2014/4/30 11:07
無人の共同墓地を突き進んでいく。勝手知ったる足取りで、ただ真っすぐに。
静寂に包まれた場には、地面を打つ靴の音と風のそよぐ音だけが響く。辺りには無数の墓標が並び、頭上には雲一つない快晴が広がっている。
あの日と丁度同じ。
全てを失った日に見た、青空――
「…………ふぅ」
心の底から湧き上がりかけた激情を、ため息と共に吐き出す。あと少し遅ければ、手にしていた花束を握り潰してしまうところだった。
この場で感情のままに暴れ、都市を壊滅させたところで何の解決にもならない。どれだけ不本意であろうと、計画通りに動く必要がある。
目的の石碑は現在、墓地の一番奥にあるはずだ。今となっては遠い記憶を頼りに、それほど入り組んでいない道を迷うことなく歩む。
入り口から数分ほどで辿り着いた石碑は、他のものと大して外見上の違いはない。強いて言うならば、若干刻まれている名前の数が多いというくらいだ。
石碑の表面に触れ、指先でそっとなぞっていく。幾つか段を下がったところで、ようやく見つけた。
「――――……」
声にならない声。殆ど口の動きだけでその名前を呼んだ。
その時胸の内を満たしたのは、先ほどとは違って穏やかなものだった。懐かしさと悲しさがない交ぜになった、複雑な心の揺れ動き。
或いは、これが郷愁というのだろうか。
決して不快ではない感情を抱いたまま、既に備えられていた献花の中に持参した花束を添える。そして石碑の前に跪き、瞑目し祈りを捧げた。
春の陽気に包まれた空気は暖かく、そよ風が体を撫でる感覚が心地よい。このままずっと瞳を閉じていれば、どこまでも深い眠りにつけそうだ。
……せめて夢の中でならば、帰りつけるだろうか。
どれだけ時間が経とうとも擦り減らない。どれだけ手を伸ばそうとも、決して届くことのない。
輝かしく幸せだった、あの日々に――
「お祈りはもう済んだのかな」
「――っ」
意識が沈みかけたその瞬間を見計らったかのように、横から幼い声が割り込んできた。
口を突きかけた罵倒の数々を鋼の意思で飲み込み、ゆっくりと立ち上がる。しかしどうしても我慢が出来ず、声をかけてきた人物を半眼で見据え。
「悪趣味が過ぎる。わざわざ≪ヒドゥンコート≫を使って接近してくるなんて」
「効果てき面だっただろう?」
半ば殺意の籠った視線にさらされながら、声の主は少しも動じた気配がなかった。
大きく見積もっても小学生。少なくとも中学生と見るには若すぎる少年がこちらへと歩み寄ってくる。一体どこから、どのタイミングで現れたのかは皆目見当がつかない。外見相応のあどけない笑みとは裏腹に、瞳の奥では子供らしからぬ知性が蠢いていた。
「≪サードアイ≫に有効なのはわかってたけど、これでB侵度以上の転移者にだって存在を感知されないことが実証された。数を用意できないのが惜しいところだけど」
まるで、子供が親にテストの点数を自慢するかのような物言い。
自分が絶対に殺されないという自信。もしくは、相手が自分を絶対に殺せないという確信に満ちた態度だ。
それが事実であるからこそ、腹立たしいことこの上ない。
「……私は転移者じゃない」
「同じようなものさ。理から外れた存在という点ではキミもボクも大差ない……まあ安定しているという点では優れているがね」
「人形遊びはもういいの?」
「最終調整は済ませたよ。いやー材料は足りないし、過去の資料を漁るのだって簡単じゃないからね。でも我ながら再現度は高いと思うよ、うん」
皮肉が通じていないらしく、聞いてもない成果をべらべらと喋りだす。舌打ちを我慢できたのは奇跡的に自制が働いたからだ。
彼女といい、学者というのはみんなこうなのだろうか。
「なら、計画は」
「予定通り決行する。明日の午後に発生する〝崩壊〟に合わせてクラウスらと合流して、退却ついでにアレを置いていこうか」
「中身の回収はどうする」
「幸也に任せるよ。東京での大仕事が控えてる彼を働かせすぎるのは心が痛むけど、能力が便利だし仕方ないよね」
「勝手にすればいい」
微塵もそうは思っていないだろうに、上辺だけは悔やむように宣っている。
少年に嫌悪感を覚える一方で、自分も別段彼に対する哀れみなど抱いていなかった。
自らの置かれた状況を享受し抗いもせず、ただ諦めと共に従うだけの存在。そんな人間に同情するような甘さはとうに捨てた。
そう、捨てたのだ。
培ってきた絆も、過ごしてきた時間も全て。
だから今、この時代で成すべきことはただ一つ。
例えかつての仲間を何人も傷つけ、必要であれば死に追いやろうとも。
たった一人……唯一の家族を救えるのなら――
「それじゃあ、運命への抵抗を始めようか……トモノエ」
――私は、悪魔の手だって取る。
これにて第二章完結!
三章もなるべく早く投稿開始できるよう善処します……




