Chapter05-5
卒論から解放されてやっと手が付けられるように・・・
久々過ぎて文章の書き方を忘れたので若干短めですがご容赦を
特異個体と呼ばれる変異体がいる。
通常の変異体との違いは、何らかの手段によって次元エネルギーを操り特定の情報へ干渉すること。つまりは超能力を持つ個体であり、俺の認識ではちょうど変異体と転移者の中間あたりの存在だ。厳密には違うのかもしれないが。
特異個体はそれぞれの特徴に合わせて識別用の名前が付けられている。
例えば『黒』――便宜的にそう呼んでいた俺の両親の成れの果てには『クロノス』と名付けられていた。フューリー曰く時間を司る神の名前らしいが、その辺はあまり詳しくない。
そしてもう一つ、印象に残っていた名前がある。
名前自体に思うところはなかったけど、もたらした被害の大きさや後から見せられた映像のインパクトが凄まじかっただけに強く脳裏に焼き付いていた。
だからこそ。
久道さんの≪ブリンカー≫による集団転移直後に目に入ったそれを見た途端、俺は自然とその名前を口にしていた。
「……『スルト』」
燃え盛る巨人。
あれを一言で言い表すとするならば、これほど適した表現はない。
とにかく巨大だった。流石に管理局の中央棟とは比べるべくもないが、少なくとも五〇メートルは優に超えている。遠くから見ているからこそ全容が把握できているが、近くではそうもいかないだろう。
全体的なフォルムは人間に近いと思うが、自信を持っては言えなかった。何故なら巨人の全身は、つま先から頭のてっぺんまで煌々と燃え盛る炎に包まれているからだ。そのせいで朧げなシルエットでしか外見を判断することができない。
皮膚が焼け爛れるどころか骨の髄まで焼かれそうな勢いの炎を身に纏っているにもかかわらず、巨人は一切の痛痒を感じていないかのように淡々と、着実に歩を進めていた。
見た目に反さない鈍重な動きだ。ここが普通の地面であれば軽い地鳴りが発生してもおかしくはなさそうだが、都市全体に展開された≪アブゾーバー≫の効果で振動は伝わってこない。ただし足を降ろした先にいる変異体が蟻のように踏みつぶされていることから、重量もほぼ見た目通りなのだと確信できた。
あれも自分の意思で変異体を殺しているのか? それもただ単に移動に巻き込まれているだけなのだろうか。
疑問は尽きないが、今重要なのは――
「フィーダはどこだ!?」
「……あそこ!」
一緒に転移してきた瑞葉さんの切迫した声に、ルナリアがある一点を指さしながら応えた。
釣られて視線を動かした先は、巨人の進行方向の数十メートルほど前方。目を凝らしてみれば、大小さまざまなクリーチャーに混ざって人影らしきものが必死に走っているのが見て取れた。
後方で大惨事になっているにもかかわらず、食って掛かってくる変異体を両手に持った重火器で蹴散らしつつ逃げているのは間違いなくフィーダだった。
露払いをしながら移動しているせいかその速度は遅い。加えて巨人の動きは鈍重ではあるが、その歩幅は文字通り桁が違う。追いつかれるのは時間の問題だ。
静観を決め込んでいる余裕はなかった。
「連結開始《リンク・オン》――!」
瞬の判断で久道さんが動いた。
≪ブリンカー≫の起動と同時に、久道さんの姿が僅かな残像を残して掻き消える。次の瞬間にはフィーダのすぐ側へ出現した彼が彼女の襟首を掴んだように見え、直後に二人とも消失。
一秒と経たず元いた場所へと戻ってきた久道さんの傍らには、息も絶え絶えなフィーダが力なく横たわっていた。
呆気ない救出劇だが、タイミング的には非常にギリギリだった。直前までフィーダがいた場所は取り残された変異体諸共、たった今踏みにじられたところだ。あの集団で最後だったのか、もう辺りに他の変異体の姿は見られない。
急に獲物を見失ったからか巨人は立ち止まる。その場でゆっくりと辺りを見渡すような素振りを見せていたが、不意にこちらの方を向いて動きを止めた。
顔面も他の部位と同様炎に包まれているが、果たして目は見えているのか。そもそも奴に目はあるのか。
そんな益体もないことを考えている間にも、巨人は緩慢な動きで俺たちのいる方へと動き出し始めていた。
ボサっとしている場合じゃない。
「動けるか!?」
「な、何とか無事れす……」
そう返事をしながら立ち上がるフィーダに目立った外傷は見られない。単純に走りつかれただけのようだ。
救援要請から実際に救出されるまでの間は一分程度だったが、その間邪魔な敵を散らしながら全力疾走していたのだとしたら無理もない。
……しかし、何と言うか。
「あんなのがいたのによく余裕ぶっこいてたよなお前……」
「全くだ。あれがまともではないのは一目瞭然だったろうに」
「ちちち違いますって!」
俺と瑞葉さんが心の底から呆れていると、フィーダが慌てて反論してきた。
「通信をしてた段階では本当に余裕だったんですよ! でもそしたらいきなりあのデカブツが何もない所からドーンって現れて、急にこっちに歩いて来たんですってば!」
「遅刻してきた……というには出現のタイミングが大きくずれ過ぎているな。こんなことがあり得るのか?」
「わからん。今日は今までに例のないことばかりだ」
軽く首を振りながら答える久道さんの態度には、隠し切れない動揺が滲み出ていた。
彼の視線はフィーダの救出直後から一貫して、あれからピクリとも動かない巨人へと向けられている。
――無理もないだろう。
資料でチラリと見ただけの俺ですらそう思ったのだ。
当事者である久道さんがあれを見て、同じ発想に至らない訳がなかった。
「秀一殿。あれは……そうなのか?」
腫物を触るような慎重さで、瑞葉さんが問いかける。
対する久道さんは黙したまま、目を細める。より注意深く見定め、過去の記憶と照らし合わせるように。
永遠にも感じる短い沈黙を経て、静かに口を開いた。
「違う。俺たちが対峙した『スルト』は、あれよりも二回りは巨大だった」
「だがあまりにも似通い過ぎていないか? 結局奴の死骸は回収できていないのだろう」
「跡形もなく消し飛んでしまったからな……あいつ諸共」
そう呟いた久道さんの目が、ふとここではないどこか遠くを見たような気がした。
しかしそれは一瞬のことで、すぐさま遅々と距離を詰めてきている巨人を鋭く睨んだ。
「様子を伺いつつ我々も少しずつ後退する。距離はあるが油断するな。もし奴の能力が『スルト』と同じなら、不用意に接近すれば死ぬぞ」
「炎熱操作でしたっけ……どういう能力なんですか?」
名前から大体想像はつくが、詳しく聞いておくべきだろう。ただ単に炎を出すだけの能力と思い込んでいたら後で痛い目を見るかもしれない。
巨人を視界に入れたままジリジリと後退しながら、久道さんからの説明を受ける。
「熱の操作。殊更、高温に特化している能力だな。少なくとも『スルト』が氷を操りだしたことはなかった」
「≪アブゾーバー≫では耐えられませんかね」
「奴は体表から一〇メートル前後の領域に熱を留めている。仮に我々が全裸であろうと、一定の距離までなら影響を受けないだろう。だが少しでも境界を超えれば例え最大出力の≪アブゾーバー≫でも耐えられん。消し炭になるぞ」
「それは……厄介ですね」
どこか冗談めかした言い回しだったが、ゾッとしない内容だった。
つまりあの巨人は莫大な熱を狭い範囲にかき集め、鎧のように着込んでいるのだ。≪アブゾーバー≫がどれだけの温度に耐えれるか正確には把握していないけど、使っても消し炭と言うことは尋常じゃない高温に違いない。
「≪ブリンカー≫で海のど真ん中に放り出したりはできないんですか?」
「転移可能な質量の制限に引っかかるな。≪マスハンドラー≫と併用したとしても触れる必要がある以上、実質不可能と考えた方がいい」
「実弾兵器も本体へ届く前に蒸発してしまうし、光学兵器……熱光線じゃ餌を与えるようなものね」
「で、でも前回同じようなのが現れた時は倒せたんですよね!? だったら今回も同じ方法で倒せば!」
「不可能ではないが、確実に死人が出るぞ」
「……え?」
希望から一転。呆然とした表情で固まるフィーダに、久道さんは淡々と語る。
「四年前は、当時最も実力のあったガーディアンがその身を犠牲にして討ち取った。決死の覚悟で敵の高熱域に飛び込み、至近距離で≪リンカー≫を暴走させて空間ごと消し飛ばしたんだが――」
「却下! 却下です!!」
「俺も同意見だ。そもそも破壊規模が大きすぎて都市の中では使えん」
「で、ですよね……はぁ」
端から採用する気は無かったらしい。
とは言え肝が冷えたのも事実だ。思わず溜息をついてしまう。
でも結局、話が振り出しに戻ったな。
これってもしかして手詰まりなんじゃないだろうか。
暗雲が立ち込める中、しばらく思案顔をしていた瑞葉さんが久道さんへと進言した。
「秀一殿、私の≪リインフォーサー≫なら奴の炎を突破できるのでは?」
「≪リインフォーサー≫?」
「物質の状態に関する情報その物を強化する装置よ。軽減する≪アブゾーバー≫と違って、外側からの影響を完全にカットできるわ」
聞きなれない単語に首を傾げていると、ルナリアが補足をしてくれた。
しかし今の説明だけだといまいちピンと来ない。ノイン辺りだったらざっくり結果だけ教えてくれるところなのだが。
無理解の気配を感じ取ったのか、ルナリアは若干納得しかねるような表情で言葉を加えてきた。
「……平たくいうと、物をひたすら丈夫にできるのよ。どんなに力をかけようと熱を加えようと、元の状態を保ってくれるの」
「成程、そういうことか」
ようやく理解し、同時に納得する。
瑞葉さんは肉眼では殆ど捉えられないほど細いワイヤで巨大な変異体の動きを封じたり、更には素手で粉砕したりしていた。どんな理屈で実現しているのか疑問に思っていたが、その答えが≪リインフォーサー≫なのだろう。
絶対に切れないワイヤならば、あの細さは逆に刃としての鋭さへと変わる。肉体への負荷すら無視できるなら、≪アクセラレーター≫との合わせ技で超威力の打撃を放つことも可能になる。
そして今の場面においては、あの巨人の纏う熱すら無視して接近が可能になるわけだ。
「……考えなかった訳ではないが」
俺にはこれ以上ない最適解に思えたが、提案を受けた久道さんの表情は渋かった。
「≪リインフォーサー≫は消耗が激しい。負荷がかかる一瞬ならともかく、一人のみを対象にしても連続で使用するなら二〇秒が関の山だ。その短時間であれを倒せる自信はあるのか?」
「それは……だがこれ以上下がればより主戦場が都市の中央へと近づいていくぞ!」
答えに窮した瑞葉さんは、切羽詰まった声を上げる。もはや焦りを隠そうともしていなかった。
こうして会話している間も、近づいてくる巨人から一定の距離を保つように後退し続けていた。少しでも人の多い地区から逸れるように気を付けてはいたが、如何せん距離が足りない。下手に大きく動けば相手が予想外の動きを起こす可能性もあった。
「くそっ、何か手は無いのか……!」
ルナリアの頑張りで生活エリアの被害はほぼゼロに抑えられた。なのにあんなのが突然現れて、都市の中で暴れたせいで犠牲者が出るなんて理不尽過ぎる。あまりにも報われないだろ。
時間停止で突っ込んでも、きっと俺が触れた炎は時間の流れを取り戻してしまう。初めこそ絶対無敵の能力だと思っていたが、こうして使ってみると存外融通の利かない能力だ。
なら時間遡行で回復しながら強引に攻めるか? だが前にシアを治療した時は気絶してしまった。重症に対する能力の行使はあの時以来一度もやっていない。もし奴を倒すより前に同じことが起きれば、確実に焼け死ぬ。
正宗――≪アブソリュートエンド≫を限界まで展開すれば、或いは奴を両断しうるかもしれない。だが間合いへ入るためには、やはり炎が邪魔だ。
畜生、肝心な時に役に立たねえ!
「ウィーッス。避難誘導を終えてラッド・マイヤーズただいま到着――ってなんだあのデケぇのはぁ!?」
唐突に後方から素っ頓狂な声が聞こえてくる。
振り向いてみるとそこには、≪グラビティボード≫に乗ったまま先の俺たちと同じように、唖然とした表情で炎の巨人を見上げるラッドの姿があった。
「マイヤーズか。空から奴の姿は見えなかったのか?」
「い、いえ避難誘導終わってからこっちに来るまで地表付近を飛んでたんで……ていうかあれどっから湧いて来たんっすか!?」
「何か……何か方法は……」
久道さんがラッドへ状況を説明する声がどこか遠くに聞こえる程に思考を巡らせる。
正直八方塞だ。それでも諦めることなんてできない。
俺にやれること。他のみんなができること。
この世界に来てからの経験の全てを頭の中へ思い浮かべ、総当たりしていく。
本当に無いのか。誰一人しなせず、あいつを倒す方法は。
倒すための武器はある。届きさえすれば殺せる。
敵を覆うたった一〇メートルの壁を突破する手段さえあれば――
「――空だ」
それは正しく、天啓だった。
一つだけ思いついた。あの炎の鎧に耐えつつ、奴を斬り伏せる方法を。
きっと……いや、確実に敵を倒すことはできる。
ただし、もう一つの目的を果たせるかは――
「何か思いついたの?」
「ルナリア……」
問いかけてきたルナリアの顔を、思わず正面から覗き込むように見てしまう。
俺が思いついた作戦を聞いたら、一体どんな反応をするだろうか。
まあ、大体予想は付くんだが。
「な、何よ」
「……ははっ」
「え、ちょっと本当に何? 私の顔に何か付いてる?」
「いや、何でもないよ」
若干顔を赤らめて狼狽えるルナリアを見ていると、意図せず笑みが零れた。
迷う必要なんて最初からなかったんだ。
どんなに危険な賭けだろうと、今の俺なら臨める。
この子が守ったもの。全てを賭して守り切ったものを、失わないためならば。
俺は――命だって賭けれる。




