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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter05-1 未来への一歩 2014/5/1 15:00

サブタイトルに悩んで更新が遅くなったのは内緒。

 深く何かを考えて行動した訳ではない。

 顔面を蒼白にしながら跪く様を見た時、あのままでは不味いという危機感だけが体を突き動かした。

 気が付けば俺はルナリアの名前を呼んでいて。

 全力で駆け寄って、彼女を抱き寄せていた。奇しくもそれは、俺が転移者(トラベラー)の真実を知った際、彼女にされたことと同じだった。

 腕の中の存在が実際の体格以上に小さく感じる今なら、あの時のルナリアの気持ちがわかる気がする。

 そのままにしたら、どこかへ行ってしまうという根拠のない確信があったのだろう。

「……ルナリア」

 俺は、得体の知れない寒さに震える少女に呼びかけながら――


 力を行使する。

 世界の根本で噛み合う歯車を認識する。実際にそんなものはないのかもしれないが、純然たるイメージとしてその存在を捉える。

 後はそっと指先で触れて、軽く押すだけ。

 たったそれだけの、呼吸同然に自然と行われた行為が三次元の法則をより上位のルールで塗り替えた。


 ガチリ、と音を立てて。

 世界が――時が、停止した。


 音が消え、動きが凍る。

 ≪マスハンドラー≫の繊細なコントロールをしていたミハイルさんも、動きを止めたルナリアに何かを言おうとしていた瑞葉さんも、重圧を跳ね除けようともがいていた変異体(ヴァリアント)も、道の端で恐怖に耐えていた市民たちも。

 その瞬間の表情や体勢のまま、不自然な形で固まっていた。

 俺は自らが作り上げた歪な世界を一瞥し、だがすぐ意識の外へと追いやる。

 止まった時間の中で尚、俺に時間的な猶予は残されていなかった。

「ルナリア、俺がわかるか?」

 反応がなかったため、再び声をかける。

 散々実験で繰り返してきて、今さらこの停止した世界に特別感慨は抱かない。この局面で時間停止を使ったのは、あくまで時間を稼ぐためだ。ルナリアと話をするための時間を稼ぐための。

 本当なら戦闘中にこんなことをするのは筋違いだし、貴重な能力のリソースを裂くのだって論外極まりない。

 それでも、俺は今のルナリアと話をしなければならなかった。

 理由はさっき考えた通り。もし彼女をあのままにしていたらきっと、取り返しのつかないことになっていたと思うから。

 しかし、どうにも芳しくない。

「聞こえてるよな……?」

 駆け寄る際に一回。時間を止めてから二回。計三回ほど名前を呼んでいるのだが、一切の反応がなかった。これ以上ないくらい密着している今、ルナリアは停止に巻き込まれていないはずだ。体の僅かな震えや浅い呼吸音は聞こえてくるし、固まった相手に話しかけているなんてこともない。

 まさか、気絶してるなんてことはないだろうな……?

「おい、聞こえてるのかルナ――」

 あまりにリアクションがなかったので、意識の有無を確認しようと。具体的には顔を見ようと、少しだけ体を離そうとした。

 その瞬間。

「――やだ!」

「うをあ!?」

 突然悲鳴に近い声を上げながら、ルナリアが逆に抱き着いて来た。

 いや、そんな可愛いものじゃない。爪を立てるようにして、しがみ付いて来たと言った方が正しいか。

「お、おい。大丈夫か? いや全く大丈夫には見えないけど」

 予想外の力と勢いに息を詰まらせながらも、俺は何とか言葉を紡ぐ。場にそぐわない間抜けさが滲み出ているのは、それだけ驚いたということなのだが。

 ルナリアの返答は、更に俺の予想を上回った。


「やだ……やだよ……」

 もはや、返答ですらなかった。

 俺の胸に顔を埋めるようにしているので表情は見えないが、うわ言のようにブツブツと呟いている。壊れたカセットテープを彷彿とさせたが、それが全くの比喩で終わらない可能性が垣間見え背筋に怖気が走った。

 精神の崩壊。手遅れ。

 そんな言葉の数々が脳裏を過る。

「……畜生!」

 頭の中に浮かんだクソったれな未来予想を言葉ごと吐き捨て、俺は一度離れかけたルナリアの体を再び強く抱き寄せた。

 どうしてこんなことになっているのかは、想像に難くない。

 きっとルナリアにとってこの状況はトラウマその物だ。彼女の両親を奪ったのは防衛戦からたった三日後に出現した変異体。そして今日も、最後の防衛戦から九日しか経っていないにもかかわらず警報が発令された。

 こうしている間も、彼女を強烈なフラッシュバックが襲っているのかもしれない。今のルナリアには現実が見えていなくて、俺の言ってることだってまともに理解していないのだろう。


 正気に戻るのを待っている時間はない。

 俺に出来るのは、辛抱強く呼びかけ続けるだけだ。

「ルナリア、しっかりしてくれ」

「やだ! もう嫌なの!」

 相変わらず返事は滅茶苦茶だった。恐らく俺の声に反応しているだけだ。

 それでも構わない。

 目を覚ますまで、何度だって。

「お前が見ているのは今じゃない。現実を見るんだ」

「どうして私なの? 家族なんて他に山ほどいるのに、どうして私から全部奪うのよ!? よりによって私の時に来なくたっていいじゃない……半端に希望を見せるくらいなら最初から何も与えなくてよかったじゃない!」

 うわ言はいつしか、血を吐くような糾弾へと変わっていた。

 誰に対して言っているのか、きっとルナリアもわかっていない。

 だからこそ、これが彼女の本音だとわかる。

 今まで誰にも吐き出すことなく、飲み込んで腹に溜めてきた醜い部分。瑞葉さんたちと遭遇する前にルナリアが少しだけ見せた弱さも、その一部なのだろう。

 耳を塞ぎたくなるような叫びを一つ残らず、俺は受け止める。

「時間がないんだ。だから早く戻って――」

「やだ、やだやだやだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ――!!」

 遂に感極まり、だだをこねる子供の如く「やだ」と連呼し始める。事実、さっきからルナリアには実年齢より幼い印象を抱いていた。やはりここにいるのは、過去の……三年前のルナリアなのか。

 激しい拒絶はしばらく続いたが、唐突にプツリと途切れた。

 流石に疲れたのか、俺の服にしがみ付いたまま肩を上下させるルナリア。

「ぅぅっ……もう」

 しかし荒い呼吸の中に、段々と水気のある嗚咽が混じり。

 そして――


「もう……独りは、やだよぉ……」

 直接顔を見て、確かめるまでもない。

 明らかに涙に濡れた、少女の声が耳朶を打った。


「……ッ!」

 どうして気付けなかったんだ。

 事件から三年間、ルナリアが周囲とどのように付き合ってきていたかは知らないが、初めて会った時のような態度を保っていたのなら無理もないかもしれない。

 でもここ最近のルナリアは明らかに様子がおかしかっただろ。さっき俺に問いかけて来た時だってそうだ。サイン自体は随分前から出し続けていただろうが。

 なのに、その度に「何でもない」って言葉の上辺だけをくみ取って、すごすごと引き下がりやがって。

 あれだけ歩み寄るタイミングがありながら、全てを棒に振って孤独にし続けてたんだぞてめぇは――!


 突沸した激情と共に口の中に鉄臭い味が広がった。

 唇の端を噛み切った痛みは、湧き上がった自分への怒りで掻き消えた。

「……あぁ、わかってるさ」

 一周回って冷静になった頭で思考する。

 結局、俺は後悔からは逃れられない運命らしい。

 両親を殺した時も、ルナリアを泣かせてしまったのも。いくら悔やんでも悔やみきれない。

 後ろを向いて座り込むのは楽だ。痛みを抱えて前へ歩き続けるよりは、ずっと負担が少ない。俺だってあの時は、そうしたかった。


 ……それでも。

 他ならない、俺がそうなるのを止めたこの子が。

 かつての俺と同じように、暗く閉ざされた過去に立ち止まろうとしているなら。

 するべきことは、決まっている。

 俺は、深く息を吸い込んで――


「お前は独りじゃない!!」


 ルナリアの耳元で思い切り叫ぶ。近くだからと抑えていた声を、一切遠慮せずに。鼓膜をぶち破ってその先の脳へと直接叩きこむように。

 言い聞かせるような言葉では駄目だ。

 それこそ叩き起こすような、本気の言葉でなければ届かない。

 果たして、俺の声は……。

「――っ」

 届いた。

 今までの無秩序な喚きとも、音への反射的な反応とも違う。俺の言葉に対して僅かに身じろいだという、確かな手ごたえを感じた。

 俺はそのまま、畳みかけるように語り掛ける。

「ルナリアの側にはみんながいただろ? ノインや瑞葉さん、ミハイルさんに久道さんにフューリー室長も。ラッドやフィーダ、エリカにシア……今は、俺だっている」

「……」

「今だけじゃない。これからも俺たちはルナリアの側にいる。今から何十年先の未来になっても、変わらずここにいる」

「…………」

「だからもう、君は独りじゃないんだ」

「………………」

 長い沈黙があった。

 刻一刻と迫るタイムリミットすら意識の遠くへ追いやり、俺は待つ。

 やがて、ルナリアは俺から離れないまま顔を上げ。

 目の端に涙の雫を残しながらも、瞳にくっきりと俺の姿を映し。

 

「……春近?」

「それ以外の何に見えるんだよ」

 ようやく俺を認識してくれた少女へ、俺もやっと笑顔を向けることができた。

 ルナリアは正気に戻ったものの状況を理解は出来ていないようで、俺の顔と周囲を交互に見ながら目を白黒させている。

「えっと、これは?」

「俺が時間止めた。見ての通り中々ヘビーな状況だけど、ルナリアと少し話がしたかったからさ」

「……ごめん。私が取り乱したせいよね」

 あくまで俺の事情であることを強調したつもりだったのだが、返答を聞いたルナリアは小さく俯いてしまった。

 自分が正常な状態でなかったことは把握していたのか。良いか悪いかは置いといて、一から説明する必要がないのは助かる。

 まずは、簡単な確認からしておこう。

「警報が鳴ったのは?」

「覚えてる」

「取りあえず二手に分かれて討伐していこうって話は?」

「聞こえてたわ」

「……戦えるか?」

 淀みなく答えていたルナリアが、一瞬言葉を詰まらせる。

 ルナリアは俺から目を逸らしたまま、俺の服を一層強く握りしめ。


「……無理よ」

 彼女らしからぬ酷く弱々しい声でそう言い、小さく首を振った。


「弱音なんて吐ける状況じゃないのはわかってる。さっきだって、何度も戦わなきゃって自分に言い聞かせたわ。だけど……無理だった」

「ルナリア……」

「体に力が入らない。戦おうって考えただけで震えが止まらないの。今もまだ警報が耳から離れない……こんなこと、今までなかったのに」

 途切れ途切れの言葉の大半を占めていたのは悔しさだった。戦わなければいけないという意思に反し、体が言うことを聞いてくれない。

 同じ状況に立ったことがある身として、ルナリアの気持ちはよくわかる。

「死んじゃったパパやママに心配をかけたくなかった……誰にも迷惑をかけたくなかった。でも、こんなに辛いなら……こんなに寂しいなら、一人でなんて生きたくなかった!」

 静寂の中、痛ましい叫びが響く。

 死の恐怖よりも、生きる恐怖が勝る。

 一体、どれだけのものを我慢してきたのだろう。どれほどの痛みを内に秘めてきたのだろう。

 まるでさっきまでの続きのように。

 ルナリアは抱え込んできたものを全て吐き出すように、俺へと詰め寄った。

「どうして……どうして春近は乗り越えられたの? こんなの無理よ……私にはもう耐えられない。何でこんなに辛いのに、春近は前を向けるのよ!?」

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