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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter05-6

「駄目よそんなの!」


 ……予想通りと言うべきか。

「奴を倒す方法がある」と、俺が思いついたことを語った直後だった。

 誰が反対したのかは、言うまでもない。

「上手くいく保証はないし、第一いくら何でも危険過ぎるわ」

「た、確かにぶっつけ本番にはなる。だけどタイミングを合わせるだけなら自信はあるし、少しでも可能性があるならやらない訳には――」

「そういう心配をしてるんじゃない!!」

 詰め寄ってくるルナリアをどうにか諭そうとするが、途中で遮られてしまった。これでは取り付く島もない。

 遠巻きに眺めている人らへ助けを求める視線を送ると、気の進まないような顔をしながらも久道さんが助け船を出してくれた。

「悪くない策ではある。現状取れる手段では、最も速く確実だろう」

「久道さん!」

「他の案を出そうにも時間がない。市街を戦場にしないためにも早急に奴を葬らねばならんのはカミカワもわかっているはずだ」

「それは……!」

 何とか反論を捻り出そうとするルナリアだが、彼の意見を覆せるだけの正当な理由を見つけられないまま、力なく肩を落とす。

 彼女だって馬鹿ではない。むしろ頭の回転はここにいるメンバーの中でも相当速い方だ。これ以上奴を放置しておくことで生じる問題も、俺の考えた作戦が有効であることも、頭では理解しているに違いない。


 ただ、俺も経験したことがあるからわかる。

 理性では正しいとわかっていても、感情がそれを受け入れてくれないことだってあるのだと。

「ルナリア、俺は――」

「わかってる」

 慰めの言葉をかけるよりも早く、ルナリアが顔を上げた。

「久道さんの言ってることは間違ってない。この場で取れる最善の策なんだって、本当はわかってるの」

「ごめん」

「謝らないでよ……私って駄目な女ね。こういう時こそ笑って送り出すべきなのに」

 そう言って彼女は、困ったように微笑んで見せる。

 声は震えていて、今にも零れそうな涙を必死に堪えていた。そのような表情をさせてしまった申し訳なさで胸の奥が痛んだ。

 再び謝罪が口を突きそうになるが、止まる。

 謝るなと言われた直後にそれはない。ルナリアが求めているのはもっと別の……何なのだろう。わからん。俺にはこういう経験値が足らなすぎる。

 結局俺にできたのは、ただ思ったことをそのまま口にすることだけだった。

「俺は……ルナリアの頑張りを無駄にしたくないんだ。やれることがあるのに、何もしないまま見過ごすなんてできない」

「でも、春近だけが命を懸けるなんて」

「ここに来るまで、みんなが命を張ってきている。なのに俺だけ何もしない訳にはいかないだろ?」

「何もって、春近は私と一緒に――」

「あれは個人的にノーカンだよ」

 ルナリアは生活エリアの変異体を一掃し。久道さんたちは他のエリアの残党を排除し。フィーダはたった一人で敵の大群を引き付け続けていた。

 ならば、あれの相手くらいは引き受けたっていいはずだ。今回の防衛戦において、俺は最初に時間を止めただけで、討伐数的な戦果はゼロなのだから。

 あっけらかんと言い切った俺に対し、ルナリアは数秒ポカンとしてから深々と溜息をついた。心底呆れたといった感じである。

「こんな時まで格好つけなくていいのに」

「こんな時だからこそだよ」

 つとめて軽い調子で返す。

 恐くないかと聞かれれば当然恐い。転移者という性質上、変異体に対する恐怖は薄くても、死への恐怖は全く別だ。

 それでも少しは、ルナリアの不安が和らぐように。

 ひいては、俺自身を勇気づけるように。

「必ず成功させる。だからさっきみたいに俺を信じて、託してくれないか?」

「……ずるい」

 俯いたルナリアが、拗ねたような声を出した。

「そんな言い方されて、断れる訳ないじゃない。殺し文句よ」

「え、俺そんなつもりはなかったんだけど」

「ナチュラルにそういうことするのが質悪いって言ってるの……はぁ、何か心配するだけ損な気がして来たわ」

「えぇ」

 それはそれで寂しいと感じるのは身勝手なのだろうか。いや確かに不安を和らげようという目的は達成できたっぽいが。

「ほら、そうと決まればさっさと行く! パパっと終わらして来なさい」

「……はい」

 ここまで心配されないのも複雑な気分だな。それとも既に尻に敷かれつつあるのだろうか。

 何だかなぁと思いながら、俺はルナリアに背を向け――


 背中に柔らかい何かがぶつかった。

 バランスを崩すほどのものではなかったが、突然のことに一瞬だけ思考に空白が生じる。振り向いて確かめようとしたが、上手く体を動かせない。

 伝わってくる息遣いと、自分のものとは違う心臓の鼓動。

 混乱から抜け出した脳みそがようやく、後ろから抱き着かれたのだと認識した時。

「必ず、生きて帰ってきて。愛してる」

 こちらの返事を待たずして、体が離れる。

 振り返ってみれば、ルナリアが駆け足で瑞葉さんの後ろへと隠れていくのがちらりと見えた。気のせいでなければ、その横顔はリンゴもかくやとばかりに真っ赤だった。

 ……可愛すぎか。

 これはもう、絶対に生きて帰るしかない。

 元からそのつもりではあったが、より一層決意が固まった。


 気合が入りすぎるあまり若干勇み足になりながら、俺はラッドの元まで歩み寄った。

「じゃあ、さっき話した通りに頼んだぞ」

「……それはいいんだけどよ」

 半眼で待ち構えていたラッドは、藪から棒に問いかけてくる。

「いつからだ」

「いつからって、何が?」

 大方予想は出来ているが、敢えて聞き返してみる。

「お前とルナリアだよ。お前らいつから付き合い始めてたんだ?」

 案の定だった。

「さっきの雰囲気、明らかに死地へ赴く恋人を送り出すような感じだったじゃねえか」

「やけに具体的だなおい……」

「いいから答えろって。ここ数日あいつ調子がおかしかったし、もしかして結構前から付き合い始めてたのか?」

「あー、そうだな」

 何となく怒られそうな気がする。

 漠然とした予感はあったものの、ここではぐらかすと後が面倒そうだ。何せ目がマジなのだ。視線が「隠し立ては許さん」と雄弁に語っている。

 正直に白状しよう。

「えーっと、五分前くらい前に俺から告白した」

「……すまん、耳が詰まっててよく聞こえなかったみたいだ。もう一度頼む」

 文字通り耳を疑ったラッドが、小指で軽く耳の穴をほじってから再度問いかけてくる。だがこちらとしても返せる答えは一つしかない。

「五分前」

「ああ、やっぱり聞き間違いじゃなかったんだな。そうか五分前かぁ。そもそも五分前と言えばオレが――って戦闘中に何やってんの君たち!?」

「仕方ねえだろやむを得ない事情がったんだよ!」

「だから何をそうすればンな状況に……いや、やっぱいい」

「な、何だよ急に」

 突然追及の手を緩められ当惑している俺に、ラッドは口の端を釣り上げる。

「全部終わってからの楽しみにしておくわ。ノインたちも呼ぶから覚悟しておけよ」

「うげぇ、マジかよ」

 ルナリアと二人して取り囲まれ、質問攻めにあう未来を幻視した。

 公開処刑も甚だしい。特にノインあたりからは、戦闘中に何やってんだと痛烈に皮肉を言われそうだ。

 それでも笑顔になるのを抑えられなかった理由は明白だ。

 だって、ラッドの発言は裏を返せば。

 作成の成功を微塵も疑っていない――つまり、俺が生還することを信じてくれているということに他ならなかった。

「友柄、マイヤーズ」

 互いにニヤけたまま≪グラビティボード≫に搭乗した俺たちへ、久道さんが近づいてきた。

 今回の作戦を成功させるにはラッド、そして久道さんの協力が不可欠だ。もっとも久道さんの出番は最初だけで、俺たちを指定したポイントに飛ばしてもらったら後は他のメンバー共々、不測の事態に備えて待機してもらう。

 久道さんは俺とラッドの肩に手を置いた。≪ブリンカー≫の条件を満たすための接触にしては、やけに力が籠っている。

 そして、ただ一言。

「任せた」

 直後、眼前の景色ががらりと切り替わる。

 俺とラッドは≪グラビティボード≫に乗ったまま、都市の外壁付近の上空へと移動していた。D・E区の中間地点から≪ブリンカー≫の移動限界ギリギリまで飛ばされた形だ。

 そびえ立つ山のようだった炎の巨人も、ここからでは随分と小さく見える。

「任せた、か」

 未だに余韻の残る肩へ軽く手を触れ、握りしめる。

 短く簡素な言葉ではあったが、あの人が俺を信頼して任せてくれたことが嬉しく、誇らしい。心なしか、ラッドの表情もさっきより引き締まっているような気がした。

「ラッド、距離は充分か?」

「ああ。障害物もねえし、これだけ助走距離がありゃ奴の五〇メートル手前ぐらいまでには最高速に持っていけるはずだ」

「そうか」

 遠くへ移動し、高度を確保したのは、直線で長い距離が必要だったから。

 これで条件は満たされた。

 後は、実行に移すだけだ。

「なら、手筈通りに頼む」

「おうよ。ただし……」

 ラッドが獰猛な笑みと共に体勢を低くした。≪グラビティボード≫機体底部の反重力スラスターの回転数が急激に上昇し、ジェットエンジンのような唸りはやがて可聴域を超える。一瞬のみ訪れた静けさは、限界まで引き絞られ今にも解き放たれようとしている弓矢を想起させた。

 ヤバい、このままじゃ振り落とされる!

 直感に従い、俺はラッドに倣って身をかがめ――


「この前みたいな安全運転は期待すんじゃねえぞ!!」


 ――急速発進。

 最大まで出力を高め、≪アクセラレーター≫の加速すら加わった≪グラビティボード≫は、初動僅か数メートルで音速の壁を越えた。

「ぐぅっ!?」

 衝撃が全身を貫いたのと同時に、景色が無数の線となって流れる。動体視力がまるで追いついていない。真正面に捉えた風景以外はまるで視認できなかった。

 奇妙なことに聞こえるのは僅かな風切り音だけで、他には後から風船が破裂するような音が僅かに届いてくるくらいだ。至近距離で発生した音すら遥か後方に置き去りにするほどの速度が出ているのだろうか。

「軽減率最大にしてんのに、これは、きっついな……!」

 強烈に顔を顰めながらラッドが零す一方、俺は口を開く余裕すらない。少しでも油断すれば意識諸共、体が吹っ飛んでしまいそうだ。

 ある理由から、≪アブゾーバー≫の軽減率を気絶しないギリギリまで落としている。本人には秘密だが、ラッドを風よけにしてどうにか耐えている状況だった。節約した分の次元エネルギーは、別の装置へとチャージしている。

 あれほどまで離れていた巨人までの距離は急速に縮まっていた。正確な速度は想像もつかないが、きっと次の瞬間には目標地点――最高速度に達する敵の約五〇メートル手前へと到達する。

「そろそろやるぞ、覚悟決めとけ!」

 合図と共に、ラッドは大きく身を沈め。

「おらあああああああああああ!!」

 重心を軸に、全身ごと≪グラビティボード≫を思い切り振り回した。超音速の領域にありながら神懸かり的な出力調整とバランス感覚により、機体は一切ぶれることなく縦に傾く。


 機体が地表に対し、完全に垂直になるタイミング。

 まばたき未満の猶予しかないそれを、合図と同時に発動した時間拡張による意識加速で捉えた俺は、壁を蹴るように≪グラビティボード≫から飛び立つ。

 反作用で停止する機体から、射出されるように宙へと躍り――


「が――っぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 時間拡張によって引き延ばされ、スローで流れる世界の中。

 全身を外側と内側から引き裂かれるような激痛が、俺を苛んだ。


 ◇


「本当に奴を倒す方法を思いついたのか!?」

「で、できるかどうかは兎も角として、まあ」

 物凄い勢いで詰めてきた瑞葉さんから距離を取りつつ、俺は控えめに言う。

 自分で切り出しておいて何だが、正直言って机上の空論も甚だしい。我ながら頭の悪すぎる発想だと思った。

 しかし、一刻の猶予もない状況と。

 何より、ルナリアが守ろうとしたものを守りたいという気持ちが俺の口を滑らせた。

「友柄。具体的にはどうするつもりだ」

「えっと確認なんですけど、奴が形成している高熱の空間に≪アクセラレーター≫の限界速度で一瞬だけ出入りしたらどうなります?」

「その場合、リソース配分の都合上≪アブゾーバー≫が使えない。本当に入ってすぐ出るだけなら可能かもしれないが、戦闘は不可能だ」

「……じゃあ、仮になんですけど」

 俺はラッドの方を横目に見つつ、ろくに纏まってもいない考えを何とか久道さんに伝えようと言葉を選んでいく。

「≪アクセラレーター≫二つ分の加速があれば、あの炎の影響を受けずに正面から背中側に抜けるのは可能ですか?」

「……恐らく、可能だ。だが≪アクセラレーター≫の効果は重ね掛けできない上に、先も言ったように抵抗や反動を軽減する術を失う。それでは奴へ到達する前に――!!」

「ファ!?」

 喋っている途中で、久道さんは大きく目を見開いた。彼の目は俺から、その斜め後方にいるラッドへと向けられている。唐突に強い視線を受けたラッドが変な悲鳴を上げてしまうのも無理はない。それほどの眼力はあった。

「≪グラビティーボード≫……友柄、まさかお前」

 流石久道さんと言うべきか。

 俺のやろうとしていることを、もう理解してしまったらしい。

「≪グラビティボード≫に搭乗した状態で限界まで加速し、更にそこから友柄自身が≪アクセラレーター≫を使用して二重の加速を得る。そして――」

「すれ違いざまに≪アブソリュートエンド≫で真っ二つ……か」

 引き継ぐように呟いた瑞葉さんが、得心いったように頷く。

 無論、彼女らが言った通りのことを普通に決行するのはまず無理だ。ボードから飛び出すタイミングがシビアすぎるし、結局加速の負荷について解決できていないからな。

 でも、やるのが俺ならば話は別になる。

 受けるダメージを時間遡行で再生していけば、まず負荷で死ぬことはない。時間拡張を使えばタイミングを掴むことも容易だし、≪アブソリュートエンド≫を発動するまでの時間も稼げる。

 あの日から正宗にはフューリーによる改良が施され、≪リンカー≫から直接供給されるエネルギーで二次元刀身を順次展開――つまり事前のチャージが必要なくなった。お陰で≪アクセラレーター≫へのチャージを優先することができる。

 失敗した場合、非常に高い確率で俺が死ぬだろうが、そこは頑張るしかない。元より賭けなのは承知の上だ。

 それとは別に、話題に出ていないもう一つの問題があるのだが。

「俺としては結構いけると思うんですけど……どうでしょうかね?」

 敢えてそこには触れず、俺はみんなに作戦の是非を求めた。


 ◇


 そう、あの時敢えて触れなかったこと。

 受けるダメージその物は能力で再生できる。懸念事項だった長時間の発動による影響だが、炎の巨人と交錯する実際の時間はほんの一瞬なので無視できる。

 それでもダメージ自体は受けていることに変わりはない。傷が完全に治るまで痛覚は機能し続ける。ただ本来ならば、その痛みだって一瞬で終わるはずのものだった。

 だが、俺が使っているのは時間遡行だけではなかった。


 時間拡張。一秒を一〇秒に。一〇秒を一〇〇秒に引き延ばす力。

 本来なら一瞬で過ぎ去るはずの痛みを、無限に持続させる力――


「ぐ、ぅぅうあぁ、かはっ」

 痛みが。次々と痛みが来る。

 骨が砕けた先から再生し、砕ける。破裂した内臓は元通りになった直後に破裂する。

 途切れることのない苦痛。まるで血管の中に沸騰した鉄を鋳込まれているかのような激痛が全身を巡る。

 灼熱する視界で巨人との距離を測る。まだ遠い。当然だ。奴を倒すための準備が……武器の展開がまだ終わっていないのだから。

 まだ時間を引き延ばす必要がある。

 まだ、痛みは続く。

「ぉ、ぉぉお……おぉ」

 右手の人差し指を数センチ動かし、正宗のトリガーを引く。たったそれだけがあまりにも遠い。

 常に肉体が崩壊し続けているせいで遅々としか進まず、その上で襲い来る痛み。気が狂いそうなるほどの破壊と再生の繰り返し。

 いっそ意識を手放してしまえばどれだけ楽になるだろう。

 それとも、この地獄は気絶すら許してくれないのだろうか。

 心が折れかけ、視界が霞む――



 ――必ず、生きて帰ってきて。


 闇に飲まれかけた意識の底から、ルナリアの言葉が蘇った。

 胸の内で生じた温もりが全身へ染みわたり、焼くような熱を上書きしていく。無限に続くはずの痛みが、この瞬間だけ途切れたような錯覚。

 そうだ……俺は。

 俺は!


「生きて、帰るんだ――!!」

 柄ごと握りつぶすような勢いで、トリガーを引く。

 何百倍にも引き延ばされた時間の中、遂に最後のピースが揃おうとしていた。

『マスターコマンド受理>起動シークエンス開始>物理ブレード展開>>2Dフィールドおよびホロブレードを順次生成>>>>>>>』

 展開された刀身から伸びる青白いホログラム。前回は元の二倍程度の長さに留めていたが、入力されるエネルギーを次々と消費し三倍、四倍と増していく。

 そして――


『>>>>>>>理論維持限界到達。≪アブソリュートエンド≫――最大展開』


 俺の手にあったのは、全長一五メートルにまで成長した光の剣。

 物質中へ空間を差し込むことにより逆説的に分断現象を引き起こす、絶対切断の刃。

「っぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」

 再び襲い来る痛みに抗うように叫び、武器を構える。時間拡張を緩めたことで、先程までとは比べ物にならない勢いで巨人との距離が縮んでいく。

 俺には瑞葉さんのように空中で進行方向を変える術はない。だからこそ、≪グラビティーボード≫から飛び立つ時点で狙いを定めておいた。

 向かう先は巨人の右肩の上。

 丁度、すれ違いざまに奴の首を落とせる位置へ、一直線に――!


 ――交錯する。

 文字通り刹那にすら満たない邂逅。

 僅かに肌を火であぶられるような感覚が消え去る頃には、真一文字に振り抜いた正宗の刀身が目標を捉え、通過する。

 相手の生死は確認余裕は出来なかった。実体の無い刃には音も無ければ手ごたえもない。

 ただ、何となく。

 たった今通り過ぎた存在から、生命が消失したように感じたのは確かだった。


 そこが限界だったのだろう。

 スローで流れていた景色が、急激に勢いを取り戻し始めていた。時間拡張による意識加速が完全に解けようとしている。段々と追いつかなくなる風景の流れをぼんやりと眺めながら、俺はふと思い出す。

 ……嗚呼、そういえば倒した後のことは考えてなかった。

 巨人を斬った後も、勢いは一切衰えていない。このまま都市の外まで吹っ飛ぶのか、それとも重力に引かれ外壁に激突するのか。

 どちらにせよ無事では済まない。かといって対策を講じようにも心身ともに疲れ切った今ロクな考えも浮かばず――


減重(マイナス)

 落ち着いた声が聞こえたかと思えば、驚くほど軽い衝撃と共に体を受け止められる。

 閉じかけていた目を薄く開けてみれば、先ほどまではこの場にいなかったはずのミハイルさんが、穏やかに微笑んでいた。

「お見事でございます。ですが……友柄様はもう少し後先を考えて行動するべきでしょう。あなたの帰りを待っているお方もおられるのですから」

「……はは」

 返す言葉もありません。

 口を動かす体力すらなく、心の内でそう呟く。

 張り詰めていた緊張の糸が切れた俺は、そのまま眠るように意識を手放した。

やっとChapter5が終わった……次回エピローグです

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