだ。
「俺も大概、人のことは言えねえなっと」
かと言って、ここは既に地上。
何が起きてもおかしくない領域で棒立ちというのは、仮にも部隊を預かる身として恥ずべきことであるのも事実だった。気が緩んでるのはお互い様か。
忠告は忠告としてありがたく受け取り、気持ちを切り替えていく。
「えー、今回の任務はAブロック直上を中心とした範囲の調査だ。戦闘は各自の判断に任せるが、出来るだけ避けろ。エネルギー残量は常にチェックすること」
『りょーかい。つーかその命令、ぶっちゃけ親の声より聞いてるわ』
「お前はもっと親の声を聞いとけ。班分けもいつも通りにするぞ。俺と由季は右半分、阪井と木戸は左半分を頼む」
『了解。外でもデートとは羨ましい限りだな隊長殿』
『一々茶々を入れるな小学生か!』
「……最後に、念のため言っておく」
相変わらず騒がしい仲間たちだったが、昴の雰囲気が変わったことを感じ取ってか一気に静まり返る。
構わず、昴は続けた。
「わかってるとは思うが、今は〝波〟の発生直後だ。都市の中枢に留まっている変異体の数が普段より多いと予想される」
――変異体。
起源から生態まで一切が謎に包まれている異形の怪物たちは、どこからともなく世界に現れ、人類を蹂躙した。
東京――かつては日本と呼ばれていたこの国も、今では首都一つを残して壊滅。唯一残った都市すらも、地中へ潜り分厚い蓋を被った状態だ。
そして波とは、月に一回ほどの頻度で発生する変異体の大量出現のことを指す。
地下では空間的な問題からか、変異体が出現しても小型のものばかりで、対処さえ遅れなければ被害は抑えられる。
ただし、空間的な制約のない地上では全く話が異なっていた。
「先月、アクシスではそこらのビルよりもデカい超大型の変異体が出現したらしい。今のところそれらしいのは見えないが……そもそも普通に大群に襲われただけで、俺たちは詰みだ」
ハッキリと断言しながら、昴は操縦桿を軽く撫でた。
対大型変異体装甲機≪迅龍≫。
昴たちが操る、東京の地上を跋扈する変異体の動向を調査、可能であれば撃滅するために開発された機動兵器だ。
外見は全長約五メートルの人型。コックピットがある頭部付近を保護するためか、肩回りの装甲がせり出すように分厚くなっており、妙にガタイのいい見た目となっている。お世辞にもカッコいいとは言えないが、生存確率を上げるための処置なのだから仕方ない。
腰の両側に一振りずつマウントされたブレードと腕部装甲に格納された機銃が武器であり、簡単な格闘も行える。小型程度の変異体であれば踏みつぶせるし、中型以上でも一対一ならば引けを取らないだろう。不利な状況になれば即時離脱が可能な機動力も兼ね備えている。
しかし、≪迅龍≫には致命的な弱点があった。
圧倒的に、継戦能力に欠けるのだ。
動力源である次元エネルギーは、東京全体のインフラを支える貴重な資源。アクシスとの契約により常に一定量の供給はなされているものの、有限であることに違いはない。
故に≪迅龍≫へ充填される量も最低限だ。出来る限り消耗を抑えて、精々二時間程度の行動が限界か。
だが変異体と遭遇し、やむなく戦闘せざるを得なくなるとこれが一気に減る。ブレードに搭載された≪ディバイダー≫を一度起動するだけでも一~二分は軽く削れてしまう。
もし戦闘中にエネルギーが切れてしまえば、当然ながら機体はてこでも動かない。
最悪、そのまま鋼鉄の棺桶と化すだろう。
だからこそ、昴は念を押す。
「さっきも言ったが、エネルギーの残量には常に注意しろ。自分がガス欠を起こすような状況で、他の誰かが救援に入れる余裕があるとは考えるな」
『……』
「俺からは以上だ。一時間後に、またここで会おう」
『『了解!』』
先ほどまでのふざけた様子を微塵も感じさせない返事と共に、阪井と木戸の機体は滑るような動きで、指定されたエリアに向かい発進していった。
いざ仕事となれば、あのお調子者共もきっちり切り替える。
わかっていても昴が敢えて忠告するのは、自分に言い聞かせるためでもあった。
「じゃあ、俺たちも行くか」
『ええ』
彼らに続いて、昴たちもリフトの搭乗口前から、自分たちが担当する調査範囲に向けて移動を開始した。




