Chapter05-2
それは丁度、瑞葉さんたちと会う前に問われたのと同じ内容だった。
既に答えは用意してある。当時は納得してもらえるかどうかが気がかりだったのだが、全ての本音を聞き終えた今なら、そうだと言える自信があった。
変に言葉を飾る必要は無い。
あの時考え、思ったことをそのまま言語化し、声に出す。
「それはな」
「俺がルナリアよりも、ずっと弱いからだ」
答えを聞いたルナリアは、ポカンとした表情を浮かべ動きを止めた。
うっかり離れて時間停止に巻き込んじまったかと思ったが、すぐにルナリアは首を左右に振り否定した。
「そんなの……筋が通ってないわ。私が春近より強いなら、そもそもこんなことには」
「いや実際、ルナリアは強いよ」
彼女の性格上、自分で気づくのは難しいかもしれない。指摘してくれる他者がいれば話は違ったが、距離を保とうとしたせいでそれも望めなかった。
だから代わりに、俺が指摘する。
「じゃなきゃ、あんな苦しいのに三年も耐えれる訳ないだろ。さっきも言ったけど、俺は昨日の時点でシアに泣きついてんだぜ?」
「っ……!」
苦笑しながら言ってやると、ルナリアは驚愕に目を見開いた。
俺とルナリアが受けた苦痛を、失ったものの重さで比べることは出来ない。
だが、少なくとも俺は三日で限界を迎えた。シアに見透かされ諭され、全部吐き出して大泣きして。そこまでして、ようやく本当の意味で立ち直れたと言っていい。
それに対しルナリアは今日この場に至るまで、実に三年もの間、たった一人で孤独に耐え続けてきたのだ。その苦しみは、数日しか味わっていない俺には想像を絶する。
ルナリアは決して弱くなんかない。むしろ、この都市にいる誰よりも強い心を持っているに違いない。
ただし、今回はそれがいけなかった。
「俺はー、ほら。自分が弱い人間だってわかってるからさ。もう無理だって思った時には周りの人に全力で頼ったよ。でなきゃ、ここまでこれなかった」
都市に来て最初の日。二度と元の世界には帰れないと告げられ、生きる意味を失いかけていたらルナリアに叱られ、励まされた。
変異体と化した両親と相対した日。真実をしり自暴自棄になった俺を、みんなが引き留めてくれた。そう言えば、あの時も最初に来てくれたのはルナリアだったな。
そして昨日。墓参りを終えてなお気持ちの整理がついていなかった中、サプライズ気味に現れたシアが心の隙間を埋めてくれた。
特に印象に残っているものでもこれだけ。数え上げていたらキリがない。この世界に来て十日余りで、随分と他人に寄りかかって来たと思う。
不本意ながら、俺は隠し事が出来ないタイプの人間だという指摘も各方面から受けていた。わかりやすいサインを出していたことも、周りからの助けを得られた一因だろう。
反面、ルナリアはどうだろうか。
「ルナリアはさ。たぶん、強すぎたんだ。本当は大丈夫な訳がないのに、大丈夫だって自分に言い聞かせて……それで、本当に騙せちゃったんだよ」
両親を失ったことが大丈夫だと思い込めた時点で、既におかしかったのだ。常人ならば延々と悲しみに暮れる所を、突然すっぱりと割り切ることなんて普通は出来ない。
しかしルナリアにはそれが出来てしまった。表向きは立ち直ったように見せかけ、誰にも頼ることなく。あまつさえ、同じような境遇にある他人の面倒まで見始めた。
そんなこと、出来るはずがないのに。
悲しみや痛みは消えたのではなく、ただ心の奥底に蓄積していっているだけなのに。それを無いものとしている歪な状態が、そう長く続くはずもない。
にもかかわらず、ルナリアは三年も耐えてしまった。
結果は御覧の通りだ。ルナリアは三年分溜めに溜め込んだ苦痛の全てに打ちのめされ、武器を取るどころか立ち上がることすら出来なくなっている。
「もっと早く、誰かを頼っていればよかったんだ。一言『辛い』って言えば、きっとみんな助けてくれた。俺とルナリアの違いは、それだけだよ」
「でも、そしたらみんなに迷惑が――」
「それを言うなら、現在進行形で俺が、大迷惑被ってんですがね……」
「うぅっ」
冗談のつもりだったのだが、割と本気でショックを受けてしまったようだ。
凹ませる気はなかったんだけどな。もしかしたら、あまりにも表情が迫真だったからかもしれない。
そう、いい加減時間がヤバい。能力を発動してからどれくらい経ったか数えてはいないが、確実に一分は経っていた。
実験を繰り返す内にタイムリミットが微妙に伸びたのかまだ意識は保てているが、既に頭の奥が強く疼いてきている。体中嫌な汗が滲んでるし、上手く笑えているかどうかもわからない。
これがピークに達した瞬間、時間停止は強制的に解かれ世界は元の時間流へと戻る。もしその時にルナリアがまだ動けず、最悪俺が気絶した場合一気に戦力が消える。それは冗談じゃ済まされない。
……そう言う打算を抜きにしても。
この子が悲し気なままでいるのを、俺が看過できなった。
「ぐっ……なぁ、ルナリア」
再び俯いてしまった少女へ呼びかける。
僅かに顔を上げたルナリアと目が合ったのを確認し、俺は必死に言葉を紡いだ。
「もし、まだ誰かに頼ることに抵抗があるなら……」
ただ答えを提示するだけで足りないなら。
客観的に指摘されてなお、自ら動きだせずにいるのなら。
「せめて、俺には君を助けさせてくれないか?」
「……どうして?」
申し出た俺の瞳を見つめたまま、ルナリアが尋ねてくる。
理由、か。
何故かここで、返答に詰まってしまう。
少しでも戦力が欲しいから?
何度も助けてもらっているから?
それ以前に仲間を助けるのは当たり前?
少し考えただけで、いくつもの理由が浮かんだ。
だが、どれもしっくりこない。間違ってはいないが、相応しくない。
最大公約数的な答えでは、届かないと思った。
俺は何を考えて持ち掛けた?
ルナリアの目を見て、一体何を――
ふと。
いつの日か、奇しくも今と同じように彼女の目を見ていたことを思い出す。
あの時、確か俺は。
「そんなの、決まってるだろ」
殆ど独り言のように呟く。
理由なんて考えるまでも無く、最初からハッキリしていた。
散々周囲から指摘されてきたのにな。自分が態度に出やすい人間であると再確認したばかりなのに、気づいていないフリをして。
ああやって言われていたということは、つまりそう言うことなのだろう。
涙の粒を宝石のように輝かせる、透き通るような碧い瞳が至近にある。
あの日から変わらず、綺麗な目をしていた。
「君のことが、好きだからだ」
人生初の告白にしては、自分でも驚くほどすんなりと言葉が出てきた。
もっと緊張するもんだと思っていたが、状況が状況だからだろうか。それとも、こういう緊張とも無縁になってしまったのか。
まあ、今は考えるだけ野暮だな。
「好きな子が苦しんでいるなら助けたい。寂しがっているなら側に居てあげたい。悲しんでいるなら、慰めてあげたい」
結局、幾ら他の理由を言ったところで建前にしかならなかった。
俺はただ、ルナリア・カミカワという一人の少女を好きになってしまっただけだ。
好きになってしまったのだから、助けたいと思うのは当然じゃないか。
「俺も一度は未来を諦めかけた。だけど今は、目指したい場所がある。そこにはルナリアがいてくれないとダメなんだよ」
ミハイルさんと話をして、やっと自分の想いに気づけた。
俺が望んでいる未来は、一人では到底たどり着けない。
前の世界では漠然と抱いていただけで、だけどこの世界では難しい。
だからこそ、明確な言葉にして誓う。
「恋をして。家庭を築いて。年を取って、普通に死ぬ。そういう当たり前の人生を……幸福な未来を、君と目指していきたいんだ」
「……」
「……えっと、だから、その」
「……」
「あー、もしもし? 聞こえてます?」
「……あ、ごめん」
俺の一世一代の告白から茫然としたまま一度も声を発さなかったルナリアは、呆けた表情のままただ一言。
「どのタイミングで誤魔化してくるか待ち構えてた」
「んなことするか!」
頓珍漢な言い訳に、余計に頭痛が強まった気がした。思わず投げ出しそうになった意識を死ぬ気で繋ぎ留める。
「どう考えてもそういう空気じゃなかったろ今!?」
「だ、だって! 前に同じようなこと言って、すぐに他のみんなも好きだーとか言って私を騙したじゃない!」
ぐぉ、そういえばそんなこともあったような……!
だいぶいつもの調子に戻ってきているルナリアから受けた鋭い指摘にたじろぎそうになるが、ここで退いたら負けだと思い直す。
こうなりゃヤケクソだ。
「いやあれはだな。咄嗟に恥ずかしくなったというか、要するに照れ隠しであって、つまりずっと前から好きでしたぁ!」
「す、好きって……こんな時にあなた馬鹿じゃないの!?」
顔を真っ赤にしたルナリアに罵られる。
ああ、その通りだ。言い訳なんてしようもない。
「そうだよ馬鹿だよ! 男のくせにウジウジして女の子に怒られて、今度はその女の子が苦しんでるのにも気づけなかったクソ馬鹿野郎だ。けどな!」
認めてやる。俺は救いようのない馬鹿だ。
――でも。
誰も救えない馬鹿に成り下がるのだけは、絶対に嫌だ。
「気づいたからには、絶対に助ける」
「独りで背負い込む必要はない。辛い時は、みんなに頼ったっていい……でも、まずは俺と半分ずつから始めないか?」
「どう、して」
「俺がそうしたいから」
御高承な理由なんていらない。
俺は徹頭徹尾、自分の想いを貫く。
「ルナリアが遠慮なく弱みを見せられる、最初の人間になりたいんだ」
「……いいの?」
ルナリアは微かに目を潤ませたまま、問いかけてくる。
「私、春近が悲しんでいるのを知ってたのに慰めてあげられなかった。シアには出来たのに、私には出来なかった」
「でも、立ち止まりそうな時に背中を押してくれたのはルナリアだ」
「結局それが原因で、春近が両親を殺す羽目になったわ」
「最後に決断したのは俺だ。こう言ったらずるいかもしれないけど、俺はああしてでもルナリアと歩む未来を選びたかったんだ」
「本当に、いいの? 私なんかで、本当に――!?」
「あーもう何度も言わすな」
あまりにしつこいので、思い切り抱きしめて黙らせた。
決して聞き間違えることのないよう、耳元で告げる。
「ルナリアがいいんだ。君とじゃなきゃ、嫌なんだ」
「っ!」
腕の中で、小さな体が震えた。
胸元に顔を埋めたまま、ルナリアはしばらく黙り込む。やがて服に皺が残るほど握りしめていた手が解け、そのまま俺の背中へと回り。
ちょうど抱き合う形になった時点で、この距離だからこそ聞こえる音量で。
「……わた、しも」
「ん?」
「私も。は、春近と……ずっと、一緒にいたい」
「……ああ」
どんな表情をしているのかは見えない。その上声は震えまくっていて、辛うじて言葉として聞き取れる返事ではあったが。
何はともあれ、俺の人生初の告白は成功したようだった。
全く、これで終わりなら感無量だったんだが。
「そろそろこっちも限界だな……ルナリア、もう大丈夫か?」
明確に頭痛と診断できるレベルで疼きが強くなってきていて、本格的にヤバい。ルナリアもこの感じなら大丈夫そうだし、いい加減討伐に戻らないと。
しかし、そうもいかないようだった。
「無理。離れられない」
「……何故に?」
「今、人に見せられないような顔してるもの」
「んなこと言ってる場合か周りの状況わかってんのか!?」
たまらず叫ぶ。
「わ、わかってるわよ。でも仕方がないじゃない」
冗談なら笑えないが、ルナリアは至って本気のようだった。一層強く密着するように腕へ力を込め、頑として俺から離れることを拒否してる。男冥利に尽きるが、今はいちゃついている場合じゃないんだって。
無理やり引き剥がすか、このままルアリアを装着したまま戦うかのどちらかを本気で検討しかけたが、それを実行に移すよりも早くルナリアが口を開いた。
「……一つだけ、方法があるの」
「何の!?」
「この状態のまま変異体を倒す方法よ。もし、春近が協力してくれれば……」
思考の空隙か、僅かな間を開けてルナリアは。
耳を疑うようなそれを、宣言する。
「生活エリアにいる変異体を、一瞬で殲滅出来るわ」
「……本気で言ってるのか?」
「ぶっつけ本番になるけど。上手くいけば、時間停止を解除した直後に」
思わず聞き返すと、よどみない答えが返ってきた。
そう言えば、前に一人で何か練習をしていたみたいだが、これのことなのか。
にしても二つのエリアに跨って蔓延る変異体を殲滅? しかも時間停止の解除直後に?
仮に出来るとすれば、これ以上の勝利はないだろう。出現直後に運悪く近くにいた人々はまだしも、これから襲われるであろう市民は誰一人犠牲にならずに済む。一方で、あまりにも夢物語が過ぎる気もした。
だが前後の状況は置いておくとして、ルナリアが冗談や希望的観測でこんなことを言い出すとは思えない。
ならばもう既に、彼女の中では組みあがっているのだ。
この絶望的な状況を打破できる、一発逆転の一手が。
そしてそれは、俺の協力を前提としている。
なら、話は決まりだ。
「俺は何をすればいい」
迷うことなく、するべきことを尋ねる。
とは言え、予想はついているんだよな。
ルナリアが持つ武器の性質と今の状態で俺が出来ることを照らし合わせれば、自然と。
出来れば外れて欲しい予想ではあったが。
「このまま時間を止め続けて」
「やっぱりな……で、あとどれくらい?」
「今から三〇秒。それだけあれば充分よ――連結開始」
そう断言したルナリアは、リンカーを起動すると同時に自らの愛機を展開した。
光学兵器は、充填したエネルギーの分だけその威力や規模が増す。更に≪サイレントルーラー≫に関して言えば、複数のミラーポイントを経由することで光線を自在に屈折・分散させることが可能だ。
ここまでくれば、馬鹿な俺でもわかる。
ルナリアは≪サイレントルーラー≫の最大火力を生活エリア全体にばら撒いて、一帯の変異体を殲滅するつもりなのだ。
わかったと言っても、疑問は残る。
生活エリア全域にミラーポイントを設置し、一つ一つの反射角度や分散率の設定も行うとなると、その計算量は恐ろしく膨大な数となるんじゃないだろうか。
しかも俺たちがいるラインならともかく、それこそA区のような全く見えない地域にいる変異体を、市民を巻き込まずに撃ち抜けるのか。
疑問は尽きない。考えれば考えるほど、湧いて出てくる。
だがそれを、考慮する必要はなかった。
「任せても良いか?」
「もちろん。春近もよろしくね」
たったそれだけの短いやり取りを経て、会話を打ち切る。
そう、何も心配する必要は無い。俺たちは互いを信頼するだけでよかった。
片や、限界の二倍以上の時を止め続ける。
片や、三〇秒で二つの区域へ配置するミラーポイントの計算を完遂する。
どちらかがしくじっただけでも、敗北が確定する賭け。一見して勝ち目があるとは思えない勝負ではあったが、俺は必ず勝てると信じている。きっとルナリアも同じなはずだ。
だってそうだろう?
大好きな子が、俺なら出来ると信じて託してくれたんだ。
そんなの――
「格好つけてやり遂げるしかないだろ――!」
◇
――演算に必要な情報を精査>>都市の立体図をロード>対象区画における市民ならびに変異体の位置のマッピングを開始>>データベースの市民データを用いて市民の存在座標をマッピング>>>完了>目視範囲外の変異体の位置情報が著しく不足。時間停止直前に≪サードアイ≫から送信された映像データを参照――
対象をA・B区に限定した理由は二つ。
最大の理由は最も市民が集中している地域であったからであるが、より現実的な問題としてルナリアと≪サイレントルーラー≫がカバーできる範囲が限られていた。
ただ都市全体へ無秩序にレーザーをばら撒くだけなら可能だし、文字通りの全滅も叶うだろう。ただしそれは、避難の遅れた市民を巻き込むのと同義である。
三〇秒という時間は適当に言った訳ではない。
正確にミラーポイントを配置し、かつ確実に変異体を殺傷できるだけのチャージを両立できるギリギリのラインだった。
――≪サードアイ≫二基から送信された七二〇件の映像データより位置情報取得>>変異体の存在座標をマッピングならびにタグ付け>>>>完了>排除対象の総数三七。外見及び体格・体形より各個体につき五か所の急所を推定>>>時間停止解除後の偏差を予測>>着弾誤差を許容内へ収束>>市民位置との相互比較を行い弾道を最適化>>>>構築したルートを目標値としミラーポイントの配置座標ならびにパラメータ演算開始――
「――――っ!!」
ミラーポイントの配置へと移行した瞬間、これまでとは比較にならない量の演算がルナリアの脳を直撃した。
凄まじい衝撃に背中が大きく跳ねる。直接頭をぶん殴られたような感覚に昏倒しかけながらも、手放しかけた意識を辛くも繋ぎ止めた。
原因は自明だった。
対象とする変異体は三七体。本来なら都市全体に発生する平均的な数であり、二つの区だけでこの数字はやはり三年前を彷彿とさせる異常発生だ。
加えて、確実に殺しきるため各個体ごとに五発。それも全て急所に叩き込む必要がある。弾速自体は光速なため偏差の考慮はあまり必要ないが、人の命がかかっている以上誤差は極力抑えたい。
最終的に設置する必要があると判断したミラーポイントの数は三〇〇を超えている。
これら全ての計算を、残りの二〇秒で完遂させなければいけない。
――ポイントA133-137演算>>>>>>設定>>>完了>ポイントA120演算>設定>>完了>ポイントB010-025演算>>>>>>>>>>>>設定>>>完了>ポイントA001-007演算>>>設定>完了>ポイントB092-100演算>>設定>完了>>>>演算演算演算設定設定演算演算設定演算――
神経よ焼き切れろと膨大な演算へと立ち向かう。
一つ一つ処理していたのではらちが明かない。あのフューリーですら称賛した並行処理能力――持って生まれ、これまで研ぎ澄ましてきた才能の全てを駆使する。途中からは演算結果の確認すら飛ばし、片っ端から数値を代入していく。
一つでもズレれば計算式全体が崩壊する状況においても、時間は限られている。多少のリスクを背負ってでもルナリアは速度を取った。
普段ならば信じられない選択だ。この手の演算で何よりも正確性を重んじてきたルナリアは、あまりの無謀さに自分でも驚いている。
だが不思議と、上手くいくような気がしてならない。
訓練場で一人で練習していた時はまるで駄目だった。たった数十メートルの半径ですら演算にもたつき、おおよそ実戦で使用できるレベルではなかった。
今はその時と比べてはるかに広い範囲で、比較にならないほど大量の演算。しかし計算の速度や正確さは、練習の時を遥かに凌駕している。
理由は明白だった。
「独りじゃない」
ルナリアはこの場にいない者も含めた、ガーディアンの仲間たちを意識した。ただの仕事仲間ではない。今までの人生に関わってきた、掛け替えのない知人友人たちだ。
年の近い親友として、文句をいいつつ愚痴に付き合ってくれたノイン。
普段はどこかずれているのに、時折年長者としての貫禄を見せてくれた瑞葉。
いつも落ち着いていて、細々とした相談にも嫌な顔をせず乗ってくれたミハイル。
厳しく振る舞う裏側で、本当は誰よりも心配してくれていた久道。
本当は不器用な癖に、精一杯余裕ぶって様々なフォローをしてくれたフューリー。
不真面目さは目立つが、チーム内の空気を常に良くしてくれたラッド。
少々マニアックながらも、物怖じせず自分のことを語ってくれたフィーダ。
――そして。
「春近」
小さくその名前を口にすると、今までに感じたことのない感情が湧き出てくる。
まだ出会って一月も経っていない少年だ。こことは別の世界から来たという話は未だに半信半疑で、ルナリアはきっと友柄春近という人物のことを半分もわかっていないのだろう。
それでも、春近のことが愛おしくてたまらない。
こうして抱き合っているだけで、無限に力が湧いてくる。今まで出来なかったことが、何だって出来るような気がする。
あまりにも単純すぎる自分に、綱渡りのような演算の最中でも苦笑が漏れてしまう。
あれだけ周りと深く繋がることを拒絶しておきながら、結局一番繋がりを欲していたのはルナリア自身だったのだ。
それを、あれだけ自分のことに無頓着な春近に見抜かれた。
……否、彼だからこそ気づけたのだろう。
他でもない彼自身が、常に他人との繋がりを求め続けていたのだから。
「私は、独りじゃない」
ルナリアは併せて思い出す。
今から一〇分前ほどに、瑞葉から語られたこと。
愛する男に望まぬ殺しをさせていたと知り、絶望した女。彼女は一体、どうやって立ち直ったのか?
ルナリアの問いに対する、瑞葉の答えは。
『男が告白したんだよ。お前がいなければ、この先生きていけない……って具合に。しかし信じられるか? あの人がそんなことを言うなんて。まあ、それで立ち直ってしまうあたり彼女も相当に単純だが』
つまり、ルナリアも馬鹿と同じだったのだ。
他人との付き合い方を誤り、自らを苦しめ。どうしようもなくなってから、他人に指摘されてようやく気付くところも。
抱きしめられて好きだと言われ、コロッといってしまう単純なところも。
ひょっとしたら、あの人物を苦手に感じているのは同族嫌悪に近いのかもしれない。
「馬鹿でも、何でもいい」
ルナリアは開き直る。
これ以上ないくらいの失態を犯した。恥を晒した。
だったら、後はどん底から這いあがるだけ。
前を向くのが辛くても、二人でなら進める。いや、二人だけではない。もっとたくさんの仲間たちが今のルナリアにはいてくれている。
だから――
「不可能なことなんて、ない!」
――演算終了。
――ミラーポイントの配置完了。
――エネルギー充填率最大。
――全行程完遂。
メッセージの表示がなされたと同時に、ルナリアは天を突く様に武器を構えた。≪サイレント・ルーラー≫の銃口たるプリズムが、眩い光を放ち始める。
過負荷に疲弊した意識は朦朧とし、光とは無関係にホワイトアウトしていく視界。
だが、それでもルナリアは笑う。
勝利を確信した笑みだった。
「行け――ルナリアァァァァァァァアアアアアアアアア!!」
ジャスト三〇秒。
力の一滴まで振り絞ったかのような春近の叫びと共に、世界が急速に音を取り戻していく。
正しい時間の流れを取り戻した人や変異体が、再び動き出す刹那。
「ありがとう、春近……」
密着した少年の全身から力が抜け、もたれかかってくるのを感じながら。
「大好きよ」
引き金が引かれる。
放たれた膨大な閃光は一直線に空へと向かい、到達する。ルナリアの直上に設定された、最初のミラーポイントへ。
――直後。
都市の空に、星が瞬いた。




