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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter04-5

 単刀直入に言って、酷い目に遭った。

「うぅ、まだクラクラする」

 研究棟を後にするルナリアの足取りは覚束ない。

 努力と気合と根性を総動員し、どうにか予定した通り夕刻には実験を終えることができた。ただし事前に言われていた通り脳を酷使する内容であったため、空調が効いていた部屋にいたにもかかわらず体温が上がっているように感じる。知恵熱というやつだろうか。

 殆ど燃え尽きかけていたルナリアだが、何も悪いことばかりではなかった。

「これが、私専用の武器……」

 ルナリアの手には、実験の終わりに際してフューリーから譲り受けた銀色の≪タグストレージ≫がある。それ自体は一般にも流通しているものだが、中身はワンオフ――ルナリアのためだけに造られた一点物だ。

 主な機能や外見は試作機と大差ないが、出力と効果範囲を大幅に強化。それ故に誰よりも優れた並行処理能力を持つルナリアにしか、最大限のスペックを引き出せない一品。

 次元兵器の名は≪サイレントルーラー≫。

 稀代の天才フューリー・バレンタインの最新作にして、個人携行の光学兵器としての最高峰である。

「……頑張らなきゃ」

 それを託された意味。

 フューリーと話をする前であれば潰されていただろうが、今はその重みをしっかりと感じつつも歩みが止まることはない。

 ルナリアは沈みかけの陽を背に受けながら、ただ前を向いて帰路についた。


 管理局の職員が利用している宿舎と研究棟は、本棟を挟んで反対側に位置している。同じ敷地内とは言え距離は結構離れており、徒歩での帰宅を選んだルナリアが家族の待つ部屋へとたどり着いたのは出発から更に一五分も経った後だった。

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい」

 玄関から声をかけると、あまり間を開けずして母の声が返ってきた。

 姿は見えないがそう遠くない場所にいる。キッチンで夕飯の用意をしているのだろう。

 帰って来たのだと自覚した途端、自然と表情が緩む。外ではガーディアンとして一定の緊張を保っているルナリアも、家族といる間は年相応な少女でいられた。

 打って変わって軽快な足取りで廊下を抜ければ案の定、慣れた手つきで包丁を動かす母の姿を捉える。

 痩せていた体もすっかり元通りになった。退院後に一度フューリーの検診を受けて後遺症の心配もないと診断され、今では倒れる前よりも元気なくらいである。

 まな板で切られている食材とは別にIHのコンロで煮立っている鍋からは、嗅ぎなれない臭いが漂っていた。

「何作ってるの?」

「肉じゃが……だったかしら。この前フューリーさんにレシピを貰ったから、挑戦してみようかなって」

「……ママ、いつの間に室長と仲良くなってたんだ」

「検診の時以来、時々会ってるの。同じくらいの年頃の娘を持つ母親として、結構話が合うのよねぇ」

「へ、へぇ」

 見た目のせいで忘れがちだが、フューリーは一〇歳の娘を持つ立派な母親だ。夫である久道とは四歳差。つまり母と大差ないのである。

 だが事実がどうあれフューリーが自分の母と同じ目線で井戸端会議をしているような光景は微塵も想像がつかないし、二重の意味でぎこちない笑いしか浮かばなかった。

「帰って来てばっかりで悪いんだけど、パパを呼んできてくれる? そろそろ準備が出来そうだから」

「いいよー」

 母の頼みに一も二も無く頷き、ルナリアはリビングを抜けて奥の部屋へと向かう。そこは父が仕事部屋として使っている一室だった。

 軽くノックをしてから、扉越しに呼びかける。

「パパー、ご飯だよ」

「おや、おかえりルナリア。ちょっと待っててくれ。このデータの処理が終われば仕事がひと段落するから」

「わかったー」

 都市への移住に伴って前職を辞した彼は、ひとまず管理局の事務スタッフとして一時的に雇われていた。正式な雇用ではなく、条件的には殆どパートタイムに等しい。

 ルナリアがガーディアンの給料として受け取っている額だけでも三人家族を養う分には余りあるのだが、かと言って娘だけを働かせ自分が無職だというのは父親の沽券にかかわるらしい。

 よって生活費の半分は父の稼ぎから出し、残りはルナリアの将来のために貯蓄するという取り決めが成されていた。

「別にいいのになぁ」

 若干不満げに呟きつつも、ルナリアから笑みは消えない。

 普段は気の弱い父でも、こういうことに限っては押しが強かったりする。母も案外そういう部分にコロッとやられたのかもしれない。

 結局ルナリアが押し切られてしまったのも、親子だからこそなのだろう。


 ◇


「……えへへ」

「どうしたんだい、いきなり笑って」

「何かいいことでもあったの?」

 夕食の最中、母が完成させた東洋の料理に舌つづみを打っていたルナリアから不意に笑みが零れた。

 父と母は不思議そうに問いかけてくるが、ルナリアは笑ったまま元気よく首を振る。

「ううん、何でもない!」

 実際、何でもないようなことだった。

 家族三人が揃った食卓。既にこの都市に来てから半月が経ち、もう何度となく繰り返しているのに、未だに特別なことのように感じる。毎日が誕生日であるかのような、そんな気分だった。

「それにしても、すっかり元気になったみたいね」

「え、何のこと?」

 反射的にとぼけたが、無駄だった。

「昨日帰って来てから、今朝出かけるまでずっと元気なかったじゃないか。もしかして隠してるつもりだったのかい?」

「あぅ……」

 フューリーの前でこそ凹み切っていたルナリアだったが、他の人の前では――少なくとも家族の前ではいつも通りに振る舞っているつもりだった。

 だが、長年付き添ってきた家族の目は誤魔化せなかったらしい。当然と言えば当然か。

 急に恥ずかしくなり、ルナリアは顔を赤くしてその場に縮こまった。

 そんな娘の様子を見て、二人も微笑む。

「元気になってくれたならそれに越したことはないさ」

「ふふ、そうね……でも、それなら明後日の予定はどうしましょうか」

「え、何? 何のこと?」

 母がポロリとこぼした言葉に、ルナリアは耳ざとく食いついた。今度は本気で心当たりがない話題だ。

 一瞬しまったと言いたげな表情で口を噤むも、視線に押し負ける形で母は白状した。

「明後日にね、B区へお買い物に行く予定だったの。どこかの誰かさんが絶対外に出るなっていうから冷蔵庫も空っぽだったし」

「そ、それは本当に危なかったからよ! 警報だって鳴ってたじゃない!」

「冗談よ冗談。それでルナリアの元気が無いからって、パパ明後日のお仕事を休みにして貰ったんだって。久々に家族三人でお出かけするために」

「……本当?」

「あー、うん。雇われて一月も経たずに休みを貰うのは気が引けたけど……こっちに来てから、まだちゃんと三人で都市を見て回ってなかっただろ?」

 まん丸く開かれた目で見つめられた父は、どこか照れくさそうにしていた。反応を見るにサプライズを目論んでいたようだ。

 三人での外出などいつ以来だろう。母の病状が悪化してからは一度もなかったし、シェルターキューブでは外出と言っても一つ隣のブロックへ移動するだけだった。

 真の意味で、家族三人で外を出歩くというのはこれが初めてなのかもしれない。

「でもいつの間にか元気になってるし、ルナリアにも予定があるだろうからパパにはゆっくり休んでもらって――」

「行く!!」

 ルナリアは食い気味に、身を乗り出して叫んでいた。

「午前中は訓練があるけど午後は丸々空いてるから!」

「はいはい、わかったからお行儀良くしなさい」

「絶対行くからね! パパも今から予定入れたりしないでね!?」

「ははは、わかったよ」

 初めから中止にするつもりなんて無かったのだろう。母は苦笑しながらルナリアを宥め、父はささやかな喧騒を温かく見守っていた。

 初めての、家族揃っての外出。

 きっと忘れられない一日になるに違いない。

「楽しみだなぁ……」

 元通り席に着いたルナリアはその後、自分の部屋で眠りにつくまで終始笑顔を絶やさなかった。

 二日後に太陽が照らす空の下で、家族三人が並んで歩く光景に思いを馳せながら。


 一時期は当たり前のように享受し、一度失いかけ。一つの決断を経て取り戻した時間。

 都市に来たことによって得た物はいいものばかりではない。変異体との戦闘は辛く、自分の手に人々の命が委ねられているというプレッシャーは常に重く圧し掛かってくる。

 だとしても、ルナリアは前を向けた。

 命を懸けてでも守りたいものが、ここにあったから。

 この温かな世界こそが、ルナリアにとっての全てだったから。



 少女は忘れていた。

 取り戻した幸せを噛みしめている内に、意図的に目を背けていたのかもしれない。

 いや、きっと少女だけではない。

 この世界に住む人間の殆どが、その可能性を意識の枠から外していた。


 変異体の襲撃は自然災害の一種として扱われていた。月に一度程度の頻度で、定期的に人々を脅かす災害であると。

 しかし、元来自然災害とは。

 人間の手によって起こされる人災に対し、千変万化する自然のうねりより生じるからこそ、自然災害と名付けられたのではないのか。

 次元技術が台頭する以前から優れていた観測技術をもってしても、台風や地震の襲来が完璧に予測できなかったように。

 幾千幾万もの計算を重ねようとも、小数点以下に数字が並ぶ予測は終ぞ予測でしかない故に。


 ◇ 2011/6/23 12:17


「ルナ。さっきからずっとにやけてる」

「そ、そう?」

「ハッキリ言って気色が悪い」

「ハッキリ言い過ぎよ!」

 訓練場から本棟へ向かう二人の少女。

 ルナリアとノインはいつも通りのやり取りをしていたが、前者の様子は普段と少々違っていた。

 ノインが指摘した通り、訓練の最中も訓練が終わった後も、ルナリアはここに至るまでずっと表情が緩みっぱなしだった。いつもなら適度に引き締まっているのだが、まるで茹で時間を誤った卵のように蕩けている。

 反論はしつつも、気味が悪いと言われたってしょうがないという自覚はルナリアにもある。かと言って表情筋が仕事を放棄しているのだからどうしようもない。

 今後の予定について考えれば、ニヤニヤが止まらなかった。

「昼食はどうする?」

「あ、ごめん。私今日は用事が――」


『警告します。都市内にて変異体の出現を確認しました。安全のため全建造物の出入口を強制的にロックした後、≪アブゾーバー≫を展開致します。屋外におられた市民の皆様はルートガイドに従い、最寄りのシェルターへと早急に避難してください。これより、ガーディアンによる掃討を開始致します』


「――え?」

 それは。

 迎えるはずだった温かな時間を引き裂く様に。

 ただ無機質な機械音声の警報が、平穏の幕引きを告げる。


 その日、誰もが思い知った。

 例え涅槃寂静に迫る、僅かな可能性であろうとも。

 存在している限り、いつか自分たちに牙を剥くのだと。

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