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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter05-4

 意識が戻ると、後頭部に違和感があった。

 姿勢としては仰向けに倒れているみたいだが、下に何か敷いてあるのか頭の位置が少し高かった。硬すぎず程よい柔らかさ。人肌程度の温度が心地良い。ずっとこうして寝ていられるような気がする。

 しかし意識を手放す前のことを思い出した俺は、状況を確認するためにやむなく目を開けた。

 すると、こちらの表情を覗き込むように窺っている誰かと目が合った。

「……おはよう」

「何言ってんのよ、もう」

 咄嗟に出てきた言葉に対し、ルナリアはそう言いつつも微笑んだ。

 目を覚ますとそこには、時間を止める前にあった危うい部分は一切なく、いつも通りの彼女がいた。

 いや、いつも通りと言うのは少し語弊があるかもしれない。

 気になることは多々あれど、まずは必要な状況確認から済ませていく。

「俺どれくらい寝てた?」

「五分もしないくらいよ」

「……大幅記録更新だな」

 想像以上に短い時間を告げられ、驚きを隠せなかった。

 てっきり前のように四時間近く眠って全部終わっていたコースかと思っていたのだが、この様子では未だ戦闘状態は継続していそうだ。

 ただそれにしては、ルナリアがリラックスしすぎな気がする。

 顔を見れば確認するまでも無くわかることだが、念のため尋ねた。

「作戦は、どうなった」

「成功したわ。生活エリアからは変異体を一掃出来た。今は瑞葉さんたちの主導で避難誘導中よ」

 改めてルナリアの口から伝えられると、思いの外肩の荷が下りるような感覚に見舞われた。信じてはいたし失敗するとも思っていなかったが、それでも一抹の不安は拭い切れてなかったようだ。

 軽く視線だけを泳がせれば、道の端に退避していた市民たちはもう殆どこの場からいなくなっている。シアたちの姿も見えず、もうとっくに避難済みなのだろう。

「今はフィーダが都市の北で敵を引き寄せてくれてるから、新たにこっちの区へ変異体が来る心配もないみたい」

「そうか。ならすぐ救援に――」

「だめ」

 起き上がろうとしたら、優しく額を抑えられ再び頭が柔い何かに収まる。

 さっきから気になってたけど、これってやっぱり膝枕だよな。されたことないから断言はできないよ? でもこの見下ろされている状態といい位置関係といい、そうとしか思えないぞ。

「あんな無茶をした後なんだから。瑞葉さんも少し休んでろって言ってたし」

「そ、そうか」

 別に体調が悪いということはなく、むしろ不自然なくらいに体力も気力も有り余っているのだが。

 瑞葉さんが休めと言ったのなら、そこまで切迫した状況でもないのだろう。フィーダもあれで案外やれる方だ。本当にヤバくなれば自分で撤退の判断も出来るはず。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「何?」

「その……どうして俺は、膝枕されながら頭を撫でられてるんですかね?」

 こうして話している最中も、ルナリアの細い指が櫛を入れるように俺の髪をいじくりまわしている。不快ではないが、何となくむず痒い気分だ。

 だがルナリアは、問われている意味が分からないとばかりに小さく首を傾げる。

「嫌なの?」

「いやそういうわけじゃないん、だけど」

「ならいいじゃない」

 答えが答えになってなかった。

 嫌かと言われれば、まあ嫌な訳がない。むしろ大歓迎ですはい。前の世界で世のカップル共はこんなことを人の目も憚らずしていたのか。許せねぇ。でも今となっては俺もその一員だったわ。すまんな。

 ただ嬉しいのは嬉しいんだけど、やっぱりまだ恥ずかしさが勝る。奥ゆかしい日本人の俺としては、公衆の面前でいちゃつくのはどうかと思うんだ。その公衆は絶賛避難中で辺りにはいないけど、人目につく所であるのに変わりはない。

 それこそ避難誘導を終えた瑞葉さんたちが戻ってきて今の俺たちを見たら、何て言われることか。

 と、考えた矢先。

「……仮にも戦闘中に何をやっているんだお前たちは」

「……はは、やっぱそうなりますよね」

 近くの横道から出てきた瑞葉さんから浴びせられる呆れ百パーセントの視線と声を受けて、俺は苦笑いする他なかった。

「確かに休んでいろとは言ったが、まさか堂々とイチャつき始めるとは……さっきあれほど否定していたのは何だったんだ」

「いやーそれはですね。説明すると長くなるんですけど、簡単に言うと時間止めてる間に色々ありまして」

「あぁ、お前が寝てる間にルナリアから事情は聞いた。随分と無茶をしたようだな」

 どうやらルナリアは瑞葉さんたちに事の顛末を伝えていたようだ。でも俺たちを見た時の呆れっぷりを見るに、説明を受けたのは変異体の一掃に関するくだりだけみたいだな。

 ていうか、ルナリアが一切喋らないな。一体どうしたんだろう。

 様子を伺うため、一度瑞葉さんから視線を真上へ移した。

「…………はぅ」

「今更恥ずかしがるなら最初からしなきゃ良かったんじゃね!?」

 顔を真っ赤にしてプルプル震えているルナリアを見て、思わずそう叫んでしまった。

 あんだけ余裕かましてたのに、他人に見られただけでこれか。こっちまで恥ずかしくなるから勘弁してくれ。

 いたたまれなくなり、俺はいそいそと身を起こす。今度は止められなかった。

「で、話を進めてもいいか?」

「すんません、どうぞ」


 瑞葉さんから聞いた、俺が寝ている間の状況の経過はおおむね予想通りだった。

 何の前触れもないルナリアの大規模攻撃に一時は戸惑ったものの、その直後にラッドと共に空中からエリア全体を見回っていたノインから全体へ緊急連絡が入ったらしい。

 その内容は、生活エリアに出現していた変異体が全滅していたというもの。レーザーが急所を逸れ生き残っていた僅かな個体も、ろくに行動可能な状態ではなかったという。それら残党は即座に久道さんやノインらに狩られ、A・B区の変異体は根絶された。

 しかも変異体の出現と同時に、都市の北部でフィーダが派手に暴れて付近の変異体を引き寄せていたらしい。これによって隣接するエリアからの変異体の流入も最小限となり、最低限の人員を守りに割いた上で市民たちの避難が可能になったとのこと。

「誘導に関しても、私が担当した分は今しがた終えた。ミハイルやラッドたちもじきにこちらへ合流するだろう。それと、シアたちもちゃんと避難したのを確認済みだ」

「そうですか……よかった」

 思いもよらず、安堵のため息が漏れた。改めて事実として告げられることで、ぐっと安心感が増したようだ。

 二度も家族を失うなんて、俺にはとても耐えられる気がしない。今度こそ立ち直れなくなってもおかしくはなかった。

「ところで、フィーダの援護は必要ですか?」

「あれは……その、うん。今のところ大丈夫だろう。むしろ私たちが行くと巻き添えを食って逆に危険かもしれん」

 何故か歯切れ悪くそう言う瑞葉さん。

 彼女の口からこのような消極的な発言が出てくるのは正直言って予想外だった。性格を考えれば、むしろ弾幕を掻い潜ってでも助けに行くような人のはずなんだが。

 抱いた疑問を口にするか否か悩んでいると。

「――A区の避難は完了した。こちらの首尾はどうだ?」

 何もない虚空から突如として久道さんが姿を現した。≪ブリンカー≫による瞬間移動には前兆がないため、何度見ても少し驚いてしまう。

 一方慣れ切っている瑞葉さんは一切臆することなく、そのままの流れで状況を報告していた。

「秀一殿か。こちらも程なくして終わる。A区の防衛はもういいのか?」

「A区に接近していた変異体は全て片付けた。B区の防衛は――」

『私とノイン様で行っております。とは言えもう少しで終わるでしょうが』

『現在殲滅率九割。五分以内には合流可能です』

 久道さんに問われるよりも早く、ミハイルさんとノインからの通信が入った。フットワークの軽いラッドと瑞葉さんが避難誘導を担当し、残った二人が防衛に集中していたようだ。

「ならこちら側の問題は無さそうだな……友柄」

「は、はい!」

 唐突に名前を呼ばれ、意図せずして背筋が伸び返事の勢いがよくなってしまった。

 しかも向けられてくる視線がいつもより強く感じる。表情も普段以上に厳めしいし、まさか怒っていらっしゃる?

 よくよく考えてみれば俺とルナリアがやったのはかなり分の悪い博打だ。ルナリアの大規模計算はぶっつけ本番だし、俺の時間停止だってフューリーとの実験で確かめた安全圏を超過している。

 後ろにいるルナリアを横目で見やると、俺と同じ考えに至ったのか赤面から一転して青ざめていた。たぶん俺もあんな顔をしているだろう。

 久道さんはゆっくりと歩み寄ってくる。元々そんなに無かった距離はあっという間に縮んだ。俺の目の前で立ち止まり、徐に手を伸ばしてくる。

 ぶん殴られる!?

 数秒先の未来を予想し、さりとて避ける訳にもいかず俺は身を固くし――


「よくやった」


「え?」

 かけられた言葉と肩の上に置かれた手の意味が一瞬理解できず、間の抜けた声が出た。

 そんな俺に構わず、久道さんは続ける。

「事の次第はベイカーから聞いている。危険な賭けだったのは確かだが、それだけに決行へ移すには相応の覚悟があった筈だ」

「いや、そんな覚悟なんて……俺はただ、ルナリアの案に乗っかっただけですよ。最初から最後まで、彼女がいなきゃ成り立たなかった」

「ふむ……カミカワ」

「ふぁい!?」

 今度はルナリアが素っ頓狂な声を上げながら、跳ねるように立ちあがった。

 俺から離れていった久道さんは、同じようにルナリアの前まで歩いて行く。しかし俺の時のように手は伸ばさず、その場に留まったまま短く尋ねた。

「乗り越えられたのか?」

「っ! ……いえ」

 ハッとしたような表情になったルナリアは、しかしすぐに微笑み。

 小さく首を振って、意気揚々と告げた。

「これから乗り越えていきます。春近と……みんなと一緒に」

「……そうか」

 その答えは久道さんが望んでいたものだったのだろう。

 返事を聞いた彼の顔は、今まで見てきたどれよりも優しかった。


 ずっと負い目を感じていたのかもしれない。

 強く力を使い過ぎた影響か、シアの時と同様にルナリアの記憶の一部が流れ込んできた。そのお陰で、少しだけ久道さんの表情の意味がわかった気がする。

 都市に来た時点で殆ど他の選択肢はなかったとは言え、最終的にルナリアをガーディアンとして認めたのは久道さんだ。それが図らずともルナリアが両親の死に目に居合わせられなかった遠因となった。ただの市民として暮らしていたのなら、少なくとも家族と過ごす最後の時間だけは奪われずに済んだかもしれない。

 ルナリアの抱えてきた孤独は、同時に久道さんへ罪の意識を抱かせるものだった。

 だからこそルナリアが笑顔で答えた瞬間、久道さんもある意味解放されたのではないだろうか。


「ところで、レティエと連絡を取った者はいるか? 北側で変異体を引き付けていると聞いているが」

「ノインが警報の発令直後に一度。それから……ルナリアの大規模攻撃の後に私が」

「つまり最後の連絡から五分以上か」

 瑞葉さんの報告を受けて、久道さんは神妙な顔で北の方へと視線をやる。

「単独での戦闘時間としては少々長いな。向こうの状況を確認した上で、動けるものが援護に行くとしよう」

「あ! ちょっと待――」

 フィーダと連絡を取ろうとするそぶりを見せた久道さんを見て瑞葉さんがやにわに慌て始めるが、遅かった。

 次元技術による最新鋭の回線は早いなんてレベルではない。通信は開始とほぼ同時に確立され、都市北部の戦闘音とフィーダの声がオープンチャンネルで響き渡った。


『オラオラオラオラオラオラオラオラァ!! 挽肉になりたい奴から前に出て来いってんですよぉ!』


 ……誰だこいつ。

 本気で悩みかけたが、良く考えなくてもフィーダ以外にありえない。でも誰だこいつ。

 絶え間なくなり続ける火薬の炸裂音に、時々爆発音。変異体の悲鳴とか、色々と飛び散ってるような音の中に混じって、フィーダ自身の叫び声やら笑い声が聞こえてくる。

 一言で言えば、物凄くカオスな状況だった。

 完全にフィーダのテンションがハイになってるし、これでは意思疎通が成り立つかすら怪しい。瑞葉さんが止めようとした訳だ。

 全員が絶句する中、回復が早かったのはやはり久道さんだった。気を取り直すように咳ばらいを挟みつつ、フィーダへ語り掛ける。

「レティエ、そちらの状況は――」

『ほらほらどうしたんです雁首揃えて一人もわたしまで辿り着かないじゃないですかEUの雑魚共の方がまだ歯応えありますよ!?』

「おいレティ――」

『おっと逃がしませんよ! 逃げる奴は変異体、逃げない奴は訓練された変異体! 安心してください弾薬は腐るほどありますからアハハハハハハハハハハ!!』

「…………」

 久道さんが黙り込んだ。

 沈黙をこれほど恐ろしいと感じたのは初めてだ。今にも噴火しそうな火山の火口を覗いている気分で、できることなら今すぐこの場から逃げ出したい。ルナリアや瑞葉さんの表情も引きつっているし、たぶん俺と同じことを考えているはず。

 そして、非常に長く感じた数秒の静寂を経て。

 遂に久道さんがブチ切れた。


「フィーダ・レティエ! 作戦行動中の通信には必ず応答しろ!!」

『ひぃぃぃぃぃぃいいいいごめんなさいすみません調子乗り過ぎました謝りますからもうお尻蹴るのは止めてくださいサー・ヴォルフ――ってあれ?』


 効果は覿面だった。怒鳴られたフィーダはよ分からないことを一頻り捲し立てた後、正気に戻ったようだ。

「落ち着けレティエ。俺はお前の元上司ではない」

『く、久道さんでしたか。あぁびっくりした……てっきりまた隊長にお尻を蹴られるんじゃないかと』

「あと少し応答が遅ければ本気で蹴りに行っていた所だ」

『ひぃ!? 以後気を付けます!!』

 久道さんの喝ですっかりいつもの状態に戻ったフィーダであったが、こうして普通に会話している間も戦闘は継続している。流石に音量バランスは調整されたものの、依然としてガドリング砲の発砲音は止まない。

 前々から思っていたけど、俺と一か月違いと言ってもフィーダ自身の戦闘スキルは相当高いようだ。聞こえてくる変異体の鳴き声からして相当な数に囲まれているだろうに、一切寄せ付けている様子がない。

 さっき隊長とか元上司とか言っていたし、ガーディアンになる前からどこか別の部隊にでも所属していたのだろうか。

「そちらにはどれほどの数がいる」

『えーっと、取りあえず寄ってくる奴から片づけてるのでろくに数えてないですけど。少なくとも今の時点で二〇体近く倒してて、同じくらいの数に囲まれ続けてます』

「うげ、マジかよ……」

 とんでもない数がさらりと出てきて、思わずうめき声を上げてしまう。

 防衛戦で出現する変異体の平均数が二〇~三〇とされているので、フィーダだけでほぼ出撃一回分を処理した計算だ。無人の開けた領域での戦闘なので一概には言えないが、防衛戦での戦績としては間違いなくトップレベルだろう。

 同時に、それほどの数を倒してなお同等以上の数が控えている現状の異常さが際立つ。フィーダが相手をしている以外にも、ルナリアの掃射や久道さんたちがエリアの境界付近で倒した個体を含めれば防衛戦二・三回分の量に届くんじゃないか?

「既に連続戦闘時間が五分を超えている以上、一時離脱も視野に入れるべきだ。援護は必要か?」

『んー、このままなら多分大丈夫です』

 久道さんの至極真っ当な申し出を、意外にもフィーダは断った……っておい!?

「いくら何でも無茶だろ!? 悪いことは言わないから離脱しろって!」

『援護はありがたいんですけど、今ハルさんたちが来たら確実に巻き添え食いますよ? 正直言って、この状況で細かい狙いなんて付けられないです』

「そ、それは……いやしかしだな」

『敵自体に際立って強力な個体はいなさそうですし、いっそこのまま殲滅しちゃいましょうそうしましょう。フフフ、このヒリついた空気は前の戦場を思い出しますね……!』

 引き留めるつもりで会話をしていたら、逆にまたフィーダの危険なスイッチが入ろうとしていた。完全に逆効果だ。助けを求めてルナリアたちに視線を向けたが、無言で首を振られた。

「そう言うことなら、またしばらく任せる。念のため巻き添えを食わない範囲でそちらへ向かうから、何かあればすぐに連絡しろ」

 久道さんもすっかり呆れた様子で、ため息交じりに指示を出す。無理に介入するよりも、好きに暴れさせた方がかえってリスクが低くなると判断したのだろう。

『了解でっす! さあまだまだ続きますよ……むしろ、ここからが本当の地獄――』

 フィーダは我が意を得たりとばかりに、さっきと同じテンションになりかけ。


『ってあれ? 何あれ。ちょちょちょっと本当に何あれ!? うわこっち来てるいやあれは無理流石に無理無理――うわああああああああ本格的に冗談抜きでヤバい死ぬ! メーデーメーデー! さっそく緊急事態です助けに来てください! 久道さん、久道さーん!!』


 凄まじい必死さで助けを求める声を最後に、それこそ喋ってる余裕すらなくなったのかフィーダの方から通信が切れた。

 さっきのものとは違う、気まずい静寂が場を支配する。

 今度も沈黙を破ったのは、久道さんだった。

「……これは、行くべきなのだろうか」

「いや行くべきでしょう!?」

 迷ったように呟く久道さんに、この瞬間ばかりはツッコミを禁じえなかった。

「直前まで余裕ぶっこいてたのにあの慌てだし方は尋常じゃないですって!」

「あの、私もそう思います。流石のフィーダもこんな局面でふざけはしないでしょうし」

「そ、そうだな……うむ。連結開始(リンク・オン)

 ルナリアの援護射撃も加わり、久道さんも踏ん切りがついたようだった。

 リンカーを起動してから、全体通信で通達する。

「レティエより緊急の援護要請が入った。俺とベイカー、カミカワ、友柄は先行して現場へと向かう。残りの者は己が担当しているタスクが終了し次第合流せよ」

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