Chapter05-3
警報が鳴った直後、管理局に滞在していたノインの判断は迅速だった。
久道の指示を仰ぐ間もなくフィーダをD・E区の中間へと派遣し、自分はラッドと共にA・B区へと急行する。三年前の敗因が初動の遅れであったことは明らかなことであり、二の徹を踏むつもりは毛頭なかった。
「なぁ、本当に大丈夫だったのか?」
「何が」
「何でそんな怒ってんの!?」
≪グラビティ・ボード≫から地上へ向けて狙撃を敢行しつつ、ノインは問いかけてきたラッドへ億劫な目を向けた。
高速で移動しながらの狙撃は静止している状態の何倍もの集中力を要する。若干声や態度にイラつきが混じったとしても仕方のないことだと自分を正当化した。
「ってそうじゃなくて、フィーダを一人で行かせて良かったのかって話だよ。ただでさえ時期外してきてる上に、ざっと見る限りじゃ普段の防衛戦の倍はいやがるぜ」
下を見渡しながら、ラッドが呻くように言った。
彼の言う通り、状況は非常に良くない。予想ではまだ先であるはずの変異体の出現。これだけでも充分な問題なのに、現れた敵の数は更に多い。
何よりフィーダはガーディアンになってまだ半月だ。一年もやってて自分で変異体を倒したことのないラッドの言えた口ではないが、心配は尽きない。
「問題ない」
しかし、そんなラッドの心配をバッサリ斬り捨てるようにノインは即答した。
「フィーダ・レティエはガーディアンとしては新人でも、場数自体はラッド・マイヤーズより遥かに上」
「え、マジで?」
「都市に来る前はEUの特攻部隊に所属していた。変異体の群れに突撃を仕掛けて内側から引っ掻き回すような部隊」
説明しながら、ノインの脳内で当時の情景が昨日のことのように思い起こされる。
荒廃した市街地。朽ち果てたビル群をなぎ倒す様に迫り来る変異体の津波。その真っただ中へ躊躇なく突っ込んでいく隊長と父、そしてフィーダ。
よく死ななかったものだと改めて思う。戦線を引かねばならないほどの傷を負った父だって、あんな無謀な突撃を繰り返しておきながら生きて帰って来ただけで充分な戦果と言えるだろう。
「最初の一回で死ぬわそんなん!!」
当然ながら、ラッドからすれば正気の沙汰ではなかった。
「って待てよ、じゃあノイちゃん先輩って呼び方はEU時代からの先輩って意味?」
「あっちは前衛で小官は後衛だったけど。とにかく、殲滅目的の多対戦闘は彼女の専門。救援要請がない限り心配はいらない」
ラッドが納得するように敢えて断定する口調で話したが、何も嘘を言っている訳ではない。
フィーダの重火器を複数並べて弾幕を張る戦闘スタイルは他者と連携し市民を守りながら戦う防衛戦には不向きでも、単純な殲滅でなら恐ろしい威力を発揮できる。だからこそ人の立ち入らないエリアの中央で派手に暴れてもらい、少しでも生活エリアへの流入を防ぐ。
悪く言えば囮だが、この局面で重要な役目を任せられるくらいにはフィーダの腕を信頼していた。
それに不謹慎な話ではあるが、久々に大暴れする機会を得て彼女もきっと喜んでいるだろう。普段は常識人ぶっているが、あのトリガーハッピーは間違いなく頭のネジが数本飛んでいる。少なくとも戦闘中は。
よってノインは気兼ねなく、A・B区へ救援に向かうことが出来たのだ。
今頃、B区でデート――本人たちに言えば間違いなく否定するだろうが――をしていたルナリアや春近も戦闘に入っているだろう。連絡のない瑞葉たちも恐らくその付近にいる筈だ。久道はA区側から順に変異体を駆除していくらしいので、ノインたちもその援護へ回るべき。
それが最善の判断、だが。
「……大丈夫かな」
最大限ラッドに聞こえないよう、小さな本音を漏らすノイン。
気がかりなのは、やはりルナリアのことだ。
彼女にとって、今の状況は過去の苦い記憶を想起させるものに他ならない。あれから一切ルナリアはそのことについて話をしなくなり、ノインとしても傷跡をほじくり返すことを恐れ切り出すことが出来なかった。
もしこの状況を受けて、ルナリアが取り返しのつかないことになっていたら。
そんな最悪の可能性が頭の中から離れない。
ラッドにきつく当たってしまったのも、その辺りの心理状態に起因していた。もっとも、全く申し訳ない気持ちは湧いて来ないのだが。
「今は、集中」
雑念を振り払うように、ノインは軽く首を振る。
ただでさえ神経をすり減らす狙撃の最中だ。今は一体でも多く変異体を排除することに意識を注ぐ必要がある。
瞳に怜悧な輝きを取り戻したノインは、再び≪スマートライフル≫のスコープを覗き込み――
「どわぁぁぁぁぁあああああああ!?」
「――っ!?」
突然ラッドの悲鳴が聞こえたかと思えば、体重を預けていた≪グラビティボード≫が大きく縦に揺れた。
体ごと投げ出されかねない揺れに対し、ノインは即座に狙撃を中断して大きく身を伏せる。重心を低い位置へと移動させることで、何とか振り落とされるのを回避した。
気づけば、高速で後方に流れていた景色はいつの間にか止まっていた。どうやらラッドが急停車したらしい。
原因の究明をしながら、ノインはゆっくりと身を起こし。
「おい、移動足場」
「ちちち、ちち違う! 今のは不可抗力だ!」
小さな体から出てきた、地獄の底から響くような怨嗟の声にラッドは全力の命乞いを開始した。
「進行ルート上をいきなり柱みてーなクソデカいレーザーが横切っていったんだよ! あのまま突っ込んでたら今頃仲良く焼け死んでたって!」
「レーザー?」
「しかも空中でばらけて四方八方に降り注いでったしよ……まさか新手の変異体の攻撃じゃねえだろうな? 時間止める奴見た後じゃ、レーザー撃つ奴がいたって何の疑問も抱かねえぞ俺は」
「……まさか」
ノインの呟きはラッドの突飛な発言の否定であると共に、自分の推測に対する疑念でもあった。
レーザー――光学兵器と聞けば、真っ先に思い浮かぶのが彼女の親友たるルナリアの≪サイレントルーラー≫だ。他のガーディアンに光学兵器を扱う人間はいないし、都市の防衛機構にも存在しない。
この時点で確定しているようなものなのだが、それでも信じ切れない部分があった。
まず、彼女が柱のようなレーザーを放つところをノインは見たことが無かった。最大出力ならば或いはと考えられるが、それには相当な充填時間を要する。あのルナリアがこの緊急時に隙を作るような真似をするとは思えない。
仮に放っていた場合、ラッドの発言が正しければレーザーは空中で分散し、四方八方へと降り注いだという。目的はほぼ確実に、地上に存在する変異体の殲滅だろう。だが適当にバラまくだけでは避難が遅れた市民も巻き込んでしまう。ルナリアの性格上、危険な博打はしないはず。
だから、もしレーザーが彼女によるものだとすれば。
数百に上る光線全ての軌道をミラーポイントで誘導した上で放ったということになる。
しかし、そんなことが本当に可能なのだろうか?
ノインは過去に一度だけ、ルナリアの≪サイレントルーラー≫を貸してもらったことがある。前々から興味があったのもあるし、光学兵器の弾道操作を体験してみたかったからだ。
結果としては散々だった。自分が射出したいタイミングとミラーポイントの演算の完了が噛み合わず、とても実戦では通用しない出来栄えとなってしまった。あれを平然と使いこなしているルナリアは、間違いなくフューリーが自ら見出した天才に違いないだろう。
かと言って、仮にレーザーが散った範囲を生活エリアに限ったとしてもその演算量は膨大過ぎる。射撃までに対象が動くことで生じる誤差まで含めれば、ルナリアがどれだけ急いだところで三〇秒――否、一分で終われば上出来と言ったところか。
そんな致命的過ぎる時間を、彼女が看過する訳が――
「……時間!」
――否、ある。
一見して不可能としか思えない問題を解決する、唯一の解が。
ルナリアと一緒にいるであろう、友柄春近の時間操作があれば――!
確信に至ったノインはすぐさま生活エリア付近の≪サードアイ≫へアクセスし、地上の映像を片っ端から取得していく。複数の仮想窓が展開され、瞬く間に視界が埋め尽くされていった。
「お、おいどうしたんだよ急に――」
「集中してるから黙って」
「うぃっす!」
話しかけてくるラッドを短く叱責し、視界の端から端まで目を通していくノイン。
その過程で予想と現実が合致していく内に、彼女の目が大きく見開かれていった。
驚愕はそのまま、呟きとして唇から零れ出てくる。
「……いない」
「えーっと。何がって聞いてもいいっすかね?」
恐る恐る尋ねてきたラッドへ、ノインはただ一言だけ答える。
「生活エリアに出現した変異体の残存個体が、一体もいない」
それを聞いたラッドは、数秒の沈黙を経て。
「……嘘だろ?」
まるで鏡写しのように、呆けた顔でそう口にするのだった。
◇
――声が聞こえる。
幾つかの声には聞き覚えがあるが、聞いた覚えはない言葉ばかり。
きっとこれは記憶だ。
俺ではない誰かの、過去の記憶。
「ごめんねルナリア。私なんかのために」
「辛くなったら言うんだよ。僕もなんとか力になってみせるから」
「狙いが甘い。ルナリア=カミカワはもっと集中するべき」
「そう力むな。同じ女子同士、肩の力を抜いて話そうじゃないか」
「落ち着いて周りを見ることです。大丈夫、あなた様なら出来る」
「お前は充分努力している。焦る必要はない。少しずつ積み重ねていけ」
「もう少し楽観的になるといい。君はただでさえ余計に背負いがちなのだから」
掛けられてきた言葉の数々。
どれ一つとして忘れたことはない、大切な記憶。
「ルナ。あまり無理はしないで」
「今日は泊まっていけ。遠慮するな、部屋なら腐るほどある。何なら一緒に寝るか?」
「新しい茶葉を入荷したんですよ。お茶請けも用意して待っておりますので」
「カミカワに落ち度はなかった。あれはもはや……いや、何でもない。忘れてくれ」
「過ぎてしまったことを悔やみ続けるのは止したまえ。君にはまだ、君の人生があるだろう?」
思い返せば、一人だけだった時間なんてなかった。
いつだって、彼らは寄り添おうとしてくれていた。
「は、初めまして……久道エリカ、です」
「うぃーす、今日から配属になったラッド・マイヤーズっす。戦闘はからっきしだけど、サポート方面で色々頑張る予定だからよろしく頼むぜ」
「EUから来ましたフィーダ・レティエと言いま――ってぇえノイちゃん先輩!? クラッツァ副隊長と一緒に退役したんじゃ……」
月日は経ち、年の近い仲間も増えて随分と賑やかになった。
彼らと過ごす日々があったからこそ、孤独に押しつぶされることはなかった。
「俺の名前は友柄晴近!」
一番新しい記憶。
威勢よく名乗った少年の表情が酷く印象的だった。
満面の笑顔なのに、強い痛みを堪えているようなその表情には見覚えがあった。
毎日鏡で見る、自分と同じだった。
「この悪夢は、いつになったら覚めるんだ?」
春近はやはり自分と同じだった。
いま目の前にいるのは、全てを失ったばかりのあの日の自分だ。
放っておくことなんて出来る訳がなかった。
「何で俺たちが、こんな目に遭わなきゃならないんだよ……!!」
春近自身の口から告げられた真実は衝撃的だった。
だがそれ以上に、彼に課せられた運命の過酷さが言葉を失わせた。
それでも。彼がどこかへ行ってしまわないように、一歩踏み出す。
「く、そぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
本来見える筈のない、苦しむようにもがく姿が見えた。
理由は分からない。ただ、必要だと思ったから。
ぎこちなく動く右手を伸ばし、そっと背中を押した。
「恋をして。家庭を築いて。年を取って、普通に死ぬ。そういう当たり前の人生を……幸福な未来を、君と目指していきたいんだ」
それは、ずっと欲していた言葉だった。
拒絶する一方で、何よりも求めていた繋がり。
答えなんて、既に決まっていた――




