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次元都市アクシス  作者: 七夜
02 守護者たちの時間
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Chapter03-4

院試が終わったのでぼちぼち更新を再開していきたいと思いまする。

「お嬢様の我儘にお付き合いさせてしまい申し訳ございません」

「謝んないでくださいよ。思いがけず賑やかになってシアも楽しそうにしてましたし」

 再び謝罪してきたミハイルさんに俺はそう返す。

 結局瑞葉さんが提案した通り、俺は彼と共に店の近くで女性陣の買い物が終わるのを待つことになった。今は立ったままというのもあれだったので道に設置されていたベンチに二人で座っている。

 人間的に落ち着いているミハイルさんと一緒にいると、こちらの心も落ち着いてくるようだ。瑞葉さんと言う名の嵐がひとまず店の中へと引っ込んでいる今は、穏やかな時間が流れていた。

「思い返してみれば、このように友柄様と一対一でお話をするのはこれが初めてですね」

「い、言われてみればそうですね」

 ミハイルさんは大抵の場合瑞葉さんの側に仕えていて、管理局内で会う時も大抵二人でセットだ。逆に二人がバラバラに動いている方が珍しいかもしれない。

 個人的な用事で彼を訪ねる機会も今までにはなかった。瑞葉さんとは同じ近接型のガーディアンとして戦闘での立ち回りについて話すことがあっても、ミハイルさんとは根本的にタイプが違うためその手の話題もない。

 こうしていざ一対一になっても何を話せばいいのかわからないんだが。年は離れているしカルチャーギャップも酷いし、一体どうしろと。

 今俺が自分から提供できる話題と言えば、最近東京で実用化された対変異体戦闘兵器についてくらいだ。ミハイルさんが隠れロボット好きな可能性にかけてみるか。

 と、覚悟を決めたのもつかの間。

「友柄様はエリカ様といつお知り合いに?」

「え!? あ、はいエリカと会ったのは昨日なんですけど、ちゃんと話をしたのは今日が初めてです」

 唐突に振られた質問に反応が一瞬遅れ、俺は慌ててそれに答えた。

 そういや共通の話題あったな。エリカが瑞葉さんちのお世話になってるってついさっき聞いたばかりじゃないか。

 だいぶ前にフューリーから言われた「三を聞いて二を忘れるタイプ」というのを全く否定できない。まるで成長していないぞ……!

「エリカっていつからミハイルさんたちと暮らしてるんですか? 凄い小さい頃からって言ってましたけど」

「そうですねぇ。あれは今から一三年前……本当にフューリー様がエリカ様をご出産なされてすぐでしたな」

 ミハイルさん曰く、当時は変異体への対処法が確立されておらず、今以上に次元技術ないしは次元兵器の研究が早急に求められていたらしい。研究の第一人者であるフューリーと彼女を支えていた久道さんには子育てをする暇など全然なかったようだ。

「……エリカもやっぱり寂しかったんですかね」

「多少はその様子もありましたが、お二人は暇を見つけてはエリカ様に会いに来ていましたよ。時間が限られていただけに、中々の溺愛ぶりでした」

 その時のことを思い出してか、ミハイルさんの顔に笑みがこぼれる。

「特にフューリー様はエリカ様と丸一日過ごすために、本来半年がかりで行う研究を僅か一週間で完遂してのけたこともありました」

「そ、それはまた凄いですね」

「秀一様も試験機の実用試験に駆り出されていた時は死にそうな顔をしていましたが、家族三人でいる姿はとても幸せそうでしたよ」

「……何となくわかります」

 ミハイルさんが語る光景は俺にも想像ができた。

 久道さんたちが全員で揃っているところは見たことがないのに、何故かしっくり来てしまう。一緒にいることについて、疑問を挟む余地もない。

 家族と言うのは、多分そういうもんなんだろう。

「そう言えば、ミハイルさんは結婚してるんですか?」

「はい。妻も息子夫婦もこの都市にて健在です。近々、孫も生まれる予定なんですよ」

「マジっすか!? 何っつーかその、おめでとうございます」

 突然降って湧いた驚愕の事実。予定とは言え、まさか本当にお爺ちゃんになっていたとは。

 驚きのあまり非常に当たり障りのない言葉しか送れなかったが、それでもミハイルさんはとても嬉しそうに笑ってくれた。

「ありがとうございます。私もよもやこの時世で、孫の顔を拝むことが出来るとは思ってもいませんでした」

 彼の言葉からはこの世界で生きることの厳しさが滲んでいたが、それに勝る喜びも感じ取れる。

 孫ができるってどんな気分なんだろう。子供どころか成人にも満たない俺がそれについて考えるのは時期尚早か。懇ろなお相手もいないし。

 ……まあ、相手がいたところでどうなんだって話ではあるけどな。


「僭越ながら、友柄様は何かお悩みのようですな」

「え?」

 いきなりそう切り出され、俺は思わずミハイルさんを見る。

 彼の曇りない瞳には、鳩が豆鉄砲を食ったような俺の顔がくっきりと映っていた。

「勘違いであれば申し訳ないのですが、思いつめたようなお顔をされていましたから。もしや、先程ルナリア様とお話していたことと関係が?」

「い、いえ。そっちとは関係ないんですけど」

「折角の機会ですし、私で良ければ相談に乗りましょう。これでも人生経験はそこそこ豊富であると自負しておりますので」

 みょ、妙にグイグイ来るな。強制はされていないけど向けられてくる笑顔の圧力と言うか、とにかく断り辛い雰囲気だ。

 まさか瑞葉さんの押しの強い感じってミハイルさん譲り? やっぱ長いこと主従やってると似てきちゃうのかな……。

 ともあれ、悩みがあるのも事実っちゃあ事実だ。一人で抱え続けて前みたく自滅するよりは、大人しく吐き出して意見を伺った方がいいかもしれない。

 年の近い仲間たちに相談するには少し気恥ずかしいが、倍以上も年上なミハイルさんになら割と素直に話そうという気になった。

「でも、ぶっちゃけ凄い個人的なことですよ」

「問題ありませんよ。ただ、あまり過度な期待はされなようにお願い致します。そろそろ若者の目線に立つには厳しい年頃ですので」

「そういう心配はしてないんですが……まあいいか」

 あくまで気楽に話せる空気を作ろうとしてくれるミハイルさんに感謝しつつ、俺は心中を吐露した。

「最近、将来の展望が見えなくなって来たんです」


 あの日以来、実験を繰り返すたびに考えてきたことだった。

 能力を使えば使うほど人とは乖離していく自分と向き合うことになる。痛みが強くなるほど自分の人間としての存在が歪み、軋みを上げていくのがわかる。

 あと何度限界を超えれば、自分が人ではなくなるのか。

 今までは余計な心配をかけないように誰にも言うことはなかったが、最近はそんなことばかりを考えていた。ふとした拍子に尋ねてしまうくらいには。


 使わなくて済むのならそれに越したことはないが、そう簡単な話でもない。

 どこまで本気かは知らないが、フューリーの言い分には賛成だった。俺の能力を解析し、再現することができるようになれば技術は更に発展する。

 変異体から人々の命を守るための手段が増えるのなら協力は惜しまない。ただ、そのためには相当な試行回数が必要だろう。

 その上ただでさえ他のメンバーに経験や実力で劣る俺だ。もし力を使えば誰かを救える場面で、他にどうしようもないとなったら迷わず使うつもりでいる。

 強制的に意識を奪いに来る頭痛――時間制限さえなければ、変異体が現れた瞬間に時を止めて一体残らず殲滅してやろうとすら考えていた。実際は不可能なようだが。


 戦いの内にせよそうでない時にせよ、この先俺が一度も能力を使わずに生きていくことは出来ないと思っている。

 ……そして力を使うたびに、俺は人から離れていく。

 それがどの程度のものになるのかはわからない。

 わからないが、世界移動に巻き込まれた他の人々のように――それこそ父さんや母さんのような、最悪な能力を持った変異体になってしまう可能性だってあり得る。


 考えるだけで恐ろしい。

 だがそれ以上に恐ろしいのは、そうなってしまった際に家族や仲間たちへ危害を及ぼしてしまうことだ。

 こんないつ爆発するかもわからない時限爆弾を抱えた俺には、自分の人生について長期的なビジョンを持つなんて到底無理な話だった。

「……とまあ、こんな具合なんですが」

「成程」

 俺の取り留めも無い一方的な話を、ミハイルさんは一度も口を挟むことなく最後まで聞き届けてくれた。そのまま真剣な表情で考え込んでいる。

 振り返ってみれば、悩みと言うよりかはただの弱音のようだった。

 恥ずかしい限りだが、独りで抱え込んだ挙句に耐え切れず自爆するよりかはマシに思える。自分から誰かに相談を持ち掛けるのもハードルが高いし、こういう機会は貴重だ。

 黙して待っていると、結論が出たのかミハイルさんはふと表情を崩して。


「友柄様は、どなたかお慕いしている方がいるのですか?」

「どうしたんですか急に」


 何と言うか、今日は色々といきなりだなぁ。

 突然投げかけられた問いについ真顔で返してしまうと、ミハイルさんも流石に突飛過ぎたと思ったのか「おっとすみません」と小さく頭を下げつつ注釈を入れた。

「実は過去にも一度、似たような相談を受けていまして。その方は特に意中の女性との未来を真剣に考えていたようなので」

「俺と似たような相談を?」

「はい。私の友人なのですが……友柄様と形は違えど、彼もまた一般的に見て〝普通ではない〟出自や、いつか来るかもしれない破滅について悩み続けていました」

 他の人間とは根本的に異なるという疎外感。

 いずれ取り返しがつかなくなるという恐怖。

 どちらも、俺が今抱いているものと限りなく近かった。殆ど一致していると言っても過言ではない。

 まさか似たような悩みを抱えている人間がいるなんて思いもしていなかった。

「彼は一人の女性を心から愛し、命に代えてでも守りたいと願っていました。当然、彼女と寄り添い生きることも」

 ミハイルさんは語る。

 俺と同じ悩みを抱いた友人。

 未来を望み、未来を恐れた男の話を。


 男は人間兵器として生まれた。人殺しの道具として、この世に生を受けた。

 紆余曲折あり、男はとある一家の護衛として雇われた。命を奪うのではなく、守ることを要求された。

 しかし男に備わっているのは他人を害する力でしかなかった。彼には暴力以外の手段など用意されてなく、守るために殺すという矛盾を積み重ね続けた。

 初めの内は感じていた疑問も、繰り返すうちに薄れた。いつかきっと、ただ障害を取り除くだけの機械となり果てる。

 元よりそう望まれて生まれたのだと当初は納得し、深く考えることもなくなった。

 

 ある時、男は護衛対象の一人である少女に想いを寄せられているのに気づいた。彼自身にもまた、仕事の枠組みを超えて彼女に対し特別な感情が芽生えつつあった。

 初めて自覚した、自分の中にある人間らしさ。

 だがそれこそが、散々と蓄積してきた歪みを浮き彫りにした。

 殺人機械として完成しかけていた精神にとって人間らしさとは異物でしかなく、結果として肉体に影響を及ぼすほど強烈な拒絶反応を示した。

 薄れる意識の中、男はようやく気付いたのだ。

 自分の手は、誰かの手を取るには血で汚れすぎていて。

 自分はもう、普通の人間には戻れないのだと。


「彼は私にこう問いました。『もはや人間とも呼べない自分には、誰かを愛する権利などないのではないか』と」

「それに、ミハイルさんは何て?」

 あまりの壮絶さに、問いかけるのにも相当な覚悟が必要だった。

 絞り出すように出した声は想定以上に小さく、掠れていた。

 それでも近くにいたミハイルさんには聞こえていたようで、彼は微笑んだまま即答する。


「当時に言ったそのままで、『知ったことではない』と」

「……へ、へぇ」


 想像以上に厳しい回答だった。

 直接自分が言われたわけではないのに凹んでしまったのは、やはり名も知らぬ彼と俺が同じ悩みを抱える者同士だからか。

 だとすれば、面と向かって吐き捨てられた彼は相当堪えたに違いない。

 ただ、強い言葉とは裏腹にミハイルさんの表情は穏やかなものだった。

「友柄様の元いた世界では、未来を知る術はありましたか?」

「それは、無理でしたけど」

「ええそうでしょう。この世界……次元技術の最先端を擁するアクシスですら、未来を観測できていないのですから」

 そう言ってミハイルさんは視線を上げ、目を細める。

 俺には見えないものをどうにか捉えようとしている風に見えたが、どうやら違うらしい。

「僭越ながら、友柄様の勘違いを一つ訂正させて頂きましょう」

「え?」

「いつか訪れる未来。そんなものは、恐れるだけ無駄なのですよ」

 一呼吸おいて、彼は言い切る。


「未来とは訪れるもの(・・・・・)ではなく、向かっていくもの(・・・・・・・・)です」

「――っ」

「確定した未来など存在しません。定められた道など無く、一人一人が自らの意思で歩き辿り着く先こそを未来と呼ぶのです」

 不確定であるからこそ、無限の可能性がある。

 それは奇しくも、俺がこの世界へ来た最初の日にフューリーから聞いた平行世界の話と同じ主張だった。

 可能性――未来は無限に分岐する。特定の一つを見定められないほど膨大に。

「そして望む未来があるのなら、そこへ至るための道を敷く努力をする。同じ目標があるのならば協力し合うこともあるでしょう」

 例えばと、ミハイルさんは愉快そうに一つの例を挙げて見せた。

「フューリー様が友柄様との実験を精力的に行っている理由はご存知ですか?」

「技術の発展のためですよね。あの時無線で本人も高らかに宣言してましたけど」

「まあ、それも目的の一つでしょうが」

 一緒に聞いていたであろうミハイルさんは苦笑しつつ続ける

「もし仮に時間操作を次元技術で再現できるようになれば、有事の際に友柄様だけが負担を負うこともなくなりましょう」

「あっ……」

 それは完全に盲点だった。

 確かに今使ってる基本装備のような形で時間操作が行えるなら、俺が一々頭を痛める必要もなくなる。

 どうして今まで気づかなかったんだろう。俺は馬鹿か。

「つまりはそう言うことです。直接聞けば否定するでしょうが、あの方も友柄様とは末永くお付き合いしたいと思っているのですよ」

 ミハイルさんは再度俺へと向き直り、真っすぐに目を見て言った。

「私やお嬢様、他の皆様も志は同じです。これから先、積み上げてきた経験と技術の全てをもって友柄様をフォロー致しましょう」


「友柄様が望んだ未来へと、道が続くように」


 ――俺が望んだ未来。

 嗚呼、そうか。

 俺がいつ来るかもわからない最悪の未来を恐れていたのは。

 同じくらい、心から望んでいた未来があったからだったんだ。

「その人は、今どうしているんですか?」

「件の女性と想いを伝えあい、幸せな家庭を築いていますよ」

「……そうですか」

 彼は――ミハイルさんの友達は好きな人と一緒に生きていく未来を望んで、それを実現したんだ。普通ではない自分でも誰かを愛したいと願い、行動へと移した。

 ……俺にも、できるだろうか。

 今までは考えるだけ無駄とすら思っていたのに、当たって砕けてみようというくらいには前向きに検討し始めている自分がいた。

 こうして相談してみると、する前とでは全然気の持ちようが変わってくる。彼の語ったことはある意味当然、あるいは気づいて然るべきことだったが、どうにも俺は視野が狭くなりがちだ。

 独りで抱え込んでしまうのはいけないと、改めて思い知らされた。

 ならば一層、俺はあの子と話をしなければいけない。

 そう決意した矢先だった。


「それで、友柄様はどなた様をお慕いになられているので?」

「……ええっと、答える必要あります?」

「いえいえそんなことは。ただ相談に乗った身として、あと一人の男として友柄様をそこまで悩ませる罪な女性が一体どなた様なのか大変興味がありまして」

「き、汚ねえ……!?」

 早速相談したことをダシにしてきたぞこの人。これが大人のやり方か!

 しかも、これ答えを殆ど確信した上で聞いてきてるだろ。

 だって質問の内容が「誰か好きな人いるの?」から「誰が好きなの?」に変わってるし。これ確実に候補絞られてるよな。明らかに俺の知ってる女性陣の中で確定してるよな。

 ああもうめっちゃこっち見てるし凄いニコニコしながら返答待ちしてるし! つーか前にもこんな状況あった気がするぞ。

 思い出した迎撃戦前にお邪魔した瑞葉さんちだ。あの時は主人が暴走したけど今度は従者かよ。

 やはり瑞葉さんの残念なところはミハイルさん譲り? それとも逆輸入パターン?

 どっちでもいいけど、とにかくこの質問には答えたくない。

 理由は自分でもよくわからないけど、なんかやだ!

「さあさ遠慮せず。たまには男同士、腹を割って話そうではありませんか」

「チクショーこの人も悪ノリするタイプだったかぁー!?」

 俺の上げた悲鳴も、周りの平和な喧騒の一部として掻き消えていく。俺の誰か助けてという心の叫びは誰にも届くことはない。

 女性陣が店から出てくるまでの約一〇分間は、ミハイルさんの笑顔が半分トラウマと化すのに充分な時間だった。

主人が先か従者が先か……

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