Chapter04-3
03-5の一番最後を微修正。彼は何も聞こえてなかった。いいね?()
――その直後。
「ふむ、ならもういいよね?」
「え」
ルナリアのすぐ左。
父とは反対側から、いつの間にか視界から消えていたフューリーの声が聞こえ――
「えい」
カチッ、プシュー。
「ピャァァァァァァアア――!?」
突如として左手首から何かが流し込まれる感覚に、ルナリアの全身の毛が逆立った。
転がるように距離を取り刮目すると、玩具の銃めいた無針注射器を手にしたフューリーが満足気な表情で立っていた。
「いやーいいリアクションだ。私はとても満足している……」
「い、いきなり何を――ひゃあ!?」
何の前触れもなく行われた蛮行に食って掛かろうとしたルナリアは、しかし目まぐるしく変化する視界に更なる混乱を喫した。
「どうしたんだルナリア!?」
「あ、君はこっち」
カチッ、プシュー。
「うわああああああああ――!?」
娘を心配する父の背後から、フューリーは情け容赦なくルナリアとは別の無針注射器で何かを注入する。しかも首筋から。
かくして、親子二人が目を白黒させながらのたうち回る地獄絵図が完成した。
「フハハハハ! 絶景かな絶景かな――あ痛」
「何が絶景だ馬鹿」
悪の首魁が如き笑い声は、降り注いだ久道の拳骨によって止まった。
貴重な天才の脳細胞がーと騒ぐフューリーをガン無視し、久道は哀れな犠牲者たちへと歩み寄る。
「気分はどうだ?」
「わ、悪くはないです……びっくりはしましたけど」
変化がようやく落ち着いたルナリアは、よろよろと立ち上がりながら返した。
どうやら打ち込まれたのはBC関係のナノマシンだったらしい。表示するものを整頓し、最低限にしていた視界内には今や情報が溢れ返っていた。
「これは、初期化ですか?」
「初期化というよりは、都市専用にBCそのものを造り変えたに近い」
さらりととんでもないことをいう久道だった。
いくらナノマシンが優れた技術とはいえ、ここまでの即効性かつ使用者に負担を強いないものなんて市井じゃそう見られない。
言い換えれば、都市にはそれを扱えるだけの技術も地盤もあるということ。
疑っていた訳ではないが、なおのこと母の治療に期待が持てた。
「じゃあ私とパパに打った注射が違う種類だったのは?」
「あの状況でよく気づけたな。BCの再構築と同時に、カミカワ氏は通常市民としてデータベースに登録された……というより今もされているのだろうな」
今もなお立ち上がれそうにない父を一瞥し、久道は申し訳なさそうな顔をした。
どうやらナノマシンの違いは処理速度にも影響を及ぼしているようだ。
「対して、君に投与されたのはガーディアン専用の特殊なナノマシンだ。市民としての登録とは別に、ガーディアンとしてのライセンスが発行される」
「え、それじゃあ……!」
意味を理解したルナリアに、久道は頷く。
「今をもって、ルナリア・カミカワは正式にアクシスのガーディアンとなった」
告げる久道の目や口調は、もう既に客人の子供へ向けるそれではなく。
対等な立場にある人間へのものに変わっていた。
「志を共にする仲間として、お前のこれからの働きに期待しているぞ」
「――はい!」
返事をするルナリアの声は自然と大きくなる。
ガーディアンになったことで得られる恩恵や、背負う苦難はさて置き。
今はただ、認められたという事実が嬉しかった。
「うぅ、目がクラクラする……」
「そちらも終わったようだね」
目を抑えながら危うい足取りで立ち上がる父を見て、フューリーは満足気に頷き。
「さて、話もまとまったところで早速実験に……と、言いたい所なのだが」
何やら不穏なことを言おうとしたが、隣の久道にギロリと睨まれた途端に引っ込めた。
賢明なルナリアは早々に彼がフューリーに対して有効なストッパーなのだと理解すると同時に、いない時はどうすればいいのかという新たな難題を抱えることになった。
「遠路遥々というにはあっさりしていただろうが、色々と疲れていることだろう」
「誰のせいだろうな」
「七割くらいは君が原因だろうに……まあとにかく、今日は休んでくれて構わない。必要最低限のものは宿舎に置いてあるが、追加で必要なものは後日揃えてくれたまえ」
「あ、ありがとうございます」
誰のせいとは言わないが、確かにルナリアたちは疲れていた。主に精神的な意味で。
よってフューリーの申し出は素直にありがたく、二人してホッと一息つく。
だが、笑顔で続けられた言葉に今度は二人して息が止まった。
「ああ。奥方を連れて帰るのを忘れないようにね」
「……え?」
「ここを出て左へ二つ隣の部屋に行くと良い。そろそろ目を覚ます頃合いだ」
「――――っ!!」
言われたことの意味を理解するまでに数秒。
気付いた時には蹴飛ばすように席を立ち、部屋から飛び出していた。
「ルナリア――!」
背中に父の声を受けながら、一分一秒でも早く。
一〇メートルにも満たない短距離を全力で駆け抜け、ルナリアはフューリーの言っていた部屋の前で息を切らす。
自動ドアが開くまでの時間すらもどかしく、通り抜けられる隙間が空いた段階で身体をねじ込むように踏み入った。
――そして、目にする。
小さなベッドと幾つかの機材が置いてあるだけの、病院の一室を思わせる部屋の中。
上半身だけを壁にもたれかけるように起こし、ノックも声かけも無く進入してきた少女へ驚きの目を向ける一人の女性を。
見開かれた碧眼や伸ばされたままの金髪は、鏡で見る自分とよく似ていて。
女性は信じられないものを見たような表情のまま、消え入るような声で――
「……ルナリア?」
「――ママッ!!」
気がつけば、ルナリアはベッドに寝そべる母の胸へと飛び込んでいた。
「本当に……夢じゃ、ないの?」
「うん……うん……!」
未だ現実感が薄いらしい母の体に顔を埋めたまま何度も頷く。今まで我慢していた分、両目から堰を切ったように流れる涙が瞬く間に病衣を濡らした。
意識があった時よりも痩せてはいるが青白かった肌は微かに朱く、健康的な色合いを取り戻している。意識もハッキリしており、伝わってくる鼓動も規則正しい。
いつ死んでもおかしくない状態で眠っていたのが嘘のような快復ぶりだ。
「セシ、リア……?」
「あなた……」
遅れてやってきた父も意識を取り戻した母を目の前にし一瞬立ち尽くす。
しかしすぐルナリアと同様、歩み寄ったベッドの側で泣き崩れた。
「よかった……っ、本当に、良くなって……!」
子供のように泣きじゃくる夫と娘の頭にそっと手を置き、母は優しく微笑む。
彼女にとって意識を失ってから今日目覚めるまでの一か月間は空白の時間だ。今日が何月何日なのか。ここがどこなのか。どうやって病から快復したのか。理解できていないことの方が多いだろう。
それでも家族に心配をかけていたということは、二人の反応を見れば明らかだった。
「たくさん、心配かけちゃったみたいね」
「しない訳、無いじゃないか!」
「本当に……心配、したん、だから……!」
「……大丈夫。私はもう、大丈夫だから」
二人を抱き寄せ、母はあやすように囁く。
静かに閉じられた目の端から零れた光は、音も無く少女に当たって弾けた。
久しく感じていなかった母の温もりを全身で感じながら、ルナリアは再三決意を固める。
この温度を――この時間を、決して失ってはいけない。
自分の手で、必ず守り通して見せると。
そう、誓ったのに。
私は――
◇
「ルナリア、八時の方向!」
「っはい!!」
視界の外から飛んできた鋭い声。
一切の余裕の無い中辛うじて応答しながら、ルナリアは指示された方向へ振り返りながら武器を構える。
自身へと迫る異形の姿を一動作で真正面に捉え、迷わず引き金を引いた。
ライフル状の銃身の先端に取り付けられたプリズムが発火。無数に分散した閃光が変異体を照らすと同時に、その全身を焼き穿つ。
全弾命中。
確実に仕留めたという手応えがあった。
しかし。
「グルァァアアアアアア!!」
「嘘……何で!?」
変異体の突進が止まらない。
予想を大きく裏切られ身を硬直させたルナリアに、致命的な速度を伴った大質量が直撃する――
「加重」
――寸前。
真上から見えないハンマーで叩き潰されたかのように変異体の肉体が思い切り歪み、ひしゃげ。
慣性ごと捻じ伏せられた死骸が、ルナリアの鼻先数センチの所で停止した。
一瞬で様々なことがありすぎて呆然としていると、場にそぐわない落ち着いた声がかかる。
「外皮の厚そうな個体に対しては、光線を分散させない方が効果的かと」
「ミハイル、さん」
ゆっくりと歩み寄ってくる、紳士然とした初老の男性。
ミハイル・グッドマンは柔和な笑みをルナリアに向けつつ、今の対応について意見を述べていった。
「距離はあったのですから、目や心臓といった急所を正確に狙うべきでしたね。もしくは四肢を撃ち抜いて動きを止めるのも有効でしょう。それと、仮に仕留めたとしても突進の勢いは残りますから最後まで油断せずに――」
「――ミハイルさん後ろ!!」
耳に痛い言葉を遮るようにルナリアは叫ぶ。
だが、その忠告は遅すぎた。
「ガァア!」
ミハイルの胴体目がけ、不自然に捻じ曲がった爪が振り下ろされる。
集中力を欠いていたせいで、彼の背後から迫る敵の存在に気付くのが遅れた。
回避が間に合うはずもなく、反射的にルナリアは眼を瞑りかけ――
「減重」
「――って、えぇぇ!?」
ミハイルの体に触れた途端、ゴム毬よろしく跳ね返った変異体を薄目で見て、驚愕に目を見開いた。
「それから、視野は常に広く持つこと。注意さえ怠らなければ、奇襲への対処も容易でございますれば」
「えー……」
何事もなかったかのように解説を続けるミハイルだが、ルナリアの視線は吹っ飛んでいく敵に釘付けだった。
質量を剥奪され、ろくに姿勢の安定も取れずもがきながら空を舞う変異体が向かう、その先には。
「全く、こちらも忙しいんだがな!」
先ほどルナリアへ指示を出し、たった今蹴りの一撃で小型の変異体を粉砕した女性――瑞葉・ベイカーが飛んでくる異形に対し右手を振るった。
空間に薄っすらと白銀の軌跡を残す何かが宙を奔る。肉眼での捕捉は極めて困難なそれが落下中の変異体へと到達し、返す動きで瑞葉が腕を引いた瞬間。
殆ど音を生じることなく、異形を形作る肉体がパーツ単位で分割された。
「御覧の通り、味方の戦況まで把握できるようになれば連携も取り易くなりますよ」
「…………」
ボトボトと肉片が落ちる音を背景に、こちらの存在を察知して接近してくる変異体を見もせず≪マスハンドラー≫で圧し潰しながら、ミハイルは指南を続ける。
想像を超える出来事の連続に思考が追い付かなくなったルナリアが無言で立ち尽くしている間に、殆ど瑞葉とミハイルの手によって外壁付近へ進行してきていた変異体の一団は壊滅していた。
◇
ルナリアが両親と共にアクシスへと移住してから、二週間が経過していた。
母の快復と引き換えに課せられたガーディアンとして仕事は三つに大別され、ほぼ定期的に発生する防衛戦を除く二つは必要に応じて発生するタスクだ。
フューリーとの実験はその最たるであり、完全に彼女の気分次第である。新開発された次元兵器のテスターという側面もあるルナリアは他のメンバーと比較すると呼び出される頻度は多い方だが、明確な予定は組まれていない。
そしてもう一つの仕事――迎撃戦は文字通り、都市を囲う壁の外側で発生した変異体を迎え撃つ。基本的には索敵を主任務とするガーディアンからの要請を受けて出動し、こちらから能動的に駆除へ向かう形となる。
一般市民――つまり非戦闘員が関わらない戦闘であるため、新人の実戦投入は慣習的に迎撃戦が最初ということになっていた。
斯くして、各種訓練を経てひとまず戦えるだろうと判断されたルナリアは、先達のサポートを受けつつ遂に実戦デビューと相成った訳だが。
「はぁぁぁぁ…………」
「約三秒。ここ最近で一番長い溜息だった」
「いちいち数えなくていいわよ」
ルナリアはラウンジのテーブルに突っ伏したまま、反対側に座っている少女に半眼で返す。
ノイン・クラッツァ。ルナリアより三つ年下――つまり本来ならば未だ初等教育プログラムを受けているはずの、正真正銘の少女。
にもかかわらずルナリア以上に落ち着きのある態度の持ち主で、同じ職業に就く同僚。
更に言ってしまえば同期ですらなく、ガーディアンとしては先輩だった。
都市へ来た翌日に主要メンバーとの顔合わせをした時には、当初の心配が杞憂に終わったと同時に心底驚いたものである。
「何故にそのような溜息をつく?」
「……ノインも外壁から見てたでしょ。私の初陣」
「見てた。あれは酷かった」
「少しはオブラートに包みなさいよ!」
微妙な変化ながらも明確に呆れたと取れる表情で言い切ったノインに、否定の余地はないがせめてもの気遣いを要求するルナリア。
しかし、ノインは可愛らしく首を傾げ。
「評価の詐称はルナのためにならない。ありのままを受け入れるべき」
「……ええそうね。あなたってそういう人だったわね」
当然だろうとばかりに切り捨てられ、ルナリアは諦めの境地へと至り再びテーブルへと沈んだ。
このノインという少女は中々とっつき辛い性格をしている。堅苦しい口調を始めとし、今のように思ったことを率直に言ってくる所もそうだ。基本的に正論しか吐かないから、おちおち反論することも出来ない。
何よりルナリアが我慢ならなかったのは、彼女が自分のことを一々フルネームで呼んでくることだった。瑞葉に「それは舐められてる証拠」と説明されてからは半ばヤケクソになって訓練に没頭した。
お陰と言うべきか元からあった才能と言うべきか、本来ならば半月かかると見込まれていた基礎訓練過程をルナリアは五日で修了し、ノインのフルネーム呼びを卒業した。今では愛称で呼ばれるくらいには打ち解けている。
かと言って態度が軟化するなんてこともなく、こうして痛い所を容赦なく突いてくる辺りはもはやデフォルトなのだろう。
それでもルナリアにとっては、都市に来てから初めてできた友人だ。同性かつ年が近いので過度に気を使う必要も無く、役回りは違えど同じ遠距離武器の使い手であるため話すことも多い。
言葉こそ厳しいが、本気で自分を想っての発言だということは理解できた。
……無神経なのに違いはないんだけどね。
理解しつつ、釈然としないのもまた事実なのだが。
「未だに信じられないんだけど、ノインたちって本当にガーディアンになってまだ一年なの?」
若干不機嫌なまま、半分愚痴るように問いかける。
ミハイルと瑞葉の個々の戦闘力や連携の練度。どれを取っても今のルナリアには到底及びもつかない。加えて、一年後に自分があの次元にいる自信もなかった。
「然り。小官ならびミハイル氏、瑞葉女史は臨時の戦力補充として昨年入隊した」
「臨時って……ああ」
どこか含みのある言い方に、ルナリアは久道が言っていたことを思い出す。
確か去年発生した迎撃戦において、久道を除く主戦力は全滅したとか。敵は単体ながら恐ろしく巨大かつ、強力な能力を操る個体だったらしい。
その欠けた戦力を補うために、久道やフューリーが個人的な伝手で用意できた即戦力が彼女らなのだろう。
こと単純な戦闘であれば変異体を歯牙にもかけない実力にも、それなら納得がいく。
となると、残る疑問は。
「ノインって今何歳だっけ」
「今年で一一」
「最初に変異体と戦ったのは?」
「六歳の時」
驚くほど少ない数字を、ノインは表情一つ変えずに言った。
ルナリアが六歳の頃なんて、変異体と事を構えようなんて考えは微塵も浮かばなかった時期だ。自分で全てを何とかしようと思ったのだって、母が倒れてから誰の助けも得られぬ内にフューリーの誘いを受けたことが切っ掛けである。
ガーディアンとしてのキャリアは一年しか違わなくても、ノインは自分よりも遥かに早く覚悟を決め、戦場に立っていたのだ。
「どうして、戦おうと思ったの?」
「父はEUに所属する軍人だった。銃の扱いを学ぶのに不自由はなかったし、性にあっていた。それだけ」
「……そう」
あまり理由にもなっていない理由を淡々と述べるノインに頷きながら、ルナリアは目の前にいる、多くを語らない少女についてぼんやりと思考する。
前に話をした時、ノインは父子家庭だと聞いていた。母親は生まれてすぐ他界し、肉親は当時現役の軍人だった父親のみ。
EUの変異体への対策方針はどの国よりも攻撃的であり、絶えず戦死者が出ているような激戦区だ。
そんな場所で、ノインの父親は前線を張っていたという。今でこそ負傷を理由に退役しているが、生きて帰ってきているだけでも奇跡に近い。
もし同じ立場にいたとして、自分はどう思うだろうか。
いつ戦場で命を落としてもおかしくない家族。
少しでも一緒にいる時間を作るためには、肩を並べるしか――
「ルナ」
「――え、あ、何?」
「魂が抜けたような顔をしていた」
「ちょ、ちょっと考え事してただけよ」
そこまで呆けた顔をしていただろうか。
両手で顔をぐにぐにしながら、ルナリアは席を立つ。
「軽く休めたし、お昼食べに行きましょ」
「了解。今日は食堂に新しいメニューが追加される日」
「……ねぇ、それって前に食べてたあの青いのと同ベクトル?」
数日前にノインが食べていた、人の食欲を奪うことが目的としか思えない真っ青な麺料理を思い出し、ルナリアは恐る恐る尋ねる。
続く形で椅子から降りたノインは、キリっとした表情で。
「今度は青じゃない。金」
――光物は予想していなかった。
全く味が予想できない。
「それは……その、とてもゴージャスね」
どうにか返事は出来たものの、自分でも何を言っているんだろうと思った。
少なくとも料理に対する感想ではないだろう。
「楽しみ」
得体の知れない何かに期待するノインの口角は、僅かに上がっていた。
こういう訳の分からないものへの冒険心みたいなものは年相応なのかと、少女がたまに見せる意外な一面にルナリアは苦笑いするのだった。




