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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
55/104

Chapter04-6

 〇六二三特異災害。

 直近の出現から僅か三日後にして、過去に類を見ない変異体の大量発生。公式には、変異体によって引き起こされた史上最悪の悲劇と記録されている。

 世界的に殆ど確定とされていた一か月の周期を大きく外れた変異体の出現は、大きな混乱と多くの犠牲を生んだ。


 人口の割合で見た場合、特に被害が大きかったのはこの世で最も安全とされていたアクシスである。

 想定外の襲撃はガーディアンという優れた防衛システムすらも機能不全にし、事態の収束までに要した時間は最長の二時間。これまで一度の防衛戦で五〇人以上の犠牲を出したことが無かった都市ですら、死傷者は三桁に及んだ。


 ……そして。

 犠牲者の中には、とある少女と苗字を同じくする一組の男女の名も連ねられていた。




 戦闘中の記憶は曖昧だった。

 ひたすら、一切の余裕も無く、がむしゃらに。

 気付いた時には戦いは始まっていて、ふとした拍子に終わっていた。周囲はまるで祭りが過ぎ去った後のように、静寂に包まれている。

 全身は血に塗れていた。その殆どは返り血だった。半分は異形のものであり、もう半分は守るべき人々が流したものだ。

「――くそっ!!」

 何かを殴りつけるような音と共に、憤怒と慚愧に満ちた声が上がった。

 手近な壁に拳を叩きつけながら、瑞葉が苦渋の表情でその身を震わせている。普段の態度からは考えられないほどに、激情を露わにした姿だった。いつもならば止めに入るミハイルも痛みを堪えるように、黙って立ち尽くしている。

「先に戻る。お前たちは……来る必要は無い」

 この場の誰よりも奮戦したであろう久道は憔悴しきった様子だったが、短く言い残すと本棟へ向けて歩いて行った。防衛戦が終われば待っているのは戦後処理であり、その中には当然、犠牲者の身元確認も含まれる。

 来る必要がないという発言は、彼に出来た最大限の配慮だったのかもしれない。

「……ルナ」

 誰かが呼びかけてくる。

 あまりにも弱々しいその声がノインのものだと、すぐには理解できなかった。

「ルナ」

 不意に視界が大きく揺れた。

 肩を掴まれ揺さぶられているのだと、気づくのに数秒を要した。

「ルナ!!」


「――ねぇ、ノイン」

 自らを呼ぶ悲痛な叫びに振り向き。

 少女は。

 ルナリアは。

 ただ、空虚な笑みを浮かべていて。

「さっきから通信がおかしいの」

「……」

「ずっとパパとママに連絡を取ろうとしてるのに、全然繋がらなくて。どうしちゃったんだろう? 接続障害なのかな」

「……!」

 問いかけられたノインは何も言わず。

 大きく顔を歪ませ、ルナリアから目を逸らした。


 きっとそれが答えだった。

 そういうことなのだろう。


「おかしいな……」

 消え入るような声はひたすら空虚で。

 何度目で追っても視界に映る『該当する通信相手は見つかりませんでした』というエラーメッセージに変化はなく。

 BCの故障でない限り、それの意味することは一つしかないと思い至った時には。


「絶対おかしいよ……こんなの……!」


 光の失せた瞳から伝った涙が、都市の路面に零れ落ちて散った。


 ◇


 共同墓地に新たな石碑が追加されたのは防衛戦の終息から更に三日後だった。

 都市が受けた被害は過去最大であり、犠牲者をデータベースで照合する作業だけでも二四時間を超過した。刻まれた名前の数も周囲のものとは一線を画しており、どれだけの悲劇であったかを物語っている。

「……三日ぶりね」

 ルナリアは石碑の中に見つけた両親の名前をそっと指先で撫でた。


 あの日、一頻り泣いたルナリアはノインに引っ張られていく形で一度管理局へと戻り、B区へと足を運んだ。どんなに辛くても、自分自身の目で確かめる必要があると思ったからだ。

 夥しい数の遺体を回収・照合している現場の中でも、二人の姿を見つけるのにそう時間はかからなかった。現地で待ち合わせをする予定だったため、両親が通ったであろう道を辿る内に自然と目に入った。

 ルナリアにとって唯一の救いだったのは、二人が間違いなく即死だったということか。鋭利な爪か何かで上下に分断された遺体に、苦痛や恐怖の色は見られなかった。たまたま直近に変異体が出現し、気づく間もなく殺されたのだろう。

 身元の照合を終え、他の犠牲者と共に火葬され。

 今ではこうして、石碑の下で安らかに眠っている。


「私たち、何がいけなかったのかな」

 殆ど独り言のようなものだった。

 現在墓地にいるのはルナリア一人。早朝につき本来ならまだ開放される時間ではないのだが、フューリーが特別に融通してくれたらしい。

「本当は駄目なんだけどね」と彼女は悪戯っぽく笑おうとしていたが、あまり上手くはいっていなかった。生前の母と仲が良かったと言うのは嘘ではなかったのか、或いはルナリアを案じてのことだったのか。

 どちらにしても、純粋な善意から来る行動は幾らか心に響いた。


 ――一体、何がいけなかったのか。

 自分で発した疑問について、ルナリアは考える。

 罪の所在を求めるならば、間違いなく変異体にあるだろう。しかしそうは言っても相手は自然災害だ。地震や津波に対する報復行為が無意味であるように、例え自分が葬った変異体に両親を殺した下手人がいても気持ちが晴れることはない。

 かといって外を出歩いていた両親に過失はあっただろうか? 最後に変異体が出現してから、最低でも三週間程度は安全であるというのが一般的な認識だ。三日は充分安全圏であり、だからこそルナリアも彼らとの外出を無邪気に喜んでいたのだから。

 ならば両親を――彼らのみならず、市民の安全を保証する立場にあったガーディアンの。つまりはルナリア自身の責任か。

 ……或いは、そうなのかもしれない。もし変異体が出現した時点でルナリアがその場にいたら、少なくとも両親だけは助けられたかもしれない。私情を挟むべきではないとわかっていても、死に物狂いで守り切っていただろう。

 だがそれにしたって結果論に過ぎない。現実には、警報が鳴った時点でルナリアは管理局にいて、殲滅力の配分からノインと共にA区側から来る敵をせき止めていた。B区にいた両親の生き死にに関与することは出来なかったし、そのことで他のメンバーを責めるつもりもなかった。


 結局何が悪いかと論ずるのなら、運が悪かったと言う以外にないのだろう。

 父と母が待ち合わせ場所へ向かう時間と、変異体の出現が重なったのも。

 変異体の出現した位置が、彼らのすぐ近くであったことも。

 この世界全体で見れば、数ある悲劇の一つに過ぎない。

 ルナリアが生まれる前から、ここはそう言う場所だったはずだ。世界は変わらず人類に冷たく、残酷だった。

 何かが変わったとするならば、それは――

「そうだ」

 長く思考した末に、ルナリアはふと腑に落ちた。

 確かに運も悪かったのだろう。

 だがこうして肉親を失い、天蓋孤独になったのは。

 絶対に守ると息巻いておきながら、おめおめ一人だけ生き残ってしまったのは。


「私、やっぱり浮かれてたんだ……」


 母の病気さえ治れば。都市にさえ来れば何もかもが上手くいくと思っていた。

 母国よりも優れた防衛力を持ち、自分自身でも守る力を手にすることが出来れば。いつまでも家族三人、欠けることなく暮らしていけると思い込んでいた。

 大きな勘違いだ。

 無意識のうちに楽園視していたアクシスだって、世界の一部に過ぎないというのに。

 どうして、ここなら大丈夫と思ってしまったのだろう。

「ごめん、パパ……ママ……!」

 本当に守りたかったのなら、片時も離れるべきじゃなかった。例え力が及ばなかったとしても、三人で一緒に死ぬという選択だって取れたかもしれない。

 こうして孤独に苦しむ羽目になっているのは運が悪かっただけではない。

 いつの間にか世界の本質から目を逸らし続けていた、他ならぬルナリア自身の過失でもあったのだ。


 しばらく嗚咽を漏らし続けていたルナリアだったが。

 再び顔を上げた時、その表情はこれまでにないものへと変わっていた。

 悲しみ。辛み。寂しさの全てを飲み込み己の中に封じ込め、無理矢理にでも前を向かんとする者のそれへと。

「……心配しないで。パパ、ママ」

 再び両親の名前をなぞり、ルナリアは無理やり笑って見せた。酷く出来の悪い笑顔だったが、沈んだままよりはマシに思える。

 二人には今までだって散々心配をかけてきたのに、これ以上みっともない姿を見せてはいられない。

 手っ取り早く自分を救済するのであればこの場で自害するのが一番なのだろうが、それは出来ない。ルナリアはフューリーとの契約により、既に都市の戦力として名を連ねている。もはやこの命は、自分一人のものではないのだ。

 無論、それだけではない。フューリーのみならず、ルナリアの周りにいるのはいい人たちばかりだった。両親の死後も、ずっと親身になって気遣ってくれていたことも知っている。あのノインですら、必死に言葉を選んで励まそうとしてくれていたのだから。

 彼らの好意に甘えてばかりではいられない。寄りかかるだけでは、きっと同じ悲劇を迎えることになる。

 強くならなければ。

 強くあらなければ。

 これ以上大切なものを失わないためにも。

 だから、ルナリアは。


「私は、独りでも大丈夫だから」

 生まれて初めて、嘘を吐いた。


 ◇


 あの日以来、必死に前を向き続けてきた。

 仲間に頼りすぎることのないように管理局の宿舎から居を移し、独り暮らしを始めた。安全圏にいることがどこまでも後ろめたく、考え直すように言う親友の言葉には耳を貸さなかった。

 もう二度と過ちを繰り返さないために、訓練にも一層力を入れるようになった。≪サイレントルーラー≫の操作精度は飛躍的に上昇し、かつて苦戦した複数の変異体であろうと歯牙にかけない射撃能力だって身に着けた。

 ガーディアンの仲間たちは何度も気にかけてくれていたが、その度に大丈夫と笑顔で返した。これ以上心配をかけるなと、自分へ言い聞かせるように。


 そうやって、三年もの月日が流れた。

 あの時より確実に強くなった。誰にも弱みを見せることはなくなった。

 強くなったはずだ。

 強くあれた、はずだった。

 なのに――


 ルナリアを苛んでいたのは記憶だった。

 一七年の人生の中で最も幸せだった時間。

 一瞬で奪い去られた、忌々しい過去。

 乗り越えてきたつもりだったそれらがルナリアの全身を雁字搦めに縛り付け、身動きを取れなくしている。

 壊れたレコードを再生しているかの如く、頭の中で何度も響き渡る警報。平穏から叩き落とされた市民たちの悲鳴。

 これは今聞こえているものなのだろうか。それとも、過去の残響なのだろうか。

 わからない。

 もう何も見えない。

 やがて、音すらも聞こえなくなり。


 気付けば、目の前はどこまで続く闇に覆われていた。

 進むべき道が見えず、ただ立ちつくだけの迷子のように。

 膝から崩れ落ちた少女は、己の身を抱いて震えるばかりだった。

 もしこの闇が、三年間己の中で留め続けていたものなのだとしたら。

 どうして自分は耐えられると思っていたのだろう。

 結局、何も変わってなどいない。

 ルナリア・カミカワという人間は、過ちを犯したあの日で立ち止まっていただけだ。

 物事を楽観視することしか出来ない、夢見がちな少女のまま。

 こんなに寂しいのなら。

 こんなに辛いのならば、もういっそ。

 少女は、広がり続ける闇へとただ身をゆだね――



「――ルナリアっ!!」


 声が。

 音の失せた世界で、声が響いた。

 少女の名前を呼ぶ力強いそれを聞いた瞬間、胸の奥が小さく疼き。

 顔を上げようとした、その直後。


 ルナリアは、その身を強く抱きしめられていた。

少女の時間は、過去から現在へ。

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